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今宵もリッチな夜でした
その2
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幅広の車道を行き交う車の騒音が、ずっと遠いもののように聞こえて来る。
夜半に近付こうとする今も繁華街はその脈動を未だ鈍らせる事無く、活発そのものの活動を惜しげもなく晒し続けていた。
人造の光、人造の音、そして漂う人造の夜気。
それらを窓辺から見下ろして、男はふと鼻息をつく。
頭髪を角刈りに整えた、体格の良い男である。年齢は五十に差し掛かった辺りであろうが、表情には精悍さが未だ濃く残され、同時にその目元には対象へ切り込むような鋭さも帯びさせている。
やがて、窓辺に佇む男の背後から扉をノックする硬い音が伝わって来て、彼は室内の方へと徐に振り返る。
八畳程の広い間取りの応接間が、そこに広がっていた。
部屋の中央には黒檀のテーブルが置かれ、天井から降り注ぐ照明の光に豊かで艶やかな光沢を返していた。
「おう」
男が太い声を上げると向かいの扉が開かれ、髪を金色に染めた若い男が顔を覗かせる。
「社長、お客さんが……」
「来たか。お通ししろ。くれぐれも粗相の無いようにな」
男がそう応じてから暫くの後、彼の陣取る応接室にスーツを着た二人の男が入って来たのであった。
いずれも体格の良い、屈強そうな男達である。外のネオンを散り嵌めた窓の連なる応接室で、彼らは黒檀のテーブルを挟んで下座のソファに腰を落ち着けた。
その様子を見届けてから上座のソファに腰を下ろし、頭を角刈りに整えた体格の良い壮年の男が徐に口を開く。
「それで……ええと、ミスター・アレクサンドル……」
「サーシャでケッコウです。ナカムラさん」
口調こそややたどたどしいものの、明瞭かつ太い声で返答は返って来た。
「それはどうも……」
角刈りの男、中村は少し意外そうに相槌を打つと、テーブルを挟んで自身の左手に座る男を改めて眺めた。
偉丈夫と呼んで差し支えない中村よりも、更に体格の良い男である。頭髪こそ黒かったが、肌の方は対照的に白い。ただ、四十代半ばと思しきその面はよく引き締まっており、柔弱そうな印象とは無縁である。そしてその右の頬には、大きな傷跡が横に走っていた。
隣に腰を落ち着かせたもう一人の男も同様で、魁偉な容貌を毅然と晒している。こちらは顔形が若干丸いだろうか。
見た所、典型的な軍人崩れと言った所か、と中村は表情を一切変えずに憶測する。肩幅の広い白人が二人、こうして目の前でソファに腰を下ろしている絵面は何やらくすぐったい感慨を抱かせたのだがそれも束の間、中村は至って人当たりの良さそうな微笑みを浮かべると、真向かいの男達へと手を差し伸べる。
太い腕同士で、握手が相次いで交わされた。
そうして、中村はソファに座り直した後に徐に会話を切り出す。
「では、サーシャさん、無事に市内まで到り着けたようで何よりです。道中何かトラブルはありませんでしたか?」
「いいえ、ダイジョウブでした。ナカマ、ミンナウマいコト、ここまでタドりつけました。ミンナ、そちらのテビきのおカゲです。ありがとう」
「何、こちらも叔父……いや、会長から簡単な指示を受けただけでね、それも随分と急な話でしたから難儀しましたが、こうしてお目に掛かれて何よりですよ」
そう言って中村が目元まで緩めて笑顔を浮かべると、サーシャも面持ちを幾分緩めてそれに応ずる。
その時、応接室の横手の扉が開かれ、両手でトレーを抱えた若い男が室内に入って来る。それから間も無く、黒檀のテーブルの上には三つの紅茶が並べられたのだった。
立ち昇る白い湯気が、天井の蛍光灯から降り注ぐ光の中に浮かび上がった。
中村は紅茶を一口啜り、目の前で同じくティーカップに口を付けている二人の異国人へと再び話し掛ける。
「ところで、こちらも簡単な説明しか受けていないのですが、皆さんはどういった目的でこの御簾嘉戸市へいらしたのです? もちろん観光ではなく仕事で来られた事ぐらいは承知していますが」
「はい……」
問われて、サーシャは手にしたティーカップを卓上に下ろすと、足の間で両手を組んだ。
「ワタシタチ、あるオトコのユクエをオっています。そうです、ヒトリのオトコです」
「ほう……」
サーシャの隣に座る男も面持ちを若干引き締めたのを認めて、中村はソファから身を少し乗り出した。
「何か、落とし前を付けるべき相手がこの街にいると?」
「オトシマ……?」
「ああ、英語で言う『ペイ・バック』ですよ」
怪訝な表情を一瞬浮かべたサーシャへ説明してから、中村はまた相好を崩した。
