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九章~蝕まれるもの~
囚われの少女
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暗闇の中で『助けて』と叫ぶアリスの声が聞こえる。自分を大切にする者などいないと信じている孤独な少女が、それでも叫んだんだ。なら俺は――。
「今行く――ぐっ!? くぁあ~っ、痛い…………」
「うぅ~っ、折角寝顔を楽しんでいたのにどうして急に起き上がるのよー。すっごい痛いじゃない」
重い感覚が纏わりつく身体を動かした、ら、眠っていた状態から跳ね起きたようだ。すると俺に跨って顔を覗き込んでいたティナの額にヘッドバットが直撃と……ティナは額を押さえて涙目になっている。さっきの声は気絶前の光景のせいで見た夢だったのか。
「というかティナ! 無事か? もう身体は動くのか? 異常はないのか? 後遺症とか出たりはしてないか?」
俺の腰に跨っているティナを抱き寄せぺたぺたと触って確認する。触れるとくすぐったそうに身体をよじらせもう動かせるようになった事を教えてくれる。
「ひゃん。こういう時は大胆に触れてくるのよねぇ。それだけ心配してくれたって事よね? 嬉し。まだ完全ではないのだけど、こーしてワタルを押し倒せるくらいには動けるようになったわよ?」
抱きしめ返されそのまま体重を預けられる形で寝台に逆戻りした。完全じゃないって事は薬が抜けるまで時間が掛かってるって事か。治癒能力では治せなかったんだろうか?
「うわっ、と……顔が近いんだが」
「キスしちゃう? ……というかしちゃう。ワタルの寝顔見てたら我慢出来なくなってたんだもの」
「何を言っておるかバカ娘、主は目覚めたばかりなのだぞ。妙な負担をかけるな。自分の天幕から這い出して何をやっているかと思えば夜這いとは……呆れてものも言えぬわ」
クーニャが少し不機嫌そうにティナの頭をはたいて引き剥がした。クーニャが傍に居るのに抱き合ったり見つめ合ったりしてたのか……はっず。
「主よ、調子はどうだ? あれから一日眠って今は夜だ。腹は減ってはおらぬか? 必要なら貰ってくるが」
「ああ……なぁクーニャ、アリスはどうした?」
「主の黒雷が余程効いたのだろう、小娘も眠り続けておる。眠ったままであってもここの者たちには恐ろしく見えるようでな眠ったまま拘束されておる。まぁ敵方で仲間の首を刎ね飛ばされておれば当然の反応か……ここに連れてきた事に気付いた者たちはすぐに処刑せよと騒いでおったほどだしな」
「それなのに拘束で済んだのか?」
「本当なら殺してしまいたいのでしょうけどね。ワタルの存在がそれを許さないってところかしら。スヴァログを倒した功労者、それが命懸けで助けた者を簡単に殺していいのかといった葛藤ってところね。だから拘束、見張りはフィオがしてるから安心していいわ」
何も考えず助けに走ってしまったが、この国の人間からしたら侵略者の一人だもんなぁ。首狩りアリスなんて呼ばれてたわけだし、憎しみも相当、そこへ本人を連れて来たら騒ぎにもなるか……フィオが見張ってるのはアリスじゃなくてこの国の兵たちだろうな。
「それと、敵を助けた事でワタルの立場も微妙なものになってるわよ。外には見張りも付いているし」
「俺が敵対するって?」
「その通り。アリスの件でそう思ってい者も居るという事だよ。やぁ、無事に目覚めたようだね。こんばんは、体調はどうかな? 目覚めたばかりで悪いけどどうしても一つはっきりさせておきたくてね。君は僕たちの敵かい?」
