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十章~平穏な世界を求めて~
雷神無双
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鋭く風を切る回し蹴りが俺の右側頭部を打ち抜こうと一瞬の迅さで迫る、それをガードしようと構えた腕に足が触れた瞬間、猛烈なスピードの乗っていた蹴りの威力は跡形もなく霧散した。所謂寸止めというやつだ、だが先程までの攻防を考えると寸止めしてもらえるとは思えずかなりの痛みを覚悟していたところだっただけに拍子抜けしてその場に座り込んだ。大防壁での事件から程なくして身体を動かす事が問題なくなった頃にはリハビリのはずが徒手空拳での戦闘訓練に様変わりしていた。
「あ~、全然駄目だ。一方的だし身体動かねぇ」
「そんな事ない、ちゃんと成長してる」
座り込んだ俺の後ろへとことことこっと回り込んでさっきまでの苛烈さとは打って変わって優しい手つきで頭を撫でてくる。撫でるのはいいが撫でられると妙な感じだ、それが小さい相手の小さな手だから余計にだ。
「フィオが認めてくれるのは珍しいな、戦う事に関してはいつも厳しいのに」
「気付いてないの? 今は剣が無いから紋様の力もない、能力が不安定だから強化も使ってない。そんな状態で私の動きに反応出来てる、凄い成長。それに私は元々認めてる」
「その割にはまだまだって言われっぱなしな気がするけどな……それにしても、そういやそうだな。反応、出来てたな…………?」
今更ながら現状が理解出来なくて首を捻る。無茶が続いて身体がそれに適応したのか? 成長する事自体は悪い事じゃないが身体は普通の人間なのにここまで成長出来るものか? 戦闘なんてものが身近になってまだ一年と数か月程度、自慢じゃないが俺は天才じゃない。それがこの期間だけで超人的な身体能力のフィオの動きに対応出来るようになるものか? 嘗めてると怒られるかもしれないがスポーツ選手程度になってるくらいなら納得出来るが、それを遥かに凌ぐフィオの動きに対応できるというのは……勿論程々に加減はされていただろうが、それでもこの成長は妙だ。何らかの力が働いていたとしか考えられない。
「フィオは変だと思わないのか? 俺の身体は並みの人間だぞ。何も無しでここまで伸びるものか?」
「……わ、私の指導が良かった?」
何か知っとるな、どもった上に困った様子でそろ~っと視線を逸らした。知ってるって事はフィオが仕掛けたってことなのか? そういえば訓練らしいものが始まったのはエルフの村に辿り着いてからだ。フィオとナハトが絡んでいるのかもしれない、俺は何から何までフィオに頼って鍛えられてたんだな。黙っていたのは成長しやすい事に驕って訓練を怠けないようにだろうか? それも含めてフィオの指導のお陰だな。
座り込んだ自分の膝をぽんぽんと叩くとちょこんとフィオがそこへ座り、それを後ろから抱き締めた。
「ほんと可愛いやつだな~」
「本当?」
「初めて会った時の怖さとかが抜けてるのとフィオの事を知った後だから余計に可愛く感じる」
そう言ってやると表情はほにゃほにゃとだらしなく緩み甘えるように体重をこちらに預けてくる。身体は疲れているがこの重さは心地良くそのまま頭を撫でる。やっぱり撫でる方がしっくりくるな。
「私が居ない間に抜け駆けとはズルいぞフィオ、訓練をしていたんじゃないのか?」
「してた。ワタルは確実に強くなってる、何の補助もない状態で私の動きに対処出来るようになってきている」
「本当か? それは凄いな。私もその実力を試してみたいぞ」
戻ったばかりのナハトがファイティングポーズをとってこちらに拳を打ち込む動きを見せる。さっきまで散々やってたのにまだやれと言うか。
