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フレンチでリッチな夜でした
その35
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太古より、遍在する『闇』は人を常に恐れ戦かせて来た。
一寸先も見通せぬ深い暗闇の、その奥に息衝き潜む何ものかの姿を思い描いて人は『夜』と言う時を遣り過ごして来たのだ。
しかしこの夜、宵闇の湛える形無き『恐怖』は形象を獲得した『脅威』へと変貌して彼らの下へ現れたのだった。
山裾に広がる森の奥深く、黙して聳え立つ修道院の周囲は俄かに騒がしくなった。
手に手に武器と灯りとを掲げた屈強な男達が、辺りを覆う暗い森へと張り詰めた眼差しを送る。その彼らの目前に木立の奥より湧き出る深い闇は凝縮し、程無くして一つの影姿を取った。
周囲の闇よりも更に深い漆黒の衣を纏い、僅かな光さえも無慈悲に呑み込む黒々とした骨格によって成る体躯を持つもの。表情を覗かせぬ髑髏の顔を月明かりに晒し、その眼窩に蒼白い光を宿して『それ』は修道院の正面に現れた。
蠢く『闇』、或いは這い回る『死』そのものの姿であった。
「……とっ、止まれぇ!」
緊張に耐えかねて、若しくは恐怖に負けてか胸甲騎兵の一人がピストルを構えた。
それに釣られるようにして、周りの騎士達も銘々に武器を抜き放つ。
無数の銃口と切っ先が向けられた先で、森に蟠る闇より現れ出でた黒き躯は眼窩に灯した蒼白い光を居並ぶ者達へ向けた。
修道院の警邏に当たっているのは全員が胸甲騎兵、真なる神の使徒を標榜する信徒達である。団長と同じく、彼らもまたグノーシス主義を都合良く変質させた思想に心酔しているのか、それともただ上に言われるがままに付き従っているだけなのであろうか。
リウドルフは、そこで首を僅かに傾いだ。
この連中は一体、自分達の掲げる『理想』とそれに伴う『行動』の何処までを把握しているのだろうか。それらが周囲へ及ぼす『影響』について、何処までの『責任』を感じているのだろうか。
全てを了承した上で関与しているのなら手の施しようの無い『狂者』であるし、深く考えもせずに勢いだけで同調しているのならどうしようもない『愚者』である。
だが、いずれにせよ……
リウドルフがそこまで推し量った所で、正面に立った騎士の一人が怯えながらも制止の声を掛ける。
「止まれ、化物! こ、これより先は神聖なる領域なるぞ!」
端々の震えた錯乱気味の口調ではあったが、上がった声に促されてか周囲の騎士達も威嚇じみた叫びを銘々に上げ始める。
「そ、そうだ! ここは我らの聖地! 真の神の拠り所なり!」
「お前のような不浄の存在が踏み込んで良い場所ではない!」
「去れ! 立ち去らんか! この化物め!」
途端、漆黒の躯は眼窩に灯った蒼白い光を猛々しく輝かせたのだった。
「貴様らの如き意志薄弱の奴儕に指図を遣される謂れは無い!!」
距離を隔てても一切減衰しない怒号が、相対する騎兵達それぞれの脳裏に頭蓋を割り砕かんばかりの勢いで鳴り響いた。委縮させるどころか生命の危機を否応無しに直感させるまでに荒々しい形無き雷喝を浴びた男達は、実際に落雷を受けたかのように全身を強張らせた。
「跪け!!」
空気ではなく相対する者の意識を直に揺さ振る一喝と共に、闇色の衣が裾を大きくはためかせた。
見えざる大きな力の奔流がその内より生じた。
直後、漆黒の躯を取り囲む胸甲騎兵達は一斉によろめき出し、地べたへと順次崩れ落ちて行ったのであった。誰もが驚愕に目を見開き、冷たい汗に顔一面を濡らし、大きく開いた口から苦しげな吐息を漏れ出させながら、居並ぶ男達は地面へだらしなく屈み込む。
誰一人として味わった事の無い強烈な虚脱感が、彼ら全員を一時に襲ったのだった。指先から、口腔から、地に付けた両足の裏から全身の生気と言う生気が猛烈な速度で抜け落ちて行く。構えた武器を取り落とし、呻き声を上げる事も叶わず、屈強な騎兵達は大地に両手を付いて蹲った。
その中を、直立の姿勢を只一人保つ漆黒の躯が地表を滑るようにして進んで行く。
修道院の正面へと進むその背へと、騎兵の一人が震える手で尚もピストルを向けた。残された最後の気力を振り絞り、彼は引き金を引こうと人差し指一本に持ち得る全ての力と意志とを注ぎ込む。
だが、許されたのはそこまでであった。
彼の視界はそこで揺らぎ、次いで急速に暗転を始めた。
強烈無比な『活力吸収』を間近で浴びた胸甲騎兵達は誰一人として起き上がる事は叶わず、それぞれの意識を闇の中へとただ沈み込ませて行くばかりであった。
視界が完全に黒く染まる間際まで、体の芯が冷え固まるような底無しの恐慌に責め苛まれながら。
それよりほんの少し前、修道院の内部には慌ただしい足音が絶え間無く鳴り響いていた。
正面玄関のすぐ後ろに広がる聖堂には武装した胸甲騎兵達が犇めいていたのである。
多くの男達が聖堂を行き交う中、ヴァンサンは手近の部下を叱咤する。
「火器だ!! ありったけの銃を持って来い!! 早くしろ!!」
艷やかだった胸当ては土埃に塗れ、兜を何処かに落として来たのか顔を露わにした彼は、それでも張り詰めた面持ちで指示を飛ばした。髪は半ば蓬髪と化し、豊かな顎髭も今や乱れ放題で、しかもそんな身形に意識を回す余裕も無く壮年の騎士団長はただ歯軋りの音を漏らした。
部下の持ち寄ったマスケット銃を引っ手繰るなり、ヴァンサンは大急ぎで弾を込め始める。
正にその時、彼の真向かいで玄関の扉が異様な音を立てた。
多くの騎兵達と同じく、ヴァンサンも緊迫した面持ちでそちらを見遣る。聖堂に布陣した騎士達の見つめる先で、建物正面の扉は見る見る内に干乾び始めた。
否。急速に劣化を起こし始めたのである。
全く不自然に、この世のものならざる力の作用によって、樫の分厚い扉は数瞬の内に朽ち果て、遂には微細な塵と化して空中に飛散したのであった。
次いで、その向こうより一個の人影が院内へ入り込んで来る。触れた者の身を溶かすかのような深い闇色の衣を纏い、眼窩に蒼白い光を灯した冥き躯が、無人の野を行くが如く神聖なる領域へと踏み込んで来る。
リウドルフは建物の敷居を跨ぎながら、内部に居合わせた者達へと髑髏の顔を向けた。