肩を怒らせて威圧するように現れたダニエルが敵意を含んだ視線を投げかけてきた。敵対するのであればこの場で斬る事も厭わないといった様子だ。
「はぁ~、別に敵対するつもりなんかないって。あったらスヴァログ討伐になんて来ない。アリス助けたのはまぁ……気分?」
そんなつもりはないと手をひらひらと振ってみせるが、キツい視線は相変わらずだ。
「……ふざけているのかい? 彼女は首狩りアリス、僕らにとっては仇敵だ。それをそんないい加減な理由で助けたというのかい?」
「…………ふざけてはないが、そんなに睨まれてもな。俺の仕事はスヴァログ討伐でそれは済ませて撤退支援だってしたし、敵対行動なんてしてないんだからあんたらが撤退した後の戦場で女の子一人拾うくらいいいだろ」
まぁそのアリスの所属が問題なんだろうけど……あんなもん咄嗟に身体が動いたんだからどうしようもない。人殺しだってのは分かっちゃいるが、それは戦争で、アリス自身が望んでやってるとは限らないし、それに……可哀想だと思っちゃったんだ。フィオと同じような背格好でも歳は見た目相応だろうし、そんな子供が誰にも大切にされるはずないなんて思いながら死んでいくのを見るのは嫌だった。子供の死体なんて二度と見たくない、俺にとってはそれだけで十分な理由だった。だから助けた。
「いいわけないでしょ! これ以上女増やしてどうするつもりなの! ロリコンにも程があるでしょっ」
ティナに怒られた!? というか女ぁ!? そういう意図は全くなかったんだが……連れて帰ったりしたらみんなからもこういう反応されんのかねぇ……それはめんどくさいなぁ。
「いやそういう話ではなく……はぁ…………本当に敵対の意思はないんだね?」
「ああ、アドラ嫌いだし。どっちかにつくならこっちにつくよ、って言っても人殺しの協力なんて御免蒙るけど」
「そうかい……なら人殺し以外の協力は望めるわけだね」
この言い方、苦労してスヴァログ討伐を完遂した俺にまだ何かやらせる気か? ……魔物が湧いたからなぁ、それの処理の手伝いってところだろうか。
「まぁ、手伝ってもいいけど……その前にアリスの――」
「その件も関係しているよ。まず最初に、彼女は今拘束されている。危険度を考えれば本来処刑が妥当なのだが、スヴァログ討伐と撤退支援という恩がある。それを返すという形で拘束に止まったんだ。でも身柄が僕らの所にあるのは君の望むところではないだろう? だから一つ仕事をして欲しい。それの達成をもって彼女の身柄は君へ引き渡そう」
なるほど、分かりやすい。処刑させろと平行線な議論をさせられるよりよっぽどいい。それだけ切迫しているって事でもあるのかもしれないが。助ける為にはやるしかない。
「助力をお願いしたいのは魔物の殲滅。君も知っての通り突如として戦場に魔物が現れ、スヴァログ討伐で士気の高まりだしていた僕らを混乱の渦に叩き落したあの魔物たち! 現在はアドラ側の覚醒者の発生させた巨大な地割れに大半が落ちているが、そこから這い出しこちらとアドラ側双方に襲い掛かってくるものと戦場で死体漁りをしているものが居るというのが現状なんだ」
大半が地割れに落ちたって……どれだけ巨大な地割れを発生させたんだ? あの赤いスライムもそれで処理出来たのか? あれが残ってる場合どう処理したものか……電撃を嫌がる素振りを見せたから一応効果はあるんだろうけど……スライムを殺すってどうすればいいんだろう?
