黒の瞳の覚醒者

一条光

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九章~蝕まれるもの~

望んだ再会、望まぬ再会

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「きゃぁぁぁあああああああああああああああっ!?」
 耳を劈くような悲鳴が下から聞こえた。クーニャに驚いてのものかと思ったが、それは違った。眼下の状況を確認した瞬間俺はクーニャから飛び降りた。
「主! 人の身でこの高さから落ちては――」
 知った事か!
「っ!?」
 自然と息を呑んだ。着地の衝撃からくる痛みのせいじゃない、今この村に起こっている惨状を見てだ。なんだこれは…………村が盗賊に襲われている。着地したのは桜家の庭先だった。そこへ倒れ伏した源さんの身体と胴から離れた首が転がっている。秋広さんも同じ状況、さっきの悲鳴はこれが原因か。紅い目をした男に羽交い絞めにされた明里さんが秋広さんへ手を伸ばし涙を流している。他の男の足元には頭を踏み付けられた美緒が居る。明里さんの声を聞いても身動ぎ一つしない、生きていない?
「おいおい、なんなんだ? 人が空から降ってき――ぎゃぁああああああっ!?」
「はっはっはっはっは、同じ悲鳴でもお前のは品がねぇーな。何を驚いて――ぎゃぁああああああああっ!?」
 クーニャを見た盗賊の悲鳴が響き渡る。あぁ、酷くイライラする。心が軋む音がする。息苦しい、呼吸が上手くできていない? 俺は、間に合わなかった。無力感に苛まれながら視線を彷徨わせていると秋広さんの首と目が合った。
「二人は絶対に守ります! 安全な、安全な場所へ連れて行きますから!」
 咄嗟だった。死に逝く人へ出来る事なんて他に思いつかず、全力で叫んだ。すると、秋広さんの顔がフッと笑った気がした。ああ……今ので少しは救いになったんだろうか? やる事は決まった。自分の至らなさに絶望している場合じゃない、出来る事を出来るだけ、全力で!
『ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?』
 空を見上げ唖然としていた盗賊の腕と脚を電撃を纏った黒剣で刈り取り、首を落とした。解放された明里さんは膝を突き、俺は美緒を助け起こした。脈は、ある。生きてる! ただ、頭を強く殴られたのか触れた手に血がべったりと付いた。これは動かすのはマズいかもしれない。
「リオー! この娘の手当てを頼む! ミシャとティナはここでリオ達の護衛、フィオとナハトは盗賊を狩るのを手伝ってくれ!」
 本当は全て俺が狩りたいところだが、村中に散ってるんだとしたら別れて狩る方が良いに決まっている。変な意地を張ってる余裕なんかないんだ。
「明里さん、遅くなってすいません。助けに来たんです。俺は村の中に入り込んでる連中をどうにかして来ますから彼女たちと一緒に美緒の手当てを……しっかりしてください! 美緒はまだ生きてるんですよ! 美緒まで失う気ですか!」
 少しキツいかとも思ったがこのままにもしておけず、明里さんの肩を掴んで軽く揺すった。そのおかげか、焦点の合っていないように虚空を見ていた瞳がこちらを捉えた。
「航、君? どうして、ここに…………」
 家族を失ったショックで朦朧とする明里さんに助けに来た事を告げ、事情の説明はリオたちに任せ駆け出した。外法師に俺は夜叉を飼っていると言われた事があったが、それが暴れ出している気がする。フィオが撃たれた時の様な心がぐちゃぐちゃにされていくような感覚がある。暴走一歩手前、何のきっかけで暴れ出してもおかしくない。これ以上は……何も起こってくれるな。
 斬る、斬る、斬る、苛立ちを振り切ろうと村を駆け出くわした盗賊は片っ端から斬り伏せ生き残っている住人が居ないか捜し回るが皆死んでいる。でも、死体が少な過ぎる。逃げ出せた人たちも居たとしても相手は身体能力の高い混血者、そうではないこの村の人が簡単に逃げ出せるとは思えない……どこかに隠れている? この村で隠れられそうな場所…………廃坑なんてどうだろう? 新しくミスリルの鉱床が見つかって更に掘り進められて広がっているだろうし坑道なら別の場所へ通じて逃げ道になっている可能性だってある。そう自分に言い聞かせて美空や愛衣が見つからない言い訳をする。無事でいてくれ、そう祈りながら廃坑への道を走った。