一方、地下墓地より聖堂へと続く階段を、その時オーギュストは急ぎ足に上っていた。
小脇に小さな樽を抱え、老修道士は後ろに続く信徒達へと慌ただしく呼び掛ける。
「兎に角『バルベーロー』はこうして確保してあるのです。後は必要最低限の器材と薬剤だけを持ち出せれば、何処へ移ろうとも研究に滞りが生ずる事はありません。どうにかしてルン家の領内まで潜り込んで、『あの御方』とも連絡を付け……」
そこまでを告げた時、彼は階段を上り切り、聖堂へと顔を出したのだった。
途端、老いた修道士は皺の目立つ顔に驚愕の形相を刻み付ける。
「何と……!?」
辺りは紅蓮の炎に包まれていた。
備え付けられた会衆席や説教台が燃え上がり、聖堂内の各所から黒煙と共に無数の火の粉を立ち昇っている。聖堂に限らず修道院の至る所から出火は相次いでいるらしく、咽返る煙が回廊の向こうからも溢れ出していた。
まるで炎の舌を持つ魔物に舐め尽くされでもしたかのように、修道院全体から火の手が上がっていたのだった。
その最中、己の面前に立つ『もの』をオーギュストは戦慄を以って捉えた。
舞い散る火の粉の中に悠然と佇む漆黒の孤影を。
闇色の衣を纏った黒き躯の姿を、老修道士は光ある右目とあらゆる光を遮る左目とに映し込んだ。
最初にこの場所へ招かれた時には『医師』として。
二度目に連行された時には『錬金術師』として。
そして今、三度足を踏み入れたこの時には一切を無に帰す『虚無の代行者』として。
紅蓮に染まりつつある聖域の内に、漆黒の躯は堂々と立ちはだかっていたのであった。
「止まれ!! 止まらんか!!」
装填を終えたマスケット銃をヴァンサンが異形の侵入者へと向けた。それに合わせるようにして、周囲の胸甲騎兵達も同じ相手へ銃口を突き付けた。
「止めてみろ」
眼窩に灯る蒼白い光を爛と輝かせて、リウドルフは挑発的に言い放った。
無数の銃口に囲まれて尚悠然と佇む彼の周囲では、既に幾名かの胸甲騎兵が倒れ伏して剣や銃が石畳の上に散乱している。残った騎兵達は迂闊に近付く事も儘ならず、敵を遠巻きに囲って威嚇するのが精一杯であった。
そうした緊迫の中に於いて、何処が火元なのかも定かではない炎は勢いを益々増して燃え盛る。
「今こそ貴様らの信仰と信念が試される時だ。他者の存在を蔑してまで貫き通すべき崇高な理念があるのなら、真の神とやらも必ずや加護を遣す筈……!」
聖堂の入口に立つ漆黒の塊は、闇色の衣をざわざわと蠢かせた。
ヴァンサンは歯を一度食い縛り、然る後、雄叫びを上げた。
「撃ぇ!!」
半秒と間を置かず、二十丁近い銃器が立て続けに火を噴いた。硝煙が聖堂に俄かに立ち込め、標的の姿を霞ませた。
刹那、闇色の衣が一際激しくはためいた。
同時に聖堂内に鋭い音が不意に鳴り響いた。
金属同士を衝突させたような細くも甲高い音が一瞬だけ鮮烈に四方へと発散され、一瞬の後には残響も生み出さずに消えて行く。
然るにその瞬間、黒き躯に撃ち込まれようとしていた無数の銃弾は標的の直前で一斉に消滅したのであった。
文字通り影も形も無く、初めから存在しなかったかのように。
何かの余波が合わせて生じたのか、漆黒の躯の周囲に噴き上がる煙と火の粉が、やはり瞬きの合間だけ消失する。
「……な……に……?」
構えたマスケット銃を震わせて、ヴァンサンが過分に揺らいだ声を歯垣の外へと漏れ出させた。周囲に集った胸甲騎兵達にしても有様は概ね同様であった。
誰もが目の前で確かに起きた事に理解が追い付かずにいたのだった。只一つの確然たる事実は、一同の眼前に立つ異形の者が尚も厳然とそこに聳え立っていると言う現実のみである。
火の粉の舞い散る中、ヴァンサンが強張り切った面持ちを浮かべた。
「……悪魔め……忌むべき力を揮いおって……」
「いいや、これこそが『神』の力だ」
闇色の衣を揺らしリウドルフは炎の中で厳かに宣言した。
「これが唯一絶対の『神』の御業。奇跡などと呼ぶまでも無い当然の『事象』。誰の祈りも願いも必要としない悠久の『因果』そのものだ」
「何を言うか! 貴様のような呪われしものが神の名を掲げるなど……!」
歯軋りするように言ったヴァンサンへ、リウドルフは眼窩に灯った蒼白い光を揺らめかせる。
「己の懐より万象を生み出し、そしてまた己の内へと引き戻して無へと帰する『存在』。それが『神』でなくて一体何だと言うのだ? 少なくとも俺が嘗て死の際で目にした『もの』は、その途方も無さに於いては正しく『神』と呼ぶに相応しい存在だった。この宇宙を創造し、俯瞰し、それでいて何もしようとしない果てし無く気紛れな『神』……」
束の間、死から蘇った賢人は虚空を見上げ、微かな畏敬すら滲ませた声で独白した。
呆気に取られたヴァンサンの後方でオーギュストが懸命に訴える。
「何故です? 何故なのです? これ程までのお力を携えながら、貴方は何故それを正しく生かそうとなさらないのですか!?」
「先にも述べた通り、俺が『医者』であるからだ」
リウドルフは顔を戻して実に不機嫌そうに答えた。
「貴様らが『偽り』と見做す『肉体』を癒し、以って『命』を繋ぐ事、それこそが我が職務であり矜持だからだ。ましてや他者の『生命』を、生きようと願う『意志』を平然と踏み躙る輩を敢えて見逃す道理なぞ、こちらは端から持ち合わせていない。貴様らの下らん『実験』によって、理不尽に命を散らした者達の顔を思い起こせば尚更にな」
「『彼ら』は只の『囚人』だ!」
癇癪を起こした子供のように、オーギュストは喚き散らした。
「肉体などに縛られている限り、人は悩み苦しみ、いつまでも堕落を続けて行くのだ! 誰にもどうしようもないではないか! 私は嘗てその『事実』を確かに目の当たりにしたのだから!!」
光を残した瞳に紛れも無い嫌悪と軽蔑の色が浮かび上がる。
「疎み合い、妬み合い、騙し合い、互いに貶める為に密通し、そしてそれを密告し合う!! 『地位』も『職種』も『宗派』も『年齢』もまるで関係が無かった!! 浅ましくも『人間』を名乗る者共の『本質』が如何に歪み汚れ、腐り果てた代物であったか!! 私は誰よりも近くで目にして来た!! いや、見せ付けられたのだ!!」
一度は司教の座に就いた事もあった老修道士は、顔中に刻まれた皺に深い翳りを乗せて言い放った。
