黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

アリスの叫び

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 人間側の能力の弱体化と聖樹の花粉の無効化、この二つを成してた要らしき魔物を排除した翌日、すぐに魔獣母体破壊が決行された。
 巨人の抵抗はあったものの弱体化が解除された黒雷が圧倒的だった。
 黒雷とクーニャの雷が大きく道を開いて私とアリスが魔獣母体へ突貫した。
 あれだけ能力に対しての防御は完璧だったのに反して武器への防御能力は皆無だった。
 抵抗すらなく刃は走りいとも簡単に一つ目の破壊は成功した。
 
 でもそこから巨人と魔獣の抵抗は激化した。
 ワタルとクーニャの雷に怯えすら見せていた魔獣が王都にすら入り切らないくらいの数が山のように群がって壁を成し巨人が大岩で魔獣母体を囲う、そして投石で私たちを遠ざける。
 一度破壊された事で警戒は跳ね上がり、その後何度も襲撃を行っても破壊には至らなかった。
 私たちの力は使い尽くしたところで自衛隊の武器での攻撃が提案されて爆弾を飛ばす武器を上空から撃って一度だけ成功した。
 多分巨人は能力による遠距離攻撃だと思い込んで魔獣母体の防御能力で無効化されると勘違いして反応が遅れた事で成功したんだと思う、あれ以降はクーニャが空に見えようものなら投石の雨と白いディアボロスの群れを差し向けてきて魔獣母体が見える範囲に近付く事さえ困難になった。

 結局破壊出来たのは十ある内のたった二つ、それでも巨人は破壊される度に絶叫してたけど、未だに魔獣は産み出され続けてる。

「最近どうしたんでしょうか……」
「何が?」
 自分も何かしたいからってリオ達は地下の避難民に配給をするのを手伝ってて今日の分の魔獣狩りが終わった私もリオに付いて地下に下りた。
「魔物が怖いっていうのとは別に皆さん気持ちが不安定というか……」
「そうなの……?」
「ほら、あそこの人とか、あの二人仲の良い恋人同士だったのに……」
 恋人……? 仲が良い……? リオが指差した二人はお世辞にも仲が良いようには見えない、むしろ険悪で互いを憎み合ってるようにすら見える。

「本当にあれが恋人なの?」
「はい、お互いを励まし合って絶対生き残ろうって、男性の方は兵士に志願までして壁の防衛に参加してるそうです」
 でもあの男が女を見る目は……ワタルが私たちに向けてくれるような眼差しとは全然違う、普通の人間があの壁の防衛に参加するのは生半可な覚悟じゃないはず、なのに――あの目は……憎しみの色。

「お前ふざけんなッ!」
「そっちが一緒に居てくれないくせに!」
 険悪な空気の二人とは別の男女が互いを罵り合い始めた。
「リオ、あれも?」
「そう、ですね……最近ああいうのが多いんです」
 せっかく戦況が前進してるはずなのに士気が上がらないのはこれが原因…………?
 男女の喧嘩を警備の兵士が止めに入ってる。
 その兵士もどこか覇気がない。

「能力と聖樹の花粉で魔物の処理速度は上がったはずなのに最近兵士の士気が落ちてる気がする。結局一気に魔物側を追い詰めるに至ってないからか? この国の兵士より自衛隊の方がよっぽど戦意が高い」
 地下から戻ってリオ達が用意してくれた夕食を食べている途中でワタルがボヤいた。
 ワタルの疑問はもっともだと思う、魔獣の数自体はまだ減っていると実感出来るものじゃないけど確実に前進してる、それなのにあんな仲違いをして内側から崩れていくような状況はおかしい……。

「自衛隊の方々には本国から帰還指示があったと聞きましたが、他世界の為に危険なこの地に残ってくださるなんて日本の兵士の方はとても勇敢でいらっしゃいます。この前お会いした方なんて自分たちが平和を取り戻しますと仰っていて、とても強い意思を感じました」
 確かに、今の戦線の維持は自衛隊の功績が大きい、模倣で補充された弾薬で弓矢なんかの比にならない程の戦果を上げてる。
 
