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本編
No,26 【シルヴィオ陛下SIDE Ⅳ】
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皇帝陛下が体調を崩された。
最初は単なるお疲れだと思っていたのだが、思いの外病は長引き。
すっかりやつれてしまわれて、気弱になられてしまった。
私の魔法は傷を治す事は出来ても、病を“治療”する事は出来ない。
そうして遂に。
治療に専念する為に退位を決意され。
私に譲位される事を正式に決定、発表されたのだった。
『遂に来るべき時が、来た。』
と、思った。
覚悟はとっくに出来ていた。
ただ、予想よりも少しだけ、早まっただけだ。
私の戴冠式は滞りなく執り行われた。
父上の眼に涙を見つけた時。
父上の“老い”を見た気がした。
そうして譲位が無事に済んだ事を見届けた父上は、皇太后となられた母上とご一緒に南の離宮へと居を移されたのだった。
※ ※ ※
皇帝に即位した私は多忙を極めた。
だが、現在の私には丁度良い。
彼女の事を考える余裕を自分に与えたくはない。
日中は馬車馬のように働いて。
夜は泥のように眠った。
ただ、眠りの中までは、コントロール出来ない。
否応なく、彼女の夢を見た。
幸せな、幸せな、残酷な夢。
朝、眼を開けた瞬間の喪失感は、例えようもない。
存外、女々しい己に心底、嫌気がさす。
宰相や重臣達もうるさい。
『早く、妃を娶れ。』
と。
多忙を理由に、一切合切無視した。
『まだ、そんな心のゆとりがない。』
と。
皇妃が必要でない、などとは言わない。
いつかは誰かと結婚しなくてはならないだろう。
けれども、私は子供は作らない。
誰が、薄汚いオンナに子種などやるものか。
幸い、父上の側室達に子供がいる。
その中の誰かに、譲位する心算だ。
目星は付けている。
それまでは、精々時間を稼ぐしかない。
勿論、カモフラージュはしてる。
私の臣下達は盤石とは言えない。
重臣達や高位貴族達、有力貴族達や豪商達が開く舞踏会に出席して、主催者の娘と会話をしてダンスを踊り。皇妃を探している振りをした。
普段、冷徹な表情を崩さない私は、巷では“氷の皇太子”として人気があったが、即位してからは“氷の皇帝陛下”と呼ばれているそうだ。そんな私が時たま見せる微笑みが、女性にはたまらないのだとか。
……馬鹿らしい。
私が心の底から笑みを浮かべた事など、フレドと話している時か。
あの水晶球を視ている時くらいだ。
上辺だけの私の微笑みに簡単に騙されているアッパ・コルナーリャ公爵とその娘を愚かしいと、心の中で嘲笑った。
※ ※ ※
―――疲れた。
皇帝としての激務はともかく、無駄な舞踏会への出席は私の精神を苛立たせる。
特に。
全く気のない女達にお愛想を振りまくのは、精神を削る。
こんな夜は、あの微笑みを心底“視たく”なる。
ふと魔が差した。
もうかなり、あの水晶球を見ていない。
水晶球を見るくらいは、良いのではないだろうか……
舞踏会での嫌悪を催す移り香を風呂で念入りに洗い流して。
私は私室に魔法で強固な結界を張ると、本当に久し振りに水晶球を手に取った。
(…ああ…見ているだけで、癒される…)
いつ見ても、美しい石だ。
耀きが、他の水晶とは段違いなのだ。
するともう一つの美しい石を思い出す。
貴石だ。
あの大神殿の御神体の、清浄で神秘的な七色に輝く石だ。
そうしたら、もうたまらなくなってしまった。
……貴石のように輝くような瞳を視たい…っ
……あの瞳を持つ女性の姿を視たい…っ!
……夢の中でだけなんて、もう我慢出来ない…っ!!
私は酔ったように魔力を解放して。
本当に久し振りに、あの異世界を“覗き”、あの女性を探した。
魔力を操り、あの懐かしい女性の気配を探っていると……
私は異世界で、驚愕の光景を“視る”事となった。
何と、彼女が、男共に囲まれていたのだ!