「それより魔獣母体はどうなったんだ? 破壊できたのか?」
「いや、やはり私やレイナの炎での直接攻撃も周囲の魔物を燃やして炎を燃え広がらせるというのも駄目だった。あれに近付いた瞬間掻き消えるんだ。ユウヤの能力も同様だ、氷槍を降らせても氷結させようとしても効果が無かった。アヤノの力で底上げしていても周囲の魔物への効果も薄い状態だ」
魔獣母体の発見後、覚醒者やエルフをクーニャに運んでもらって上空からの強襲作戦が行われているが防御機構に阻まれて失敗に終わっている。そもそも攻撃的な能力の中では特に強い力を持ってる紅月や優夜で駄目なら他の覚醒者の能力が効果が無いのは当然かもしれない。
「先ず能力の弱体化と花粉を無効化してる奴を倒すしかないか?」
「それをするにしても数が尋常じゃない、片っ端から片付けていくにしても増え続けていたのではどうにもならないぞ」
「能力じゃなくて直接叩いたら?」
「魔獣母体が一つならそれもありだろうがそうじゃない。攻撃役を下ろした後に回収、その後また降下、そんな事を繰り返させてくれるほど奴らも甘くないだろう、異形の巨人も居る事だしな。せめて能力が万全なら一度上空に逃げる事無くそのまま転進して次の目標へ突き進む事も可能だろうが、魔獣母体の同士の距離もそれなりに離れているから能力が弱体化したままだと精鋭で事に当たるにしても難しいだろう」
フィオの言葉をナハトが即座に否定した。僅かに不満そうな顔をしたが納得出来る部分もあるのか何も言わずに黙り込んだ。そうなると能力を万全にする為には今度は敵の数が問題になる訳だ。堂々巡りじゃないか……覚醒者の能力の弱体化や花粉の無効化は魔物側にとって最大の利点なはず、なら魔獣母体と同じように何かしらの守りがある。広域攻撃を仕掛けて効果が現れない場所に弱体化と無効化の要が居ると考えてもいいんじゃないだろうか。魔物の数と防壁の規模から考えても全体に効果を及ぼす為に群れから外れているとは考えにくい。弱体化は人間やエルフにだけ効果が出ているからクーニャの雷は元の威力そのままで使えるし黒雷も多少威力が削がれてても尚十分な威力を保ってる。問題は制御が上手くいかない事だな……電撃使用によるダメージはフィオのガントレットと同じ効果の紋様を刺青のように両腕に施してもらったから使う分には問題ないんだが狙った所に当たらないのがなぁ。
「クーニャと俺で広域攻撃を仕掛けて結界の要をあぶり出すのはどうだ?」
「ふむ……確かにワタルの能力は他に類をみないほどに強力なものになっているが、制御は出来るのか? ワタル自身の能力使用の危険性は解決したが制御出来ていないなら周囲に危険が及ぶだろう? 飛行中のクーニャを蝕むぞ」
「あ~、そこは俺は地上からクーニャ上空からって分担すればいいんじゃないか? ――おぉう、睨むなよ二人とも」
「一人であの魔物の群れの中に飛び込むなど絶対に反対だっ! もう絶対にあんなボロボロの状態にはさせないからな!」
死にかけの俺を思い出したのかナハトは半泣きになりながら大声を上げる。こりゃ駄目か……かといって悠長にしている時間もないんだが、どうにかして制御できるようになるしかないのか? 前回だってかなり時間を食ったのに更に強力になった黒雷だとどれ程時間を消費する事になるのか――。
「やろう、ワタルは私とアリスが守る。これ以上魔獣が増え続けたら防壁があっても突破される、ワタルの制御が完璧になるのを待ってられない」
「な、何を言っている! お前はあの状態のワタルを忘れたのか? 私はもう二度とあんなワタルは見たくないぞ」
「私だってそれは同じ、だから今度こそ絶対に守る」
声を荒げたナハトと静かな強い意思を宿したフィオが睨み合う。