「いやね、今回の依頼については既に随分な額を頂いているのでね、私も出来る限り協力するようにと上から言い付けられているもので」
自身の左で連れの男が含みのある眼差しを遣して来る中、当のサーシャは至って落ち着いた口調で回答する。
「……そうですね。『ペイ・バック』とオモってもらってケッコウです」
これは嘘だな。
中村は咄嗟に察したが、敢えて口を挟む事はせず、相手の言いたいように喋らせる事にした。こうしたタイミングで諍いを起こしても無益である事は、彼も長年の経験から知っていたからである。
まずは適当に泳がせておき、相手方が尻尾を出した後に改めて問い詰めれば良いのだ。
中村の思惑を他所に、サーシャは言葉を続ける。
「ワタシタチ、もうナガいコト、ヒトリのオトコをオっていました。ナマエをカえ、カオもカえて、そいつはあちこちのクニをワタりアルいてキたのです」
「何とも厄介そうな相手ですね」
中村がしんみりとした口調で言うと、サーシャもまた神妙な顔をして彼を見つめ返した。
「それがイマ、このマチにセンプクしていると、そこまでのジョウホウをツカむのにタイヘンなクロウをしました。だからナンとしてもそいつをツれカエりたいのです」
「まあ要するに、誰かの身柄を抑えればいい訳ですか」
話をまとめると、中村は黒檀のテーブルに目を一旦落とし、二呼吸程の間を空けてから、目の前に並ぶ二人のロシア人を見つめた。
「判りました……こちらとしても出来る限りの支援はしましょう。こうした事は、やはり土地勘のある人間を頼った方がいい。その点、あなた方は正しい選択をした」
単語の意味は判らぬまでも肯定の意は察してか、それぞれに表情を和らげる二人の客人へ、中村は最後に問い掛ける。
「それで、具体的には何処の誰を拉致すればいいんです?」
問われて、サーシャは強面の面持ちを急に引き締める。
「……ナカムラさん、あなたはシンヨウできるヒトだとオモいます」
「それはどうも」
「だから、これからハナすコト、あまりオオくのヒトにハナさないでホしいのです。デキればワタシタチのアイダだけで、アイダだけにカギって……」
相手の真摯な、むしろ|僅かな殺気すら滲ませた強固な眼差しに少し気圧されつつも、中村は頷いて見せた。
「いいでしょう。これも仁義という奴だ。仲間の秘密は守ります。約束しますよ」
相手が神妙な口調で断言すると、サーシャはソファから身を乗り出した。
「では、イいましょう。そいつのイマのナマエは……」
同じくソファから身を乗り出して、中村はその名を聞く。
時刻は、夜の八時を回った辺りであった。
外の歓楽街から伝わる街のざわめきは衰える事を知らず、窓越しにさざ波のような振動を室内に遣すのだった。
同時刻、美香は帰宅後のシャワーを浴び終わり、居間へと出て来た所であった。
十畳程のリビングを、蛍光灯の真っ白な光が照らす。台所の方では母が夕食の支度を続けており、居間のテーブルには既に幾つかの料理が並べられていた。
濡れた髪をタオルで拭きつつ、美香は台所の母へと呼び掛ける。
「達也はまだ帰ってないんだ?」
「そうみたいね。県大会の地区予選が近いから熱を入れてるんでしょ。もうすぐテスト期間に入っちゃうのもあるからね」
蜆の味噌汁をかき回しながら、青柳里穂は答えた。
他方、訊ねた美香は俄かに表情を硬くする。
「……中間テスト……そっか、中間テストかぁ……」
神妙な面持ちで何やら呟く美香の横手から、玄関の扉が開く音が伝わって来た。
そして、いつもと何が変わるでもなく、夕食の時間が始まった。
自分の皿にキスフライを引き寄せながら、美香は今一つ浮かない表情を保っていた。
その美香の隣で、弟の青柳達也は威勢良く御飯を掻き込んで行く。
美香より二つ年下の達也は今年で中学も二年目となる。その所為か、体格も徐々に大きくなり、丸みのあった面差しも追随するかのように鋭さを帯び始めているようだった。
ただ、所作そのものは昔と何処が変わるものでもない。
制服から着替えもせず、玄関の扉をくぐるなり席に着き、一心不乱に食事を掻き込み始めた弟を、美香は右の席から冷ややかな眼差しを以って捉えていたのだった。
ややあって、美香は徐に弟へ釘を刺す。
「……あんたさぁ、小学生じゃないんだから、もちっと落ち着いて食べなさいよ」
「えぇー、何だよ、いいじゃんよ、別に」
エビフライを頬張りながら、達也は実に心外そうに答えた。
「姉ちゃんが変に気取ってるだけだろ? 高校上がった途端に、急に大人ぶってみせてさぁ」
「あたしは昔っから上品だっつの。大体あんた、帰ったら先にシャワー浴びて来なさいよ。埃臭いって」
