黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
431 / 470
番外編~フィオ・ソリチュード~

接敵

しおりを挟む
 異世界の兵器の力と物量は圧倒的だった。
 上陸前に行われた攻撃で上陸地点周辺の大半の魔物はバラバラに吹き飛ばされていた。
 爆撃を生き延びたのも居たみたいだけど銃撃という魔物にとって未知の攻撃に成す術なく殲滅されて大陸最南端への上陸は難なく行われた。
 今は陣地の設営と周囲の探索が進められてるけど――。
「私たちって要らないのかしら……」
 陣地の設営作業を眺めながらアリスがぽつりと呟いた。
 町すら一瞬で瓦礫に変える兵器を扱う異界者にとって近接武器を手に戦おうとする私たちは滑稽に見えるのかもしれない。
 ヴァーンシアの兵は探索には出されず陣地形成に使われ、ワタルとティナは代えの利かない世界を繋ぐ存在だからか歩き回るのすら制限されている。

「ああ? なんでガキがこんな所に居るんだ? 異世界ってのはこんなガキまで兵士にしちまうのか?」
 陣地内を歩いていると異界者の兵士数人が私とアリスを見下したように笑っていた。
「ねぇフィオ、私たちも探索に参加出来るように実力証明しておくべきじゃないかしら?」
 怒ってる。
 まぁ私も同じようなものだけど。

「ガキは帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」
「親は居ない」
「ええそうね、一度も会った事がないわ」
「え、あぁ……その――ガキはガキだ、大人しくしてるんだな」
「ガキじゃない」
「私たちはもう成人してるわ」
 アリスと二人で一気に距離を詰めて兵士たちを投げ飛ばした。
「がはっ!?」
「このガキッ!」
「おい銃はやり過ぎだぞ!」
 銃を構えようとした男を仲間たちが押さえ込んだ。
 銃は諦めたようだけど睨み付けてくる兵士たちを見てアリスと一緒に殺気を開放する。

『っ!?』
「殺し合いがしたいなら容赦しない」
「言っておくけどそれって私たちには意味無いわよ、弾が見えてるもの」
「は……? 何をふざけた事を!」
「撃ちたければ撃ってもいいわよ? その場合手加減しないけど――それにしても異界者の兵士って情けないのね、子供って見下してる相手にそんな物を抜いちゃうんだもの」
「このガキ……上等だ!」
 挑発に乗った男は銃を仲間に渡してアリスに殴りかかった。
 異界者の格闘術……技術はヴァーンシアのものより洗練されてる。
 でも、それだけ、私たちに挑むには圧倒的に実力が足りないのに見下してるせいか大振り――。

「ガハッ!?」
 アリスの動きを全く追えてない。
 でもアリスも大人げない……カウンターで十発も入れた。
「弱いわね、どうしてこれで威張り散らせるのかしら、道具が無いと何も出来ないのね」
「このッ!」
「あらケダモノ」
 アリスを睨み付けた男は大きな獣の姿に変わった。
 でもこれ……。

「そんな変身しても意味ないわよ」
 アリスのスピードに翻弄された挙げ句に背中に張り付かれて首を締め上げられ――そのまま持ち上げられた。
「ガ、ガ……」
「こんなデカい図体して女の子に持ち上げられるなんて情けなくないのかしら?」
 アリスは締め上げている獣にじゃなく状況に思考が追い付いていない仲間の方に問いかけた。
「このガキッ!」
 仲間が助けに入ったけど獣を持ち上げた状態のアリスに一蹴されてる。
「ガ、ゴポッ」
「アリス泡吹いてる」
「え!? 汚い! え、え? どこか汚れちゃった? もぅ~、これワタルが褒めてくれたやつなのにッ!」
 男の様子に気付いたアリスは男を解放して頻りに服の状態を確認してる。
「今だ!」
「うるさい! 汚れる!」
 羽交い締めにしようと近付いた奴がそのまま投げ飛ばされた。
 気に入ってるなら着てこなきゃいいのに……。
 蹲り酸素を求めて咽ている男の頭の上にはアリスの足が迫っていた。

「ごあ!? ぐぁ……」
「危うくあなたの汚いよだれが付くとこだったじゃない、この口は汚いものしか出ないのかしら」
 ぐいぐいと踏み付けられた男は呻き立ち上がろうと藻掻いてるけど、アリスから逃れられるはずもなく無駄な足掻きに終わってる。
「なんの騒ぎだ!」
 他とは違う軍服を纏った一団が騒ぎに気付いて駆け寄ってきた。

「大佐!? いや、あの、これは……」
「この世界の者は野蛮な蛮族のようだな、君、その足を退けたまえ」
「野蛮な蛮族ねぇ、子供と見てる相手に対してああいうのを向けるのは野蛮じゃないのかしら?」
「っ!? は、発砲はしておりません! それに手を出したのは彼女たちの方が先でした!」
「との事だが?」
「見下したのはそっちが先だけどね」
「……こちらにも何かしらの落ち度はあるようだが共闘する者としてこの行為は看過できない、君たちの所属は?」
 あぁ、少し面倒な事になってきた。