 廃坑の入り口には村人のものではない死体が転がっていた。こっちにはフィオもナハトも来ていない、ならこれはそれ以外の誰かの仕業だろう。村人が協力して倒したのか? でも、居る、この坑道の奥に村人が――血が点々と続いている。怪我人が居るのか、血の付いた武器を持った盗賊も通ったのか、どちらにしても急がないと。自分の腕を帯電させ明かりにして坑道を進む。敵もいる可能性があるから迂闊に呼び掛けるわけにもいかず続く血の跡を辿っていく。自分が通っていた通路を進み鉱床を見つけたところまで来ると新しく道が続いていた。
「っ!」
 人の声が聞こえその瞬間駆け出した。やっぱり誰かいるのは間違いない、村人なら早く合流を、盗賊なら村人に接触される前に排除を――。
「おっと、これはこれは……マジかよ。こんな村があるからもしかしたらとか思ってたがまさか本当に生きてたとはな。どうすんだヴァイス? また捕まえるか?」
「殺すさ。こいつのおかげで便利な道具が居なくなってあれから被害も出てんだ」
 あぁ……混血者の盗賊が犯人だと分かった時からもしかしてと思っていたがやっぱりこいつらだったか。嫌な因縁だな。
「お前らがここの人たちを殺したんだな。どうやってここに来た?」
「ああ、殺したぜ。同じ混血者の俺たちがどんな扱いで外で生きてきたか、こんな所で安穏と暮らしていた連中に教えてやったのさ。ここに来たのは偶然だ。軍に追われて逃げている途中に偶々襲った奴の持ち物がここに入る鍵だった、ってな。面白い偶然もあったもんだ。これが無いとここには入れないらしいから軍は撒けるし新しい隠れ家にも丁度いい」
 俺が持っている物と同じペンダントを掲げてヴァイスがニヤニヤと笑っている。
「ツチヤは? ここの人たちは同じ日本人だぞ。何とも思わないのか?」
「俺も概ねヴァイスと同じだ。俺たちは外じゃ奴隷だぜ? だってのにここの奴らは気付かれる事なく普通に暮らしてやがる。こんな不公平許されるか?」
「そうか……話すだけ無駄だった」
「うおっ!?」
 前触れもなくツチヤに斬りかかった俺の剣をヴァイスが受けたがその剣はあっさりと破壊された。この剣相手では普通の武器じゃ打ち合う事すら叶わない。早く排除しなくては、これ以上は本当に自分が壊れてしまいそうだ。暴走して無茶苦茶をするくらいなら自分の意思でこいつらを殺す。
「ツチヤ! 武器出せ! なんなんだこいつの剣は!?」
「ほらよ! ミスリルだけ取り出して作った特別製だ!」
 ツチヤが壁に手を当て抜き出した剣をヴァイスに投げて寄越した。ここは坑道、土や岩石を操れるあいつにとってはかなり有利な場だ。下手したら生き埋めにされる可能性もある。さっさとケリを付けないと――。
「いくら良い剣を持ってようが使い手がクズならいくらでも戦いようがある――なに!? 何故俺の動きに付いて来れる!」
「遅いんだよ。あれからどれだけ経ってると思ってるんだ? こんな世界で生きてるんだ、何も変わらないわけないだろ」
「調子に乗るな、ただの異界者が!」
「弱い者だけを襲って強い者からは逃げ隠れしているお前に俺が殺せるものか!」
「ごふっ、ぁ、ぁ、ぁあああ、ガキがぁ」
 ミスリルだからと油断していたんだろう、数合打ち合っただけで剣は砕け俺の剣はヴァイスの喉を貫いた。ヒュウ、ヒュウと空気の抜ける様な呼吸を繰り返しているが長くはもたないだろう。このまま首を斬り落としてやりたいが長く苦しめる為にこのまま放置する事を決めた。
「あっけないな、ヴァイス。あれだけ俺を殺すと言ってた奴がこの様か」
「ウッ、グゥ」
 砕けた剣を俺に向け突進してくるが速さなど少しも感じないそれを最小限の動きで躱し、同時に足を引っ掛けて転ばせた。ヴァイスは俺を睨み付け言葉を吐こうとするが言葉にならず空気の抜ける音だけが繰り返される。
「死ぬまで苦しめ。さて、次は――」
「ッ! 貫けッ!」
 俺の接近に警戒したツチヤが地面を踏み付けると壁や地面から棘の様な鎗が生えて俺目掛けて伸びてきた。それらを全て切って落とす。
「無駄だ。この剣は特別強化してある、ただのミスリルじゃ相手にならない」
「なら対処出来ないだけくれてやる!」