「何だよぉ、人を泥付き大根みたいに言って……いいだろ、別に、腹減って帰って来たんだから、先に飯食っても」
「あんたその内、胃に大穴空いて、カテーテルに繋がれる生活送るようンなるよ」
美香が皮肉を遣した向かいで、その時、静かに食事を続けていた里穂がやおら口を開く。
「はいはい、何にしても、食事は楽しく取るようにしましょうね」
穏やかながらも冷ややかな一言に、姉弟は双方不服そうに口論を途絶えさせた。
「互いの好みの押し付け合いなんかしても、何の進展にも結び付かないものよ。不毛な真似はよしなさい」
切れ味すら帯びさせた穏健な物言いを遣す母を、美香は向かいの席からちらと垣間見る。
昔から、そして今に至るまで、どうにも苦手意識が払拭出来ない相手である。物静かな面持ちも、よくよく目を凝らせば小皺も目立って来たが、容姿に大した変化は見当たらない。昔は大学の研究室に勤めていたそうだが、そのまま講師か教授にでもなれば良かったのに、と美香は時折思うのだった。
むしろ、何処かの教官にでも就いた方が余程しっくり来そうだが。
美香がちらとそんな事を考えた時、玄関の扉が開く音が再び居間に伝わって来た。
少し遅れて居間の扉が開き、廊下から一人の男が入って来る。
「ただいま」
軽い口調で告げた父、青柳陽介を、美香は席から横目で見遣った。
「おかえりー」
「あら、おかえりなさい」
達也が口に物を頬張ったままくぐもった声で、里穂がやはり穏やかな声で答える中で、美香も箸を一度止める。
「……おかえりなさい」
「おっ、今日は揚げ物か……」
鞄を床に下ろして息をつきながら、しかし何処か嬉しそうに、陽介はテーブルに並べられている今夜のメニューを眺めた。
製薬会社に勤める父は、最近では少し腹が出始めて来たように思える。これで若い頃はゴルフからサーフィンまで楽しめるスポーツは何でも嗜んだというのだから、歳月とは無常だとの感慨を美香は時折抱くのだった。
とまれ、青柳家に於ける夕餉の時間は特に何の滞りも生じず、いつも通りに過ぎて行った。
とぼけた光を遣す三日月が、明かりを銘々に灯した家々を見下ろす。
それから暫くの後、美香は自宅の部屋で机の上に広げた周期表へ恨めし気な眼差しを送り続けていた。
「えと……水平リーベ、僕の船? んで何? 間がある、シップスクラーク……あー……」
そしてまた、美香は頭を抱えて机の上に蹲った。
「判んないって、こんなの……大体何これ? そもそも語呂合わせになってんの? なってないだろ、絶対」
誰に向けたものであるのかも定かでない愚痴をこぼした後、美香はまた周期表を嫌々見下ろす。
と、その時、後ろで扉の軋む音が聞こえ、美香は椅子ごとそちらへ振り返った。
薄く開かれた扉から入って来たのは、一匹のアビシニアンであった。細身の体躯を艷やかにてからせた茶色の猫は特に鳴き声も上げず、美香を一瞥しようともせず部屋の敷居を平然と跨いだ。
「なーに、のん太? 今日はあんたに構ってる暇無いんだけど。母さんのとこ行きなさいよ」
美香の遣す愚痴には初めから耳を貸す素振りも覗かせずに、猫はそのまますいすいと歩みを進めると、机の後ろのベッドの上にひょいと飛び乗ったのであった。
ベッドの上にはファッション誌や音楽雑誌が何冊か散らばっていたが、猫はそれを器用に避けて羽根布団の上に乗り、すぐに丸くなって瞼を閉ざした。
最初から最後まで、部屋の主の顔色など一切窺おうともしない。
「……とことんマイペースだね、あんた」
美香が呆れた口ぶりで呟いた時、机の上に置かれていたスマートフォンが振動を始める。
顔を戻した美香が液晶画面へ目を向けてみれば、昭乃からのメールが着信した所であった。
『一夜漬けやってるー? さっき怪談系サイト覗いてたらまた面白い話を見つけたからリンク貼っとくわ。一つ差し入れだと思って頑張って♪』
口元に引き攣った笑みを湛えつつ、美香はスマートフォンの画面を落とした。
それから少女は椅子の背に寄り掛かる。
今夜も、辺りは静かであった。
階下では、両親がテレビを見ているのだろう。壁越し、床越しに微かな音楽が聞こえて来る。窓の外はひっそりとして、点々と灯る街灯に隣家の輪郭がうっすらと浮かび上がっていた。後ろのベッドで眠りこける猫の姿を肩越しにちらと一瞥してから、美香は再び机の上へと目を落としたのだった。
美香にとっては何の味気も無い記号と数字の列が、黙して彼女を見つめ返した。
「……判りましたよ……やりゃいいんでしょ、やりゃ……」
ぶつぶつと呟きながら、美香はまた周期表を睨み始める。
机の端に置かれた時計が、音も無く秒針を滑らせて行った。
同じ頃、夜の国道を一台の車が走っていた。
