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十章~平穏な世界を求めて~
新しい家族
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アスモデウスとの戦闘を終え捕縛の報告が伝わってすぐに城内の牢屋が紋様によって強度の補強が施され堅牢な牢が作り出されアスモデウスはそこへ収容された。目覚め次第尋問が行われる事になっている。通路内での戦闘は既に王都の住人に知られアスモデウスと関係を持っていた者を中心に小さくない騒ぎを生んでいる。そして夜が明けて正午、俺は自衛隊の駐屯地にあるアリスの病室を訪れていた。
「まだ起きないか」
「治療は終わって血もフィオちゃんに分けてもらったんですからきっとすぐに目覚めますよ。だからワタル、そんな顔しないでください。アリスちゃんもそんな事望んでないと思いますよ」
リオは我が子を慈しむ母親のような表情で眠っているアリスの頭を優しく撫でる。こういうのリオは似合うよなぁ……確かにリオの言う通り治療は済んでいて流した大量の血も輸血で補い状態は安定している。自分の無力を後悔するより前を見よう、アリスが目覚めたら先ず礼を、そしてこの国に蔓延る魔物を討ち滅ぼす。それからアスモデウスから情報を聞き出し大本を叩く。うん、やるべき事は見えてるんだ。戦闘後は辟易していたがやってやれない事はない、そう思うと幾分やる気が出てきた。
「人が死にかけてたのに随分楽しそうね」
「っ! アリス! おはよう、助けてくれてありがとうな」
「私からもお礼を言わせてください。アリスちゃん、ワタルを守ってくれてありがとう。でも、自分の事も大事にしてくださいね」
「気にしなくていいわ。私なんてあれくらいしか役に立たなかったんだから」
顔を曇らせたアリスが自嘲気味に笑い俺たちから逃げるように布団を被った。
「何言ってるんだよ、お前のおかげで俺は助かったんだぞ? あの時の攻撃、投擲の瞬間が見えなかった。あのままだったら確実に死んでたんだ」
「だから気にしなくていいって言ってるじゃない。どうせ盾くらいにしかならなかったんだから……それに、私が守らなくてもフィオが守ってたわよ」
拗ねた子供のような態度をとるアリスへの対処が分からず視線を彷徨わせ頭を掻く。どうして急にアリスはこんな態度を? 原因が分からず彷徨う視線は困った様子でため息をつくリオに行き着いた。
「リオは何か知ってるのか?」
「ワタルが眠ってる時の事です、戻ってすぐの頃はワタルの事でフィオちゃん荒れてたんです。本心ではないと思うんですけどその時八つ当たりのような感じでアリスちゃんに『役立たず』って言っちゃったんです。喧嘩腰だったんでうやむやになったんですけど……それを気にしてるんですよね?」
リオがそっと布団の上から擦るとびくりと震え動かなくなった。原因俺かよ……俺の無茶に付き合わせたせいでこうなったってことだよな。
「アリス、俺のせいで辛い思いさせて悪かった。フィオは俺の事で動揺して誰かに当たりたかっただけだと思うんだ。だから――」
「ほんとの事だもん」
「え?」
「フィオの言う事間違ってない、私安心しなさいとか言ったのに、フィオにも頼まれたのに、守ってあげられなかった」
フィオに頼まれたってのはエリュトロン戦でガントレットを持って戻った時の事か? フィオに頼られたってのはアリスにとってデカい事だったんだろうな。それが俺の無茶に付き合わせたせいで果たせなかったと、その上気になってるフィオに詰られたら傷付きもするか……それでアスモデウスを一人で倒そうとしてたのか。思い詰めているようですすり泣くような声が聞こえ始めた。
「エリュトロンの時のは俺が勝手に無茶したんだからアリスのせいじゃない。それに前回も今回もアリスが一緒に戦ってくれたから俺は生き延びたんだと思ってる、フィオもその事は分かってるって」
「ほん、と? なら、役立たずでもここに居てもいい? この温かくて優しい場所に居てもいい?」
「当たり前じゃないですか! アリスちゃんはもう私たちの家族ですよ」
リオは力いっぱいアリスを抱きしめ落ち着かせるように背中をゆっくり撫でる。
「でも私婚約者じゃない」
「じゃあワタル、婚約者一人追加でお願いしますね」
