幻葬奇譚-mein unsterblich Alchimist-

ドブロクスキー

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渚のリッチな夜でした

その16

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 水色の寒空の下、喪服姿の多くの人影がそこに集っていた。
 天上の空が実に広く深く望める開けた土地には小奇麗な墓碑が整然と並び、青草の生える緩やかな丘陵に沿ってその列が何処までも続いている。
 その内の一つが、今閉ざされた。
 新たな骨壺を納骨室に収めて。
 周囲と同じく喪服を着た『彼』はその一部始終をじっと見守っていた。
 業者が密閉作業を開始する中、一応の区切りが付いたのか、集まった参列者の間からほっとした声が漏れ始める。
「これで一先ひとまずのお別れって訳だ」
「賢一さんも向こうに行っちまったか……改めて寂しいもんだな」
「まあねぇ。けど、結構良い往生だったんじゃないの? 最期はうちで迎えられたんでしょう?」
 その言葉の後、『彼』の隣に立った壮年の男が周囲へとうなずいて見せた。
「ええ。いつも通り夕食を取って、別におかしな所も見せずに部屋に戻って、そのまま……」
「うん……ぽっくりって言ったら失礼かも判らんけど、それぐらい自然に逝けたらそれが一番良いのかも知れんわなぁ」
「そうね……」
「親父さんの最期がああだっただけになぁ……」
 何処からか上がったその言葉に、彼もふと顔を上げる。
 晴天の下、喪服の集団は穏やかながらも低い声で話し続ける。
「実際、賢一さんも苦労しなすったろう。親父さんも晩年は荒れる事も多かったみたいだし」
「辰人さんか。悪い人ってんじゃあないんだが……」
「男手一つで賢一さんを育て上げた訳ですもの。若い内は我武者羅に働いていられても、年を取ってから響いて来る事もあるんでしょ」
「辰人さんなら、『呪い』がどうとかってぼやいてる所を見た事がある」
「ああ、俺も……」
「少し気を病んでらしたのかしらねぇ……」
 そうした声から少し距離を置いて、『彼』は目の前の墓標を見つめていた。
 一羽のとんびが青い空に綺麗な円を描いていた。
 しばたたずむ彼の隣に先程の壮年の男が並び立った。
「別れは済んだか?」
「うん……」
 『彼』は小さくうなずいた。
 壮年の男は空を仰ぐ。
「ま、お前にとっちゃ良いお祖父じいちゃんだったよな。飲んだくれるような事も無く割と真面目で几帳面で……もっともその所為せいで、若い頃は自分の父親とよく衝突したらしい。だもんだから、俺は『祖父じいさん』て聞くとちょっと怖い人を自然とイメージしちまう」
「うん……」
 再び首肯しゅこうした後、『彼』はかたわらにたたずむ父親を見上げた。
「俺、祖父じいちゃんから何度か言われた事があるよ。『あの村の呪いを解いてくれ』って……」
「ああ、俺も何度か言われた事がある。けど、そう言った当人は家族を養う事を第一にしていたみたいだからな。結局、最後までうちを離れるような事も無かったし……」
「……『あの村』って何処なんだろう……」
 呟いた彼の遥か頭上で、とんびが空にまた円を描いた。
 うつむいた『彼』のかたわらで、壮年の男が口を開く。
「それはそうとお前、進路は決まったのか?」
「うん……」
 遣された言葉に、『彼』は小さく相槌を打った。
 未だ獲物を見定められぬのか、彼の頭上でとんびはくるくると飛び続ける。
 澄み切った空は柔らかな日差しを丘陵の霊園へと静かに降り注いだ。
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