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去年のリッチな夜でした
その25
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風呂上がりの火照った体で、康介は自室の敷居を跨いだ。
部屋の中も外も、いつもと変わらず静かであり、天井の照明が白い光を投げ掛けていた。
勉強机の横手まで進んだ康介は、その向かいに置かれたベッドへと身を投げ出す。仰向けの姿勢のまま、康介は少しの間、照明の光を仰いでいた。
壁時計の秒針が、静かに滑らかに動いて行く。
辺りは、相変わらずひっそりとしていた。
どれ程かの静寂の末に、康介はベッドの上で片手を動かすと、枕の脇に置かれていたスマートフォンを持ち上げた。
ややあって、何処か物憂げな眼差しが、液晶画面へと注がれる。
康介は、動画サイトを閲覧していた。
今夜もまた、多くの配信者達が様々な実況動画を上げている。画面上にずらりと並んだサムネイルを眺める内、康介の眉間には自然と皺が寄って行ったのだった。
前に覗いた時と何一つ変わりはしない、冷厳たる競争社会の縮図が今夜も現れ出でていた。
即ち、一部の特権的『強者』を除いて、『弱者』同士が絶えず鎬を削り合う修羅界の様相が、そこに浮かび上がっていたのである。
以前と何の変化も見当たりはしない。
例の配信者が倒れたからと言って、それで自粛ムードが漂っているようにも見受けられない。何かしら繋がりのあった配信者仲間は、各個に心配ぐらい寄せているのかも知れないが、その他大多数の活動に何の滞りも生じていないのは、正に見ての通りであった。
一切は、予め決まり切った『流れ』に沿ってのみ形成されて行く。
『この中』では、活動する誰か一人ぐらいが倒れた所で、他からすれば大した問題ではないのだろうか。むしろ、その『誰か』が確保していた視聴者が他所へ流れてくれるのなら、別の『誰か』にとっては願っても無い好機であるのかも知れない。
望むと望まざるとに拘わらず、『利益』の流動とは常に非情である。著名人のスキャンダルが発覚した途端、そこへ集って荒稼ぎをする連中が現れるのと同じように、競争相手の『不運』や『不手際』なぞ、結局は他の競争者の『滋養』としかならないのだろうか。
付け入る隙を覗かせる側が悪いのだ、と。
細かい視聴者数の並んだ画面を、康介はスクロールさせて行く。依然として眉根を寄せたまま、彼は目の前の『事実』を見据えたのであった。
何事に於いても、大成出来るのは一握りの成功者のみである。
その他大勢の何者かは結局何者にも成れず、その他大勢のまま埋もれて人知れず消えて行く。スポーツ然り、学業や研究にしても、何らかの創作活動であっても、或いはこうした余興の場に於いてさえも、根底に広がる有様は少しも変わらないらしい。
殆どの人間は、ひたすら無様に足掻き続けるばかりなのだ。
その中で、自分と言う存在の『値打ち』とは所詮こんなものなのだ、と素直に認めて諦められる者はまだ良いのかも知れぬ。
しかし、そうした事実を受け入れられぬ別の者達は、自分が沈んでいるのか、浮かんでいるのかも判らない果てしない泥濘の中で藻掻く内に、いつしか手段を目的に切り替えてしまう。
何者にもなれず、何を目指していたのかもやがて忘れ、他を押し退けて目立つ事にばかり腐心するようになる。形振り構わず、似たような境遇の無数の相手を互いに踏み台にするようにして、少しでも上ヘ上ヘと這い上がろうと拘泥ばかり繰り返す。
さながら、気付かぬ内に深い縦穴に突き落とされた獣の群の如くに。
口元を引き締めた康介は、黙して目を細めた。
何処までも続く空は頭上に確かに広がっているのに、今にも手が届きそうなのに、どうしても『そこ』へ辿り着く事が叶わない。初めから出口など無い穴の底をいつまでもぐるぐると這い摺り回って、同じように藻掻く者達とひたぶるに相争う。
そんな『共食い』の果てに、一体どんな終わりが待つと言うのか。
康介はスマートフォンの画面を切ると、ベッドで大の字に手足を広げた。
湿った吐息が、自然とその口から漏れ出た。
『同じ』か、と彼は多少の同情を抱きつつ、そう思った。
『同じ』なのか、こいつらも。
何処へ行っても、何処まで行っても、『同じ』なのか。