「アドラ側はどうなったんだ?」
「戦場近くの町は放棄して占領した他の町へと後退したようだ。僕らは撤退支援のおかげで殆ど被害を出さなかったけど、アドラ側は突然の魔物の襲来にかなりの被害を出していたからね、体勢を立て直す為にも魔物から距離を取ったんだろう。この機に乗じて一気に押し返したいところだけど間にいる魔物が邪魔をしている。だから先に進む為にも魔物の殲滅は急務、他に類をみない程の強力な覚醒者である君には是非協力してほしい」
「……そう言う事なら引き受ける、つっても殲滅能力ならナハトや紅月の方が上な気がするけど、全部ドカンと焼き払えるし」
「何を言う主、焼き払うなど儂にもできるぞ! 儂が居れば問題無かろう?」
自信満々にクーニャが自身のぺったんこの胸を叩き身を乗り出して来た。相変わらずこの姿の時はちんまくて可愛いし一生懸命にアピールしてくる様子は妙に和む。
「手伝ってくれるのか?」
「当然、この身は主の物なれば、主の望み通りに」
「あー、クーニャ良いかっこして点数稼いでる。アリスを拾いに行って倒れた事で凄く怒ってたくせに~」
「まぁ、手伝ってくれるなら何でもいいさ。魔物殲滅は引き受ける、その代わりアリスの身柄引き渡しの件はよろしく頼む」
「ああ、約束を違える事はないよ。明朝殲滅作戦を開始する。……それにしても、こうもあっさりと危険な仕事を引き受けてくれるとは……恐ろしいな、ロリコンとは」
「ホントね」
なんでそうなる!? というか全員この認識ですか!? 俺がロリコンだからアリスを拾って来たって? そういう意図はないですよ。ええ、全く無いですとも。
「フィオ~、見張りご苦労さん――って、何してんだ……一応負傷者だろ」
アリスの居る天幕へ入ると枷を付けられ檻に入れられているアリスを退屈そうに突いている見張り役が居た。ぐいぐい頬を押されてアリスが少し魘されている。
「気絶してるだけ、怪我はもうない。それに敵。……なんでピンクを助けたの?」
「なんでだと思う?」
「…………ろりこんだから?」
お前もかーっ、なんでみんなそんな認識だ!? ……そりゃあフィオもクーニャも好きだからロリコンとも言えるかもしれないが、ロリコンだから女の子助けるってなに!? それだとなんかヤバい奴みたいじゃないか。
「冗談はさておき、なんで助けたの?」
冗談と言いつつも向けられるのはジト目……重婚の身で言えたことじゃないかもしれないが、もう少し俺の女性関係についての認識どうにかならんのか。フィオの隣に座り込んで、貰ってきた大きめのパンと干し肉、魚の干物を渡しつつ残ったパンにかぶりつく。
「助けてって言われたから、かな。子供が死ぬのを見たくなかったってのもある。……それにしても、こんな場所だからしょうがないけど、もっと良い物食べたいよなぁ。リオ達の飯なら最高」
「ん。早く帰ろ?」
「まぁ、そうなんだけど……アリスの身柄引き渡しの為に魔物殲滅の手伝いをする事になりました」
「…………」
沈黙が痛い! 視線も痛い! ジト目で俺を見てくるフィオは不機嫌そのもの、こいつは何を言い出してるんだと言わんばかりだ。目は口ほどに物を言うとはいうが、こんなにばっちり通じるとは…………。
「はぁ……ワタルのばか」
ぷいっと顔を背け、こちらに背を向けて不機嫌オーラを発してくる。完全に拗ねてしまわれた。肩を突いてみても振り向いてはくれない。仕方なく背中合わせに話しかける。
「フィオ~? ……そりゃこの娘は敵だけどさ、フィオと同じでずっと一人だったんだろ? 誰かと一緒に居る幸せとかも知らないまま魔物に喰われるなんて可哀想だと思わないか?」
