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番外編~フィオ・ソリチュード~
祈り
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「少しは落ち着いたかい? まったく、あの子は……他生物嫌いの特性はどこへ行ったのやら」
白い空間に白い輪郭だけの女。
なんだろう……知らないはずなのに知ってるような変な気持ち。
「あの子?」
「君が傍に置いてる獣だよ」
「もさは優しい」
「ふむ、よほど君たちと一緒に居るのが心地良いんだろうね――ところで聞かないのかい?」
「何を?」
「私やこの場所について」
「……いい」
「おや、それはどうして?」
「敵じゃないならそれでいい」
敵意は感じない、それどころか自分の体の感覚すら朧気で……これはたぶん夢、それなら無駄に警戒するのも馬鹿馬鹿しい。
「ふむ……いつもは警戒していたのに調子が狂うな……まぁいいか、彼はもうしばらく眠るだろが容態は安定している、器以上の力を得た事で体がついていかないんだ。もう少し馴染めば意識も戻るだろう」
「本当?」
「万全の状態でも難しいのにあの怪我だったからね、通常は死に至ってもおかしくないのだけど彼の剣に描かれていた紋様の効果だろうね、体が苦難に適応しようとしている」
成長を促す紋様……あれのおかげで?
あの時頼んだものがワタルの命を繋いでくれた。
ナハトは本当に良いものを用意してくれたんだ。
起きたらお礼を言わないと、聖樹での事も含めて。
「安心して気が抜けたのかい? でもそういう顔を見せるのなら大切な人たちにするべきだ――私はその……泣いている子の扱いは苦手なんだ」
「え……?」
女に言われて初めて自分が泣いているのに気が付いた。
ワタルの事になるとなんでこんなに脆いんだろう……簡単に揺れてしまう。
「さぁ、もう君が居るべき場所へ戻りなさい」
そう言われた途端に目眩がして白い世界が遠ざかっていった。
「んぅ……」
そっか……久しぶりにワタルの傍で眠れたんだった。
縋っていた手に頬を擦り寄せる――反応は無い。
寂しい、でも――不安は薄まってた。
「フィオちゃん……おはようございます」
顔を上げると反対側でリオが同じようにしてた。
「おは、よう……」
何を言えばいいんだろう……昨日のことが頭を過ぎって言葉に詰まった。
「また、一人で行くんですか……?」
「……壁には行く」
「どうしても、ですか? あんなに危険な戦いをしてきたのにまた魔物の群れに飛び込むんですか?」
「下には下りない」
「え……?」
「ワタルに降り掛かる危険は全部払いたいけど、それをしてたらワタルに会いに来る時間がなくなる。壁でするのは現状維持の手伝い、終わったら帰ってきてワタルを呼ぶ……から、リオも、一緒に……呼んで、欲しい……」
「フィオちゃんっ!」
「わぷっ!? むぐぅ」
曇っていた表情は晴れやかなものに変わってリオは私を抱いた。
リオの胸……凶器! 息が……なんかリオの良い匂いがいっぱいする……でも息が!
「良かった……一緒に、ワタルを呼び戻しましょう……」
リオは震えてた。
今この時も必死に恐怖に耐えてる。
私は目を逸らして逃げてたのに……もう逃げないから、ちゃんと一緒に居るから――。
「あら、昨日あれだけ派手に出て行ったのに随分と短い家出ね?」
むぅ……ティナが意地悪く笑ってる。
そりゃ私が間違えたかもしれないけど……。
「おちょくるな、フィオはフィオで悩んだ結果だ。どうするのか決めたのか?」
「ん、壁、守る…………昨日、ありがとう……」
「昨日? ――あぁ、気にする事ではあるまい? 家族なのだ、言いたい事は言うべきだろう?」
ナハトはワタルがしてくれるみたいに笑ってくれた。
家族、だから……。
「あの、リオ、ティナ……」
「どうかしたんですか?」
「なぁに? 一晩で随分としおらしくなっちゃったのね」
「だから茶化すな、真剣な目をしている相手をおちょくるようだとワタルに嫌われるぞ」
リオは心配そうに、ティナは少し怒っている風に、そしてナハトは私の言動を許すようにこっちを見てる。
