Where In The World

天野斜己

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本編

No,24 【シルヴィオ陛下SIDE Ⅱ】

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長く豊かな黒髪。
 貴石のような美しい瞳。

 私よりもかなり年下の、まだ“幼女”とも呼べる年代の女の子。


どこか心惹かれる少女。


だが、数日“観察”していると、彼女がそれ程幼い訳ではない事が理解った。
 祖母らしき女性の手伝いを良くしているし、何よりも。
 祖父らしき男性との体術の訓練には、瞠目すべきものがあった。

 流れるような、自然な動作。
それでいて鋭く容赦なく相手を倒す。

だが、生気に溢れているのに。
 稀に見える、全てを諦めているかのような瞳の光彩いろが気に掛かった。



 彼女は自然の精霊に、とても好かれていた。
 彼女が自然を愛しているからだろう。

 散歩をしては木々の緑に眼を細め。

 泉や川のきらめきに感嘆して。

 空を見上げては雲の行方を、夜には星空を眺め。
 飽く事なく空を見上げて、心を彼方に遊ばせているようだ。


ただ、不思議な事に。
 彼女は花には興味を示さないのだ。

 風や水の精霊や草木の精霊達は、彼女の関心を集めると彼女の周りを嬉しそうに飛び回っているが。
 花の精霊だけは彼女の周りを囲んでも、無視されて気を落としているのが理解る。
そうして彼女の纏うオーラも花々を前にすると、暗い色をして沈んで見える。

それが気掛かりだった。



 彼女は動物も好きなようだった。
この世界でも愛玩動物ペットを飼うのは一般的だが、彼女にペットはいない。
ただ、散歩させている犬や気ままに歩いている猫を見ると、必ず足が止まる。
そうしてジッと見つめ、優しく可愛らしい笑顔を浮かべるのだ。

 公園でベンチに座ると、どこからか小鳥が飛んできて彼女の周りに集まる。
するとパン屑をやって、小鳥達が食べる様子を見て表情を緩まさせている。

 何とも言えずに、心和む光景であった。


ちなみに。
 彼女の“稽古”を見て、魔力のトレーニングの他に、剣や体術の鍛錬に熱が入るようになったのは、私だけの秘密である。



※ ※ ※



そろそろ皇太子妃候補を決めろと、周囲がうるさくなってきた。
 他国の王室は幼少期に婚約者を決めてしまう国もあるが、私は両親が放っておいてくれているのを良い事にそのままにしていたが。そろそろ年貢をおさめる時がきたらしい。条件をすり合わせる事さえ適うならば、相手は誰でも良い。どうせ政略結婚なのだから。

だが、そんなある日。
 【レヴィ大神殿】の大神官が陛下を訪ねてきた。
 『重大な話がある。』と、私もその密談に加わる事になったのだが。
 打ち明けられたのは、驚くべき内容だった。



 「皇太子殿下には、【神子】様が伴侶になられます。」
と。



 聞けば、もうかなり昔から“御神託”が下っていたらしい。

……皮肉なものだ。
 神子を切望している国には降臨せずに、要らないと思っていた私の下にやってくる事になるとは。

まあ、ものは考えようだ。
もう百年近く“降臨”の記録がない異世界の【神子】が私の妃になるのなら、煩わしく姦しい令嬢達の相手をしなくとも良いのだ。それに繁栄を約束してくれると言うのなら、ありがたくその恩恵に与かれば良い。



―――などと。

 気楽に吞気に考えていた私に、レヴィの罰が当たった。


 「これは、我が国の皇家と大神殿の大神官のみに口伝で伝わる秘密でございます。
  どうか決して、他言はなさいませんようにお願い致します。」


との前置きで始まった話は、世間一般で知られる神話の“裏”とも言える秘中の秘トップシークレットであった。成程、迂闊に他人ひとには話せない。

 見れば、陛下も苦い表情をなさっておられる。
……知っておられたのだ。
……知ってて放置して、神子の恩恵を甘受するだけ甘受していたのだ。

些か責めるような思考は許して頂きたいと思う。
それ程、今聞いばかりの話は、あまりに苦く苦しくやり切れない内容だったのだ。



 大きな衝撃を受けていたが、更なる衝撃が私を襲った。
 大神官に問われたのだ。
 「献上致しました水晶の調子は、いかがでしょうか?」
と。
 私はこの頃になると、水晶球クリスタルに映し出される物の内部なかに意識を飛ばして“進入”し、“侵入”出来るようになっていた。この世界よりも遥かに進んだ文明の物体は『電子機器』と呼ばれる物で、『電子』と言う我が国の元素よりも細かな元素をたぐり操る行為は酷く知的興奮をかき立てた。特に『パソコン』と云う物の内部なかに進入し、深く“潜行”すればするほど魅せられた。広大なあまりにも広大な“ネット”と云う世界は、知れば知るほど私を魅了した。

そうして相変わらず、私は彼女・・の“観察”を続けていた。
 『八道七都姫』と云う名を持つ彼女は、美しい娘に成長していた。
 薄い化粧を施した顔は、この国のどんな厚化粧の令嬢よりも美しい。
 長い黒髪は漆黒の滝のように背中を流れ。
 可愛らしかった容貌は、すっかり“大人の女”へと変貌を遂げて。
 何よりも、黒い瞳が。
 黒蝶石ラブラドライトのように濡れ光り。
 時に虹色に輝く、虹色月長石レインボームーンストーンのように私を魅惑した。

 彼女ナツキ精神こころの内に“進入”してしまわないよう、抗い難い誘惑に耐えるのに必死だった。



ナツキの事は適当に誤魔化して、異世界の話を正直に申告したら。
 大神官は、彼女の事をやけに突っ込んで聞いてくる。
 執拗な程に。
 最初は不愉快に感じていたが、あまりにも真剣に熱心なので根負けして。
 教えられる範囲内で教えた。
すると彼は、彼女の名を形作る“漢字”に興味を示し。
その意味を知ると、酷く興奮した。
 年齢不詳と言われる冷静沈着な、あの・・大神官が。
すると、驚くべき言葉を発した。


 「間違いございません。
  その『八道七都姫』様が、殿下の伴侶となるべき【神子】様でございます。」
と。


一瞬、意味が理解らなかった。
だが、次の瞬間、歓喜が湧き上がり、同時に絶望のどん底に叩き落とされた。
そうして私は、己の感情をようやく悟ったのだった。


……私は彼女を……ナツキを愛しているのだ―――


けれどもそれは、認めたくはなかった。
……彼女をこの世界に【神子】として“召喚”すると云う事は……彼女を最終的に不幸にしてしまうのと同義だ……

茫然自失の状態でいると、嬉々として大神官は彼女が【神子】であると推察される根拠を語り出す。その言葉の内容は確かに誰もが納得出来る内容で……

だが、しかし。
 否定したかった。
 断じて認めたくはなかった。
その思いは激怒と云う感情にすり変わり。
 私は激して立ち上がり叫んでいた。



 「私は認めません! 彼女が私の【神子】だとしても、召喚は行いません!!
  …彼女を…ナツキを、私自身が不幸にしてしまう事など、断じてお断り致しますっ!!」
と。






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