「……でも、敵。それに、なんで『誰か』がワタルなの?」
「別にそれは決まってないって。アドラじゃない場所で暮らして、色んな人に出会ってアリス自身がその相手を見つけられたらいいなって思ってる。フィオみたいに、な?」
盗賊なんてやってたフィオが俺やリオと出会って変わったんだ。アリスだって変われるはず……そう信じたい。
「はぁ……こんなの連れて帰ったらリオ達が危ない」
「そこはまぁ、慣れるまで暫くの間は俺かフィオが必ず一緒に居るって事で」
「…………ワタルと二人きりになれなくなる」
物凄く不機嫌な声でそう呟いたフィオの顔を覗き込むと少し涙目になって寂しそうにしている。そんなフィオを思わず後ろから抱きしめて髪へ顔をうずめ甘い匂いを嗅ぐ。
「ワタルくすぐったい」
「嫌か?」
俺の腕の中でふるふると首を振って身体をすり寄せて潤んだ瞳で甘えたように見上げてくる。うっ……可愛い――って、力を抜いて目を閉じるなー。こ、これはそういう事なのか? 吸い寄せられるように顔を寄せていき――。
「な~にしてるのかしらぁ?」
「うわっ!? てぃ、ティナ!? なんでここに? さっきもう休むって」
フィオの唇に触れる直前で耳元から聞こえた声に竦みあがった。完全にフィオに集中してたから入ってきた事にすら気付かなかったぞ。あぁ、胸が早鐘を打って心臓が痛い。
「ティナ、邪魔。ここまで連れて帰ってあげたんだから少しくらい我慢して」
「い・や・よ! 私だってさっきクーニャのせいでキスしそびれたんだもの。するなら私が先よ――というか場所代わりなさい」
あ~、良い雰囲気だったのにぐだぐだ……俺にしがみ付いて離れようとしないフィオと入れ替わろうとティナが身体をねじ込んでくる。……近くでこれだけ騒いでいてもアリスは目覚めそうにないな。殺さず拘束となった時点で一応治療もされたらしく外傷なんかは見られないが…………大丈夫だろうか――。
「いってー!? 何すんだ二人とも」
フィオに右を、ティナに左の頬を思いっ切り抓られた。二人共爪を立てやがったせいで解放されてもジリジリとした痛みが残ってる。ケンカしてたと思ったら協力して何してくれてんだ。
「ワタルの事で争ってるのに余所見して他の女なんか見てるからよ。ねぇ?」
「ん。『誰か』はワタルじゃないんでしょ? あっち見ちゃダメ」
「本当に怪我はもうないのかなって見てただけだろ、変な意図はないって――はいはい、俺が悪いですよ。だからその目やめれ」
二人にジッと睨まれてあっけなく降参した。フィオが見ててくれたんだから異常があれば教えてくれるはずだし、何も言って来ないって事は命に別条はないって事だろ。呼吸も規則正しく行われているみたいだし異常はないんだろう。
「また見てる」
「しかも今度は胸よ。もう、見たいならここにあるでしょ!」
ティナに頭を抱えられてその胸へと顔をうずめている俺にフィオが冷ややかな視線を向けてくる。こんな視線を向けられてたんじゃ心地良さも何もあったもんじゃない。素早くティナの腕から逃れて立ち上がった。
「ほら、ティナは完全には治ってないんだからもう戻って休め」
ティナの天幕へ連れて行こうと抱え上げたところで服をクイクイと引っ張られて足を止めた。ティナは何やら思案顔で頬に手を添えている。
「……私もここで寝るわ。どうせワタルもフィオに付き合ってここで見張りをしながら寝るつもりなんでしょう? 私だけ仲間外れはいやよ」
「いやよ、って……ここ何もないぞ? 簡易的な物とはいえ寝台あった方が良いんじゃないのか?」
「いーの、ワタルが居るかどうかの方が大事だもの。私はこっち貰うわね」
