黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

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「いい? 今あった事は絶対にワタルに話したら駄目よ? 確実に旅行に影響が出ちゃうんだから」
「だが流石にフィオがあれだけ殺気を放てばワタルも勘付くぞ」
「そこは私に任せておいて、二人は合わせてくれればいいから」
 たしかに、この中だとティナが一番誤魔化すの上手そう。

「外、何かあったのか?」
 部屋に戻るとワタルも流石に違和感を持ったみたいで表情が固い。
 それでも外に来なかったのはリオ達の安全のためだと思う。
「ええ……ちょっと今後ワタルをどう鍛えるかナハトとフィオで意見が割れたのよ、それですこ~し荒っぽい感じになったのだけど最終的に意見は纏まったわ」
 ティナが軽い口調で嘘をつくとワタルは顔を引き攣らせながらぎこちない動きで顔を逸らした。

「ちなみに、どう纏まった?」
「それはもうどこにでも自慢できる素敵な旦那様に仕上げるという事で意見が一致したわ」
 頭を抱えたワタルはスッと立ち上がって布団の敷いてある部屋の襖を開けて布団に突っ伏した。
「ふにゃ!? なんじゃなんじゃ!?」
 ミシャもう寝てたんだ……。
「今日はミシャと寝る、この布団は定員オーバーなので侵入禁止になりました」
 ッ!? 訓練が厳しくなるって勘違いしたワタルに締め出された……バレなかったのは良かったけど、どうするの…………。

 左右から私とナハトに睨まれたティナがそろ~っと顔を背けてワタルの隣の布団の方へ――。

「させるかっ! お前が余計な事を言ったせいで添い寝出来なくなったではないか!」
 ワタルは他を拒絶するみたいにミシャをぎゅってしてて羨ましい――じゃなかった、懐に入り込めなくしてる。
 冗談なのかもしれないけど、拒絶されたみたいでちょっと胸が痛い。

「ふにゃぁ!? だ、旦那様っ、妾こういうのはまだ早いと思うのじゃ、ま、まだ式も行っておらぬし――」
「こらワタルっ! お前布団の中で何をしているんだ!」
「抱きしめてるだけだろ」
「ワタルってミシャやシロナには強気というか意地悪するわよね……まぁ気持ちは分かるのだけど」
 駄目って言ってるくせにミシャ嬉しそう……いつもは私がぎゅってしてもらって寝るのに……厳しくしてるのワタルが死なない為に必要な事なのに。

「ほらワタル、あまりふざけてるとフィオちゃんが泣いちゃいますよ」
「泣いてない……」
 リオがぎゅってしてくれるけど、リオにしてほしい時の気持ちとワタルにしてほしい時の気持ちは違うから痛いのは治らない。

 ふと思う。
 もし、もしも、ワタルに嫌われたら、その時私はどうなるのかな。
 失うのはワタルが居なくなった時と同じだけど、そうじゃなくてこのあたたかい場所に私だけ拒絶されて入れなくなったら……。

「っ!? フィオちゃん大丈夫ですか? ほらワタル! 悪ふざけはいい加減にしてください」
 ただの想像、それだけで頬を雫が伝った。
 ワタルの傍に居るのは楽しい、ここに居るのが私の幸せ、でも――ワタルの傍に居ると私がどんどん脆くなっていくような気もする。
「うっ……」
 顔を上げて私の顔を確認すると困り顔になって視線を彷徨わせ始めた。
 そして――。
「……侵入禁止解除――」
 私に優しい瞳を向けてそう言った。

「なら私が隣をもらうわ」
「こら、ワタルから離れろ!」
 隣で待機してたティナが素早く布団に潜り込んでワタルの背中を抱きしめてナハトはそれを引き剥がそうともぞもぞしてる。
「まったくもう……フィオちゃんはともかくティナさん達はもう少し同衾に抵抗を持った方がいいですよ」
 私はともかく……?
「あら、じゃあリオは一緒に寝ないのね?」
「……はい、私は節度をわきまえていますからティナさんみたいにはしたない事はしません」
 はしたない……前は一緒にワタルを挟み撃ちしたのに。

「それは聞き捨てならないわね」
「いや合ってるだろ」
「そうなのじゃ、妾もティナが一番はしたないと思うのじゃ」
 顔を赤くしながら呆れた視線をティナに向けるワタルにミシャまで同意したからティナのこめかみがわずかにひくついた。

「あらそう……そういうことなら私がどれだけはしたないか証明しないといけないわね」
「ひぅ!? もうあんな恥ずかしいのは嫌なのじゃ!」
 お風呂での事を思い出したミシャが真っ赤になってワタルに必死に抱き着いてティナに触られないようにしてる。
 侵入禁止解除したのに入れない……。