広い部屋の低いテーブルに様々な料理が並べられ、飲み物も沢山ある。
隣りに座ったニヤけた表情の男に勧められて酒を飲んでいるナツキの表情は嬉しそうな笑顔だ。
その瞬間。
私の精神の中の何かがキレた。
あんなに視たかった筈なのに、視たくない。
視たくないのに、眼が離せない。
ナツキの笑顔を。
ニヤけ切った男共の表情を。
そうして唐突に気が付いた。
私より年下とは言え、ナツキも年頃の娘なのだ。
もう若くはないかも知れないが、充分に美しい。
いつ結婚してしまってもおかしくないのだ。
……ナツキが、結婚する…?
……自分の世界の男と、結婚してしまう…?
ダメだ!
ナツキは、私のものだ…っ!
私の……私だけの、神子なのだ…っ!!
気付けば、私は初めて狂酔状態に陥っていた。
帰宅したナツキが寝入るのを待って、彼女の精神の内部に“侵入”し、“潜行”したのだ。
自らに“禁忌”としていた、卑怯で卑劣な行為。
決して犯すまいと心に誓うともなく誓っていた、恥ずべき行為。
そうして、夜が明けて。
ナツキの精神の内部を全て暴いた頃。
―――私は、神子の“召喚”を決意していたのだった。
彼女は孤児だった。
その事で酷く劣等感を抱いていて、恐ろしく自己意識が低い。
あんなに美しいのに、自分を“大した事のない女”と思い込んでいて。
自己卑下と自己否定の塊のような女性だった。
おまけに引き取った両親が離婚していて、恋愛願望や結婚願望などがまるでない。
男女の関係に絶望しているのだ。
心底絶望していないのは、祖父君と祖母君のお陰だ。
その大事なお二人も、既に他界してらっしゃる。
ナツキはあの世界では、天涯孤独なのだ。
―――だったら、私が。
思う存分、甘えさせてやろう。
愛して愛して、愛し抜き、愛し尽くしてやろう。
私から離れる事など、考えられなくなるようにしてやろう―――
その為には。
女神の“呪い”の解呪方法を調べる事が急務だ。
一般にはあまり知られていない、創造神の妻神の呪いの解呪が―――
最初は単なるお疲れだと思っていたのだが、思いの外病は長引き。
すっかりやつれてしまわれて、気弱になられてしまった。
私の魔法は傷を治す事は出来ても、病を“治療”する事は出来ない。
そうして遂に。
治療に専念する為に退位を決意され。
私に譲位される事を正式に決定、発表されたのだった。
『遂に来るべき時が、来た。』
と、思った。
覚悟はとっくに出来ていた。
ただ、予想よりも少しだけ、早まっただけだ。
私の戴冠式は滞りなく執り行われた。
父上の眼に涙を見つけた時。
父上の“老い”を見た気がした。
そうして譲位が無事に済んだ事を見届けた父上は、皇太后となられた母上とご一緒に南の離宮へと居を移されたのだった。
※ ※ ※
皇帝に即位した私は多忙を極めた。
だが、現在の私には丁度良い。
彼女の事を考える余裕を自分に与えたくはない。
日中は馬車馬のように働いて。
夜は泥のように眠った。
ただ、眠りの中までは、コントロール出来ない。
否応なく、彼女の夢を見た。
幸せな、幸せな、残酷な夢。
朝、眼を開けた瞬間の喪失感は、例えようもない。
存外、女々しい己に心底、嫌気がさす。
宰相や重臣達もうるさい。
『早く、妃を娶れ。』
と。
多忙を理由に、一切合切無視した。
『まだ、そんな心のゆとりがない。』
と。
皇妃が必要でない、などとは言わない。
いつかは誰かと結婚しなくてはならないだろう。
けれども、私は子供は作らない。
誰が、薄汚いオンナに子種などやるものか。
幸い、父上の側室達に子供がいる。
その中の誰かに、譲位する心算だ。
目星は付けている。
それまでは、精々時間を稼ぐしかない。
勿論、カモフラージュはしてる。
私の臣下達は盤石とは言えない。
重臣達や高位貴族達、有力貴族達や豪商達が開く舞踏会に出席して、主催者の娘と会話をしてダンスを踊り。皇妃を探している振りをした。