「品性下劣な物質の檻に囚われているからこそ『高潔』たるべき『精神』もまた蝕まれて行く!! これは誰にも動かしようの無い『事実』だ!! この『偽り』に満ちた世界の中にあっては結局、『真実を直視出来る者』と『有象無象』の二種があるのみなのだ!!」
「貴様は『真実』を『直視』しているのではない。『真実であって欲しい』事柄だけで『視界を埋め尽くそう』と躍起になっているだけだ。わざわざ自ら『視野』を狭め、一人無様に立ち回って、当の『自分』の有様が全く目に入っていないではないか」
髑髏の顔の持ち主は冷厳そのものの口調で言い放った。
「自分『以外』の『堕落』を喚くだけ喚いて、それで貴様は何をした? ただ『諦めた』だけだろうが! 目の前の『事実』を『現実』として受け入れる選択を『拒絶』し、その向こうにある『可能性』からも目を背けて、遂には『現実』でこのまま生きて行く事を『諦めた』! 物事や状況を少しずつ『改善』させて行く『努力』を『放棄』しただけだ!! ましてや、それを他者にまで押し付けるなど!!」
「それが『人民』の為だからだ!!」
オーギュストが険相を露わにして一喝した。
「これが世界をより『良き』形に変えるに最も適した『方法』であり『手段』だからだ! 無論実行に際しては多少の反感も買う運びとなろうが、それも一切承知の上! たとえ一時非難を浴びる事となろうと、『結果』的に多くの人間を『救う』事に繋がるのであれば致し方無い! これは『是』とすべき事柄なのだ!」
「貴様らだけで考えている間は如何なる『非』も『是』にしかならん! そもそも不特定多数とまともに『接点』も設けられん連中が何故に大衆の『代表』を気取りたがるのか、全く以って理解に苦しむわ!!」
オーギュストの反論を切って捨てると、リウドルフは舞い飛ぶ火の粉の向こうから相手を睨んだ。
「たとえこの世界が『偽り』の産物に過ぎぬのだとしても、『現実』に『現世』で生きようと『努力』を重ねる人々を俺は支え続ける! 俺自身が歩み続ける為に!! そして今の世情が如何に腐り切っていようと、すぐ目の前で殺戮を画策する者共を見逃して良い理由にはならん!!」
毅然と断言した直後、リウドルフの後方に円形の光が立ち昇り、その中から緋色の髪を輝かせた宵闇の貴婦人が現れた。
「用事は済んだか?」
「はい」
振り向きもせず問うたリウドルフの言葉に、アレグラは頷いた。
そして彼女は目の前に並び立つ者達を緋色の瞳に収める。
自分達を除くありとあらゆる者に対しての敵愾心を今や隠そうともしないオーギュスト。
その傍らにあって未だ眼光を衰えさせぬヴァンサン。
そんな二人の周りを囲う修道士達と騎士達。
自分とその縁者となった者に害を及ぼした諸々の不届き者共を、彼女はいつになく厳しい面持ちで睨み据えたのであった。
その前で、リウドルフは押し殺した声で告げる。
「ならば、こちらも仕上げに入るとするか。不愉快極まる結末ではあるが、こいつらの裁きを他所に委ねる気にもなれん」
直後、リウドルフは眼窩の光を強く輝かせた。
「Code,A bis Z!!」
「……Verstanden, mein Schöpfer」
答えてすぐ、アレグラの全身より眩い光が溢れ出す。何処か豊饒さすら連想させる暖かな光が、炎の燃え盛る聖堂に束の間輝いた。
一振りの剣がそこに現れた。
宝石を磨き上げて作られたかのような赤い鮮やかな刀身と、雪を削って細工を施したかのような純白の柄を持つ一本の細剣が一同の前に出現したのである。
「あれは……!」
オーギュストが思わず目を見張った先で、リウドルフは宙に浮かんだ細剣を掴んだ。
途端、炎の燃え盛る音、火の粉の弾ける音を掻き消して、場に新たな音が満ち満ちる。
鮮烈に流れては残響も無く消えて行く、『現世』ではない『何処か』より届く、『何もの』かも判らぬ者の確かな『歌声』が。
燃え盛る聖堂内に隈なく満ちた常世の歌声を耳にして、オーギュストもヴァンサンも驚いて辺りを見回した。
「何事だ、これは!?」
「……『神』の声、『神』の息吹だ」
オーギュストの呻きに、リウドルフは端的に答えた。
そして漆黒の躯は赤と白の細剣を握り締め、居並ぶ者達へと厳然たる声を浴びせる。
「貴様らに『真実』の一端を覗かせてやろう! 一つ祈りでも捧げてみるのだな! 貴様らの崇める『真の神』とやらが俺の後ろに立つ『もの』と同義であるのなら、或いは更に上の存在であるのなら、この『歌声』も必ずや途切れる事だろう!」
闇色の衣を波打たせ、リウドルフは言い放った。その間にも聖堂内に広がる歌声は絶えず旋律を変化させながら鳴り響き、聴く者の意識を現世の外へと吸い上げようとする。時に魂すらも抜き取らんばかりに扇情的に、時に意識の間隙を突くかのように密やかに、『常世』の歌声は真なる神の使徒達をも翻弄したのであった。
仔細は察せられずとも本能的な恐怖に促されてか、ヴァンサンを始め前列に立った騎士達は俄かに色めき立った。
「尊師! ここは何卒御逃げ下さい! 我らが血路を拓きますれば!」
オーギュストへそう告げて殆ど間を空けず、ヴァンサンは腰の剣を抜刀するなり、眼前に立ちはだかる黒き躯へと猛然と斬り掛かった。それに釣られて彼を囲う部下達も一斉に剣を抜き、炎を背に立つ漆黒の躯へと殺到する。
「神の正義は我にありィィッ!!」
先頭を走るヴァンサンの雄叫びに付随するようにして、朱い炎を煌めかせた白刃が異形の者の首筋へと吸い込まれた。
一瞬の緘黙が差し挟まれた後、しかしサーベルの切っ先は標的の喉元を依然刺し貫いてはいなかったのであった。
標的へ突き込んだヴァンサンの一撃は、相手へと触れる直前に止まっていた。
いや、正確には押し留められたのであった。
足元より突如として生えた幾つもの黒い刃によってヴァンサンは全身を貫かれ、リウドルフの眼前で身動きの一切を封じられていたのである。
他の胸甲騎兵にしてもそれは同じであった。十名程の屈強な騎士達は只一人の例外も許されず、禍々しい『神の敵』を前にして動きを止められていたのであった。
彼らの足元、聖堂の石畳に僅かに淀んだ影より無数の黒い刃が伸びている。目をよくよく凝らせば、それが目の前の躯が纏った闇色の衣が変形したものであると当のヴァンサンらにも見て取れたかも知れない。