「それもどうなのかしらねぇ~、ワタルが寝たきりだったから帰れないのも仕方なかったとしても、今は違うのにいいのかしら? 命令に背くことになってるはずだけど」
 ティナは自衛隊が留まると決めたあの時の言葉を勘繰ってるみたいだけど、今のクロイツ兵の状態で自衛隊が消えたら確実にクロイツは崩壊する。

「だが今彼らに帰られては戦線を維持できなくなるぞ。彼らの中には覚醒者が多いし能力関連の弱体化で複製した弾薬は使い物にならなかったがその問題は解消した。銃火器による戦果も大きい、その大きな戦力を失えば、絶対にワタルが無茶をする!」
『それはダメ!』
 ナハトの言葉にアリス以外が声を揃えて強く反応する。
「うおっ!? 睨まなくてももうしないって」
 みんなに睨まれたワタルはバツが悪そうに何も言わなかったアリスの方に目線を逸した。
「これ関係と女子おなご関係についての旦那様のもうしないは信用ならんと思うのじゃ」
 ミシャが不機嫌そうにワタルをじっと見るものだから本人は申し訳なさそうに肉じゃがをもごもごしてる。

「まったくです。クロエ様とリオさん、私などは待っていることしか出来ないから余計に不安だというのに、もう少し安心させてほしいものです」
「戦場で見てるのも結構不安」
 シロもミシャみたいに不機嫌そうに唇を尖らせてるけど、戦うのを近くで見てる方も結構不安なんだよ?
「フィオは直々に鍛えてるんだから少しは安心しろよ」
「ワタルは自分の行動をよく考え直した方がいいです。戦場で一番ワタルを見てるフィオちゃんの心労は凄いと思いますよ?」
 流石リオ、よく分かってくれてる。
 ワタルも多少自覚してるのかさっきより縮こまってもごもごしてる。

「雑魚の時は安心」
「雑魚限定かよ…………」
 当然、強い敵にはものすごい反応を見せるけどやっぱり無茶をするから完全な安心なんて出来ない、でも雑魚なら強力になった黒雷の殲滅力があればなんの障害にもなり得ない。
 
「そういえばミシャ、俺の剣っていつ頃完成しそうだ?」
「まだ暫く掛かると思うのじゃ、旦那様の無茶に耐えられるくらい堅牢にせねばならぬからそうすぐに完成とはいかぬのじゃ。それに今回は一振りではなく旦那様の持っていた剣全てを妾が打ち直さねばならぬから大変なのじゃ」
 やっぱりまだ掛かるか……ただの剣ならまだしもミシャが作った黒剣は国が至宝にしてもおかしくないくらいの物だった。
 それを上回る物を四振りもなんて簡単な事じゃない。

「なら美空の親父さんに手伝ってもらうとか――」
「ダメじゃ。旦那様が使う大切な剣じゃ、妾が今度こそ折れぬ剣に仕上げるのじゃ」
「それはありがたいが剣が無いと紋様が――」
「それなら問題ない。身体能力向上の紋様の描かれたお守りを用意した。小さい物だから剣の時ほどではないかもしれないがそれでも十分に効果は見込めるはずだ」
 ……安心なような、でもある程度動ける事を見越して飛び出す確率が増して不安なような……。

「ありがとうナハト、これで動きがマシになる」
「だからといって無茶をするんじゃないぞ?」
「……はい、気を付けます」
 やっぱりナハトも同じ考えみたいで物凄く鋭い視線で釘を刺した。

「兵士たちの士気が低いって話だけど、別の事を気にしてる風で兵士同士の団結も薄れてきててギスギスしてる感じなのよね。状況が大きく動いていないとはいえ能力も万全で使えるようになったし花粉の効果だって現れ始めてるのに……国を守る気があるのかしら?」
「兵士の人たちもそんな感じなんですか? 城や地下に避難してる人の中にも仲が良かったはずなのによそよそしくなったり険悪になってる人達が多いんですよ、暴力沙汰になって城の兵士さんが仲裁に入った事もあります。やっぱりみんな不安なんでしょうか?」
 リオが言うにはあんな事が最近はしょっちゅう起きてるらしい。
 地下には休息の為に兵士が交代で帰ってくる、なのにあんな内輪揉めを広げられたら士気が上がるはずもない。
 自分たちの国を守る気がないの?
 生きるか死ぬかの瀬戸際で他人任せ……?
 そんな人間たちの命をワタルに背負わされてるかと思うと酷く気分が悪くなった。