「……ごめんなさい」
「ほう? 自分たちの非を認めるのかね?」
「こんなに弱いと思わなかった、手加減したけど弱過ぎてやり過ぎになった、ごめんなさい」
『なっ!?』
 謝罪をすると蹲っていた兵士たちは顔を引き攣らせて震え始めた。
「あぁそうね、私たちを子供って見下すくらいだからみんなとっても強いと思ったのよ、能力を使った上で五人で囲ってきたからちょっとだけやり過ぎちゃったかもしれないわ、ごめんなさい、これからはもう相手にしないわ」
「少女一人に多対一、その上能力の使用、たしかにこちらにも問題がある、彼らは後で罰しよう、だがそれとは別に君たちの行動も問題だ、どこの所属なのかね?」
 ワタルにバレたら怒られるかも……。

「……ティナ」
「そんな隊は――あぁ……殿下の、なるほどこれは面倒な……」
 苦し紛れにワタルじゃなくティナの名前を出したのは正解だった。
「今回だけだ、今後同じような事が起これば殿下に報告と抗議、そして君たちの軟禁を進言させてもらう」
「分かった」
「……分かったわ」
 大佐は倒れた兵士を連れて去っていった。

「もう関わらない方がいい」
「そうね、ワタル達に怒られたくないし……」
 兵士に絡まれても面倒だから聖樹の苗木を育ててるミシャの様子を見に行く事にした。

「にゅぅ~……」
「ミシャ――」
「ふにゃっ!? びっくりしたのじゃ……どうしたのじゃ?」
 ミシャの元へ行くとクロイツ王都にある聖樹から作った苗木が二本ほど大木に成長してた。
「順調?」
「微妙なのじゃ……」
「そうなの? 立派な木だと思うけど」
「本当はもっと大きな木にするつもりだったのじゃ、じゃがこの子たちは成長させるのがとっても難しいのじゃ」
「じゃあ作戦失敗なの?」
 聖樹がいくら巨大でも別の大陸には弱体化の花粉も届かない、だから苗木を持ってきてこの大陸で育てて花粉をばら撒こうって作戦だったけど――。

「うにゃ、花粉はちゃんと出てるのじゃ、ただ大きさが予定と違うから数が必要なのじゃ」
「あとどのくらい?」
「あと四つは育てるつもりなのじゃ」
「大変?」
「大変じゃがこれは必要な事で皆の助けになる事なのじゃ、頑張るのじゃ」
 ワタルが居たら頑張れって尻尾をもふってるところだけど、私がやったら嫌われそうだし――。

「なんなのじゃ?」
 頭を撫でたら凄く微妙な顔をされた。
 やっぱりワタルやリオみたいにはいかない……。
「がんばって」
「にゅふふ、そういう事か、頑張るのじゃ」
 ちょっとは力になれたのかミシャの尻尾が荒ぶってる。
 そしてそれをアリスは瞳を輝かせながら見つめてる。
「触ったら怒られる」
「うぅ……尻尾、尻尾ぉ……」
「戻る」
 ミシャの尻尾を眺めるのをやめようとしないアリスを引き摺ってワタル達の所へ戻った。

「何かあったの?」
 仮設された建物に戻るとワタル達が難しい顔をしてた。
「探索に出ていた隊と連絡が途絶えたらしいの、交信の出来る能力者が相手の存在を感じないそうだから恐らく生き残りは居ないでしょうね」
 上陸時には圧倒的に快勝した異世界の武器を持つ隊が生存者無し……十中八九特殊な能力を持った敵が居る。
 ワタルが話してたハイエルフと混血のハイオークかもしれない、だとしたらこの大陸を地域ごとに区切ってる結界の管理者の可能性もある。

「動かないの?」
「駄目なんだってさ……」
 こういう時はすぐに動こうとするから性に合わないワタルは不満そうに惧瀞に視線を向けてる。
「そんなに睨まないでくださいよぉ……」
 交信が途絶えた隊の捜索と周囲の探索は引き続き異界者の部隊だけでやるみたいで私たちはこのまま待機みたい。

 捜索に向かった隊から受けた報告によれば、消息を絶った隊の車両付近には人型の結晶が隊の全員分と周囲には結晶の花が咲き乱れていたという。
 更に周囲の探索をしていた航空部隊がハイオークとオークの集団を発見、上空からの攻撃を開始――。
 それと同時にヘリコプターが何らかの力で墜落、生き残った数名も咲き乱れる結晶の花に覆われ結晶化した事で一名の除いて全員死亡した。
 