これと言って目立つ箇所も見当たらぬワンボックスカーである。疵も凹みも無いその車は、外見に違わぬ至って常識的な速度で車道を進んでいた。
夜の更け行く中で、そこまで広くもない車道は穏やかなものであった。往来する車も疎らとなる中、道の左右では家々の窓に灯された明かりが宵闇に小さな穴を穿つように並んでいた。
車窓の向こうを流れ去るそんな景色を眺めつつ、アレクサンドル・ウラジーミロヴィチ・セレブリャコーフ、即ちサーシャはスマートフォンの向こうにいる相手へ話し掛ける。
「……判った。俺達ももうじきそっちに着く。一息入れるのは構わんが、明かりは大っぴらに点けるなよ。あの建物はだいぶ前に閉鎖されて、今は取り壊しを待つ状態だそうだからな。警察に踏み込まれでもしたら面倒だ」
ワンボックスカーの助手席に座ったサーシャの頑健そうな顔を、車道を擦れ違う対向車のヘッドライトが時折照らした。暗い車内には、ラジオから流れる洋楽が抑えられた音量で染み出すように広がっていた。
「そうだな。詳しい予定は戻ってから伝える。今は静かに英気を養っておけ」
そう告げると、サーシャは通話を終えた。
何やら気難しい表情を崩さない相棒へと向け、運転席からミハイル・リヴォーヴィチ・アーストロフ、即ちミーシャが和やかな口調で話し掛ける。
「手配してた物資が届いたのか?」
「ああ、武器も一緒にな。欠品は無いそうだ」
スマートフォンをシャツの胸ポケットしまいながら、にこりともせずサーシャが答えると、ミーシャは少し丸みを帯びた顔に対照的に笑顔を浮かばせた。
「そりゃあ良かった。まずは一安心てとこだな。流石日本のヤクザだ。気配りが細かい。これがオモテナシって奴か」
「どうだかな……」
特段面白くもなさそうに答えた後、サーシャは座席に寄り掛かる。
「……連中にあまり気を許すなよ。特にあのナカムラって男、中々の曲者だ。そういう臭いがする。それでなくても俺達みたいなのがこんな内地の奥深くまでわざわざ足を延ばしてやって来たとなれば、何かしらの疑問を抱くのが当然だろうからな」
「相変わらず用心深いな」
「チェチェンからの癖さ。それで今日まで生き延びて来られたんだ」
「違いない。お陰で俺もこうして軽口を叩いていられる」
言って、ミーシャはハンドルを左に切った。
二人の乗ったワンボックスカーは住宅街を抜け、直に大きな川に架けられた橋の袂に辿り着いた。そろそろ夜半へ差し掛かろうかという時間帯、宅地の近くでも人の姿は疎らであったが、そこから離れた川岸近くは尚の事閑散としていた。
「おっ、見えて来たな。当面の我が家、今は寂れた愛の巣が」
ミーシャの言葉に促されるように、サーシャは前方を、川向こうの土地の外れにぽつんと建つ明かりも灯されていない大きな建物へと目を移した。
「しっかし遥々日本までやって来たってのに、満足に食べ歩きも出来ないとは不便なもんだな。ベントウって奴も美味いにゃ美味いが、流石にそればっかりじゃあなあ……」
ミーシャが少し残念そうに言うと、サーシャは鼻先で一笑した。
「俺はさっさと国に戻りたいよ。水餃子が恋しくて敵わん」
そうしてワンボックスカーは橋を渡り、彼らの塒へと辿り着いたのであった。
明りも灯されず、その黒い輪郭を星明りに晒すばかりのくすんだホテルへと。
ホテルのロビーは月明かりが差し込むばかりで薄暗かったが、車を降りてそこへ入ったサーシャとミーシャの下へ、複数の男達がすぐに駆け寄って出迎えた。
「お疲れ様です」
「物資の方は?」
「上々です。一週間分の水と食料、あとは服と医薬品が少し」
サーシャの問い掛けに、真っ先に駆け寄って挨拶を遣した金髪の若い男が答える。
「銃も弾薬も届きました。籠城戦だって出来そうですよ」
「俺達は映画の撮影に来たんじゃないぞ、ワーニャ。何事も簡略かつ迅速に、だ」
意気込む若い男へ苦笑交じりにそう窘めると、サーシャは居並ぶ他の仲間達へと呼び掛ける。
「全員聞いてくれ。警察もそうだが、他の捜査機関の動きも気になる。今は良くても、時間を掛ければ掛ける程、人目に触れる回数も増えて行くだろう。さっさと済ませて海を越えた方がいい。こいつは俺の勘だが、長居は絶対に避けるべきだ」
やや険しい声で宣言したサーシャの横で、ミーシャが肩を竦めて見せる。
「やれやれ、相変わらずの堅実ぶりだな。それでどうする? 始めるのか?」
「ああ。地元のヤクザの支援も得てある。出来るだけ早く行動に移りたい」
そう答えた後、サーシャはロビーのガラス戸越しに見える、遠い街並みを肩越しに顧みた。
「そうだな、可能ならば明日の夜にでも……」