「巻き込むし電撃発してる間は無敵みたいなもんだから一人でも――」
「絶対ダメ!」
「絶対ダメだ!」
「はいごめんなさい!」
鬼の形相で睨まれて速攻で降伏した。二人とも威圧感が半端じゃない、今すぐにでも縛り上げて監禁しそうな雰囲気だ。
「時間がないのはナハトも気付いてるはず。魔獣の体がどんどん大きくなってきてる、それに気付いた兵士たちの士気の維持も難しくなってる。ワタルやみんなが突出した能力を持ってても迫って来てる敵全てを相手に出来る訳じゃない、兵士一人ひとりが尽力する必要がある。だから士気高揚は必要、その為にも勝てる希望を見せないといけない」
「その為にワタルを危険に晒すのか?」
「そんな事しない。私とアリスならワタルを守りながら黒雷の回避も可能。この国にはワタルの大切なものがあるからいざとなったら絶対に無茶する、なら少し危険でも対処出来るうちに対処しておくべき」
無茶なんて好き好んでしたくないが、フィオの言う通りいざとなったら身体が勝手に動くからなぁ。フィオとナハトの睨み合いが数分続き一瞬ナハトがこちらに視線を向けた後諦めたように溜め息をついた。
「……悔しいがフィオの言う通りだ。これ以上状況が悪くなった時に無茶される方が怖い。分かった、お前を信じる。ワタルを絶対に守ってくれ」
こうして直ちにあぶり出し作戦が開始される事になった。
「本当によいのか? 魔物と魔獣の群れの中心だぞ?」
「ああ、俺たちを下ろした後はそっちも頼むぞ」
地上担当が俺とフィオとアリス、空担当がクーニャとナハトと紅月、クーニャは地上の魔物へ向けての波状攻撃を担当してそれを阻止しに向かってくる物をナハトと紅月が担当するといった具合だ。
「ワタルは剣もないし強化の加減も出来ないから絶対に直接戦闘はしないで、近付いて来たのは私とアリスで処理する」
「腕が鳴るわね、新しく作ってもらった武器の具合をようやく試せる」
「遊びじゃない」
「分かってるわよ。毎日死闘みたいな訓練をしてたんだから今度はちゃんと守るわよ」
新調された大鎌を器用に回転させてアリスが意気込む。大鎌と剣二本にフィオの物と同じガントレットが新しいアリスの装備だ。剣身は刀のように片刃で反った刃には当然の如く紋様が刻まれている。それぞれ自己治癒力高めるものと覚醒者や魔物の能力を切り裂くという効果があるらしい。大鎌の方は万物を切り裂くとか……ミシャはアリスの装備に着手していて時間が足りなかったため俺の剣は出来ていないとの事。
「降ろすぞ!」
咆哮と共に着地点へ極太の落雷が叩き付けられ魔物を払い降り立つ。八方に悍ましい化け物が溢れ目の前に現れた餌を我先にと奪いに来る。
「チッ、失せよ下等なものどもよっ!」
「いい、行けクーニャ」
「死ぬ事は許さぬぞ!」
クーニャが放った電撃が波紋が広がるように降り注ぎながら降り立った俺たちを中心に拡散していき魔物を薙ぎ倒す。しかし魔物は怯むどころか敵意を剥き出しにして群がり始めた。
「よし、敵をあぶり出すぞ」
「ワタル……締まらない」
「しょ、しょうがないだろっ! 制御は手に集める以外はからきしなんだから」
電撃を放とうと正面へ伸ばした腕から発した黒雷は身体へ絡み付き背中の方からあらぬ方向へ飛んでいきフィオを襲った。それを裏拳で弾いて魔物の中へ撃ち込んだ。二人が電撃無効化のガントレット着けてくれてて本当によかった。
「いいからさっさと撃ち続けなさいよ。全域に撃ち込まないとあぶり出しなんて出来ないでしょ、こっちは気にしなくていいから放射状に撃つとかしないと」
そんな上手くいけば良かったんだが、不規則に暴れ回る黒雷は時にのたうつ蛇のように撓る鞭の如く襲い掛かり、時にどこまでも貫く鎗のように魔物の群れへと突き刺さり感電させ周囲に魔物の死体が増えていく。やはり均等にとはいかず点々と撃ち漏らしが出てくるがそれを補うように上空から雷が轟音と共に突き刺さる。