「あら、私弁えているつもりよ、その上で昨日のフィオはどうだったのかしらって事なのだけど?」
「ごめんなさい」
「あら」
「ふむ」
「フィオちゃん……」
「一緒に戦えなかった……」
「まだそんな事を言ってるの?」
「違う、みんなワタルの傍で頑張ってたのに私だけ逃げた、から……でももう逃げないから……一緒に居ていい?」
「なぁティナ、家族とはいちいち確認しないと一緒に居られない関係だったか?」
ナハトの目は優しく笑ってる。
「確認するって事はナハトを家族と思っていないという事じゃないかしら?」
「んなっ!? なんで私なんだ! お前が意地悪く怒った振りなどしているから確認したんだろう? 思われていないとしたらお・ま・え・だ」
「私はフィオ想って間違いに対して怒っているだけなのだけれど、それを意地悪だなんて心外ね」
「そんな態度を取らずとも諭してやればいいだろう」
「何でもかんでも教えてあげるというのはどうなのかしら、自分で考えて気付かせてあげる方がいいと思わないの?」
二人とも、私を大事に想ってくれてる。
こんなに大切に想ってもらってるのに私は、自分だけが苦しくて悔しいみたいに……。
「なんだと!?」
「なによ!?」
「フィオちゃん、二人を止めてあげてください」
いつの間にか二人ともムキになって言い合いをしてた……。
「二人とも――」
「黙っていろ、こいつが悪い!」
「そうよ、少し待ってなさい、絶対この石頭が悪いんだから!」
「私が悪かった! ……二人とも大事なお姉さんだから……仲良く、して」
二人の手を取って握り締める。
いつものふざけてる時の言い合いとは違う、二人とも本気で怒ってる……私のせいでこの関係が崩れるのは嫌……。
「ま、まぁ可愛いフィオをに言われたら仕方ないわね……少し言い過ぎたわ、ごめんなさい」
「ふん……私も熱くなり過ぎた。すまなかった」
「はい、仲直りですね、お二人ともフィオちゃんが大切だからってあまり熱くならないでくださいね? フィオちゃんがおろおろしてましたよ?」
「あら、それは面白いものを見逃したわね」
「残念だ」
「見なくていい……」
手を合わせたリオが変なこと言うから二人の視線がなんか生暖かい……。
「まぁそれはまたの機会にして、はいこれ」
ティナに手渡されたのは紅い宝石、これってカーバンクルの?
「日本との行き来を安定させる為に追加で集めてもらってたのよ、だから婚約者全員分があるわ。私たち全員で祈ればワタルを起こす事だって難しくないはずよ? だから悔しさにも後悔にも囚われてる暇はないの、世界の狭間からだって呼び戻せたんだから私たちが揃ってれば意識を戻すのだって絶対に出来る――」
ティナは先を見てた。
私が後悔に飲まれてる間も出来る最善を尽くしてた。
「ティナ……」
私はティナに抱きついた。
逃げてごめんなさい。
「なぁに?」
「大好き」
「あらあら~? 昨日はうるさいって言って出て行ったのに?」
「ごめんなさい……」
私が弱かった。
「いいわ、その代わり一緒に祈って、約束よ?」
「ん」
ちゃんとみんなと一緒に頑張るから……。
気持ちが落ち着いたせいか壁上を歩く足取りも軽い。
気持ちだけでこんなに体の調子が違うなんて……ワタル私を揺らし過ぎ…………。
やっぱり能力の弱体化が起こっているみたいで魔物の攻撃に対して脆くなってるらしくて定期的な補修が欠かせない。
でもその補修も能力でやるから強度は次第に落ちていくと懸念されてる。
やっぱりこの前みたいに下りて削る方がいいのかな、なんて思ってしまうけどそれはしないってリオと約束した。
だから攻撃は壁上からだけ、空から抜けようとするのはクーニャが処理してるから兵士たちも下の敵に専念出来てるから処理速度自体は安定している。
それでもこの異常事態に平静を保つのは難しい、心の折れた兵士も少なくない。
先の見えない戦い……こんな事は経験が無い。
殺して殺して殺し尽くす。
それが不可能に思える数の暴力。
私も少なからず不安はある。
それでも……大切なものを守る為ならなんだってする――出来る気がする。
あの巨人はなんで壁に近付かないんだろう?