蒼白い月明かりに照らされて、十を超える影が廃屋の暗闇に蠢いていた。
人目に付かず、息遣いすら伝わらぬ陰の中で、それらは確かに蠢いていた。
夜半に近付こうとする今も繁華街はその脈動を未だ鈍らせる事無く、活発そのものの活動を惜しげもなく晒し続けていた。
人造の光、人造の音、そして漂う人造の夜気。
それらを窓辺から見下ろして、男はふと鼻息をつく。
頭髪を角刈りに整えた、体格の良い男である。年齢は五十に差し掛かった辺りであろうが、表情には精悍さが未だ濃く残され、同時にその目元には対象へ切り込むような鋭さも帯びさせている。
やがて、窓辺に佇む男の背後から扉をノックする硬い音が伝わって来て、彼は室内の方へと徐に振り返る。
八畳程の広い間取りの応接間が、そこに広がっていた。
部屋の中央には黒檀のテーブルが置かれ、天井から降り注ぐ照明の光に豊かで艶やかな光沢を返していた。
「おう」
男が太い声を上げると向かいの扉が開かれ、髪を金色に染めた若い男が顔を覗かせる。
「社長、お客さんが……」
「来たか。お通ししろ。くれぐれも粗相の無いようにな」
男がそう応じてから暫くの後、彼の陣取る応接室にスーツを着た二人の男が入って来たのであった。
いずれも体格の良い、屈強そうな男達である。外のネオンを散り嵌めた窓の連なる応接室で、彼らは黒檀のテーブルを挟んで下座のソファに腰を落ち着けた。
その様子を見届けてから上座のソファに腰を下ろし、頭を角刈りに整えた体格の良い壮年の男が徐に口を開く。
「それで……ええと、ミスター・アレクサンドル……」
「サーシャでケッコウです。ナカムラさん」
口調こそややたどたどしいものの、明瞭かつ太い声で返答は返って来た。
「それはどうも……」
角刈りの男、中村は少し意外そうに相槌を打つと、テーブルを挟んで自身の左手に座る男を改めて眺めた。
偉丈夫と呼んで差し支えない中村よりも、更に体格の良い男である。頭髪こそ黒かったが、肌の方は対照的に白い。ただ、四十代半ばと思しきその面はよく引き締まっており、柔弱そうな印象とは無縁である。そしてその右の頬には、大きな傷跡が横に走っていた。
隣に腰を落ち着かせたもう一人の男も同様で、魁偉な容貌を毅然と晒している。こちらは顔形が若干丸いだろうか。
見た所、典型的な軍人崩れと言った所か、と中村は表情を一切変えずに憶測する。肩幅の広い白人が二人、こうして目の前でソファに腰を下ろしている絵面は何やらくすぐったい感慨を抱かせたのだがそれも束の間、中村は至って人当たりの良さそうな微笑みを浮かべると、真向かいの男達へと手を差し伸べる。
太い腕同士で、握手が相次いで交わされた。
そうして、中村はソファに座り直した後に徐に会話を切り出す。
「では、サーシャさん、無事に市内まで到り着けたようで何よりです。道中何かトラブルはありませんでしたか?」
「いいえ、ダイジョウブでした。ナカマ、ミンナウマいコト、ここまでタドりつけました。ミンナ、そちらのテビきのおカゲです。ありがとう」
「何、こちらも叔父……いや、会長から簡単な指示を受けただけでね、それも随分と急な話でしたから難儀しましたが、こうしてお目に掛かれて何よりですよ」
そう言って中村が目元まで緩めて笑顔を浮かべると、サーシャも面持ちを幾分緩めてそれに応ずる。
その時、応接室の横手の扉が開かれ、両手でトレーを抱えた若い男が室内に入って来る。それから間も無く、黒檀のテーブルの上には三つの紅茶が並べられたのだった。
立ち昇る白い湯気が、天井の蛍光灯から降り注ぐ光の中に浮かび上がった。
中村は紅茶を一口啜り、目の前で同じくティーカップに口を付けている二人の異国人へと再び話し掛ける。
「ところで、こちらも簡単な説明しか受けていないのですが、皆さんはどういった目的でこの御簾嘉戸市へいらしたのです? もちろん観光ではなく仕事で来られた事ぐらいは承知していますが」
「はい……」
問われて、サーシャは手にしたティーカップを卓上に下ろすと、足の間で両手を組んだ。
「ワタシタチ、あるオトコのユクエをオっています。そうです、ヒトリのオトコです」
「ほう……」
サーシャの隣に座る男も面持ちを若干引き締めたのを認めて、中村はソファから身を少し乗り出した。
「何か、落とし前を付けるべき相手がこの街にいると?」
「オトシマ……?」
「ああ、英語で言う『ペイ・バック』ですよ」
怪訝な表情を一瞬浮かべたサーシャへ説明してから、中村はまた相好を崩した。
「いやね、今回の依頼については既に随分な額を頂いているのでね、私も出来る限り協力するようにと上から言い付けられているもので」
自身の左で連れの男が含みのある眼差しを遣して来る中、当のサーシャは至って落ち着いた口調で回答する。