「なら私はこっち」
さっき争っていたのはどこへやら……俺を座り込ませティナは左、そしてフィオは俺の右肩へと凭れるようにして目を閉じた。どうやら本当にこのまま眠るつもりらしい。二人が良いならいいんだが……アリスが目を覚ましたら色々言われそうだな。変態に助けられたーって怒るだろうか? アドラを抜けて新しい生活を送る事を受け入れてくれるだろうか? ……フィオは素直に俺の言う事を聞いてくれたがアリスはそういうタイプじゃなさそうだからなぁ。微睡みながらそんな事を考えているうちに深い眠りへと落ちていった。
「今行く――ぐっ!? くぁあ~っ、痛い…………」
「うぅ~っ、折角寝顔を楽しんでいたのにどうして急に起き上がるのよー。すっごい痛いじゃない」
重い感覚が纏わりつく身体を動かした、ら、眠っていた状態から跳ね起きたようだ。すると俺に跨って顔を覗き込んでいたティナの額にヘッドバットが直撃と……ティナは額を押さえて涙目になっている。さっきの声は気絶前の光景のせいで見た夢だったのか。
「というかティナ! 無事か? もう身体は動くのか? 異常はないのか? 後遺症とか出たりはしてないか?」
俺の腰に跨っているティナを抱き寄せぺたぺたと触って確認する。触れるとくすぐったそうに身体をよじらせもう動かせるようになった事を教えてくれる。
「ひゃん。こういう時は大胆に触れてくるのよねぇ。それだけ心配してくれたって事よね? 嬉し。まだ完全ではないのだけど、こーしてワタルを押し倒せるくらいには動けるようになったわよ?」
抱きしめ返されそのまま体重を預けられる形で寝台に逆戻りした。完全じゃないって事は薬が抜けるまで時間が掛かってるって事か。治癒能力では治せなかったんだろうか?
「うわっ、と……顔が近いんだが」
「キスしちゃう? ……というかしちゃう。ワタルの寝顔見てたら我慢出来なくなってたんだもの」
「何を言っておるかバカ娘、主は目覚めたばかりなのだぞ。妙な負担をかけるな。自分の天幕から這い出して何をやっているかと思えば夜這いとは……呆れてものも言えぬわ」
クーニャが少し不機嫌そうにティナの頭をはたいて引き剥がした。クーニャが傍に居るのに抱き合ったり見つめ合ったりしてたのか……はっず。
「主よ、調子はどうだ? あれから一日眠って今は夜だ。腹は減ってはおらぬか? 必要なら貰ってくるが」
「ああ……なぁクーニャ、アリスはどうした?」
「主の黒雷が余程効いたのだろう、小娘も眠り続けておる。眠ったままであってもここの者たちには恐ろしく見えるようでな眠ったまま拘束されておる。まぁ敵方で仲間の首を刎ね飛ばされておれば当然の反応か……ここに連れてきた事に気付いた者たちはすぐに処刑せよと騒いでおったほどだしな」
「それなのに拘束で済んだのか?」
「本当なら殺してしまいたいのでしょうけどね。ワタルの存在がそれを許さないってところかしら。スヴァログを倒した功労者、それが命懸けで助けた者を簡単に殺していいのかといった葛藤ってところね。だから拘束、見張りはフィオがしてるから安心していいわ」
何も考えず助けに走ってしまったが、この国の人間からしたら侵略者の一人だもんなぁ。首狩りアリスなんて呼ばれてたわけだし、憎しみも相当、そこへ本人を連れて来たら騒ぎにもなるか……フィオが見張ってるのはアリスじゃなくてこの国の兵たちだろうな。
「それと、敵を助けた事でワタルの立場も微妙なものになってるわよ。外には見張りも付いているし」
「俺が敵対するって?」