 確認された敵にハイオークが居る事から結界の管理者である可能性が高くなった為に再度部隊を派遣しての討伐作戦が行なわれる事になった。
 敵は結晶花を操り人を結晶に変える、結晶は自由に操作出来て様々な攻撃に使われ、防御面でも幾層にも重ねる事で戦車の一撃にも耐えきる。
 そして自身の能力を封じた物を引き連れているオーク達にも分け与えているようでオーク達も同様の攻撃をしてくる。
 更にハイオークは重力の操作も可能らしくて飛行する物は容易く地面に叩き付けられるらしい。
 状況を聞く度にワタルは苛立っているようで悔しそうに何度も剣を握っていた。

「惧瀞さん、本当に俺は出ちゃ駄目なんですか?」
「はい、触れただけで結晶化して死に至る。そんな戦場に向かわせるわけにはいかないと」
「俺は何のためにここに居るんだ…………」
 ワタルが居ないと異界者は自分の世界に帰れない、だから過剰に守ろうとするのは分かる。
 でも、それだけじゃない、異界者たちは近接武器や能力で戦うヴァーンシア人や覚醒者、エルフの力を信用してない。
「主、儂が向かって――」
「駄目だ。重力を操るなら顕現したクーニャの質量だと簡単に落とされるし触れただけで結晶化するなんて大きい分いい的だ」
「ぬぅ、避ければいいだけの事ではないのか? 主も主を出さぬやつらと同じような事を言っておるぞ」
 クーニャは拗ねたように頬を膨らませた。

「同じにするな、俺はお前を心配してるんだ」
「ならばどうする? 儂らはこのまま何もせぬのか?」
 クーニャの問いかけに全員が黙り込む、私は異界者がやれるなら任せてしまうのでもいいとは思う。
 やっぱりワタルに危険な状況に飛び込むのは避けてほしいし――。
「ふぅ~、や~っと終わったのじゃ~」
 暢気なミシャの声で硬い空気が打ち破られた。
 ミシャは昨日からずっと聖樹の育成に専念していたけどようやく目標数に達したみたい。

「花粉は? 上手くいったのか?」
「勿論なのじゃ、じゃが普通の樹と違って成長させるのも一苦労で大木六つ作るだけでもかなりの時間が掛かってしまったのじゃ、おかげでくたくたなのじゃ~、それより皆暗い顔じゃが何かあったのか?」
 作業をしていて知らなかったミシャにみんなが状況を話していくと彼女の表情は険しいものに変わっていった。
「聖樹、もっと増やした方がいいかのぅ? 花粉の散布は風を起こせる者がやっておるはずじゃが、クロイツの聖樹は桁違いの大きさで大陸中に花粉をばら撒いておるが妾たちが作った大木じゃと花粉の量が足りぬかもしれぬ」
「出来るの? ミシャ貴方結構ふらふらよ、休みなく作業してたんじゃないの?」
 育てるのは凄く難しいって言ってたのにそれを休みなく……頑張れって言ったのは私だけど……。

「そんな事言っておる場合じゃないのじゃろ? 旦那様が警告を受けたハイエルフの血を引くハイオークなのじゃろぅ? 出来る事はしておかねば、ここに居る者たちは皆この世界の為にと集ってくれた仲間なのじゃ、仲間の為ならやらねばならぬのじゃ!」
 仲間の為……戻ったばかりなのにミシャは飛び出していった。
 ミシャが頑張ってるのに私は……?

 ミシャとエルフ達が追加の聖樹を三本育て上げる頃にハイオークの取り巻きのオークを全て撃破したって報が入った。
 形勢が悪いと判断したのかハイオークは逃げ去ったらしい。
 結界の管理者だった場合姿を晦まされるととても面倒な事になるかもしれない――。
「襲撃だーっ!」
 敵は逃げたわけじゃなかった、より多くをまとめて殺すつもり? もしくは聖樹の
花粉を警戒して?
 ミシャが危ない!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

救助隊との色恋はご自由に。

すずなり。
恋愛
22歳のほたるは幼稚園の先生。訳ありな雇用形態で仕事をしている。 ある日、買い物をしていたらエレベーターに閉じ込められてしまった。 助けに来たのはエレベーターの会社の人間ではなく・・・ 香川「消防署の香川です!大丈夫ですか!?」 ほたる(消防関係の人だ・・・!) 『消防署員』には苦い思い出がある。 できれば関わりたくなかったのに、どんどん仲良くなっていく私。 しまいには・・・ 「ほたるから手を引け・・!」 「あきらめない!」 「俺とヨリを戻してくれ・・!」 「・・・・好きだ。」 「俺のものになれよ。」 みんな私の病気のことを知ったら・・・どうなるんだろう。 『俺がいるから大丈夫』 そう言ってくれるのは誰? 私はもう・・・重荷になりたくない・・・! ※お話に出てくるものは全て、想像の世界です。現実のものとは何ら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ただただ暇つぶしにでも読んでいただけたら嬉しく思います。 すずなり。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...