「……そうですね。『ペイ・バック』とオモってもらってケッコウです」
これは嘘だな。
中村は咄嗟に察したが、敢えて口を挟む事はせず、相手の言いたいように喋らせる事にした。こうしたタイミングで諍いを起こしても無益である事は、彼も長年の経験から知っていたからである。
まずは適当に泳がせておき、相手方が尻尾を出した後に改めて問い詰めれば良いのだ。
中村の思惑を他所に、サーシャは言葉を続ける。
「ワタシタチ、もうナガいコト、ヒトリのオトコをオっていました。ナマエをカえ、カオもカえて、そいつはあちこちのクニをワタりアルいてキたのです」
「何とも厄介そうな相手ですね」
中村がしんみりとした口調で言うと、サーシャもまた神妙な顔をして彼を見つめ返した。
「それがイマ、このマチにセンプクしていると、そこまでのジョウホウをツカむのにタイヘンなクロウをしました。だからナンとしてもそいつをツれカエりたいのです」
「まあ要するに、誰かの身柄を抑えればいい訳ですか」
話をまとめると、中村は黒檀のテーブルに目を一旦落とし、二呼吸程の間を空けてから、目の前に並ぶ二人のロシア人を見つめた。
「判りました……こちらとしても出来る限りの支援はしましょう。こうした事は、やはり土地勘のある人間を頼った方がいい。その点、あなた方は正しい選択をした」
単語の意味は判らぬまでも肯定の意は察してか、それぞれに表情を和らげる二人の客人へ、中村は最後に問い掛ける。
「それで、具体的には何処の誰を拉致すればいいんです?」
問われて、サーシャは強面の面持ちを急に引き締める。
「……ナカムラさん、あなたはシンヨウできるヒトだとオモいます」
「それはどうも」
「だから、これからハナすコト、あまりオオくのヒトにハナさないでホしいのです。デキればワタシタチのアイダだけで、アイダだけにカギって……」
相手の真摯な、むしろ|僅かな殺気すら滲ませた強固な眼差しに少し気圧されつつも、中村は頷いて見せた。
「いいでしょう。これも仁義という奴だ。仲間の秘密は守ります。約束しますよ」
相手が神妙な口調で断言すると、サーシャはソファから身を乗り出した。
「では、イいましょう。そいつのイマのナマエは……」
同じくソファから身を乗り出して、中村はその名を聞く。
時刻は、夜の八時を回った辺りであった。
外の歓楽街から伝わる街のざわめきは衰える事を知らず、窓越しにさざ波のような振動を室内に遣すのだった。
同時刻、美香は帰宅後のシャワーを浴び終わり、居間へと出て来た所であった。
十畳程のリビングを、蛍光灯の真っ白な光が照らす。台所の方では母が夕食の支度を続けており、居間のテーブルには既に幾つかの料理が並べられていた。
濡れた髪をタオルで拭きつつ、美香は台所の母へと呼び掛ける。
「達也はまだ帰ってないんだ?」
「そうみたいね。県大会の地区予選が近いから熱を入れてるんでしょ。もうすぐテスト期間に入っちゃうのもあるからね」
蜆の味噌汁をかき回しながら、青柳里穂は答えた。
他方、訊ねた美香は俄かに表情を硬くする。
「……中間テスト……そっか、中間テストかぁ……」
神妙な面持ちで何やら呟く美香の横手から、玄関の扉が開く音が伝わって来た。
そして、いつもと何が変わるでもなく、夕食の時間が始まった。
自分の皿にキスフライを引き寄せながら、美香は今一つ浮かない表情を保っていた。
その美香の隣で、弟の青柳達也は威勢良く御飯を掻き込んで行く。
美香より二つ年下の達也は今年で中学も二年目となる。その所為か、体格も徐々に大きくなり、丸みのあった面差しも追随するかのように鋭さを帯び始めているようだった。
ただ、所作そのものは昔と何処が変わるものでもない。
制服から着替えもせず、玄関の扉をくぐるなり席に着き、一心不乱に食事を掻き込み始めた弟を、美香は右の席から冷ややかな眼差しを以って捉えていたのだった。
ややあって、美香は徐に弟へ釘を刺す。
「……あんたさぁ、小学生じゃないんだから、もちっと落ち着いて食べなさいよ」
「えぇー、何だよ、いいじゃんよ、別に」
エビフライを頬張りながら、達也は実に心外そうに答えた。
「姉ちゃんが変に気取ってるだけだろ? 高校上がった途端に、急に大人ぶってみせてさぁ」
「あたしは昔っから上品だっつの。大体あんた、帰ったら先にシャワー浴びて来なさいよ。埃臭いって」
「何だよぉ、人を泥付き大根みたいに言って……いいだろ、別に、腹減って帰って来たんだから、先に飯食っても」
「あんたその内、胃に大穴空いて、カテーテルに繋がれる生活送るようンなるよ」