主の影を通し、対象の影を伝って闇色の衣は肉迫する敵を串刺しにしたのであった。衣の裾は刃のように鋭く変質していたが、それが刺し貫いた箇所から血が漏れ出る事は無かった。
「……『他人の「我儘」が許せない』と言うのも所詮は『我儘』の一つに過ぎんと言うのが判らんのか? 『神』だの『教義』だの『常識』だのの後ろ盾を得た途端に自分の『我儘』を振り翳して他者を捩じ伏せたがる。責められるべきは果たして『神』と『人』のどちらなのだろうな?」
冷ややかに、しかし忌々しげな響きを込めてリウドルフが言い捨てた直後、ヴァンサンの体に変化が起きた。精悍そのものであった壮年の男の肌は俄かに張りを失い、瑞々しさを失くして急速に萎びて行く。頭髪も美髯も色艷を落として、抜け落ちた毛が足元に積み重なった。
彼の周囲でも全く同様の現象が生じていた。抜き身の剣を持った騎士達の体から、生命力と呼べる生命力が著しい速度で吸い上げられて行く。
石畳に剣の転がる乾いた音が相次いで上がった。
咄嗟に言葉も出せず、驚きにただ目を剥いたヴァンサンの前で、髑髏の顔の持ち主は眼窩に灯った蒼白い光を苛立たしげに揺らしたのであった。
「今度は貴様らが他者の『傲慢』に振り回される気分を味わってみろ! 本物の『神』の『声』が後ろに付いているのだ! よもや理不尽とは抜かすまいな!」
そうしてリウドルフが闇色の衣の裾を戻した時には、勇壮な騎士団長は根幹となる生命力の大半を奪われて瘦せ衰えた老人と化し、同様の有様を晒す部下共々その場にへたり込んだのであった。先程までの勢いなど最早誰にも影も形も残されてはいない。突然の出来事に驚いて打ち拉がれ、それぞれに己の変わり果てた両手を言葉も無く見つめるのが関の山であった。
そんな一同の前で常世の『歌声』は刻々と潮が満ちるように強さを増して行く。
「……『神』!?……『神』などと、こんな……!?」
オーギュストは辺りの熱によるものとは異なる汗を額に滲ませつつ、前方に立ちはだかる異形を今一度見つめた。
間を置かず、老いた修道士の目が大きく見開かれる。
「あれは……!?」
俄かに取り乱したオーギュストの前方に、『それ』は自らの輪郭の一部を覗かせていたのだった。
細剣を頭上へと掲げた漆黒の躯の周囲に、奇妙な揺らぎが見える。視覚を通り越してより直感的な感覚へと訴える、意識に焼き付くような映像である。
虹のような様々な色味が複雑に混ざり合いながら、漆黒の孤影の輪郭より湧き出して行く。時に純粋にして、また時に混沌として、絶えず色合いを変化させる霧のようなものが幽世より伝わる歌声と共に躍動していたのであった。
澄んだ右目と濁った左目の双方を見開いて、オーギュストは半ば呆然と呟く。
「……これが、『神』……」
しかし次の瞬間、彼は面持ちを一変させた。
「いや違う! 『これ』は……っ!」
経験によってか、はたまた日々の研鑽によってか、人ならざるものの姿すら見通す事も可能な彼の眼力は目の前に立つ者、その内に潜む『もの』の実態を最後の最後になって見抜いたのであった。
「『終焉の聖歌』!! 『現世』より疾く去り行く可し!!」
リウドルフが粛然と告げた刹那、聖堂に流れる歌声は見えざる力の奔流と化し、居並ぶ生者を目掛け押し寄せた。何者にとっても抗いようの無い正しく圧倒的な意志の流れは定められた標的へと突き進み、忽ちにして彼らを呑み込んだのであった。
然るにその刹那、オーギュストは肌に染み透るように強く鳴り響く歌声の中で貫くような強い眼差しを双眸より放ち、今正に自身を取り込まんとする『常世』の入口を睨み据えたのだった。
「……そうか! 読めたぞ! お前は『ガフの部屋』のっ……!」
甲高く澄んだ音が辺りに一瞬だけ鳴り響いた。
そして残響も広げずに消え去ったその音と共に、聖堂内に鳴り響いていた常世の歌声も前触れ無く途絶えたのであった。直前まで聖堂に在った全ての人影、オーギュストとヴァンサンを始めとする『真なる主の犬』の面々を道連れとして、幽世より溢れ出た異質な力の具現は本来在るべき場所へと速やかに戻ったのだった。
火の粉と煙とが祈る者の消えた聖堂内に充満した。
その只中に、あらゆる祈りとは別に存在する漆黒の孤影は暫し佇んでいた。
「……炎よ、炎よ、親しき友よ……」
彼が小さく呟くと、四方で燃え盛る炎は勢いを益々増して行く。火に強い筈の石材にまで紅蓮の欠片は燃え移り、壁の随所に細かな亀裂を走らせて行った。
一切が崩壊へと向かう最中、リウドルフはふと足元へ目を落とした。
半ば以上が炭化した会衆席の陰に小さな『もの』が蠢いている。
傍らにはオーギュストが最後まで抱えていた小振りの樽が転がっていた。その中に収められていた『もの』を、即ち狂った願望によって創り出され、地下の闇の中で生を受けた人の手による『被造物』をリウドルフは少しの間黙して眺めた。
この地域一帯を恐怖の渦に叩き込んだ『獣』。
多くの犠牲者をその牙に掛けて来た『獣』。
暗い森の奥で静かに息衝いていた『獣』。
その余りに矮小な『正体』を黒き躯は静かに見据えた。
やがての末に彼は手にした細剣を再び掲げる。
一筋の澄んだ歌声が炎の中を通り過ぎた。
微かな断末魔の苦悶を漏らす事も無く、『それ』もまた現世より消え去ったのであった。
髑髏の顔の持ち主は、眼窩に灯した蒼白い光を寂しげに揺らめかせた。
「誰に対しての慰めにもならんが、せめてこれが『終わり』であると願いたいものだな……」
独白した彼の手元で赤と白の細剣が微かに振動した。
辺り一面を覆う炎の中、漆黒の孤影は徐に顔を上げた。
表情の無い髑髏の見つめる先、聖堂奥に設えられた薔薇窓から蒼い月が顔を覗かせていた。
そして、その月と星が静かに俯瞰する中で森の奥に建てられた修道院は深紅の炎を噴き上げ、程無くして闇の中へ崩れ落ちて行ったのだった。石造りの外観に太い亀裂が幾筋も走り、まるで干上がった砂の城が崩れ去るように瓦解して行く。
神域を司る建物は、今正に滅びの時を迎え入れようとしていた。
先刻庭先で打ち倒された男達の幾人かが、その様子を外から呆然と仰ぎ見ていた。
或る者はただ悲しげに、また或る者は耐え難い寒気を感じているかのように。