「その通り。アリスの件でそう思ってい者も居るという事だよ。やぁ、無事に目覚めたようだね。こんばんは、体調はどうかな? 目覚めたばかりで悪いけどどうしても一つはっきりさせておきたくてね。君は僕たちの敵かい?」
肩を怒らせて威圧するように現れたダニエルが敵意を含んだ視線を投げかけてきた。敵対するのであればこの場で斬る事も厭わないといった様子だ。
「はぁ~、別に敵対するつもりなんかないって。あったらスヴァログ討伐になんて来ない。アリス助けたのはまぁ……気分?」
そんなつもりはないと手をひらひらと振ってみせるが、キツい視線は相変わらずだ。
「……ふざけているのかい? 彼女は首狩りアリス、僕らにとっては仇敵だ。それをそんないい加減な理由で助けたというのかい?」
「…………ふざけてはないが、そんなに睨まれてもな。俺の仕事はスヴァログ討伐でそれは済ませて撤退支援だってしたし、敵対行動なんてしてないんだからあんたらが撤退した後の戦場で女の子一人拾うくらいいいだろ」
まぁそのアリスの所属が問題なんだろうけど……あんなもん咄嗟に身体が動いたんだからどうしようもない。人殺しだってのは分かっちゃいるが、それは戦争で、アリス自身が望んでやってるとは限らないし、それに……可哀想だと思っちゃったんだ。フィオと同じような背格好でも歳は見た目相応だろうし、そんな子供が誰にも大切にされるはずないなんて思いながら死んでいくのを見るのは嫌だった。子供の死体なんて二度と見たくない、俺にとってはそれだけで十分な理由だった。だから助けた。
「いいわけないでしょ! これ以上女増やしてどうするつもりなの! ロリコンにも程があるでしょっ」
ティナに怒られた!? というか女ぁ!? そういう意図は全くなかったんだが……連れて帰ったりしたらみんなからもこういう反応されんのかねぇ……それはめんどくさいなぁ。
「いやそういう話ではなく……はぁ…………本当に敵対の意思はないんだね?」
「ああ、アドラ嫌いだし。どっちかにつくならこっちにつくよ、って言っても人殺しの協力なんて御免蒙るけど」
「そうかい……なら人殺し以外の協力は望めるわけだね」
この言い方、苦労してスヴァログ討伐を完遂した俺にまだ何かやらせる気か? ……魔物が湧いたからなぁ、それの処理の手伝いってところだろうか。
「まぁ、手伝ってもいいけど……その前にアリスの――」
「その件も関係しているよ。まず最初に、彼女は今拘束されている。危険度を考えれば本来処刑が妥当なのだが、スヴァログ討伐と撤退支援という恩がある。それを返すという形で拘束に止まったんだ。でも身柄が僕らの所にあるのは君の望むところではないだろう? だから一つ仕事をして欲しい。それの達成をもって彼女の身柄は君へ引き渡そう」
なるほど、分かりやすい。処刑させろと平行線な議論をさせられるよりよっぽどいい。それだけ切迫しているって事でもあるのかもしれないが。助ける為にはやるしかない。
「助力をお願いしたいのは魔物の殲滅。君も知っての通り突如として戦場に魔物が現れ、スヴァログ討伐で士気の高まりだしていた僕らを混乱の渦に叩き落したあの魔物たち! 現在はアドラ側の覚醒者の発生させた巨大な地割れに大半が落ちているが、そこから這い出しこちらとアドラ側双方に襲い掛かってくるものと戦場で死体漁りをしているものが居るというのが現状なんだ」
大半が地割れに落ちたって……どれだけ巨大な地割れを発生させたんだ? あの赤いスライムもそれで処理出来たのか? あれが残ってる場合どう処理したものか……電撃を嫌がる素振りを見せたから一応効果はあるんだろうけど……スライムを殺すってどうすればいいんだろう?