「どんな理屈だ!? そんな飯屋の注文みたいに言われましても…………」
「嫌なんですか? 可愛い女の子ですよ? それに今更一人増えたところで大して変わりないでしょう?」
「そりゃそうかもだがアリスの気持ちは――」
「ワタルの事は嫌いじゃない。みんなみたいな『好き』かはまだ分からないけど」
「だそうですよ?」
「う~あ~……はいはい、ならもう好きにしてくれ、女好きの悪評も今更だしな。あと言い忘れたがフィオはアリスの事嫌ってないからな? 血が足りなくて死にそうなお前に進んで血を分けたんだから」
俺の言葉を聞いたアリスはびっくりした様子で自分の手、血管を眺める。
「フィオの血が入ってるの?」
「ああ、偶々血液型が同じだったんだ――って泣くなよ」
「私、何も持ってなかったのに……こんなに温かい場所で、家族が……フィオが居る」
肯定してやると止まりかけだった涙が再びぽろぽろと溢れ出し、それを隠すようにリオの胸へ顔を埋めて嗚咽する。それからしばらくアリスの涙が止まることはなかった。
「どうしたのワタル? あの魔神と同じ速さで動けたんでしょ? ならもっと速くなるはずでしょ!」
「キレてたから調節とか覚えてないから難しいんだよ! それよりアリスは動きのキレが良くなってないか?」
身体が疼くからと病み上がりにも関わらず戦闘訓練に付き合わされ、足を払われ投げ飛ばされて倒れ込んだところで一息つく。
「そうなの! なんか凄く調子が良いわ」
「多分ワタルの血のせい」
「えっ? 私に入れたのはフィオの血でしょ?」
フィオの言葉にきょとんとして聞き返す。大泣きした後フィオとも話をしたようで今は蟠りなく普通に接している。フィオの方も幾分打ち解けたようで嫌うような素振りが無くなった。
「私にはワタルの血が混ざってた。私も血を貰った後変化があった」
出た、俺の血液原因説。フィオはこれを信じて疑わない。事実俺の血液型は変化が生じているからなんとも言えないが、転移だけでは他の人に変化が起きていないらしいからやっぱり異世界転移と能力のレベルが上がったことが原因だろうか?
「ワタルの血って凄いのね。高く売れそう」
「やめてくれ、戦時下だとマジでありそうだから笑えない」
「せんぱーい、王様が呼んでるよ~! 魔神が協力の条件を出してきたんだって!」
「それ本当か!?」
「うん、魔獣母体破壊の目処が立ちそうだから謁見の間に来て欲しいって」
「分かった。知らせてくれてサンキュな」
恋に礼を言うと慌てて謁見の間へ向かう。魔獣母体破壊の目処が立ちそうって一体どうするつもりなんだろう? 魔獣の壁に大岩の壁もある、あれを突破するのは簡単じゃないぞ。協力って事はアスモデウスが戦うんだろか? 確かにあいつなら難なく潜り込んで破壊は出来そうだが、ならその代価は? 与していた側を裏切るだけの見返りを与えたのか? そもそも人間を見下している風だったのに協力なんて得られるんだろうか? 謁見の間に着くまでに次々と疑問が溢れ協力という話が信じられなくなってくる、そんな状態で扉を開いた。
「おぉ、ワタルよ、そなた達が魔神を殺さず打ち倒した事でこの国が生き延びる道が見えたぞ! そなたの助言にあった敬意を払って丁寧に応対するというのも効果があったようだ」
「その事ですがアスモデウスの言う事を信じて本当に大丈夫なんでしょうか?」
「少なくとも魔獣母体破壊の協力は嘘ではない、その為に提示された方法も既に検証済みだ」
「っ!? 魔獣母体を破壊出来たんですか?」
「いや、彼の魔神が我らに提示したのは魔獣母体へ近付く方法だ。魔神は自由に振る舞う代わりに魔物への直接的な敵対行動をしないと魔物の首領と契約しているそうだ。故に破壊は我らで成さねばならぬ」
自由、ね……俺やアリスにトドメを刺さなかったのはその自由の範疇というところだろうか。
「それで、提示された方法は? 代価はなんです?」
「方法は透明化だ、一時透明になる術をかけてもらいその間に魔獣の群れと異形の巨人を潜り抜け魔獣母体へ接近し破壊する。交渉中にその術を披露し嘘ではない事も証明されている。対価は……んっん、少々言いにくいのだが…………」
代価を口にしようとした途端に王様は歯切れが悪くなり視線を彷徨わせ始めた。大臣も同様にこちらに視線を合わせようとせず、言いにくそうにもごもごしている。何かとんでもない代価を要求されているのか?