高さ自体は巨人の身長よりもあるけど、それでも弱体化してる防壁なら崩せるかもしれない。
なのに試しもしない。
その方がこっちは助かるけど、理由の分からない行動に甘えてればいつか崩される。
あの巨人だけは殺しておきたい。
「レールガンなら……」
狙撃出来るのかな……ワタル早く起きないかな……。
防壁の見回りを終えてワタルの所に帰る、そしてリオ達と一緒に身の回りの世話をしながら声をかける。
反応は見られない、それでも絶対起きるって信じてる。
だからこの絶望的な日々を生きていける。
今日も壁の見回りの護衛、作業中はディアボロスを警戒しながら壁上に配備されてる弓矢で下の敵を射る。
ただの弓矢でも目や頭さえ狙えば殺す事は出来る。
ただやっぱり下りて斬るのに比べたら処理速度は格段に落ちる。
「フィオちゃんこんな所からよくヘッドショット出来るね……」
魔物の頭を射抜いたのを見て優夜が目を丸くしてる。
「簡単」
「簡単かなぁ…………」
群れ過ぎて魔物が殆ど動けない状態だから当てるのは容易い。
数が減っても魔物たちは怒りもせず死んだ仲間の骸を漁る。
共食い……獲物も無いのになんでここまで増えたの……?
しかも種類も統一されてない、壁を壊そうとするのも居るけどその殆どは密集している事に苛立って仲間割れをしてる。
統率が取れてない、目的も無くこれだけの種類が集まったの……?
「フィオ! ミシャが私に新しい武器を作ってくれたの、これで今度こそ私役に立つから」
「? ……ん」
反対側から壁の護衛をしていたアリスが合流して新調されたらしい装備を見せてくる。
下りないから剣や鎌が新調されても意味はないと思うけど……まぁいいか。
「今日の作業は終了でーす! 皆さんお疲れ様でしたー!」
壁の補修の終了が知らされて補修班は壁を下りていく、普段ならこの後少し魔物を狩ってから帰るんだけど今日は補修中に結構狩ったし早めに戻ろうかな。
「私は帰るけど、アリスは?」
「私はもう少し狩ってから帰るわ」
「……そう、気を付けて」
「ええ、任せて!」
なんだろう……アリスが最近おかしい気がする。
何がとは分からないけど、前と違う。
そんな事を思いつつも私は気にする事なくワタルの元へ帰った。
「ただいま」
「ふぃ、フィオ!? み、見回りは?」
「フィオちゃん!? お、おかえりなさい……早いんですね、今日は」
部屋の扉を開いくと思考が停止した。
ワタルが……起きてる。
「フィオ? ――ぐはっ!? い、いきなり飛び付くなよ」
名前を呼ばれて弾かれたように飛び付いた。
起きてる、起きてる起きてるっ!
私の名前を呼んでくれた。
優しく頭を撫でてくれてる。
ワタル、ワタルワタルワタルっ……ごめんなさい、一緒に戦えなくてごめんなさい!
言葉にしたいのに声が詰まって嗚咽だけが次々に吐き出される。
「落ち着くまでこうしてあげてください。張りつめていたものがワタルが目覚めてくれたことで切れちゃったんだと思います。フィオちゃんとナハトさんは腕が切断されて傷を負った、本当にボロボロのワタルを見ているから私たちよりもずっと衝撃を受けてたと思うんです。それなのに、ずっと傍に居たいのを必死に我慢して必要だからと魔物の脅威と戦ってくれていたんです」
「ごめんな、フィオ。俺はもう大丈夫だから、ちゃんと生きてるから」
「あや、まるの……私、ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい」
ワタルが謝る事なんてなんにもない、私の判断ミスで一人で戦わせる事になった。
もっと上手く立ち回ってればこんな事にならなかったかもしれないのに。
ティナに後悔に囚われるなって言われたのにそればかりが込み上げてくる。
「可愛い顔が台無しだぞ。ほら、涙拭いて。なんでフィオが謝るんだ? お前は悪い所なんて一つもないぞ」
ワタルが涙を拭いてくれるけどあとからあとから溢れてくる。
悔しさと後悔と、ワタルが目覚めてくれた喜びと、色んな感情が混ざり合って自分の中で処理出来なくなってる。
「ワタルを守れなかった。一緒に戦えなかった。一緒に居たのに、アリスに託すしか出来なかった」
「そんな事ないって、フィオはよくやってくれたよ。俺の怪我は誰のせいでもない。敢えて言えば自業自得だし――」
そんな事絶対にない。
「フィオっ、ワタルに何かあったのか!? っ! 起きてる……ワタルが、目を覚ましてる」
私のみっともない大泣きを聞き付けたナハトが部屋に駆け込んできて腰を抜かした。
それから次々にみんなが駆け込んできて私と同じように抱き付き涙を流した。
そしてようやく落ち着くと今までの不安を吐露した。
それをワタルは困った笑顔を浮かべながら全部聞いてくれた。
私たちの大切な人が帰ってきた。
その安堵と泣き疲れたのもあって狭いベッドに全員が身を寄せ合って眠った。
白い空間に白い輪郭だけの女。
なんだろう……知らないはずなのに知ってるような変な気持ち。
「あの子?」
「君が傍に置いてる獣だよ」
「もさは優しい」
「ふむ、よほど君たちと一緒に居るのが心地良いんだろうね――ところで聞かないのかい?」
「何を?」
「私やこの場所について」
「……いい」
「おや、それはどうして?」
「敵じゃないならそれでいい」
敵意は感じない、それどころか自分の体の感覚すら朧気で……これはたぶん夢、それなら無駄に警戒するのも馬鹿馬鹿しい。
「ふむ……いつもは警戒していたのに調子が狂うな……まぁいいか、彼はもうしばらく眠るだろが容態は安定している、器以上の力を得た事で体がついていかないんだ。もう少し馴染めば意識も戻るだろう」
「本当?」
「万全の状態でも難しいのにあの怪我だったからね、通常は死に至ってもおかしくないのだけど彼の剣に描かれていた紋様の効果だろうね、体が苦難に適応しようとしている」
成長を促す紋様……あれのおかげで?