「上は順調みたいだな」
量産型ディアボロスが群がり始めているが上手く躱しながら爆炎で数を減らしているようだ。っ! 俺たちの行動に気付いたヘカトンケイルが投石を始めた。上空では電撃で大岩を砕いて回避しているが、こちらを狙った物が魔物の死体を圧し潰し勢いで地面にめり込む。この軌道は、直撃する!? 破壊を――。
「ワタルは気にせずワタルの仕事をしてて」
アリスが飛来した巨岩を大鎌で十二に割り、俺と破片との間にフィオが滑り込んでアル・マヒクで弾き飛ばしていく。全て弾くとフィオが大丈夫だと視線を送ってくる。
「ああ分かったよ。全部消し飛ばすつもりで放出を続けるから気を付けろよ」
魔物が蔓延る地獄を黒白の光が満たし死体の山を築く。勢いは凄いがこのまま押し切るには力が足りないし電池切れの心配もある、能力の弱体化か花粉の無効化のどちらかだけでも解除しないと――暴れ狂う黒雷がヘカトンケイルの居る方向へ着弾した瞬間反射されたように撥ね返って来た。それを競うようにフィオとアリスが殴り付けて散らせた。
「あそこか、結界の要の防御機構か別の魔物の能力か」
「要で合ってると思う。他の地点に落ちたクーニャの電撃もいくつか弾かれた、ハイオークが個々に持ってる能力なら同じ能力で統一なんて出来ないはず。統一されてるなら――」
「作って与えられた奴って事ね」
「能力の反射か……この距離ならどうにか突っ切れるか? 目標は追えてるか?」
「大丈夫、全部で六匹。額に濁った水晶みたいなのが付いてる」
「なるほどな、剣もない今の俺じゃ討ち取れない。俺が道を開くから処理は任せていいか?」
「道を開くって、能力制御出来ないのにどうするのよ?」
「こうするんだよ」
好き放題に暴れさせていた黒雷を両手に集中させてドラゴンの爪のような状態を形作る。巨大な爪は剣を持ったのと同程度にはリーチがあり触れただけで感電死を招く凶爪だ。
「面白いだろ? 手に集めるのだけは出来たから遊んでるうちに出来るようになったんだ。雷爪ってところだな」
「そんなの習得する暇があるなら電撃の制御を練習すればいいのに」
「そうね」
「えー、もっと驚いてくれてもいいだろ。というか電撃の方も練習してたけど上手くいかなかったんだ! もういいだろ、見失ったらマズいしさっさと行くぞ」
不満そうな二人を残して先陣を切り獣が獲物を引き裂くが如く雷爪を振るい感電させていく。強化が無い分身体能力は劣るが無理を強いていないから幾分身体が軽い気がする。ヘカトンケイル前方から俺たちが進み後方にはクーニャ達が回り込んでいる。
「ヘカトンケイルの左右に二体ずつ、後方に二体居る」
「私は左に行く、フィオは右よ」
「ん。ワタルは私と一緒に来て」
ヘカトンケイルに近付きその大きさを実感し始めたところで二手に分かれた。フィオは俺の左手を引っ掴み右側面へと疾走する。空いた右手を振るいすれ違う魔物を感電させながら突き進み遂にそれらしい魔獣を正面に捉えた。刹那、額に菱形の水晶のような物がある獅子へとナイフを投擲しそれは見事に額に突き刺さり、動きが止まった獅子の体をアル・マヒクが割断した。ヘカトンケイルの後方ではクーニャが魔獣を一体握り潰している、アリスの方も一体狩ったようだ。残り三体、三方からの強襲にヘカトンケイルが戸惑い動きを鈍らせている。あれだけ腕があるんだから三方に攻撃する事も出来るだろうに、それをしないって事は巻き込んではいけないものが居るから。こいつらが要で正解だ。神速の風が次の魔獣を捉え多頭の大蛇を寸断した。途端に爆炎が周囲を包みそれを低空飛行で突き抜けてきたクーニャの手に掴まれ、そのまま旋回して逆方向に居たアリスも無事に回収した。