生き残った彼らの目の前で、絶対的な信仰の場が失われようとしていた。形象の有無を問わず、この現世には不変不動のものなど存在し得ぬのだと告げるかの如く。
石壁の倒壊する轟音が山裾の森に相次いで広がり、木立を覆い尽くす闇の懐深くへと吸い込まれて行った。
その夜、災禍の中心は人知れず灰燼に帰した。
全ては夏の夜の夢の如くに。
一寸先も見通せぬ深い暗闇の、その奥に息衝き潜む何ものかの姿を思い描いて人は『夜』と言う時を遣り過ごして来たのだ。
しかしこの夜、宵闇の湛える形無き『恐怖』は形象を獲得した『脅威』へと変貌して彼らの下へ現れたのだった。
山裾に広がる森の奥深く、黙して聳え立つ修道院の周囲は俄かに騒がしくなった。
手に手に武器と灯りとを掲げた屈強な男達が、辺りを覆う暗い森へと張り詰めた眼差しを送る。その彼らの目前に木立の奥より湧き出る深い闇は凝縮し、程無くして一つの影姿を取った。
周囲の闇よりも更に深い漆黒の衣を纏い、僅かな光さえも無慈悲に呑み込む黒々とした骨格によって成る体躯を持つもの。表情を覗かせぬ髑髏の顔を月明かりに晒し、その眼窩に蒼白い光を宿して『それ』は修道院の正面に現れた。
蠢く『闇』、或いは這い回る『死』そのものの姿であった。
「……とっ、止まれぇ!」
緊張に耐えかねて、若しくは恐怖に負けてか胸甲騎兵の一人がピストルを構えた。
それに釣られるようにして、周りの騎士達も銘々に武器を抜き放つ。
無数の銃口と切っ先が向けられた先で、森に蟠る闇より現れ出でた黒き躯は眼窩に灯した蒼白い光を居並ぶ者達へ向けた。
修道院の警邏に当たっているのは全員が胸甲騎兵、真なる神の使徒を標榜する信徒達である。団長と同じく、彼らもまたグノーシス主義を都合良く変質させた思想に心酔しているのか、それともただ上に言われるがままに付き従っているだけなのであろうか。
リウドルフは、そこで首を僅かに傾いだ。
この連中は一体、自分達の掲げる『理想』とそれに伴う『行動』の何処までを把握しているのだろうか。それらが周囲へ及ぼす『影響』について、何処までの『責任』を感じているのだろうか。
全てを了承した上で関与しているのなら手の施しようの無い『狂者』であるし、深く考えもせずに勢いだけで同調しているのならどうしようもない『愚者』である。
だが、いずれにせよ……
リウドルフがそこまで推し量った所で、正面に立った騎士の一人が怯えながらも制止の声を掛ける。
「止まれ、化物! こ、これより先は神聖なる領域なるぞ!」
端々の震えた錯乱気味の口調ではあったが、上がった声に促されてか周囲の騎士達も威嚇じみた叫びを銘々に上げ始める。
「そ、そうだ! ここは我らの聖地! 真の神の拠り所なり!」
「お前のような不浄の存在が踏み込んで良い場所ではない!」
「去れ! 立ち去らんか! この化物め!」
途端、漆黒の躯は眼窩に灯った蒼白い光を猛々しく輝かせたのだった。
「貴様らの如き意志薄弱の奴儕に指図を遣される謂れは無い!!」
距離を隔てても一切減衰しない怒号が、相対する騎兵達それぞれの脳裏に頭蓋を割り砕かんばかりの勢いで鳴り響いた。委縮させるどころか生命の危機を否応無しに直感させるまでに荒々しい形無き雷喝を浴びた男達は、実際に落雷を受けたかのように全身を強張らせた。
「跪け!!」
空気ではなく相対する者の意識を直に揺さ振る一喝と共に、闇色の衣が裾を大きくはためかせた。
見えざる大きな力の奔流がその内より生じた。
直後、漆黒の躯を取り囲む胸甲騎兵達は一斉によろめき出し、地べたへと順次崩れ落ちて行ったのであった。誰もが驚愕に目を見開き、冷たい汗に顔一面を濡らし、大きく開いた口から苦しげな吐息を漏れ出させながら、居並ぶ男達は地面へだらしなく屈み込む。
誰一人として味わった事の無い強烈な虚脱感が、彼ら全員を一時に襲ったのだった。指先から、口腔から、地に付けた両足の裏から全身の生気と言う生気が猛烈な速度で抜け落ちて行く。構えた武器を取り落とし、呻き声を上げる事も叶わず、屈強な騎兵達は大地に両手を付いて蹲った。
その中を、直立の姿勢を只一人保つ漆黒の躯が地表を滑るようにして進んで行く。
修道院の正面へと進むその背へと、騎兵の一人が震える手で尚もピストルを向けた。残された最後の気力を振り絞り、彼は引き金を引こうと人差し指一本に持ち得る全ての力と意志とを注ぎ込む。
だが、許されたのはそこまでであった。
彼の視界はそこで揺らぎ、次いで急速に暗転を始めた。
強烈無比な『活力吸収』を間近で浴びた胸甲騎兵達は誰一人として起き上がる事は叶わず、それぞれの意識を闇の中へとただ沈み込ませて行くばかりであった。
視界が完全に黒く染まる間際まで、体の芯が冷え固まるような底無しの恐慌に責め苛まれながら。
それよりほんの少し前、修道院の内部には慌ただしい足音が絶え間無く鳴り響いていた。
正面玄関のすぐ後ろに広がる聖堂には武装した胸甲騎兵達が犇めいていたのである。
多くの男達が聖堂を行き交う中、ヴァンサンは手近の部下を叱咤する。
「火器だ!! ありったけの銃を持って来い!! 早くしろ!!」
艷やかだった胸当ては土埃に塗れ、兜を何処かに落として来たのか顔を露わにした彼は、それでも張り詰めた面持ちで指示を飛ばした。髪は半ば蓬髪と化し、豊かな顎髭も今や乱れ放題で、しかもそんな身形に意識を回す余裕も無く壮年の騎士団長はただ歯軋りの音を漏らした。
部下の持ち寄ったマスケット銃を引っ手繰るなり、ヴァンサンは大急ぎで弾を込め始める。
正にその時、彼の真向かいで玄関の扉が異様な音を立てた。
多くの騎兵達と同じく、ヴァンサンも緊迫した面持ちでそちらを見遣る。聖堂に布陣した騎士達の見つめる先で、建物正面の扉は見る見る内に干乾び始めた。
否。急速に劣化を起こし始めたのである。
全く不自然に、この世のものならざる力の作用によって、樫の分厚い扉は数瞬の内に朽ち果て、遂には微細な塵と化して空中に飛散したのであった。
次いで、その向こうより一個の人影が院内へ入り込んで来る。触れた者の身を溶かすかのような深い闇色の衣を纏い、眼窩に蒼白い光を灯した冥き躯が、無人の野を行くが如く神聖なる領域へと踏み込んで来る。