「陛下、伝えるしかありますまい。彼の行動にはこの国の、延いては世界の命運がかかっております」
おい、なんか嫌な予感がし始めたんですが……彷徨っていた視線は俺に固定され二人が押し黙ってしまった。もう完全に嫌な予感しかしない!
「ワタルよ、そなたには申し訳ないがアスモデウスと一夜だけ閨を共にして欲しい」
「嫌です」
悩むことなく即座に断る。俺じゃなくても関係を持ってたやつが担当すればいいはずだ、なんでわざわざ俺なのか、というか王様が何てこと命令してんだ。多少執着のようなものを見せてはいたが色欲を満たすだけなら相手をしたいやつなんていくらでも居そうだが。
「それでは困るのだ。魔神はお前を指名している、条件さえ果たせば透明化の術を使用し、この国から魔物を排除する事が出来たならば首領の居場所も教えると。女好きなお前には大したことない条件であろう?」
「……大臣それをティナやナハトに言えますか?」
「うぐ……そこはお前が上手く説得すればよいだろう? 異世界の魔神といえど美しい女性だ、お前に得はあっても損はあるまい?」
いや損しかないだろ。二人の名前を出した途端に狼狽えて丸投げしてきた。こんなの受けたらみんなになんて言われるか……考えただけでも恐ろしい。大体、不特定多数と関係を結ぶような相手と関わりたくない。
「うむ、やはり駄目か。レジスに話を聞いた時にそう言うのではないかとは思っていたが……ならばワタルよ、自ら魔神と交渉し譲歩を引き出してみせよ。アスモデウスはそなたに対する執着を見せていると聞いている、もしやそなたの言葉であれば簡単に聞き入れるかもしれぬ」
「お、俺の代わりの希望者を募るというのは……?」
「あの魔神と関わっていた事で民も兵も人間関係に軋みが生じている、そのような事をすれば更なる混乱を招くだろう。それに魔神はお前を寄越せと言って譲らぬ、交渉してどうにか一夜にしてもらったのだ。これ以上を望むのであれば陛下の仰る通り自身で交渉せよ」
「俺を篭絡するつもりかもしれませんよ?」
「そなたはあれだけ愛する女たちが居るというのに魔神に現を抜かすのか?」
「いや、そんな事はないですけど――」
「であれば大丈夫だ。余はそなたを信じている、健闘を祈る」
結局丸投げされたー! もういいよ、自分でどうにかして見せるさ。しかし透明化か……それで最初に遭遇した時にクーニャが不意打ちを受けたのか。エリュトロンとの戦いを覗かれていたのに気付かなかったのも姿が完全に消えていたからだろう。確かに協力を得られたら便利だろうが……どうなることやら。
「それで? ボウヤはいつまでそうやっているつもりかしら?」
アスモデウス用に設えられ牢屋にしては備品が豪華な部屋を訪れ檻を挟んで魔神を睨み付けること十数分、見られる事など気にした風もなく綺麗なベッドに寝転がり頬杖を突いて艶やかな微笑みを向けてくる。
「条件を飲みに来たんじゃないのかしら? こっちにいらっしゃいな」
「さっきも言ったが、その条件をどうにかしてくれ。俺はお前と関係を結ぶ気が無い」
「ならお引き取りを。ボウヤを私の虜にしたいところを、殺さずにおいてくれた事や随分と丁寧な扱いをした事に対しての返礼として一夜というところまで譲歩したのに……何が不満なのかしら?」
普通の男なら喜んで飛び付きそうな条件なのにと呟きベッドの上で不貞腐れる魔神、自分の髪をくるくると指先で弄んだり身体のラインを強調するように撫で流し目を送ってくるが我関せずと視線を逸らす。代案を出すしかないんだろうがこれといったものを思いつかない。
「俺には好きな相手がいるからだ。そうじゃなくてもお前みたいなのは苦手なんだよ、他の条件に変えてくれ」