「爆炎はヘカトンケイルへの目眩しか」
「ワタルー! 作戦は成功だ。炎の威力が元に戻っている、花粉の効果も徐々に現れるはずだ」
「よっしゃー! あとは魔獣母体を破壊すれば希望が見えてくる!」
目的を無事に達成して俺たちは帰還した。
「あ~、全然駄目だ。一方的だし身体動かねぇ」
「そんな事ない、ちゃんと成長してる」
座り込んだ俺の後ろへとことことこっと回り込んでさっきまでの苛烈さとは打って変わって優しい手つきで頭を撫でてくる。撫でるのはいいが撫でられると妙な感じだ、それが小さい相手の小さな手だから余計にだ。
「フィオが認めてくれるのは珍しいな、戦う事に関してはいつも厳しいのに」
「気付いてないの? 今は剣が無いから紋様の力もない、能力が不安定だから強化も使ってない。そんな状態で私の動きに反応出来てる、凄い成長。それに私は元々認めてる」
「その割にはまだまだって言われっぱなしな気がするけどな……それにしても、そういやそうだな。反応、出来てたな…………?」
今更ながら現状が理解出来なくて首を捻る。無茶が続いて身体がそれに適応したのか? 成長する事自体は悪い事じゃないが身体は普通の人間なのにここまで成長出来るものか? 戦闘なんてものが身近になってまだ一年と数か月程度、自慢じゃないが俺は天才じゃない。それがこの期間だけで超人的な身体能力のフィオの動きに対応出来るようになるものか? 嘗めてると怒られるかもしれないがスポーツ選手程度になってるくらいなら納得出来るが、それを遥かに凌ぐフィオの動きに対応できるというのは……勿論程々に加減はされていただろうが、それでもこの成長は妙だ。何らかの力が働いていたとしか考えられない。
「フィオは変だと思わないのか? 俺の身体は並みの人間だぞ。何も無しでここまで伸びるものか?」
「……わ、私の指導が良かった?」
何か知っとるな、どもった上に困った様子でそろ~っと視線を逸らした。知ってるって事はフィオが仕掛けたってことなのか? そういえば訓練らしいものが始まったのはエルフの村に辿り着いてからだ。フィオとナハトが絡んでいるのかもしれない、俺は何から何までフィオに頼って鍛えられてたんだな。黙っていたのは成長しやすい事に驕って訓練を怠けないようにだろうか? それも含めてフィオの指導のお陰だな。
座り込んだ自分の膝をぽんぽんと叩くとちょこんとフィオがそこへ座り、それを後ろから抱き締めた。
「ほんと可愛いやつだな~」
「本当?」
「初めて会った時の怖さとかが抜けてるのとフィオの事を知った後だから余計に可愛く感じる」
そう言ってやると表情はほにゃほにゃとだらしなく緩み甘えるように体重をこちらに預けてくる。身体は疲れているがこの重さは心地良くそのまま頭を撫でる。やっぱり撫でる方がしっくりくるな。
「私が居ない間に抜け駆けとはズルいぞフィオ、訓練をしていたんじゃないのか?」
「してた。ワタルは確実に強くなってる、何の補助もない状態で私の動きに対処出来るようになってきている」
「本当か? それは凄いな。私もその実力を試してみたいぞ」
戻ったばかりのナハトがファイティングポーズをとってこちらに拳を打ち込む動きを見せる。さっきまで散々やってたのにまだやれと言うか。
「それより魔獣母体はどうなったんだ? 破壊できたのか?」
「いや、やはり私やレイナの炎での直接攻撃も周囲の魔物を燃やして炎を燃え広がらせるというのも駄目だった。あれに近付いた瞬間掻き消えるんだ。ユウヤの能力も同様だ、氷槍を降らせても氷結させようとしても効果が無かった。アヤノの力で底上げしていても周囲の魔物への効果も薄い状態だ」