リウドルフは建物の敷居を跨ぎながら、内部に居合わせた者達へと髑髏の顔を向けた。
一方、地下墓地より聖堂へと続く階段を、その時オーギュストは急ぎ足に上っていた。
小脇に小さな樽を抱え、老修道士は後ろに続く信徒達へと慌ただしく呼び掛ける。
「兎に角『バルベーロー』はこうして確保してあるのです。後は必要最低限の器材と薬剤だけを持ち出せれば、何処へ移ろうとも研究に滞りが生ずる事はありません。どうにかしてルン家の領内まで潜り込んで、『あの御方』とも連絡を付け……」
そこまでを告げた時、彼は階段を上り切り、聖堂へと顔を出したのだった。
途端、老いた修道士は皺の目立つ顔に驚愕の形相を刻み付ける。
「何と……!?」
辺りは紅蓮の炎に包まれていた。
備え付けられた会衆席や説教台が燃え上がり、聖堂内の各所から黒煙と共に無数の火の粉を立ち昇っている。聖堂に限らず修道院の至る所から出火は相次いでいるらしく、咽返る煙が回廊の向こうからも溢れ出していた。
まるで炎の舌を持つ魔物に舐め尽くされでもしたかのように、修道院全体から火の手が上がっていたのだった。
その最中、己の面前に立つ『もの』をオーギュストは戦慄を以って捉えた。
舞い散る火の粉の中に悠然と佇む漆黒の孤影を。
闇色の衣を纏った黒き躯の姿を、老修道士は光ある右目とあらゆる光を遮る左目とに映し込んだ。
最初にこの場所へ招かれた時には『医師』として。
二度目に連行された時には『錬金術師』として。
そして今、三度足を踏み入れたこの時には一切を無に帰す『虚無の代行者』として。
紅蓮に染まりつつある聖域の内に、漆黒の躯は堂々と立ちはだかっていたのであった。
「止まれ!! 止まらんか!!」
装填を終えたマスケット銃をヴァンサンが異形の侵入者へと向けた。それに合わせるようにして、周囲の胸甲騎兵達も同じ相手へ銃口を突き付けた。
「止めてみろ」
眼窩に灯る蒼白い光を爛と輝かせて、リウドルフは挑発的に言い放った。
無数の銃口に囲まれて尚悠然と佇む彼の周囲では、既に幾名かの胸甲騎兵が倒れ伏して剣や銃が石畳の上に散乱している。残った騎兵達は迂闊に近付く事も儘ならず、敵を遠巻きに囲って威嚇するのが精一杯であった。
そうした緊迫の中に於いて、何処が火元なのかも定かではない炎は勢いを益々増して燃え盛る。
「今こそ貴様らの信仰と信念が試される時だ。他者の存在を蔑してまで貫き通すべき崇高な理念があるのなら、真の神とやらも必ずや加護を遣す筈……!」
聖堂の入口に立つ漆黒の塊は、闇色の衣をざわざわと蠢かせた。
ヴァンサンは歯を一度食い縛り、然る後、雄叫びを上げた。
「撃ぇ!!」
半秒と間を置かず、二十丁近い銃器が立て続けに火を噴いた。硝煙が聖堂に俄かに立ち込め、標的の姿を霞ませた。
刹那、闇色の衣が一際激しくはためいた。
同時に聖堂内に鋭い音が不意に鳴り響いた。
金属同士を衝突させたような細くも甲高い音が一瞬だけ鮮烈に四方へと発散され、一瞬の後には残響も生み出さずに消えて行く。
然るにその瞬間、黒き躯に撃ち込まれようとしていた無数の銃弾は標的の直前で一斉に消滅したのであった。
文字通り影も形も無く、初めから存在しなかったかのように。
何かの余波が合わせて生じたのか、漆黒の躯の周囲に噴き上がる煙と火の粉が、やはり瞬きの合間だけ消失する。
「……な……に……?」
構えたマスケット銃を震わせて、ヴァンサンが過分に揺らいだ声を歯垣の外へと漏れ出させた。周囲に集った胸甲騎兵達にしても有様は概ね同様であった。
誰もが目の前で確かに起きた事に理解が追い付かずにいたのだった。只一つの確然たる事実は、一同の眼前に立つ異形の者が尚も厳然とそこに聳え立っていると言う現実のみである。
火の粉の舞い散る中、ヴァンサンが強張り切った面持ちを浮かべた。
「……悪魔め……忌むべき力を揮いおって……」
「いいや、これこそが『神』の力だ」
闇色の衣を揺らしリウドルフは炎の中で厳かに宣言した。
「これが唯一絶対の『神』の御業。奇跡などと呼ぶまでも無い当然の『事象』。誰の祈りも願いも必要としない悠久の『因果』そのものだ」
「何を言うか! 貴様のような呪われしものが神の名を掲げるなど……!」
歯軋りするように言ったヴァンサンへ、リウドルフは眼窩に灯った蒼白い光を揺らめかせる。
「己の懐より万象を生み出し、そしてまた己の内へと引き戻して無へと帰する『存在』。それが『神』でなくて一体何だと言うのだ? 少なくとも俺が嘗て死の際で目にした『もの』は、その途方も無さに於いては正しく『神』と呼ぶに相応しい存在だった。この宇宙を創造し、俯瞰し、それでいて何もしようとしない果てし無く気紛れな『神』……」
束の間、死から蘇った賢人は虚空を見上げ、微かな畏敬すら滲ませた声で独白した。
呆気に取られたヴァンサンの後方でオーギュストが懸命に訴える。
「何故です? 何故なのです? これ程までのお力を携えながら、貴方は何故それを正しく生かそうとなさらないのですか!?」
「先にも述べた通り、俺が『医者』であるからだ」
リウドルフは顔を戻して実に不機嫌そうに答えた。
「貴様らが『偽り』と見做す『肉体』を癒し、以って『命』を繋ぐ事、それこそが我が職務であり矜持だからだ。ましてや他者の『生命』を、生きようと願う『意志』を平然と踏み躙る輩を敢えて見逃す道理なぞ、こちらは端から持ち合わせていない。貴様らの下らん『実験』によって、理不尽に命を散らした者達の顔を思い起こせば尚更にな」
「『彼ら』は只の『囚人』だ!」
癇癪を起こした子供のように、オーギュストは喚き散らした。
「肉体などに縛られている限り、人は悩み苦しみ、いつまでも堕落を続けて行くのだ! 誰にもどうしようもないではないか! 私は嘗てその『事実』を確かに目の当たりにしたのだから!!」
光を残した瞳に紛れも無い嫌悪と軽蔑の色が浮かび上がる。
「疎み合い、妬み合い、騙し合い、互いに貶める為に密通し、そしてそれを密告し合う!! 『地位』も『職種』も『宗派』も『年齢』もまるで関係が無かった!! 浅ましくも『人間』を名乗る者共の『本質』が如何に歪み汚れ、腐り果てた代物であったか!! 私は誰よりも近くで目にして来た!! いや、見せ付けられたのだ!!」