 天井、壁、地面、四方八方から槍を生成して串刺しにしようと襲い来る。これで対処出来ないと思ったんだろうが、フィオに鍛えられていてこんなのにも対処出来ないようじゃいつまで経っても世話を掛けてしまう。このくらい能力を使わなくても対処してみせる。迫り来る鎗、狙いを前方のものだけに絞り右壁からこちらに向かって生えてくる部分に他より大きな隙間を見つけそこを破壊し突破を試みる。
「ハッ、態と開けておいたんだ。こうやって串刺しにする為にな!」
 壁を蹴り鎗が生えてくる地帯を抜けた刹那、真下からヴァイスに渡していたようなミスリルだけで生成した鎗が突き上げてきたがもう一振り剣を抜き弾く事で身体を回転させて潜り抜けた。
「ま、まだだぁ――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!? 腕、俺の腕! どうしてくれんだよちくしょう、こんなのどうやって生活したらいいんだ…………いてぇ、クソ痛ぇ」
「そんな事考える必要はない。きっちり終わらせてやる」
「待てよ! ほ、本気なのか? 同じ日本人で、同じくこの国に苦しめられた仲だろ? ここの奴らには悪かったと思ってるよ。でもしょうがないだろ? ヴァイスがリーダーなんだ、あいつが決めたなら逆らえない。俺は殺してない、だから――」
「その返り血はなんだ? 嘘は通じない。同じ日本人を殺したくせに、お前はそれを理由に命乞いをするのか? お前はそれに耳を傾けたのか? あぁ、お前の声を聞いているだけでイライラする。頭がおかしくなりそうだ」
「た、頼む。死にたくない」
「誰だってそうだ。お前らが殺した人たちだってな。お前はもう終わりだ!」
「さっきまではな! ぐぅ!? いってぇ! じゃあな! 終わるのはお前だ!」
「っ!?」
 剣を振り下ろした瞬間地面からミスリルが生えツチヤの腕の切断面に突き刺さると失われた部分を形成して腕となり俺の一撃を防いだ。ツチヤがやったのはそれだけではなく地面に穴を開けそこへ落ちるようにして逃げて行った。自分で穴を掘れる以上自力で脱出する事も可能なのだろう。同時に坑道の前後が岩壁によって塞がれ密閉空間となった。油断した…………だが、どこかほっとしている自分が居るのも事実だった。こんな惨状を見てもまだ殺す事に躊躇いがあるのか。暴走とまではいかなかったが、まだ胸の内では炎が燃え盛っているというのに…………。さっさと奥へ向かおう、ヴァイスたちがここに入っていたって事は誰かを追っていたはずだ。その人にもう大丈夫だと伝えに行こう。レールガンで岩壁を破壊して奥への道を開き先へ進んだ。
 随分と奥まで進んだはずだが、さっきから行き止まりにぶち当たるばかりで一向に人と出会わない。ヴァイス達から奪ったランタンの火が弱くなってきて先が見通せなくなってきた。帯電に切り替えるか――。
「っ!?」
 急に気配を感じて剣を構えたところへ打ち込まれてランタンが壊された。まだ敵が居たのか。こんな奥までヴァイス達より先にこんな奥まで入り込んでいたのか? ある程度気配は感じ取れるが暗闇の中では上手く対処出来る自信はない。かといって帯電すれば自分の居場所を知らせているようなものだが…………長引かせてる時間はない。電撃で一気に――。
「お兄さんも美空ちゃんも止めて! 二人とも敵じゃないよ!」
『っ!?』
「馬鹿愛衣、なんで出てきたの! こいつ一人ならあたしがやっつけられるのに」
「美空ちゃん落ち着いて、さっき光ったの見なかったの? あれ、何回も見たお兄さんの雷だよ。そうでしょ、お兄さん!」
 暗闇に包まれた坑道に声が響く。この声はやっぱり愛衣の声だ。さっきのは美空のものにそっくりだったし話している内容からして二人に間違いないはずだ。
「ああ、助けに来たんだ」
 そう言って腕を帯電させて明かりにして声の主を確認すると共に自分の姿を晒した。やはり懐かしくも少し成長したように見える二人だった。
「わ、たる? 本当に? 航ー!」
「お兄さーん!」
「うわっぷ!?」
 俺の姿を確認した二人に飛び付かれ押し倒されて抱き付いたまま美空も愛衣もわんわんと泣き出して話を聞こうにも、辛かった、悲しかった、怖かった、と張りつめていたものが切れたように感情が溢れ出したようで碌に会話にならず要領を得ないから仕方なく二人が落ち着くまで頭を撫で続ける事になるのだった。
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