「アドラ側はどうなったんだ?」
「戦場近くの町は放棄して占領した他の町へと後退したようだ。僕らは撤退支援のおかげで殆ど被害を出さなかったけど、アドラ側は突然の魔物の襲来にかなりの被害を出していたからね、体勢を立て直す為にも魔物から距離を取ったんだろう。この機に乗じて一気に押し返したいところだけど間にいる魔物が邪魔をしている。だから先に進む為にも魔物の殲滅は急務、他に類をみない程の強力な覚醒者である君には是非協力してほしい」
「……そう言う事なら引き受ける、つっても殲滅能力ならナハトや紅月の方が上な気がするけど、全部ドカンと焼き払えるし」
「何を言う主、焼き払うなど儂にもできるぞ! 儂が居れば問題無かろう?」
自信満々にクーニャが自身のぺったんこの胸を叩き身を乗り出して来た。相変わらずこの姿の時はちんまくて可愛いし一生懸命にアピールしてくる様子は妙に和む。
「手伝ってくれるのか?」
「当然、この身は主の物なれば、主の望み通りに」
「あー、クーニャ良いかっこして点数稼いでる。アリスを拾いに行って倒れた事で凄く怒ってたくせに~」
「まぁ、手伝ってくれるなら何でもいいさ。魔物殲滅は引き受ける、その代わりアリスの身柄引き渡しの件はよろしく頼む」
「ああ、約束を違える事はないよ。明朝殲滅作戦を開始する。……それにしても、こうもあっさりと危険な仕事を引き受けてくれるとは……恐ろしいな、ロリコンとは」
「ホントね」
なんでそうなる!? というか全員この認識ですか!? 俺がロリコンだからアリスを拾って来たって? そういう意図はないですよ。ええ、全く無いですとも。
「フィオ~、見張りご苦労さん――って、何してんだ……一応負傷者だろ」
アリスの居る天幕へ入ると枷を付けられ檻に入れられているアリスを退屈そうに突いている見張り役が居た。ぐいぐい頬を押されてアリスが少し魘されている。
「気絶してるだけ、怪我はもうない。それに敵。……なんでピンクを助けたの?」
「なんでだと思う?」
「…………ろりこんだから?」
お前もかーっ、なんでみんなそんな認識だ!? ……そりゃあフィオもクーニャも好きだからロリコンとも言えるかもしれないが、ロリコンだから女の子助けるってなに!? それだとなんかヤバい奴みたいじゃないか。
「冗談はさておき、なんで助けたの?」
冗談と言いつつも向けられるのはジト目……重婚の身で言えたことじゃないかもしれないが、もう少し俺の女性関係についての認識どうにかならんのか。フィオの隣に座り込んで、貰ってきた大きめのパンと干し肉、魚の干物を渡しつつ残ったパンにかぶりつく。
「助けてって言われたから、かな。子供が死ぬのを見たくなかったってのもある。……それにしても、こんな場所だからしょうがないけど、もっと良い物食べたいよなぁ。リオ達の飯なら最高」
「ん。早く帰ろ?」
「まぁ、そうなんだけど……アリスの身柄引き渡しの為に魔物殲滅の手伝いをする事になりました」
「…………」
沈黙が痛い! 視線も痛い! ジト目で俺を見てくるフィオは不機嫌そのもの、こいつは何を言い出してるんだと言わんばかりだ。目は口ほどに物を言うとはいうが、こんなにばっちり通じるとは…………。
「はぁ……ワタルのばか」
ぷいっと顔を背け、こちらに背を向けて不機嫌オーラを発してくる。完全に拗ねてしまわれた。肩を突いてみても振り向いてはくれない。仕方なく背中合わせに話しかける。
「フィオ~? ……そりゃこの娘は敵だけどさ、フィオと同じでずっと一人だったんだろ? 誰かと一緒に居る幸せとかも知らないまま魔物に喰われるなんて可哀想だと思わないか?」
「……でも、敵。それに、なんで『誰か』がワタルなの?」
「別にそれは決まってないって。アドラじゃない場所で暮らして、色んな人に出会ってアリス自身がその相手を見つけられたらいいなって思ってる。フィオみたいに、な?」
盗賊なんてやってたフィオが俺やリオと出会って変わったんだ。アリスだって変われるはず……そう信じたい。
「はぁ……こんなの連れて帰ったらリオ達が危ない」
「そこはまぁ、慣れるまで暫くの間は俺かフィオが必ず一緒に居るって事で」
「…………ワタルと二人きりになれなくなる」