あの時頼んだものがワタルの命を繋いでくれた。
ナハトは本当に良いものを用意してくれたんだ。
起きたらお礼を言わないと、聖樹での事も含めて。
「安心して気が抜けたのかい? でもそういう顔を見せるのなら大切な人たちにするべきだ――私はその……泣いている子の扱いは苦手なんだ」
「え……?」
女に言われて初めて自分が泣いているのに気が付いた。
ワタルの事になるとなんでこんなに脆いんだろう……簡単に揺れてしまう。
「さぁ、もう君が居るべき場所へ戻りなさい」
そう言われた途端に目眩がして白い世界が遠ざかっていった。
「んぅ……」
そっか……久しぶりにワタルの傍で眠れたんだった。
縋っていた手に頬を擦り寄せる――反応は無い。
寂しい、でも――不安は薄まってた。
「フィオちゃん……おはようございます」
顔を上げると反対側でリオが同じようにしてた。
「おは、よう……」
何を言えばいいんだろう……昨日のことが頭を過ぎって言葉に詰まった。
「また、一人で行くんですか……?」
「……壁には行く」
「どうしても、ですか? あんなに危険な戦いをしてきたのにまた魔物の群れに飛び込むんですか?」
「下には下りない」
「え……?」
「ワタルに降り掛かる危険は全部払いたいけど、それをしてたらワタルに会いに来る時間がなくなる。壁でするのは現状維持の手伝い、終わったら帰ってきてワタルを呼ぶ……から、リオも、一緒に……呼んで、欲しい……」
「フィオちゃんっ!」
「わぷっ!? むぐぅ」
曇っていた表情は晴れやかなものに変わってリオは私を抱いた。
リオの胸……凶器! 息が……なんかリオの良い匂いがいっぱいする……でも息が!
「良かった……一緒に、ワタルを呼び戻しましょう……」
リオは震えてた。
今この時も必死に恐怖に耐えてる。
私は目を逸らして逃げてたのに……もう逃げないから、ちゃんと一緒に居るから――。
「あら、昨日あれだけ派手に出て行ったのに随分と短い家出ね?」
むぅ……ティナが意地悪く笑ってる。
そりゃ私が間違えたかもしれないけど……。
「おちょくるな、フィオはフィオで悩んだ結果だ。どうするのか決めたのか?」
「ん、壁、守る…………昨日、ありがとう……」
「昨日? ――あぁ、気にする事ではあるまい? 家族なのだ、言いたい事は言うべきだろう?」
ナハトはワタルがしてくれるみたいに笑ってくれた。
家族、だから……。
「あの、リオ、ティナ……」
「どうかしたんですか?」
「なぁに? 一晩で随分としおらしくなっちゃったのね」
「だから茶化すな、真剣な目をしている相手をおちょくるようだとワタルに嫌われるぞ」
リオは心配そうに、ティナは少し怒っている風に、そしてナハトは私の言動を許すようにこっちを見てる。
「あら、私弁えているつもりよ、その上で昨日のフィオはどうだったのかしらって事なのだけど?」
「ごめんなさい」
「あら」
「ふむ」
「フィオちゃん……」
「一緒に戦えなかった……」
「まだそんな事を言ってるの?」
「違う、みんなワタルの傍で頑張ってたのに私だけ逃げた、から……でももう逃げないから……一緒に居ていい?」
「なぁティナ、家族とはいちいち確認しないと一緒に居られない関係だったか?」
ナハトの目は優しく笑ってる。
「確認するって事はナハトを家族と思っていないという事じゃないかしら?」
「んなっ!? なんで私なんだ! お前が意地悪く怒った振りなどしているから確認したんだろう? 思われていないとしたらお・ま・え・だ」
