幻葬奇譚-mein unsterblich Alchimist-

ドブロクスキー

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去年のリッチな夜でした

その9

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 それからしばらくして、街並みは全体をとっぷりと宵闇に浸したのであった。
 駅前から続く往来の人波も次第に薄れ行く中、表通りより外れた夜の小路を、五つの人影が誰に見咎みとがめられる事もなく歩いていた。
「判ったから、そう一々絡まないでよ、おばさん」
「だ~から、そこは『可憐なお姉様』でしょ~!?」
 黒髪の女の子が辟易へきえきした口調で言い捨てると、アレグラが口をとがらせて反駁はんばくする。
「……カレン? カレンて何……?」
 金髪の男の子が不思議そうに首を傾げ、そしてまた裏路地に何やら不毛な会話が垂れ流されて行く。
 その有様を、少し後ろを付いて歩くリウドルフと司が、共に脱力した面持ちで眺めていた。
「どうも済みません。うちのも兎角、暇と元気を持て余しがちなもので」
 司が苦笑交じりに詫びると、リウドルフも鼻息を漏らした。
「なーに、構わないよ。あいつもああして遠慮無くじゃれあえる相手が出来て嬉しいだろうし、忌憚きたんの要らない付き合いが出来るのは結構な事じゃないか」
 そう言ってから、リウドルフはわずかに首をかしいだ。
「大体、俺は『行儀』や『作法』がどうのこうのとわめく奴らや、『礼儀正しい』と標榜ひょうぼうして回る人種は信用しない事にしてるんだ。そんなの、自分の見識の狭さを独りで鼻に掛けてるだけだからな」
 冷めた口調で述べた彼の目が、おもむろに細まって行く。
「何事も『礼節』や『体面』ばかり押し通していると、いずれ相手の『立場』をおもんぱかる事をめてしまう。『伝統』や『格式』なんて所詮は他を見下さなけりゃ成り立たない代物なんだし、そこに根付いたまるで目茶苦茶な理由で、数の正義や暴力を平然と振りかざすようになる。挙げ句の果てにゃ、自分達で勝手に取り決めた『認識』に反したなら、ただそれだけで相手を『処罰』して良い『根拠』としてしまう始末だ。『少しは「格下」としての「自覚」を持て!』、とか訳の判らん事を抜かし出して」
 聞く内に、司もまたその眼差しを、冷ややかながらも真摯しんしなものへと変えて行った。
 その横で、リウドルフは尚も言葉を続ける。
「そういう連中てな、昔から周りを巻き込んで自滅して行くばかりだが、不思議と途絶える事も無いんだよな。自分達の『常識』と相手側の『常識』を照らし合わせる事もしない、他者に歩み寄る『努力』を『放棄』した奴らが、『啓蒙けいもう』だの『開化』だのの如何わしい金看板を掲げてどれだけ悪質な振る舞いを繰り返して来たか、今も繰り返しているか、うんざりする程目にして来たってのに……」
 星の見えない夜空を仰ぎ、心底つまらなそうに言い捨てたリウドルフの横で、司がふと息を吐いた。
「完全な『平等』とそれを生み出す『均衡』こそが、人類が有史以来幾度となく望みながらも、未だ手に入れる事の出来ずにいる『架空』の産物ですからね。結局、唯一絶対の『平等』となっているのは、未だ『死』ばかりであるという……」
「何? そりゃ俺に対する皮肉かね?」
 かたわらを歩く不死者が意地の悪い笑みを浮かべると、似て非なる道を歩むもう一人は肩をすくめて見せた。
「いえいえ。大した真似も出来ずにいる『半端者』の戯言たわごとですよ。どうぞ聞き流して下さい」
 そう答えてから、だが、司は緩やかに目を細めたのだった。
「……あるいは、全ての人間が『あなた』と同じように考え、感じる事が出来たなら……」
 重みの無い、しかるに底に硬いものを含んだ呟きを、その時、前方から垂れ流される喧騒が掻き消した。
「じゃ、もうこの際『おば様』でいいでしょ、『おば様』で」
「大人を馬鹿にしてんのか~!? この『お子様』共!」
 黒髪の女の子が投げ遣りに送った売り言葉に、アレグラがすかさず買い言葉で応えると、二人の『子供』は即座にむっとした表情を浮かべた。
「『ヘイ』、子供じゃないもん! もう八十年ぐらい生きてるもん!」
「そ、そうだよ、僕だって……」
 黒髪の女の子の後を継いで、金髪の男の子も抗議の声を上げた。
 すると、アレグラはそんな二人を見下ろして、それこそ昔話に登場する意地悪な魔女のような人の悪い笑顔を浮かべたのであった。
「そんなん、あたしの六分の一程度じゃ~ん。やっぱお子様じゃな~い。はい、お子ちゃま~」
「何よ! そっちこそ五百六十年も生きてんなら立派なおばさんじゃない!」
 黒髪の女の子が憤慨して言うと、その横から金髪の男の子が控え目に言葉を差し挟む。
「……いや、四百八十年、じゃないかな……?」
「うるさいっ! どっちだっていいのっ! 『ミン』、あんた誰の味方!?」
「ええっ? そんな、僕はただ……」
 毛を逆立てるようにして反発した黒髪の女の子に詰め寄られ、金髪の男の子はにわかにたじろいだ。
 百年先でも進展の望めそうにない遣り取りを眺めつつ、リウドルフが湿った息を吐いた。
「何事も、あれぐらいざっくばらんに行けばいいのに……」
「……まあ、『進歩』が無い分、『犠牲』が生じないというのも一つの事実ではあるでしょうがね……」
 司も、困り顔で言葉を濁すに留まった。
 そんな『大人』二人の前方で、はなは大人気おとなげ無い『子供達』は相変わらず不毛な会話を続けて行く。
 家々の屋根の隙間に浮かんだ半月が、何処か白けた様子で一行を見下ろしていた。
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