「あら、フィオちゃん今日はこっちなんですか?」
 食事を終えて私たちに充てがってもらってる部屋に戻ってリオのベッドに潜り込むとリオは可笑しそうに笑った。
「ワタルが起きてからはべったりだったものねぇ~?」
「アリスが煩いから」
「ちょっとなんで私のせいにするのよ! というかけ、結婚もしてない男女が同じベッドで寝る方がおかしいのよ!」
「妾はアリスの言い分に賛成なのじゃ、も、もし間違いが起きてしまったらどうするのじゃ」
「まぁ約束をしているしワタルに限ってそんな事はないと思うがな」
「そうよ~、あれだけ迫っても一線だけは越えようとしないんだから、一体どれだけ我慢強いのかしら……」
「私凄く疑問なんですが、せ、成人の男性がこれだけ多くの女性を囲っておいて誰にも……その、そういう事をしないというのはあり得るのですか?」
 シロナの言葉に全員が押し黙った。

「そ、それだけワタルは私たちを大切にしようとしてくれてるって事ですよ!」
「そうですよ、シロナ、ワタル様はやはりそういう事は結婚を終えてからと考えておられるのでは――」
 リオの言葉にクロエも賛同するけど――。
「ですが私男性はそういう欲求に抗えないと聞いた事があります。ディアに居た時も城勤めの者が娼館に行ったと話していたのを聞いた事もありますし、ワタル様も同じ男性、となればそういう欲求はどこに行っているのでしょうか?」
「つまりシロナはワタルが不能者ではないかと疑っているのだな?」
「そ、それはその……ですがおかしくないですか? これだけ魅力的な女性たちに好意を寄せられておきながら……その、キスだけで治まるものでしょうか?」
「して、皆は主が不能者だったらどうするのだ?」
 なんとも言えない空気の中再び全員が押し黙った。

「あ、そういえばワタルは不能者じゃなかったわよ? だって日本で一緒にお風呂に入った時――」
「み、見たのか!?」
「見たのじゃ!?」
「見てしまったのですか!?」
「ほほぅ、主のものか……」
「わ、ワタル様のもの……」
 リオとアリス以外が食いついた。
 明日もあるし休みたいのに騒がしい……みんなの声を聞いてるのは嫌いじゃないけど、だってこんなに明るくなった。
 ワタルが眠ってる間はこんな馬鹿話の一つも出てこなかったのに、今じゃ馬鹿話をこんな真剣にする余裕も出来た――。

「ばふ!?」
 布団を被ろうとしたら枕が飛んできた。
「何を素知らぬ顔で寝ようとしている、お前がもっともワタルに接近しているのだぞ、どうなのだ? ワタルは不能者なのか?」
「フィオもあの時見たわよね!」
 見た、けど、見たけど…………。
「寝る」
 思い出したら顔が赤くなりそうで布団を被った。
「こらフィオ!」
「まぁまぁナハトさん、フィオちゃんも疲れてるんですよ、ナハトさんも明日は壁に行くんですよね? そろそろ休まないと」
「ぬぅ……お前にそう言われては仕方ない、続きは明日にするか」
 しなくていいけど……流石リオ、ナハトも大人しくベッドに入ったみたい。
 程なくして部屋を静寂が包んでみんなの寝息が聞こえ始めた。

 たぶん眠りに落ちていくらもしてない頃、今まで感じた事のない疼きを感じて目が覚めた。
「なに、これ……」
 お腹……? 胸……? どちらかよく分からない……酷く疼く感じがして身体が熱い。
 水を飲もうとふらふらと起き上がってベッドから抜け出した。
 でもすぐに崩れ落ちて膝を突いた。
 なに、これ、体がおかしい……それに妙に熱いし、病……? なった事がないから分からない。
 でもなんでこんなに体が疼くの……? この感覚はなに?
 息も荒い、どうして?