魔獣母体の発見後、覚醒者やエルフをクーニャに運んでもらって上空からの強襲作戦が行われているが防御機構に阻まれて失敗に終わっている。そもそも攻撃的な能力の中では特に強い力を持ってる紅月や優夜で駄目なら他の覚醒者の能力が効果が無いのは当然かもしれない。
「先ず能力の弱体化と花粉を無効化してる奴を倒すしかないか?」
「それをするにしても数が尋常じゃない、片っ端から片付けていくにしても増え続けていたのではどうにもならないぞ」
「能力じゃなくて直接叩いたら?」
「魔獣母体が一つならそれもありだろうがそうじゃない。攻撃役を下ろした後に回収、その後また降下、そんな事を繰り返させてくれるほど奴らも甘くないだろう、異形の巨人も居る事だしな。せめて能力が万全なら一度上空に逃げる事無くそのまま転進して次の目標へ突き進む事も可能だろうが、魔獣母体の同士の距離もそれなりに離れているから能力が弱体化したままだと精鋭で事に当たるにしても難しいだろう」
フィオの言葉をナハトが即座に否定した。僅かに不満そうな顔をしたが納得出来る部分もあるのか何も言わずに黙り込んだ。そうなると能力を万全にする為には今度は敵の数が問題になる訳だ。堂々巡りじゃないか……覚醒者の能力の弱体化や花粉の無効化は魔物側にとって最大の利点なはず、なら魔獣母体と同じように何かしらの守りがある。広域攻撃を仕掛けて効果が現れない場所に弱体化と無効化の要が居ると考えてもいいんじゃないだろうか。魔物の数と防壁の規模から考えても全体に効果を及ぼす為に群れから外れているとは考えにくい。弱体化は人間やエルフにだけ効果が出ているからクーニャの雷は元の威力そのままで使えるし黒雷も多少威力が削がれてても尚十分な威力を保ってる。問題は制御が上手くいかない事だな……電撃使用によるダメージはフィオのガントレットと同じ効果の紋様を刺青のように両腕に施してもらったから使う分には問題ないんだが狙った所に当たらないのがなぁ。
「クーニャと俺で広域攻撃を仕掛けて結界の要をあぶり出すのはどうだ?」
「ふむ……確かにワタルの能力は他に類をみないほどに強力なものになっているが、制御は出来るのか? ワタル自身の能力使用の危険性は解決したが制御出来ていないなら周囲に危険が及ぶだろう? 飛行中のクーニャを蝕むぞ」
「あ~、そこは俺は地上からクーニャ上空からって分担すればいいんじゃないか? ――おぉう、睨むなよ二人とも」
「一人であの魔物の群れの中に飛び込むなど絶対に反対だっ! もう絶対にあんなボロボロの状態にはさせないからな!」
死にかけの俺を思い出したのかナハトは半泣きになりながら大声を上げる。こりゃ駄目か……かといって悠長にしている時間もないんだが、どうにかして制御できるようになるしかないのか? 前回だってかなり時間を食ったのに更に強力になった黒雷だとどれ程時間を消費する事になるのか――。
「やろう、ワタルは私とアリスが守る。これ以上魔獣が増え続けたら防壁があっても突破される、ワタルの制御が完璧になるのを待ってられない」
「な、何を言っている! お前はあの状態のワタルを忘れたのか? 私はもう二度とあんなワタルは見たくないぞ」
「私だってそれは同じ、だから今度こそ絶対に守る」
声を荒げたナハトと静かな強い意思を宿したフィオが睨み合う。
「巻き込むし電撃発してる間は無敵みたいなもんだから一人でも――」
「絶対ダメ!」
「絶対ダメだ!」
「はいごめんなさい!」
鬼の形相で睨まれて速攻で降伏した。二人とも威圧感が半端じゃない、今すぐにでも縛り上げて監禁しそうな雰囲気だ。
「時間がないのはナハトも気付いてるはず。魔獣の体がどんどん大きくなってきてる、それに気付いた兵士たちの士気の維持も難しくなってる。ワタルやみんなが突出した能力を持ってても迫って来てる敵全てを相手に出来る訳じゃない、兵士一人ひとりが尽力する必要がある。だから士気高揚は必要、その為にも勝てる希望を見せないといけない」