一度は司教の座に就いた事もあった老修道士は、顔中に刻まれた皺に深い翳りを乗せて言い放った。
「品性下劣な物質の檻に囚われているからこそ『高潔』たるべき『精神』もまた蝕まれて行く!! これは誰にも動かしようの無い『事実』だ!! この『偽り』に満ちた世界の中にあっては結局、『真実を直視出来る者』と『有象無象』の二種があるのみなのだ!!」
「貴様は『真実』を『直視』しているのではない。『真実であって欲しい』事柄だけで『視界を埋め尽くそう』と躍起になっているだけだ。わざわざ自ら『視野』を狭め、一人無様に立ち回って、当の『自分』の有様が全く目に入っていないではないか」
髑髏の顔の持ち主は冷厳そのものの口調で言い放った。
「自分『以外』の『堕落』を喚くだけ喚いて、それで貴様は何をした? ただ『諦めた』だけだろうが! 目の前の『事実』を『現実』として受け入れる選択を『拒絶』し、その向こうにある『可能性』からも目を背けて、遂には『現実』でこのまま生きて行く事を『諦めた』! 物事や状況を少しずつ『改善』させて行く『努力』を『放棄』しただけだ!! ましてや、それを他者にまで押し付けるなど!!」
「それが『人民』の為だからだ!!」
オーギュストが険相を露わにして一喝した。
「これが世界をより『良き』形に変えるに最も適した『方法』であり『手段』だからだ! 無論実行に際しては多少の反感も買う運びとなろうが、それも一切承知の上! たとえ一時非難を浴びる事となろうと、『結果』的に多くの人間を『救う』事に繋がるのであれば致し方無い! これは『是』とすべき事柄なのだ!」
「貴様らだけで考えている間は如何なる『非』も『是』にしかならん! そもそも不特定多数とまともに『接点』も設けられん連中が何故に大衆の『代表』を気取りたがるのか、全く以って理解に苦しむわ!!」
オーギュストの反論を切って捨てると、リウドルフは舞い飛ぶ火の粉の向こうから相手を睨んだ。
「たとえこの世界が『偽り』の産物に過ぎぬのだとしても、『現実』に『現世』で生きようと『努力』を重ねる人々を俺は支え続ける! 俺自身が歩み続ける為に!! そして今の世情が如何に腐り切っていようと、すぐ目の前で殺戮を画策する者共を見逃して良い理由にはならん!!」
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「ならば、こちらも仕上げに入るとするか。不愉快極まる結末ではあるが、こいつらの裁きを他所に委ねる気にもなれん」
直後、リウドルフは眼窩の光を強く輝かせた。
「Code,A bis Z!!」
「……Verstanden, mein Schöpfer」
答えてすぐ、アレグラの全身より眩い光が溢れ出す。何処か豊饒さすら連想させる暖かな光が、炎の燃え盛る聖堂に束の間輝いた。
一振りの剣がそこに現れた。
宝石を磨き上げて作られたかのような赤い鮮やかな刀身と、雪を削って細工を施したかのような純白の柄を持つ一本の細剣が一同の前に出現したのである。
「あれは……!」
オーギュストが思わず目を見張った先で、リウドルフは宙に浮かんだ細剣を掴んだ。
途端、炎の燃え盛る音、火の粉の弾ける音を掻き消して、場に新たな音が満ち満ちる。
鮮烈に流れては残響も無く消えて行く、『現世』ではない『何処か』より届く、『何もの』かも判らぬ者の確かな『歌声』が。
燃え盛る聖堂内に隈なく満ちた常世の歌声を耳にして、オーギュストもヴァンサンも驚いて辺りを見回した。
「何事だ、これは!?」
「……『神』の声、『神』の息吹だ」
オーギュストの呻きに、リウドルフは端的に答えた。
そして漆黒の躯は赤と白の細剣を握り締め、居並ぶ者達へと厳然たる声を浴びせる。
「貴様らに『真実』の一端を覗かせてやろう! 一つ祈りでも捧げてみるのだな! 貴様らの崇める『真の神』とやらが俺の後ろに立つ『もの』と同義であるのなら、或いは更に上の存在であるのなら、この『歌声』も必ずや途切れる事だろう!」
闇色の衣を波打たせ、リウドルフは言い放った。その間にも聖堂内に広がる歌声は絶えず旋律を変化させながら鳴り響き、聴く者の意識を現世の外へと吸い上げようとする。時に魂すらも抜き取らんばかりに扇情的に、時に意識の間隙を突くかのように密やかに、『常世』の歌声は真なる神の使徒達をも翻弄したのであった。
仔細は察せられずとも本能的な恐怖に促されてか、ヴァンサンを始め前列に立った騎士達は俄かに色めき立った。
「尊師! ここは何卒御逃げ下さい! 我らが血路を拓きますれば!」
オーギュストへそう告げて殆ど間を空けず、ヴァンサンは腰の剣を抜刀するなり、眼前に立ちはだかる黒き躯へと猛然と斬り掛かった。それに釣られて彼を囲う部下達も一斉に剣を抜き、炎を背に立つ漆黒の躯へと殺到する。
「神の正義は我にありィィッ!!」
先頭を走るヴァンサンの雄叫びに付随するようにして、朱い炎を煌めかせた白刃が異形の者の首筋へと吸い込まれた。
一瞬の緘黙が差し挟まれた後、しかしサーベルの切っ先は標的の喉元を依然刺し貫いてはいなかったのであった。
標的へ突き込んだヴァンサンの一撃は、相手へと触れる直前に止まっていた。
いや、正確には押し留められたのであった。
足元より突如として生えた幾つもの黒い刃によってヴァンサンは全身を貫かれ、リウドルフの眼前で身動きの一切を封じられていたのである。
他の胸甲騎兵にしてもそれは同じであった。十名程の屈強な騎士達は只一人の例外も許されず、禍々しい『神の敵』を前にして動きを止められていたのであった。
彼らの足元、聖堂の石畳に僅かに淀んだ影より無数の黒い刃が伸びている。目をよくよく凝らせば、それが目の前の躯が纏った闇色の衣が変形したものであると当のヴァンサンらにも見て取れたかも知れない。
主の影を通し、対象の影を伝って闇色の衣は肉迫する敵を串刺しにしたのであった。衣の裾は刃のように鋭く変質していたが、それが刺し貫いた箇所から血が漏れ出る事は無かった。
「……『他人の「我儘」が許せない』と言うのも所詮は『我儘』の一つに過ぎんと言うのが判らんのか? 『神』だの『教義』だの『常識』だのの後ろ盾を得た途端に自分の『我儘』を振り翳して他者を捩じ伏せたがる。責められるべきは果たして『神』と『人』のどちらなのだろうな?」