「行こ」
「え、ちょ、フィオちゃん私は――」
「一緒がいい」
わたくしもっ、ほらシロナも」
「ふぇ!? クロエ様私は――」
 脆くなってもいい、この幸せな場所に居られるなら、それさえも補えるくらいもっと強くなるから。
 みんなが一緒に居る騒がしい夜は更けていく。

「なんと!? 硬貨を入れたら箱から何か出てきたのじゃ!」
「自販機だからな、飲み物の他にアイスとか……あと麺類もあるらしいな、あとはガチャとかもあるか」
「麺類! ワタル様、そのじはんきとやらはどちらに?」
「いやシロ、ここには無いよ……飲料とかアイスはかなり普及してるけど食い物系は設置してある所は限られるはず、動物園には絶対ない」
「そうなのですか……残念です」
 今日はミシャが日本の鍛冶屋を見たいって言うからそこの見学をしたあとに動物園ってところに来た。
 家畜でもないのにわざわざ色んな動物を集めて飼育してるなんて日本人って変……。

「それにしても本当に色んな動物を飼育していらっしゃるのですね、どういう目的で多種多様な動物を集めているのですか?」
「……見世物だろう、ワタル、私はこういうのはあまり好まない」
「ん~、まぁ見世物って面もあるだろうけど絶滅しそうな種の保存――繁殖とか、あとは調査とか研究、他には動物とふれあう事で学ぶってのもあると思う、たぶん……動物に興味を持った人が保護活動をするようになるかもしれないし獣医になることもあるだろうし」
「傲慢だな、絶滅しそうというのは人間の行いのせいではないのか? 自然の成り行きであれば滅ぶのはその種が弱いからだ。わざわざ保護しようとするのは人間に否があるからだろう?」
 ここに来てからナハトは機嫌が悪い。

 人間の都合で捕まって見世物にされる、アドラがエルフにしてきた事と同じに見えるのかもしれない。
「もうナハト、今はあまりそういう事を言わなくてもいいでしょう? ワタルはこの世界の事を色々見せようと考えて連れてきてくれてるのよ?」
「だがっ――」
「ごめんナハト、この世界の生き物が色々見れて楽しいかと思ったんだ。ナハトが楽しくないならどこか別の所に行こう」
「あぁいや、ワタルを責めているわけでは……すまない、この世界の在りようとヴァーンシアの事は別の話だな……私も動物は嫌いではない、もう少し見て回ろう」
「ワタル様、先程からあちらに見えている生き物はなんでしょうか?」
 ぎこちない空気を変えようとシロナが指差した方向に変なのが居る……。
 首が長い、でもそれよりも――。

「あ~……あれはキリンだ。高い木の葉を食べたり脚を折らずに水を飲む為に首が長くなったらしいな」
 二頭のキリンの行動を見て歯切れ悪くワタルは目を逸らした。
「ではあのキリンは今何をしているんですか?」
 このまま空気を変えようと再度シロナが問いかけるとワタルは顔を引き攣らせた。

「……交尾中だ」
「へ? っ!? あっ、あの、私、そのっ……すいません」
 真っ赤になったシロナはリオの後ろに隠れてごめんなさいを繰り返してる。
 城勤めで獣を見慣れてないのかな。
 落ち込むシロナを励ます為にみんな必死になっててさっきまでのぎこちない空気はいつの間にか消えてた。
 それからはこの世界の動物を見て回った。
 大きい猫みたいなの可愛かったけどやっぱりもさが一番可愛い動物だと思う。

「シロナ見て、階段が勝手に動いてます」
「クロエ様、いくら日本が凄くても階段が勝手に動くはずが――っ! ワタル様階段が勝手に動いてますが!?」
「日本は何でも勝手に動くようになっているのじゃな……妾最初にガラス戸が勝手に開いた時はびっくりしたのじゃ……」
「勝手にっていうか自動な」
「何でも自動にしてしまうのは凄いですけど道を歩くのまでやめてしまうとなんだか足腰が弱っていきそうですね……」
 確かにリオの言う通り、体は使わないと駄目になる。
 歩くのまでやめるのは怠けてるように感じる。

「あ、あんな物に乗るのか?」
 ワタルの家に行く為に新幹線の乗り場に来てみんなが固まる。
 やっぱりこんなのが動くの変って思うよね。
「あらナハト怖いの?」
「なんだと? 私に怖いものなどあるものか!」
 乗るやつ以外が乗り場から流れていくのを見てナハトの表情が変わる。