「その為にワタルを危険に晒すのか?」
「そんな事しない。私とアリスならワタルを守りながら黒雷の回避も可能。この国にはワタルの大切なものがあるからいざとなったら絶対に無茶する、なら少し危険でも対処出来るうちに対処しておくべき」
無茶なんて好き好んでしたくないが、フィオの言う通りいざとなったら身体が勝手に動くからなぁ。フィオとナハトの睨み合いが数分続き一瞬ナハトがこちらに視線を向けた後諦めたように溜め息をついた。
「……悔しいがフィオの言う通りだ。これ以上状況が悪くなった時に無茶される方が怖い。分かった、お前を信じる。ワタルを絶対に守ってくれ」
こうして直ちにあぶり出し作戦が開始される事になった。
「本当によいのか? 魔物と魔獣の群れの中心だぞ?」
「ああ、俺たちを下ろした後はそっちも頼むぞ」
地上担当が俺とフィオとアリス、空担当がクーニャとナハトと紅月、クーニャは地上の魔物へ向けての波状攻撃を担当してそれを阻止しに向かってくる物をナハトと紅月が担当するといった具合だ。
「ワタルは剣もないし強化の加減も出来ないから絶対に直接戦闘はしないで、近付いて来たのは私とアリスで処理する」
「腕が鳴るわね、新しく作ってもらった武器の具合をようやく試せる」
「遊びじゃない」
「分かってるわよ。毎日死闘みたいな訓練をしてたんだから今度はちゃんと守るわよ」
新調された大鎌を器用に回転させてアリスが意気込む。大鎌と剣二本にフィオの物と同じガントレットが新しいアリスの装備だ。剣身は刀のように片刃で反った刃には当然の如く紋様が刻まれている。それぞれ自己治癒力高めるものと覚醒者や魔物の能力を切り裂くという効果があるらしい。大鎌の方は万物を切り裂くとか……ミシャはアリスの装備に着手していて時間が足りなかったため俺の剣は出来ていないとの事。
「降ろすぞ!」
咆哮と共に着地点へ極太の落雷が叩き付けられ魔物を払い降り立つ。八方に悍ましい化け物が溢れ目の前に現れた餌を我先にと奪いに来る。
「チッ、失せよ下等なものどもよっ!」
「いい、行けクーニャ」
「死ぬ事は許さぬぞ!」
クーニャが放った電撃が波紋が広がるように降り注ぎながら降り立った俺たちを中心に拡散していき魔物を薙ぎ倒す。しかし魔物は怯むどころか敵意を剥き出しにして群がり始めた。
「よし、敵をあぶり出すぞ」
「ワタル……締まらない」
「しょ、しょうがないだろっ! 制御は手に集める以外はからきしなんだから」
電撃を放とうと正面へ伸ばした腕から発した黒雷は身体へ絡み付き背中の方からあらぬ方向へ飛んでいきフィオを襲った。それを裏拳で弾いて魔物の中へ撃ち込んだ。二人が電撃無効化のガントレット着けてくれてて本当によかった。
「いいからさっさと撃ち続けなさいよ。全域に撃ち込まないとあぶり出しなんて出来ないでしょ、こっちは気にしなくていいから放射状に撃つとかしないと」
そんな上手くいけば良かったんだが、不規則に暴れ回る黒雷は時にのたうつ蛇のように撓る鞭の如く襲い掛かり、時にどこまでも貫く鎗のように魔物の群れへと突き刺さり感電させ周囲に魔物の死体が増えていく。やはり均等にとはいかず点々と撃ち漏らしが出てくるがそれを補うように上空から雷が轟音と共に突き刺さる。
「上は順調みたいだな」
量産型ディアボロスが群がり始めているが上手く躱しながら爆炎で数を減らしているようだ。っ! 俺たちの行動に気付いたヘカトンケイルが投石を始めた。上空では電撃で大岩を砕いて回避しているが、こちらを狙った物が魔物の死体を圧し潰し勢いで地面にめり込む。この軌道は、直撃する!? 破壊を――。