「ワタル……」
 リオの寝言、それを聞いた瞬間体をワタルの電撃が走ったような感覚を覚えて再び膝を突いた。
 ワタル、ワタル……なにこの気持ち……?
 分からない、でも今すぐワタルに触れたい。
 私は部屋を出て酔っ払いのような足取りでワタルの部屋に向かった。

 部屋の中は静かでワタルともさの規則正しい寝息だけが聞こえてる。
 ワタル――。
「ふぃお……どこにも、いくな……」
 名前を呼ばれた瞬間さっきより強い電撃に撃たれたみたいに私は膝から崩れ落ちた。
 なんなのこれ……名前、呼ばれただけなのに、体が……。

 私は這うようにしてベッドに上がってワタルに跨ってその寝顔を見下ろす。
 いつもはこんな事思わない、でも今は――、そう思ってしまった。
 気持ちの抑えが利かなくてワタルの体を撫で回す、ただ触れるだけ、こんなのいつもしてるのに、今は気持ちが――。

「フィオ? ――んんっ!?」
 ワタルが目を開けて私の名前を呼んだ瞬間唇を重ねた。
 たまにする触れ合うようなのじゃなくて、もっと――深く繋がるような、溶け合うような。
「い、いきなりどうした? 今日はリオ達の所に居たはずだろ? 寂しくなったか?」
 息が苦しくなったワタルに肩を掴まれて引き離された。
 さっきより体が熱い、気持ちが、爆発してるみたい……。
「身体が熱い、気持ちが抑えられない。ワタルが欲しい、だめ?」
 こんな事今まで一度も思った事なかったのに、ワタルと交わりたい――。

「っ!? お、落ち着け!」
 体が火照って衣服すら煩わしくてはだけながらワタルに覆い被さったらワタルの頭の上で寝ていたもさを顔に押し付けられた。
 すると体の熱も疼きもすーっと消えてなくなった。
 私……今までなにしてた…………?
「フィオ?」
 ワタルが恐る恐る声を掛けてくるけど、さっきとは別の熱で熱くなった顔を見られたくなくてもさを貼り付けたまま衣服の乱れを直していく。
 なんで私こんな事を…………。

「私変だった。忘れて」
「ちょっと待った! 説明求む!」
 服を直して逃げ出そうとした私の腕をワタルが掴んだ。
 今は話したくないのに……。

「つまり夜中に目が覚めると身体が熱くなって気持ちに抑えがきかなくなってたと」
「うん……でももさを押し付けられたらスッキリした」
 ホントになんだったんだろう?
 最初からもさに触ってればあんな事……。

「北の大陸で俺がおかしくなってた時もさが飛んできて正気に戻った。さっきのフィオも同じ様な状態だったんじゃないのか?」
「それって――」
 何か攻撃を仕掛けられている?
「人間の精神に影響を及ぼす何かが居るって事だ。そしてこの戦時下なら十中八九魔物側」
「リオ達を見てくる」
 あの部屋で私がおかしくなったならリオ達にも異変が起きていてもおかしくない、慌ててもさを抱えて部屋に走った。

 部屋に戻るとみんな起きていて息が荒くなってた。
「フィオちゃんっ」
「ふみゃ!?」
 リオにもさを抱かせようと近付いたら抱き締められてキスをされた……。
 もさを押し付けるとすぐに冷静になって真っ赤な顔で何度も謝ってきた。
 みんなにもさを抱かせてあとはアリス――。
「ワタルと一つになりたいよーっ!」
『っ!?』
 アリスの叫びに全員が停止した。
 私は無言で近付いてアリスの顔にもさを貼り付ける。

 するとアリスはぷるぷると震え始めた。
 もう元に戻ってるはずだけど、もさをぶら下げたまま動かない。
「アリス――」
「フィオ違うの! 今のは、今のはぁ……」
 それきりアリスは喋らなくなった。
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