「い・や・よ。そんな話を聞いたら余計にボウヤを虜にしたくなってきたもの」
「なんでそこまで俺に拘る? 男なんて他にいくらでも居るだろう? この世界の人間半分が男なんだし、喜んでお前と関係を結ぶやつだっているだろ」
「私と同等の動きをする人間なんて他に居ないわよ? 私に並ぶ人間なんて稀有な存在、興味を惹かれて当然でしょう? まぁ興味という点ではあのちんちくりんも中々だけど、でも私は戦闘より色事が好きなの。だから私の興味の一番はあなた、あなたが欲しい」
気だるげに起き上がりベッドにぺたんと座った状態で誘うように手招きしてくる。弱体化させていたとはいえ確かにあの時の俺は異常な速さだった。フィオもナハトも驚いていたしなぁ……今は再現出来ない状態だが。それにしても、ヴァーンシアに来てからこっち、俺の女運どうなってるんだ? 魔神にまで興味持たれたぞ。
「はぁ……なら協力は要らないからディーの居場所だけ教えてくれ」
「それも嫌、用済みになったら殺されるかもしれないでしょう? 私はここから出られない、檻の外からボウヤが外法師の玩具にしたような攻撃を撃たれたらあっけなく死んじゃうもの。負けてしまったし死ぬなら死ぬで構わないのだけど一つくらい満足して死にたいわ、だからボウヤとの一夜は絶対条件」
「……お前この国で人を殺したか?」
「? ん~……この国に来てからはまだ殺していないわね。そもそもあまり殺さないし、私は人間で愉しむのが目的だもの。時には快楽を時には崩れていく人間関係の観察を、そういうのが趣味なのは分かるでしょう? その為には殺すより生かしておかないと」
「ああ、気分の悪くなる説明をしてもらったからな……俺の一存では何とも言えないが悪さをしないなら処刑はされないんじゃないかと思う」
「相手を寝取って恋人や夫婦の関係を掻き乱すのは?」
「悪さだ」
「じゃあ性に対して奔放にさせてその成り行きを観察するのは?」
「悪さだ」
「なら無理~、愉しみの半分が無くなるじゃない。そんな生活ボウヤが一生相手をしてくれないと生きていけないわ」
悪趣味な上にめんどくさい。どれだけ俺に拘る気だ? 厄介な奴に興味を持たれたものだ。いっそのことこいつの元の世界に送り返せればいいんだが、カーバンクルの宝石があればどうにかなるか? 俺の世界とも行き来出来るんだし他世界の住人のアスモデウスが望むならその世界にも行けそうなもんだが。
「なら元の世界に戻してやるって言ったら」
「別に帰してくれなくていいわ、私の世界人間が少なくなってて面白みがないもの。そんな事よりそろそろ決断したら? 私は譲歩する気はないわよ? 諸悪の根源の居場所、知りたいのでしょう?」
条件を飲む気はない。とはいえ情報は必要だ、ディーに召喚能力があるのならば早くどうにかしなければこの先際限なく異世界の脅威を呼び出し続けるだろう。当惑して黙り込み眉をひそめる俺に痺れを切らしたアスモデウスは一つの提案をしてきた。
「そこまで悩む程嫌なのね、少し自分に自信がなくなるわ。ならこういうのはどうかしら? 賭けをしましょう。その動物を傍に置かない状態で私の能力に半刻耐える事が出来たなら無条件で透明化の術の使用も情報の提供もする。耐える事が出来ず檻を開けてこちらに来たら私の勝ち、そしたらボウヤの事を好きに楽しませてもらうわ」
もさの事はバレてたか。交渉時には惑わされないようにって常に傍に置くようにしてた事で見抜かれたんだろう。半刻ってたしか一時間だったよな? ……あの時は僅かな時間で情動に支配された。あんなものを一時間も耐えられるのか?