「ワタルは気にせずワタルの仕事をしてて」
アリスが飛来した巨岩を大鎌で十二に割り、俺と破片との間にフィオが滑り込んでアル・マヒクで弾き飛ばしていく。全て弾くとフィオが大丈夫だと視線を送ってくる。
「ああ分かったよ。全部消し飛ばすつもりで放出を続けるから気を付けろよ」
魔物が蔓延る地獄を黒白の光が満たし死体の山を築く。勢いは凄いがこのまま押し切るには力が足りないし電池切れの心配もある、能力の弱体化か花粉の無効化のどちらかだけでも解除しないと――暴れ狂う黒雷がヘカトンケイルの居る方向へ着弾した瞬間反射されたように撥ね返って来た。それを競うようにフィオとアリスが殴り付けて散らせた。
「あそこか、結界の要の防御機構か別の魔物の能力か」
「要で合ってると思う。他の地点に落ちたクーニャの電撃もいくつか弾かれた、ハイオークが個々に持ってる能力なら同じ能力で統一なんて出来ないはず。統一されてるなら――」
「作って与えられた奴って事ね」
「能力の反射か……この距離ならどうにか突っ切れるか? 目標は追えてるか?」
「大丈夫、全部で六匹。額に濁った水晶みたいなのが付いてる」
「なるほどな、剣もない今の俺じゃ討ち取れない。俺が道を開くから処理は任せていいか?」
「道を開くって、能力制御出来ないのにどうするのよ?」
「こうするんだよ」
好き放題に暴れさせていた黒雷を両手に集中させてドラゴンの爪のような状態を形作る。巨大な爪は剣を持ったのと同程度にはリーチがあり触れただけで感電死を招く凶爪だ。
「面白いだろ? 手に集めるのだけは出来たから遊んでるうちに出来るようになったんだ。雷爪ってところだな」
「そんなの習得する暇があるなら電撃の制御を練習すればいいのに」
「そうね」
「えー、もっと驚いてくれてもいいだろ。というか電撃の方も練習してたけど上手くいかなかったんだ! もういいだろ、見失ったらマズいしさっさと行くぞ」
不満そうな二人を残して先陣を切り獣が獲物を引き裂くが如く雷爪を振るい感電させていく。強化が無い分身体能力は劣るが無理を強いていないから幾分身体が軽い気がする。ヘカトンケイル前方から俺たちが進み後方にはクーニャ達が回り込んでいる。
「ヘカトンケイルの左右に二体ずつ、後方に二体居る」
「私は左に行く、フィオは右よ」
「ん。ワタルは私と一緒に来て」
ヘカトンケイルに近付きその大きさを実感し始めたところで二手に分かれた。フィオは俺の左手を引っ掴み右側面へと疾走する。空いた右手を振るいすれ違う魔物を感電させながら突き進み遂にそれらしい魔獣を正面に捉えた。刹那、額に菱形の水晶のような物がある獅子へとナイフを投擲しそれは見事に額に突き刺さり、動きが止まった獅子の体をアル・マヒクが割断した。ヘカトンケイルの後方ではクーニャが魔獣を一体握り潰している、アリスの方も一体狩ったようだ。残り三体、三方からの強襲にヘカトンケイルが戸惑い動きを鈍らせている。あれだけ腕があるんだから三方に攻撃する事も出来るだろうに、それをしないって事は巻き込んではいけないものが居るから。こいつらが要で正解だ。神速の風が次の魔獣を捉え多頭の大蛇を寸断した。途端に爆炎が周囲を包みそれを低空飛行で突き抜けてきたクーニャの手に掴まれ、そのまま旋回して逆方向に居たアリスも無事に回収した。
「爆炎はヘカトンケイルへの目眩しか」
「ワタルー! 作戦は成功だ。炎の威力が元に戻っている、花粉の効果も徐々に現れるはずだ」
「よっしゃー! あとは魔獣母体を破壊すれば希望が見えてくる!」
目的を無事に達成して俺たちは帰還した。
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