憂鬱な眼差しが、延々と白い光を放つ照明へと据えられる。
夜の更け行く中、辺りは何処までも静かであった。
部屋の中も外も、いつもと変わらず静かであり、天井の照明が白い光を投げ掛けていた。
勉強机の横手まで進んだ康介は、その向かいに置かれたベッドへと身を投げ出す。仰向けの姿勢のまま、康介は少しの間、照明の光を仰いでいた。
壁時計の秒針が、静かに滑らかに動いて行く。
辺りは、相変わらずひっそりとしていた。
どれ程かの静寂の末に、康介はベッドの上で片手を動かすと、枕の脇に置かれていたスマートフォンを持ち上げた。
ややあって、何処か物憂げな眼差しが、液晶画面へと注がれる。
康介は、動画サイトを閲覧していた。
今夜もまた、多くの配信者達が様々な実況動画を上げている。画面上にずらりと並んだサムネイルを眺める内、康介の眉間には自然と皺が寄って行ったのだった。
前に覗いた時と何一つ変わりはしない、冷厳たる競争社会の縮図が今夜も現れ出でていた。
即ち、一部の特権的『強者』を除いて、『弱者』同士が絶えず鎬を削り合う修羅界の様相が、そこに浮かび上がっていたのである。
以前と何の変化も見当たりはしない。
例の配信者が倒れたからと言って、それで自粛ムードが漂っているようにも見受けられない。何かしら繋がりのあった配信者仲間は、各個に心配ぐらい寄せているのかも知れないが、その他大多数の活動に何の滞りも生じていないのは、正に見ての通りであった。
一切は、予め決まり切った『流れ』に沿ってのみ形成されて行く。
『この中』では、活動する誰か一人ぐらいが倒れた所で、他からすれば大した問題ではないのだろうか。むしろ、その『誰か』が確保していた視聴者が他所へ流れてくれるのなら、別の『誰か』にとっては願っても無い好機であるのかも知れない。
望むと望まざるとに拘わらず、『利益』の流動とは常に非情である。著名人のスキャンダルが発覚した途端、そこへ集って荒稼ぎをする連中が現れるのと同じように、競争相手の『不運』や『不手際』なぞ、結局は他の競争者の『滋養』としかならないのだろうか。
付け入る隙を覗かせる側が悪いのだ、と。
細かい視聴者数の並んだ画面を、康介はスクロールさせて行く。依然として眉根を寄せたまま、彼は目の前の『事実』を見据えたのであった。
何事に於いても、大成出来るのは一握りの成功者のみである。
その他大勢の何者かは結局何者にも成れず、その他大勢のまま埋もれて人知れず消えて行く。スポーツ然り、学業や研究にしても、何らかの創作活動であっても、或いはこうした余興の場に於いてさえも、根底に広がる有様は少しも変わらないらしい。
殆どの人間は、ひたすら無様に足掻き続けるばかりなのだ。
その中で、自分と言う存在の『値打ち』とは所詮こんなものなのだ、と素直に認めて諦められる者はまだ良いのかも知れぬ。
しかし、そうした事実を受け入れられぬ別の者達は、自分が沈んでいるのか、浮かんでいるのかも判らない果てしない泥濘の中で藻掻く内に、いつしか手段を目的に切り替えてしまう。
何者にもなれず、何を目指していたのかもやがて忘れ、他を押し退けて目立つ事にばかり腐心するようになる。形振り構わず、似たような境遇の無数の相手を互いに踏み台にするようにして、少しでも上ヘ上ヘと這い上がろうと拘泥ばかり繰り返す。
さながら、気付かぬ内に深い縦穴に突き落とされた獣の群の如くに。
口元を引き締めた康介は、黙して目を細めた。
何処までも続く空は頭上に確かに広がっているのに、今にも手が届きそうなのに、どうしても『そこ』へ辿り着く事が叶わない。初めから出口など無い穴の底をいつまでもぐるぐると這い摺り回って、同じように藻掻く者達とひたぶるに相争う。
そんな『共食い』の果てに、一体どんな終わりが待つと言うのか。
康介はスマートフォンの画面を切ると、ベッドで大の字に手足を広げた。
湿った吐息が、自然とその口から漏れ出た。
『同じ』か、と彼は多少の同情を抱きつつ、そう思った。
『同じ』なのか、こいつらも。
何処へ行っても、何処まで行っても、『同じ』なのか。
憂鬱な眼差しが、延々と白い光を放つ照明へと据えられる。
夜の更け行く中、辺りは何処までも静かであった。
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