「私はフィオ想って間違いに対して怒っているだけなのだけれど、それを意地悪だなんて心外ね」
「そんな態度を取らずとも諭してやればいいだろう」
「何でもかんでも教えてあげるというのはどうなのかしら、自分で考えて気付かせてあげる方がいいと思わないの?」
二人とも、私を大事に想ってくれてる。
こんなに大切に想ってもらってるのに私は、自分だけが苦しくて悔しいみたいに……。
「なんだと!?」
「なによ!?」
「フィオちゃん、二人を止めてあげてください」
いつの間にか二人ともムキになって言い合いをしてた……。
「二人とも――」
「黙っていろ、こいつが悪い!」
「そうよ、少し待ってなさい、絶対この石頭が悪いんだから!」
「私が悪かった! ……二人とも大事なお姉さんだから……仲良く、して」
二人の手を取って握り締める。
いつものふざけてる時の言い合いとは違う、二人とも本気で怒ってる……私のせいでこの関係が崩れるのは嫌……。
「ま、まぁ可愛いフィオをに言われたら仕方ないわね……少し言い過ぎたわ、ごめんなさい」
「ふん……私も熱くなり過ぎた。すまなかった」
「はい、仲直りですね、お二人ともフィオちゃんが大切だからってあまり熱くならないでくださいね? フィオちゃんがおろおろしてましたよ?」
「あら、それは面白いものを見逃したわね」
「残念だ」
「見なくていい……」
手を合わせたリオが変なこと言うから二人の視線がなんか生暖かい……。
「まぁそれはまたの機会にして、はいこれ」
ティナに手渡されたのは紅い宝石、これってカーバンクルの?
「日本との行き来を安定させる為に追加で集めてもらってたのよ、だから婚約者全員分があるわ。私たち全員で祈ればワタルを起こす事だって難しくないはずよ? だから悔しさにも後悔にも囚われてる暇はないの、世界の狭間からだって呼び戻せたんだから私たちが揃ってれば意識を戻すのだって絶対に出来る――」
ティナは先を見てた。
私が後悔に飲まれてる間も出来る最善を尽くしてた。
「ティナ……」
私はティナに抱きついた。
逃げてごめんなさい。
「なぁに?」
「大好き」
「あらあら~? 昨日はうるさいって言って出て行ったのに?」
「ごめんなさい……」
私が弱かった。
「いいわ、その代わり一緒に祈って、約束よ?」
「ん」
ちゃんとみんなと一緒に頑張るから……。
気持ちが落ち着いたせいか壁上を歩く足取りも軽い。
気持ちだけでこんなに体の調子が違うなんて……ワタル私を揺らし過ぎ…………。
やっぱり能力の弱体化が起こっているみたいで魔物の攻撃に対して脆くなってるらしくて定期的な補修が欠かせない。
でもその補修も能力でやるから強度は次第に落ちていくと懸念されてる。
やっぱりこの前みたいに下りて削る方がいいのかな、なんて思ってしまうけどそれはしないってリオと約束した。
だから攻撃は壁上からだけ、空から抜けようとするのはクーニャが処理してるから兵士たちも下の敵に専念出来てるから処理速度自体は安定している。
それでもこの異常事態に平静を保つのは難しい、心の折れた兵士も少なくない。
先の見えない戦い……こんな事は経験が無い。
殺して殺して殺し尽くす。
それが不可能に思える数の暴力。
私も少なからず不安はある。
それでも……大切なものを守る為ならなんだってする――出来る気がする。
あの巨人はなんで壁に近付かないんだろう?