美香が皮肉を遣した向かいで、その時、静かに食事を続けていた里穂がやおら口を開く。
「はいはい、何にしても、食事は楽しく取るようにしましょうね」
穏やかながらも冷ややかな一言に、姉弟は双方不服そうに口論を途絶えさせた。
「互いの好みの押し付け合いなんかしても、何の進展にも結び付かないものよ。不毛な真似はよしなさい」
切れ味すら帯びさせた穏健な物言いを遣す母を、美香は向かいの席からちらと垣間見る。
昔から、そして今に至るまで、どうにも苦手意識が払拭出来ない相手である。物静かな面持ちも、よくよく目を凝らせば小皺も目立って来たが、容姿に大した変化は見当たらない。昔は大学の研究室に勤めていたそうだが、そのまま講師か教授にでもなれば良かったのに、と美香は時折思うのだった。
むしろ、何処かの教官にでも就いた方が余程しっくり来そうだが。
美香がちらとそんな事を考えた時、玄関の扉が開く音が再び居間に伝わって来た。
少し遅れて居間の扉が開き、廊下から一人の男が入って来る。
「ただいま」
軽い口調で告げた父、青柳陽介を、美香は席から横目で見遣った。
「おかえりー」
「あら、おかえりなさい」
達也が口に物を頬張ったままくぐもった声で、里穂がやはり穏やかな声で答える中で、美香も箸を一度止める。
「……おかえりなさい」
「おっ、今日は揚げ物か……」
鞄を床に下ろして息をつきながら、しかし何処か嬉しそうに、陽介はテーブルに並べられている今夜のメニューを眺めた。
製薬会社に勤める父は、最近では少し腹が出始めて来たように思える。これで若い頃はゴルフからサーフィンまで楽しめるスポーツは何でも嗜んだというのだから、歳月とは無常だとの感慨を美香は時折抱くのだった。
とまれ、青柳家に於ける夕餉の時間は特に何の滞りも生じず、いつも通りに過ぎて行った。
とぼけた光を遣す三日月が、明かりを銘々に灯した家々を見下ろす。
それから暫くの後、美香は自宅の部屋で机の上に広げた周期表へ恨めし気な眼差しを送り続けていた。
「えと……水平リーベ、僕の船? んで何? 間がある、シップスクラーク……あー……」
そしてまた、美香は頭を抱えて机の上に蹲った。
「判んないって、こんなの……大体何これ? そもそも語呂合わせになってんの? なってないだろ、絶対」
誰に向けたものであるのかも定かでない愚痴をこぼした後、美香はまた周期表を嫌々見下ろす。
と、その時、後ろで扉の軋む音が聞こえ、美香は椅子ごとそちらへ振り返った。
薄く開かれた扉から入って来たのは、一匹のアビシニアンであった。細身の体躯を艷やかにてからせた茶色の猫は特に鳴き声も上げず、美香を一瞥しようともせず部屋の敷居を平然と跨いだ。
「なーに、のん太? 今日はあんたに構ってる暇無いんだけど。母さんのとこ行きなさいよ」
美香の遣す愚痴には初めから耳を貸す素振りも覗かせずに、猫はそのまますいすいと歩みを進めると、机の後ろのベッドの上にひょいと飛び乗ったのであった。
ベッドの上にはファッション誌や音楽雑誌が何冊か散らばっていたが、猫はそれを器用に避けて羽根布団の上に乗り、すぐに丸くなって瞼を閉ざした。
最初から最後まで、部屋の主の顔色など一切窺おうともしない。
「……とことんマイペースだね、あんた」
美香が呆れた口ぶりで呟いた時、机の上に置かれていたスマートフォンが振動を始める。
顔を戻した美香が液晶画面へ目を向けてみれば、昭乃からのメールが着信した所であった。
『一夜漬けやってるー? さっき怪談系サイト覗いてたらまた面白い話を見つけたからリンク貼っとくわ。一つ差し入れだと思って頑張って♪』
口元に引き攣った笑みを湛えつつ、美香はスマートフォンの画面を落とした。
それから少女は椅子の背に寄り掛かる。
今夜も、辺りは静かであった。
階下では、両親がテレビを見ているのだろう。壁越し、床越しに微かな音楽が聞こえて来る。窓の外はひっそりとして、点々と灯る街灯に隣家の輪郭がうっすらと浮かび上がっていた。後ろのベッドで眠りこける猫の姿を肩越しにちらと一瞥してから、美香は再び机の上へと目を落としたのだった。
美香にとっては何の味気も無い記号と数字の列が、黙して彼女を見つめ返した。
「……判りましたよ……やりゃいいんでしょ、やりゃ……」
ぶつぶつと呟きながら、美香はまた周期表を睨み始める。
机の端に置かれた時計が、音も無く秒針を滑らせて行った。
同じ頃、夜の国道を一台の車が走っていた。
これと言って目立つ箇所も見当たらぬワンボックスカーである。疵も凹みも無いその車は、外見に違わぬ至って常識的な速度で車道を進んでいた。