普段、冷徹な表情を崩さない私は、巷では“氷の皇太子”として人気があったが、即位してからは“氷の皇帝陛下”と呼ばれているそうだ。そんな私が時たま見せる微笑みが、女性にはたまらないのだとか。
……馬鹿らしい。
私が心の底から笑みを浮かべた事など、フレドと話している時か。
あの水晶球を視ている時くらいだ。
上辺だけの私の微笑みに簡単に騙されているアッパ・コルナーリャ公爵とその娘を愚かしいと、心の中で嘲笑った。
※ ※ ※
―――疲れた。
皇帝としての激務はともかく、無駄な舞踏会への出席は私の精神を苛立たせる。
特に。
全く気のない女達にお愛想を振りまくのは、精神を削る。
こんな夜は、あの微笑みを心底“視たく”なる。
ふと魔が差した。
もうかなり、あの水晶球を見ていない。
水晶球を見るくらいは、良いのではないだろうか……
舞踏会での嫌悪を催す移り香を風呂で念入りに洗い流して。
私は私室に魔法で強固な結界を張ると、本当に久し振りに水晶球を手に取った。
(…ああ…見ているだけで、癒される…)
いつ見ても、美しい石だ。
耀きが、他の水晶とは段違いなのだ。
するともう一つの美しい石を思い出す。
貴石だ。
あの大神殿の御神体の、清浄で神秘的な七色に輝く石だ。
そうしたら、もうたまらなくなってしまった。
……貴石のように輝くような瞳を視たい…っ
……あの瞳を持つ女性の姿を視たい…っ!
……夢の中でだけなんて、もう我慢出来ない…っ!!
私は酔ったように魔力を解放して。
本当に久し振りに、あの異世界を“覗き”、あの女性を探した。
魔力を操り、あの懐かしい女性の気配を探っていると……
私は異世界で、驚愕の光景を“視る”事となった。
何と、彼女が、男共に囲まれていたのだ!
広い部屋の低いテーブルに様々な料理が並べられ、飲み物も沢山ある。
隣りに座ったニヤけた表情の男に勧められて酒を飲んでいるナツキの表情は嬉しそうな笑顔だ。
その瞬間。
私の精神の中の何かがキレた。
あんなに視たかった筈なのに、視たくない。
視たくないのに、眼が離せない。
ナツキの笑顔を。
ニヤけ切った男共の表情を。
そうして唐突に気が付いた。
私より年下とは言え、ナツキも年頃の娘なのだ。
もう若くはないかも知れないが、充分に美しい。
いつ結婚してしまってもおかしくないのだ。
……ナツキが、結婚する…?
……自分の世界の男と、結婚してしまう…?
ダメだ!
ナツキは、私のものだ…っ!
私の……私だけの、神子なのだ…っ!!
気付けば、私は初めて狂酔状態に陥っていた。
帰宅したナツキが寝入るのを待って、彼女の精神の内部に“侵入”し、“潜行”したのだ。
自らに“禁忌”としていた、卑怯で卑劣な行為。
決して犯すまいと心に誓うともなく誓っていた、恥ずべき行為。
そうして、夜が明けて。
ナツキの精神の内部を全て暴いた頃。
―――私は、神子の“召喚”を決意していたのだった。
彼女は孤児だった。
その事で酷く劣等感を抱いていて、恐ろしく自己意識が低い。
あんなに美しいのに、自分を“大した事のない女”と思い込んでいて。
自己卑下と自己否定の塊のような女性だった。
おまけに引き取った両親が離婚していて、恋愛願望や結婚願望などがまるでない。
男女の関係に絶望しているのだ。
心底絶望していないのは、祖父君と祖母君のお陰だ。
その大事なお二人も、既に他界してらっしゃる。
ナツキはあの世界では、天涯孤独なのだ。
―――だったら、私が。
思う存分、甘えさせてやろう。
愛して愛して、愛し抜き、愛し尽くしてやろう。
私から離れる事など、考えられなくなるようにしてやろう―――
その為には。
女神の“呪い”の解呪方法を調べる事が急務だ。
一般にはあまり知られていない、創造神の妻神の呪いの解呪が―――
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