「少し時間を――」
「ダメよ、今ここで決めなさい。断るなら最初の条件でしか情報提供はしない、今この瞬間だけの機会よ」
「…………分かった。その賭けに乗った!」
「うふふ、結果が楽しみね」
「まだ起きないか」
「治療は終わって血もフィオちゃんに分けてもらったんですからきっとすぐに目覚めますよ。だからワタル、そんな顔しないでください。アリスちゃんもそんな事望んでないと思いますよ」
リオは我が子を慈しむ母親のような表情で眠っているアリスの頭を優しく撫でる。こういうのリオは似合うよなぁ……確かにリオの言う通り治療は済んでいて流した大量の血も輸血で補い状態は安定している。自分の無力を後悔するより前を見よう、アリスが目覚めたら先ず礼を、そしてこの国に蔓延る魔物を討ち滅ぼす。それからアスモデウスから情報を聞き出し大本を叩く。うん、やるべき事は見えてるんだ。戦闘後は辟易していたがやってやれない事はない、そう思うと幾分やる気が出てきた。
「人が死にかけてたのに随分楽しそうね」
「っ! アリス! おはよう、助けてくれてありがとうな」
「私からもお礼を言わせてください。アリスちゃん、ワタルを守ってくれてありがとう。でも、自分の事も大事にしてくださいね」
「気にしなくていいわ。私なんてあれくらいしか役に立たなかったんだから」
顔を曇らせたアリスが自嘲気味に笑い俺たちから逃げるように布団を被った。
「何言ってるんだよ、お前のおかげで俺は助かったんだぞ? あの時の攻撃、投擲の瞬間が見えなかった。あのままだったら確実に死んでたんだ」
「だから気にしなくていいって言ってるじゃない。どうせ盾くらいにしかならなかったんだから……それに、私が守らなくてもフィオが守ってたわよ」
拗ねた子供のような態度をとるアリスへの対処が分からず視線を彷徨わせ頭を掻く。どうして急にアリスはこんな態度を? 原因が分からず彷徨う視線は困った様子でため息をつくリオに行き着いた。
「リオは何か知ってるのか?」
「ワタルが眠ってる時の事です、戻ってすぐの頃はワタルの事でフィオちゃん荒れてたんです。本心ではないと思うんですけどその時八つ当たりのような感じでアリスちゃんに『役立たず』って言っちゃったんです。喧嘩腰だったんでうやむやになったんですけど……それを気にしてるんですよね?」
リオがそっと布団の上から擦るとびくりと震え動かなくなった。原因俺かよ……俺の無茶に付き合わせたせいでこうなったってことだよな。
「アリス、俺のせいで辛い思いさせて悪かった。フィオは俺の事で動揺して誰かに当たりたかっただけだと思うんだ。だから――」
「ほんとの事だもん」
「え?」
「フィオの言う事間違ってない、私安心しなさいとか言ったのに、フィオにも頼まれたのに、守ってあげられなかった」
フィオに頼まれたってのはエリュトロン戦でガントレットを持って戻った時の事か? フィオに頼られたってのはアリスにとってデカい事だったんだろうな。それが俺の無茶に付き合わせたせいで果たせなかったと、その上気になってるフィオに詰られたら傷付きもするか……それでアスモデウスを一人で倒そうとしてたのか。思い詰めているようですすり泣くような声が聞こえ始めた。
「エリュトロンの時のは俺が勝手に無茶したんだからアリスのせいじゃない。それに前回も今回もアリスが一緒に戦ってくれたから俺は生き延びたんだと思ってる、フィオもその事は分かってるって」
「ほん、と? なら、役立たずでもここに居てもいい? この温かくて優しい場所に居てもいい?」
「当たり前じゃないですか! アリスちゃんはもう私たちの家族ですよ」
リオは力いっぱいアリスを抱きしめ落ち着かせるように背中をゆっくり撫でる。
「でも私婚約者じゃない」
「じゃあワタル、婚約者一人追加でお願いしますね」
「どんな理屈だ!? そんな飯屋の注文みたいに言われましても…………」