夜の更け行く中で、そこまで広くもない車道は穏やかなものであった。往来する車も疎らとなる中、道の左右では家々の窓に灯された明かりが宵闇に小さな穴を穿つように並んでいた。
車窓の向こうを流れ去るそんな景色を眺めつつ、アレクサンドル・ウラジーミロヴィチ・セレブリャコーフ、即ちサーシャはスマートフォンの向こうにいる相手へ話し掛ける。
「……判った。俺達ももうじきそっちに着く。一息入れるのは構わんが、明かりは大っぴらに点けるなよ。あの建物はだいぶ前に閉鎖されて、今は取り壊しを待つ状態だそうだからな。警察に踏み込まれでもしたら面倒だ」
ワンボックスカーの助手席に座ったサーシャの頑健そうな顔を、車道を擦れ違う対向車のヘッドライトが時折照らした。暗い車内には、ラジオから流れる洋楽が抑えられた音量で染み出すように広がっていた。
「そうだな。詳しい予定は戻ってから伝える。今は静かに英気を養っておけ」
そう告げると、サーシャは通話を終えた。
何やら気難しい表情を崩さない相棒へと向け、運転席からミハイル・リヴォーヴィチ・アーストロフ、即ちミーシャが和やかな口調で話し掛ける。
「手配してた物資が届いたのか?」
「ああ、武器も一緒にな。欠品は無いそうだ」
スマートフォンをシャツの胸ポケットしまいながら、にこりともせずサーシャが答えると、ミーシャは少し丸みを帯びた顔に対照的に笑顔を浮かばせた。
「そりゃあ良かった。まずは一安心てとこだな。流石日本のヤクザだ。気配りが細かい。これがオモテナシって奴か」
「どうだかな……」
特段面白くもなさそうに答えた後、サーシャは座席に寄り掛かる。
「……連中にあまり気を許すなよ。特にあのナカムラって男、中々の曲者だ。そういう臭いがする。それでなくても俺達みたいなのがこんな内地の奥深くまでわざわざ足を延ばしてやって来たとなれば、何かしらの疑問を抱くのが当然だろうからな」
「相変わらず用心深いな」
「チェチェンからの癖さ。それで今日まで生き延びて来られたんだ」
「違いない。お陰で俺もこうして軽口を叩いていられる」
言って、ミーシャはハンドルを左に切った。
二人の乗ったワンボックスカーは住宅街を抜け、直に大きな川に架けられた橋の袂に辿り着いた。そろそろ夜半へ差し掛かろうかという時間帯、宅地の近くでも人の姿は疎らであったが、そこから離れた川岸近くは尚の事閑散としていた。
「おっ、見えて来たな。当面の我が家、今は寂れた愛の巣が」
ミーシャの言葉に促されるように、サーシャは前方を、川向こうの土地の外れにぽつんと建つ明かりも灯されていない大きな建物へと目を移した。
「しっかし遥々日本までやって来たってのに、満足に食べ歩きも出来ないとは不便なもんだな。ベントウって奴も美味いにゃ美味いが、流石にそればっかりじゃあなあ……」
ミーシャが少し残念そうに言うと、サーシャは鼻先で一笑した。
「俺はさっさと国に戻りたいよ。水餃子が恋しくて敵わん」
そうしてワンボックスカーは橋を渡り、彼らの塒へと辿り着いたのであった。
明りも灯されず、その黒い輪郭を星明りに晒すばかりのくすんだホテルへと。
ホテルのロビーは月明かりが差し込むばかりで薄暗かったが、車を降りてそこへ入ったサーシャとミーシャの下へ、複数の男達がすぐに駆け寄って出迎えた。
「お疲れ様です」
「物資の方は?」
「上々です。一週間分の水と食料、あとは服と医薬品が少し」
サーシャの問い掛けに、真っ先に駆け寄って挨拶を遣した金髪の若い男が答える。
「銃も弾薬も届きました。籠城戦だって出来そうですよ」
「俺達は映画の撮影に来たんじゃないぞ、ワーニャ。何事も簡略かつ迅速に、だ」
意気込む若い男へ苦笑交じりにそう窘めると、サーシャは居並ぶ他の仲間達へと呼び掛ける。
「全員聞いてくれ。警察もそうだが、他の捜査機関の動きも気になる。今は良くても、時間を掛ければ掛ける程、人目に触れる回数も増えて行くだろう。さっさと済ませて海を越えた方がいい。こいつは俺の勘だが、長居は絶対に避けるべきだ」
やや険しい声で宣言したサーシャの横で、ミーシャが肩を竦めて見せる。
「やれやれ、相変わらずの堅実ぶりだな。それでどうする? 始めるのか?」
「ああ。地元のヤクザの支援も得てある。出来るだけ早く行動に移りたい」
そう答えた後、サーシャはロビーのガラス戸越しに見える、遠い街並みを肩越しに顧みた。
「そうだな、可能ならば明日の夜にでも……」
蒼白い月明かりに照らされて、十を超える影が廃屋の暗闇に蠢いていた。
人目に付かず、息遣いすら伝わらぬ陰の中で、それらは確かに蠢いていた。
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