高さ自体は巨人の身長よりもあるけど、それでも弱体化してる防壁なら崩せるかもしれない。
なのに試しもしない。
その方がこっちは助かるけど、理由の分からない行動に甘えてればいつか崩される。
あの巨人だけは殺しておきたい。
「レールガンなら……」
狙撃出来るのかな……ワタル早く起きないかな……。
防壁の見回りを終えてワタルの所に帰る、そしてリオ達と一緒に身の回りの世話をしながら声をかける。
反応は見られない、それでも絶対起きるって信じてる。
だからこの絶望的な日々を生きていける。
今日も壁の見回りの護衛、作業中はディアボロスを警戒しながら壁上に配備されてる弓矢で下の敵を射る。
ただの弓矢でも目や頭さえ狙えば殺す事は出来る。
ただやっぱり下りて斬るのに比べたら処理速度は格段に落ちる。
「フィオちゃんこんな所からよくヘッドショット出来るね……」
魔物の頭を射抜いたのを見て優夜が目を丸くしてる。
「簡単」
「簡単かなぁ…………」
群れ過ぎて魔物が殆ど動けない状態だから当てるのは容易い。
数が減っても魔物たちは怒りもせず死んだ仲間の骸を漁る。
共食い……獲物も無いのになんでここまで増えたの……?
しかも種類も統一されてない、壁を壊そうとするのも居るけどその殆どは密集している事に苛立って仲間割れをしてる。
統率が取れてない、目的も無くこれだけの種類が集まったの……?
「フィオ! ミシャが私に新しい武器を作ってくれたの、これで今度こそ私役に立つから」
「? ……ん」
反対側から壁の護衛をしていたアリスが合流して新調されたらしい装備を見せてくる。
下りないから剣や鎌が新調されても意味はないと思うけど……まぁいいか。
「今日の作業は終了でーす! 皆さんお疲れ様でしたー!」
壁の補修の終了が知らされて補修班は壁を下りていく、普段ならこの後少し魔物を狩ってから帰るんだけど今日は補修中に結構狩ったし早めに戻ろうかな。
「私は帰るけど、アリスは?」
「私はもう少し狩ってから帰るわ」
「……そう、気を付けて」
「ええ、任せて!」
なんだろう……アリスが最近おかしい気がする。
何がとは分からないけど、前と違う。
そんな事を思いつつも私は気にする事なくワタルの元へ帰った。
「ただいま」
「ふぃ、フィオ!? み、見回りは?」
「フィオちゃん!? お、おかえりなさい……早いんですね、今日は」
部屋の扉を開いくと思考が停止した。
ワタルが……起きてる。
「フィオ? ――ぐはっ!? い、いきなり飛び付くなよ」
名前を呼ばれて弾かれたように飛び付いた。
起きてる、起きてる起きてるっ!
私の名前を呼んでくれた。
優しく頭を撫でてくれてる。
ワタル、ワタルワタルワタルっ……ごめんなさい、一緒に戦えなくてごめんなさい!
言葉にしたいのに声が詰まって嗚咽だけが次々に吐き出される。
「落ち着くまでこうしてあげてください。張りつめていたものがワタルが目覚めてくれたことで切れちゃったんだと思います。フィオちゃんとナハトさんは腕が切断されて傷を負った、本当にボロボロのワタルを見ているから私たちよりもずっと衝撃を受けてたと思うんです。それなのに、ずっと傍に居たいのを必死に我慢して必要だからと魔物の脅威と戦ってくれていたんです」
「ごめんな、フィオ。俺はもう大丈夫だから、ちゃんと生きてるから」
「あや、まるの……私、ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい」
ワタルが謝る事なんてなんにもない、私の判断ミスで一人で戦わせる事になった。
もっと上手く立ち回ってればこんな事にならなかったかもしれないのに。
ティナに後悔に囚われるなって言われたのにそればかりが込み上げてくる。
「可愛い顔が台無しだぞ。ほら、涙拭いて。なんでフィオが謝るんだ? お前は悪い所なんて一つもないぞ」
ワタルが涙を拭いてくれるけどあとからあとから溢れてくる。
悔しさと後悔と、ワタルが目覚めてくれた喜びと、色んな感情が混ざり合って自分の中で処理出来なくなってる。
「ワタルを守れなかった。一緒に戦えなかった。一緒に居たのに、アリスに託すしか出来なかった」
「そんな事ないって、フィオはよくやってくれたよ。俺の怪我は誰のせいでもない。敢えて言えば自業自得だし――」
そんな事絶対にない。
「フィオっ、ワタルに何かあったのか!? っ! 起きてる……ワタルが、目を覚ましてる」
私のみっともない大泣きを聞き付けたナハトが部屋に駆け込んできて腰を抜かした。
それから次々にみんなが駆け込んできて私と同じように抱き付き涙を流した。
そしてようやく落ち着くと今までの不安を吐露した。
それをワタルは困った笑顔を浮かべながら全部聞いてくれた。
私たちの大切な人が帰ってきた。
その安堵と泣き疲れたのもあって狭いベッドに全員が身を寄せ合って眠った。
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