「嫌なんですか? 可愛い女の子ですよ? それに今更一人増えたところで大して変わりないでしょう?」
「そりゃそうかもだがアリスの気持ちは――」
「ワタルの事は嫌いじゃない。みんなみたいな『好き』かはまだ分からないけど」
「だそうですよ?」
「う~あ~……はいはい、ならもう好きにしてくれ、女好きの悪評も今更だしな。あと言い忘れたがフィオはアリスの事嫌ってないからな? 血が足りなくて死にそうなお前に進んで血を分けたんだから」
俺の言葉を聞いたアリスはびっくりした様子で自分の手、血管を眺める。
「フィオの血が入ってるの?」
「ああ、偶々血液型が同じだったんだ――って泣くなよ」
「私、何も持ってなかったのに……こんなに温かい場所で、家族が……フィオが居る」
肯定してやると止まりかけだった涙が再びぽろぽろと溢れ出し、それを隠すようにリオの胸へ顔を埋めて嗚咽する。それからしばらくアリスの涙が止まることはなかった。
「どうしたのワタル? あの魔神と同じ速さで動けたんでしょ? ならもっと速くなるはずでしょ!」
「キレてたから調節とか覚えてないから難しいんだよ! それよりアリスは動きのキレが良くなってないか?」
身体が疼くからと病み上がりにも関わらず戦闘訓練に付き合わされ、足を払われ投げ飛ばされて倒れ込んだところで一息つく。
「そうなの! なんか凄く調子が良いわ」
「多分ワタルの血のせい」
「えっ? 私に入れたのはフィオの血でしょ?」
フィオの言葉にきょとんとして聞き返す。大泣きした後フィオとも話をしたようで今は蟠りなく普通に接している。フィオの方も幾分打ち解けたようで嫌うような素振りが無くなった。
「私にはワタルの血が混ざってた。私も血を貰った後変化があった」
出た、俺の血液原因説。フィオはこれを信じて疑わない。事実俺の血液型は変化が生じているからなんとも言えないが、転移だけでは他の人に変化が起きていないらしいからやっぱり異世界転移と能力のレベルが上がったことが原因だろうか?
「ワタルの血って凄いのね。高く売れそう」
「やめてくれ、戦時下だとマジでありそうだから笑えない」
「せんぱーい、王様が呼んでるよ~! 魔神が協力の条件を出してきたんだって!」
「それ本当か!?」
「うん、魔獣母体破壊の目処が立ちそうだから謁見の間に来て欲しいって」
「分かった。知らせてくれてサンキュな」
恋に礼を言うと慌てて謁見の間へ向かう。魔獣母体破壊の目処が立ちそうって一体どうするつもりなんだろう? 魔獣の壁に大岩の壁もある、あれを突破するのは簡単じゃないぞ。協力って事はアスモデウスが戦うんだろか? 確かにあいつなら難なく潜り込んで破壊は出来そうだが、ならその代価は? 与していた側を裏切るだけの見返りを与えたのか? そもそも人間を見下している風だったのに協力なんて得られるんだろうか? 謁見の間に着くまでに次々と疑問が溢れ協力という話が信じられなくなってくる、そんな状態で扉を開いた。
「おぉ、ワタルよ、そなた達が魔神を殺さず打ち倒した事でこの国が生き延びる道が見えたぞ! そなたの助言にあった敬意を払って丁寧に応対するというのも効果があったようだ」
「その事ですがアスモデウスの言う事を信じて本当に大丈夫なんでしょうか?」
「少なくとも魔獣母体破壊の協力は嘘ではない、その為に提示された方法も既に検証済みだ」
「っ!? 魔獣母体を破壊出来たんですか?」
「いや、彼の魔神が我らに提示したのは魔獣母体へ近付く方法だ。魔神は自由に振る舞う代わりに魔物への直接的な敵対行動をしないと魔物の首領と契約しているそうだ。故に破壊は我らで成さねばならぬ」
自由、ね……俺やアリスにトドメを刺さなかったのはその自由の範疇というところだろうか。
「それで、提示された方法は? 代価はなんです?」