冷ややかに、しかし忌々しげな響きを込めてリウドルフが言い捨てた直後、ヴァンサンの体に変化が起きた。精悍そのものであった壮年の男の肌は俄かに張りを失い、瑞々しさを失くして急速に萎びて行く。頭髪も美髯も色艷を落として、抜け落ちた毛が足元に積み重なった。
彼の周囲でも全く同様の現象が生じていた。抜き身の剣を持った騎士達の体から、生命力と呼べる生命力が著しい速度で吸い上げられて行く。
石畳に剣の転がる乾いた音が相次いで上がった。
咄嗟に言葉も出せず、驚きにただ目を剥いたヴァンサンの前で、髑髏の顔の持ち主は眼窩に灯った蒼白い光を苛立たしげに揺らしたのであった。
「今度は貴様らが他者の『傲慢』に振り回される気分を味わってみろ! 本物の『神』の『声』が後ろに付いているのだ! よもや理不尽とは抜かすまいな!」
そうしてリウドルフが闇色の衣の裾を戻した時には、勇壮な騎士団長は根幹となる生命力の大半を奪われて瘦せ衰えた老人と化し、同様の有様を晒す部下共々その場にへたり込んだのであった。先程までの勢いなど最早誰にも影も形も残されてはいない。突然の出来事に驚いて打ち拉がれ、それぞれに己の変わり果てた両手を言葉も無く見つめるのが関の山であった。
そんな一同の前で常世の『歌声』は刻々と潮が満ちるように強さを増して行く。
「……『神』!?……『神』などと、こんな……!?」
オーギュストは辺りの熱によるものとは異なる汗を額に滲ませつつ、前方に立ちはだかる異形を今一度見つめた。
間を置かず、老いた修道士の目が大きく見開かれる。
「あれは……!?」
俄かに取り乱したオーギュストの前方に、『それ』は自らの輪郭の一部を覗かせていたのだった。
細剣を頭上へと掲げた漆黒の躯の周囲に、奇妙な揺らぎが見える。視覚を通り越してより直感的な感覚へと訴える、意識に焼き付くような映像である。
虹のような様々な色味が複雑に混ざり合いながら、漆黒の孤影の輪郭より湧き出して行く。時に純粋にして、また時に混沌として、絶えず色合いを変化させる霧のようなものが幽世より伝わる歌声と共に躍動していたのであった。
澄んだ右目と濁った左目の双方を見開いて、オーギュストは半ば呆然と呟く。
「……これが、『神』……」
しかし次の瞬間、彼は面持ちを一変させた。
「いや違う! 『これ』は……っ!」
経験によってか、はたまた日々の研鑽によってか、人ならざるものの姿すら見通す事も可能な彼の眼力は目の前に立つ者、その内に潜む『もの』の実態を最後の最後になって見抜いたのであった。
「『終焉の聖歌』!! 『現世』より疾く去り行く可し!!」
リウドルフが粛然と告げた刹那、聖堂に流れる歌声は見えざる力の奔流と化し、居並ぶ生者を目掛け押し寄せた。何者にとっても抗いようの無い正しく圧倒的な意志の流れは定められた標的へと突き進み、忽ちにして彼らを呑み込んだのであった。
然るにその刹那、オーギュストは肌に染み透るように強く鳴り響く歌声の中で貫くような強い眼差しを双眸より放ち、今正に自身を取り込まんとする『常世』の入口を睨み据えたのだった。
「……そうか! 読めたぞ! お前は『ガフの部屋』のっ……!」
甲高く澄んだ音が辺りに一瞬だけ鳴り響いた。
そして残響も広げずに消え去ったその音と共に、聖堂内に鳴り響いていた常世の歌声も前触れ無く途絶えたのであった。直前まで聖堂に在った全ての人影、オーギュストとヴァンサンを始めとする『真なる主の犬』の面々を道連れとして、幽世より溢れ出た異質な力の具現は本来在るべき場所へと速やかに戻ったのだった。
火の粉と煙とが祈る者の消えた聖堂内に充満した。
その只中に、あらゆる祈りとは別に存在する漆黒の孤影は暫し佇んでいた。
「……炎よ、炎よ、親しき友よ……」
彼が小さく呟くと、四方で燃え盛る炎は勢いを益々増して行く。火に強い筈の石材にまで紅蓮の欠片は燃え移り、壁の随所に細かな亀裂を走らせて行った。
一切が崩壊へと向かう最中、リウドルフはふと足元へ目を落とした。
半ば以上が炭化した会衆席の陰に小さな『もの』が蠢いている。
傍らにはオーギュストが最後まで抱えていた小振りの樽が転がっていた。その中に収められていた『もの』を、即ち狂った願望によって創り出され、地下の闇の中で生を受けた人の手による『被造物』をリウドルフは少しの間黙して眺めた。
この地域一帯を恐怖の渦に叩き込んだ『獣』。
多くの犠牲者をその牙に掛けて来た『獣』。
暗い森の奥で静かに息衝いていた『獣』。
その余りに矮小な『正体』を黒き躯は静かに見据えた。
やがての末に彼は手にした細剣を再び掲げる。
一筋の澄んだ歌声が炎の中を通り過ぎた。
微かな断末魔の苦悶を漏らす事も無く、『それ』もまた現世より消え去ったのであった。
髑髏の顔の持ち主は、眼窩に灯した蒼白い光を寂しげに揺らめかせた。
「誰に対しての慰めにもならんが、せめてこれが『終わり』であると願いたいものだな……」
独白した彼の手元で赤と白の細剣が微かに振動した。
辺り一面を覆う炎の中、漆黒の孤影は徐に顔を上げた。
表情の無い髑髏の見つめる先、聖堂奥に設えられた薔薇窓から蒼い月が顔を覗かせていた。
そして、その月と星が静かに俯瞰する中で森の奥に建てられた修道院は深紅の炎を噴き上げ、程無くして闇の中へ崩れ落ちて行ったのだった。石造りの外観に太い亀裂が幾筋も走り、まるで干上がった砂の城が崩れ去るように瓦解して行く。
神域を司る建物は、今正に滅びの時を迎え入れようとしていた。
先刻庭先で打ち倒された男達の幾人かが、その様子を外から呆然と仰ぎ見ていた。
或る者はただ悲しげに、また或る者は耐え難い寒気を感じているかのように。
生き残った彼らの目の前で、絶対的な信仰の場が失われようとしていた。形象の有無を問わず、この現世には不変不動のものなど存在し得ぬのだと告げるかの如く。
石壁の倒壊する轟音が山裾の森に相次いで広がり、木立を覆い尽くす闇の懐深くへと吸い込まれて行った。
その夜、災禍の中心は人知れず灰燼に帰した。
全ては夏の夜の夢の如くに。
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