物凄く不機嫌な声でそう呟いたフィオの顔を覗き込むと少し涙目になって寂しそうにしている。そんなフィオを思わず後ろから抱きしめて髪へ顔をうずめ甘い匂いを嗅ぐ。
「ワタルくすぐったい」
「嫌か?」
俺の腕の中でふるふると首を振って身体をすり寄せて潤んだ瞳で甘えたように見上げてくる。うっ……可愛い――って、力を抜いて目を閉じるなー。こ、これはそういう事なのか? 吸い寄せられるように顔を寄せていき――。
「な~にしてるのかしらぁ?」
「うわっ!? てぃ、ティナ!? なんでここに? さっきもう休むって」
フィオの唇に触れる直前で耳元から聞こえた声に竦みあがった。完全にフィオに集中してたから入ってきた事にすら気付かなかったぞ。あぁ、胸が早鐘を打って心臓が痛い。
「ティナ、邪魔。ここまで連れて帰ってあげたんだから少しくらい我慢して」
「い・や・よ! 私だってさっきクーニャのせいでキスしそびれたんだもの。するなら私が先よ――というか場所代わりなさい」
あ~、良い雰囲気だったのにぐだぐだ……俺にしがみ付いて離れようとしないフィオと入れ替わろうとティナが身体をねじ込んでくる。……近くでこれだけ騒いでいてもアリスは目覚めそうにないな。殺さず拘束となった時点で一応治療もされたらしく外傷なんかは見られないが…………大丈夫だろうか――。
「いってー!? 何すんだ二人とも」
フィオに右を、ティナに左の頬を思いっ切り抓られた。二人共爪を立てやがったせいで解放されてもジリジリとした痛みが残ってる。ケンカしてたと思ったら協力して何してくれてんだ。
「ワタルの事で争ってるのに余所見して他の女なんか見てるからよ。ねぇ?」
「ん。『誰か』はワタルじゃないんでしょ? あっち見ちゃダメ」
「本当に怪我はもうないのかなって見てただけだろ、変な意図はないって――はいはい、俺が悪いですよ。だからその目やめれ」
二人にジッと睨まれてあっけなく降参した。フィオが見ててくれたんだから異常があれば教えてくれるはずだし、何も言って来ないって事は命に別条はないって事だろ。呼吸も規則正しく行われているみたいだし異常はないんだろう。
「また見てる」
「しかも今度は胸よ。もう、見たいならここにあるでしょ!」
ティナに頭を抱えられてその胸へと顔をうずめている俺にフィオが冷ややかな視線を向けてくる。こんな視線を向けられてたんじゃ心地良さも何もあったもんじゃない。素早くティナの腕から逃れて立ち上がった。
「ほら、ティナは完全には治ってないんだからもう戻って休め」
ティナの天幕へ連れて行こうと抱え上げたところで服をクイクイと引っ張られて足を止めた。ティナは何やら思案顔で頬に手を添えている。
「……私もここで寝るわ。どうせワタルもフィオに付き合ってここで見張りをしながら寝るつもりなんでしょう? 私だけ仲間外れはいやよ」
「いやよ、って……ここ何もないぞ? 簡易的な物とはいえ寝台あった方が良いんじゃないのか?」
「いーの、ワタルが居るかどうかの方が大事だもの。私はこっち貰うわね」
「なら私はこっち」
さっき争っていたのはどこへやら……俺を座り込ませティナは左、そしてフィオは俺の右肩へと凭れるようにして目を閉じた。どうやら本当にこのまま眠るつもりらしい。二人が良いならいいんだが……アリスが目を覚ましたら色々言われそうだな。変態に助けられたーって怒るだろうか? アドラを抜けて新しい生活を送る事を受け入れてくれるだろうか? ……フィオは素直に俺の言う事を聞いてくれたがアリスはそういうタイプじゃなさそうだからなぁ。微睡みながらそんな事を考えているうちに深い眠りへと落ちていった。
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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
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黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
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