「方法は透明化だ、一時透明になる術をかけてもらいその間に魔獣の群れと異形の巨人を潜り抜け魔獣母体へ接近し破壊する。交渉中にその術を披露し嘘ではない事も証明されている。対価は……んっん、少々言いにくいのだが…………」
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「ワタルよ、そなたには申し訳ないがアスモデウスと一夜だけ閨を共にして欲しい」
「嫌です」
悩むことなく即座に断る。俺じゃなくても関係を持ってたやつが担当すればいいはずだ、なんでわざわざ俺なのか、というか王様が何てこと命令してんだ。多少執着のようなものを見せてはいたが色欲を満たすだけなら相手をしたいやつなんていくらでも居そうだが。
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「……大臣それをティナやナハトに言えますか?」
「うぐ……そこはお前が上手く説得すればよいだろう? 異世界の魔神といえど美しい女性だ、お前に得はあっても損はあるまい?」
いや損しかないだろ。二人の名前を出した途端に狼狽えて丸投げしてきた。こんなの受けたらみんなになんて言われるか……考えただけでも恐ろしい。大体、不特定多数と関係を結ぶような相手と関わりたくない。
「うむ、やはり駄目か。レジスに話を聞いた時にそう言うのではないかとは思っていたが……ならばワタルよ、自ら魔神と交渉し譲歩を引き出してみせよ。アスモデウスはそなたに対する執着を見せていると聞いている、もしやそなたの言葉であれば簡単に聞き入れるかもしれぬ」
「お、俺の代わりの希望者を募るというのは……?」
「あの魔神と関わっていた事で民も兵も人間関係に軋みが生じている、そのような事をすれば更なる混乱を招くだろう。それに魔神はお前を寄越せと言って譲らぬ、交渉してどうにか一夜にしてもらったのだ。これ以上を望むのであれば陛下の仰る通り自身で交渉せよ」
「俺を篭絡するつもりかもしれませんよ?」
「そなたはあれだけ愛する女たちが居るというのに魔神に現を抜かすのか?」
「いや、そんな事はないですけど――」
「であれば大丈夫だ。余はそなたを信じている、健闘を祈る」
結局丸投げされたー! もういいよ、自分でどうにかして見せるさ。しかし透明化か……それで最初に遭遇した時にクーニャが不意打ちを受けたのか。エリュトロンとの戦いを覗かれていたのに気付かなかったのも姿が完全に消えていたからだろう。確かに協力を得られたら便利だろうが……どうなることやら。
「それで? ボウヤはいつまでそうやっているつもりかしら?」
アスモデウス用に設えられ牢屋にしては備品が豪華な部屋を訪れ檻を挟んで魔神を睨み付けること十数分、見られる事など気にした風もなく綺麗なベッドに寝転がり頬杖を突いて艶やかな微笑みを向けてくる。
「条件を飲みに来たんじゃないのかしら? こっちにいらっしゃいな」
「さっきも言ったが、その条件をどうにかしてくれ。俺はお前と関係を結ぶ気が無い」
「ならお引き取りを。ボウヤを私の虜にしたいところを、殺さずにおいてくれた事や随分と丁寧な扱いをした事に対しての返礼として一夜というところまで譲歩したのに……何が不満なのかしら?」
普通の男なら喜んで飛び付きそうな条件なのにと呟きベッドの上で不貞腐れる魔神、自分の髪をくるくると指先で弄んだり身体のラインを強調するように撫で流し目を送ってくるが我関せずと視線を逸らす。代案を出すしかないんだろうがこれといったものを思いつかない。
「俺には好きな相手がいるからだ。そうじゃなくてもお前みたいなのは苦手なんだよ、他の条件に変えてくれ」
「い・や・よ。そんな話を聞いたら余計にボウヤを虜にしたくなってきたもの」
「なんでそこまで俺に拘る? 男なんて他にいくらでも居るだろう? この世界の人間半分が男なんだし、喜んでお前と関係を結ぶやつだっているだろ」