「速い……」
「凄いですね! 日本には車だけでなくこのような乗り物まであるのですね」
「これだけじゃないのよクロエ、空を飛ぶ乗り物まであるんだから、ほんっとにあれは二度と乗りたくないわ」
「日本の乗り物は空まで飛ぶのですか!?」
 ティナの話でクロエとシロナが目を丸くして停止する。
 日本は凄くて、変な物が多くて未知の世界で、ヴァーンシアですら満足に出歩けなかった二人はミシャやリオよりも驚きが大きいのかよく固まる。
 そしてこれだけ人が居る中で騒いでるから流石に招待を隠し通すっていうのは無理があって人目を集めてる。

 近寄っては来ないけどこっちを見て何か言ってるのを見てワタルの顔が曇る。
 外を歩く時はリオ達に気付かれないように気を付けようとはしてたみたいだけどやっぱり顔に出る。
 ティナはあとで話すって言ってたけど、どうするのかな。

「はぁ……疲れた……」
「疲れただと? 座っていただけなのにそんな情けないことを言うな」
 ようやく家に帰り着いてワタルが大きなため息をついたのを見てナハトが眦を釣り上げる。
「いや運転って結構疲れるからな?」
「足元の何かを踏んで輪を持つだけだろう?」
「いや違う……まぁいいや、飯は――出前でいいか」
「私作りますよ?」
「いや、リオ達だって慣れない事ばっかりで疲れたろ、それに食材が無い。買い物は明日にして今日はゆっくりしよう」
「じゃあワタル、私達はご挨拶してくるわね」
「ん? あぁうん……」
 ワタルを残して私達はぶつだんの部屋に行って前にした時みたいに手を合わせる。

 お義母さん、ワタルがずっと一緒に居たいって言った家族みんなで来たよ。
 私達みんながワタルのことを大切に思ってる。
 だからワタルの事私達がもらうね。

「この方がワタル様のお母様なのですね、優しそうな方」
「優しい目をしてる時の旦那様にちょっと似てるのじゃ、旦那様の眼差しは母ゆずりなのじゃな」
「ワタルの母君か……出来れば直接挨拶をしたがったが……あなたが産み育てたおかげで私は大切な存在に出会えた、深く感謝する。ワタルに出会ったおかげで人間も悪い者ばかりではないと知れて私の世界は広がった」
 ナハトは写真に触れて目を閉じると感謝を伝えていく、みんなもそれぞれの気持ちをワタルの家族に伝える。

「ワタル様のお母様、わたくしはワタル様に数え切れないほどの幸せを頂いています。私はこの幸せをここに居る皆さんでもっと大きく、長く繋いでいけるものにしたいです。だからこれからもワタル様のお側に居る事をお許しください」
「お義母様、ワタル様はとんでもない方ですよ? 初対面であるクロエ様にいきなり誘拐されてみないかなどと仰る方なのですから……ですが、そのおかげで私が大切に思う方に笑顔が増えました。女性関係は問題なのですがとても優しい方です――ですからその、不束者ですが私も皆様同様ワタル様のお側に居させて頂きます」
 クロエとシロナはお祈りを終えるとその場で深くお辞儀をした。

「お義母様、旦那様は強引で意地悪で変態なのじゃ、いっつも妾を驚かしたり困らせたりして笑っておるのじゃ、妾は最初なんて悪い男に穢されてしまったかと落ち込んだものじゃ……じゃが、そうじゃないと分かってからは……その、もふもふされるのも悪くないのじゃ、他人の為に必死になれる旦那様を末永く支えていくつもりなのじゃ、だからどうか、妾たち家族の形を許してほしいのじゃ」
 最初はあんなに拒絶してたミシャが深く頭を下げてる。
 私もワタルを中心に出来た今の家族の形を気に入ってる、勝手にもらうって約束したけど普通と違う形をお義母さんは許してくれるのかな……。

「ワタルの事を心配しての心労でご病気になったと聞きました。それほど大切に思っていた子供を置いてこの世を去られたのはさぞかしお辛かったと思います……でも、安心してください、今のワタルは一人じゃありません。私が――たくさんの家族が居ます、これからは私たちが傍で見守り支えます。だからどうか私たちの事を認めてください」
「どう? お義母様、前に私が伝えた通りでしょ? まぁあの時はクロエ達もミシャも居なかったのだけど、それもこれもワタルがしっかり生きて他人と関わりを持っている結果よ――みんなワタルの事が大好きな娘たちだからきっと上手くやっていけるわ、だから安心して見守っていてちょうだい」
 最後にティナに合わせてみんなでもう一度頭を下げる。
 ワタルを産んでくれてありがとう。
 ワタルに出会ったおかげで私はこんなにあたたかい場所に居られる、だから――ありがとうお義母さん。
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