「私と同等の動きをする人間なんて他に居ないわよ? 私に並ぶ人間なんて稀有な存在、興味を惹かれて当然でしょう? まぁ興味という点ではあのちんちくりんも中々だけど、でも私は戦闘より色事が好きなの。だから私の興味の一番はあなた、あなたが欲しい」
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「はぁ……なら協力は要らないからディーの居場所だけ教えてくれ」
「それも嫌、用済みになったら殺されるかもしれないでしょう? 私はここから出られない、檻の外からボウヤが外法師の玩具にしたような攻撃を撃たれたらあっけなく死んじゃうもの。負けてしまったし死ぬなら死ぬで構わないのだけど一つくらい満足して死にたいわ、だからボウヤとの一夜は絶対条件」
「……お前この国で人を殺したか?」
「? ん~……この国に来てからはまだ殺していないわね。そもそもあまり殺さないし、私は人間で愉しむのが目的だもの。時には快楽を時には崩れていく人間関係の観察を、そういうのが趣味なのは分かるでしょう? その為には殺すより生かしておかないと」
「ああ、気分の悪くなる説明をしてもらったからな……俺の一存では何とも言えないが悪さをしないなら処刑はされないんじゃないかと思う」
「相手を寝取って恋人や夫婦の関係を掻き乱すのは?」
「悪さだ」
「じゃあ性に対して奔放にさせてその成り行きを観察するのは?」
「悪さだ」
「なら無理~、愉しみの半分が無くなるじゃない。そんな生活ボウヤが一生相手をしてくれないと生きていけないわ」
悪趣味な上にめんどくさい。どれだけ俺に拘る気だ? 厄介な奴に興味を持たれたものだ。いっそのことこいつの元の世界に送り返せればいいんだが、カーバンクルの宝石があればどうにかなるか? 俺の世界とも行き来出来るんだし他世界の住人のアスモデウスが望むならその世界にも行けそうなもんだが。
「なら元の世界に戻してやるって言ったら」
「別に帰してくれなくていいわ、私の世界人間が少なくなってて面白みがないもの。そんな事よりそろそろ決断したら? 私は譲歩する気はないわよ? 諸悪の根源の居場所、知りたいのでしょう?」
条件を飲む気はない。とはいえ情報は必要だ、ディーに召喚能力があるのならば早くどうにかしなければこの先際限なく異世界の脅威を呼び出し続けるだろう。当惑して黙り込み眉をひそめる俺に痺れを切らしたアスモデウスは一つの提案をしてきた。
「そこまで悩む程嫌なのね、少し自分に自信がなくなるわ。ならこういうのはどうかしら? 賭けをしましょう。その動物を傍に置かない状態で私の能力に半刻耐える事が出来たなら無条件で透明化の術の使用も情報の提供もする。耐える事が出来ず檻を開けてこちらに来たら私の勝ち、そしたらボウヤの事を好きに楽しませてもらうわ」
もさの事はバレてたか。交渉時には惑わされないようにって常に傍に置くようにしてた事で見抜かれたんだろう。半刻ってたしか一時間だったよな? ……あの時は僅かな時間で情動に支配された。あんなものを一時間も耐えられるのか?
「少し時間を――」
「ダメよ、今ここで決めなさい。断るなら最初の条件でしか情報提供はしない、今この瞬間だけの機会よ」
「…………分かった。その賭けに乗った!」
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※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
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追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
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