黒の瞳の覚醒者

一条光

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九章~蝕まれるもの~

異形の病

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 列は流れる。止まることなく、乱れることなく。俺たちは流れ行くそれをただ見つめている。どうすればいいのだろうか……ここまでは来たが噂元の商人の元へ行って話を聞いたところで既にディアは滅んでいるという。これ程の大勢が国を捨てて逃げ出す程の病の蔓延、どのようなものかは分からないが俺たちも逃げるべきなのだろう。
「よく分からないがこの大行列はただ事じゃない。ディアが滅んだとか言っていたし、俺は家族が心配だから引き返して港町に戻ろうと思う。あんたらはどうする? もしどうしてもコザに行きたいと言うなら悪いがここからは歩きで行ってくれ」
「ちょっと、話が違うじゃない。コザまでって約束だったでしょう」
 御者の言葉に紅月が掴みかかり睨み付けている。
「落ち着け紅月、今更コザに行ったところでしょうがないだろ。話ならこの行列の人たちから聞いた方が良い。それに俺たちも一度戻った方が良いだろ。魔物が相手なら俺たちは対処出来るけど病なんてどう対処するんだ? さっきのおっさんは人間を醜い物に変えるとか言っていたしディアは相当危険な場所になってるはずだ。そんな場所に何の準備もなく飛び込めないだろ」
「それは……そうね。悪かったわ。誰か! ディアで何があったのか聞かせてくれない? 人を氷漬けにしていたという覚醒者についても聞きたいのだけど」
 紅月は御者を放すとすれ違って行く人達へ声を掛け始めたが、思い出す事が嫌なのか、少しでも止まる事が不安なのか、皆顔を背けて先を急ぐ。さっきより流れが速くなっていないか?
「うわぁぁぁあああああっ!? 来た、来やがった!? さっさと進めよ! 速く速く速く! 喰われるのも化け物になるのも嫌だぁぁぁあああああ!」
 列の後方から焦燥に駆られた声が響き声のした方を見ると真っ白な皮膚をした人のような形をした何かが馬車の列へ襲い掛かろうとしていた。
「クソッ」
 瞬間、剣を握り駆け出した。誰も彼も狙われている馬車を助けようとはせず我先にと道を外れ馬車を走らせる。たった一体だぞ? そんなに強い物なのか? ……なんだこれは…………近付き姿を確認出来たそれは生気のない真っ白で爛れたような皮膚をし、背部や右肩にかけて人の頭二つ分位はある巨大な膿疱の様なものが複数あり右腕が異常に膨れたアンバランスな姿をした目を背けたくなる異形の化け物だった。人間の顔に当たる部分は上半分は膿疱に飲み込まれたようにぶよぶよの何かに覆われていて、下は十字に裂けたような巨大な口が付いている。魔物、というよりは化物……もしかしてこれがペルフィディ? なのか? 酷く醜い姿だ。
「おい! お前何する気だ!? 何もするな! 奴らを刺激しちゃ駄目なんだ。誰かあいつを止めろ! 大変な事になる!」
 逃げ出している連中の一人が剣を持ち化け物に向かって疾走する俺を見て慌てたように叫んだ。何もするな? 刺激してはいけない? 人が襲われているのにか? そんなこと――。
「きゃぁあああああ!? ママぁ、ママぁ!」
「誰か! 私はいいですからこの子だけでも連れて逃げて! お願い」
「っ!?」
 一つの馬車が横転して人がその下敷きにされその傍で小さな女の子が泣き叫んでいる。化け物の方は馬の肉を喰い破り、貪りながら次の標的として傍で泣く小さな命に顔を向けている。
「今行く!」
「よせっ! あの親子はもう駄目だ。諦めろ、今の内に逃げるんだ!」
 そこまで強そうには見えないが、周りの怯えようからして何かマズい特性があるのかもしれない。でも、どんな化け物だろうと、もう二度と子供を見捨てて逃げれるものか! 化け物のぶくぶくに膨れ上がった腕が少女に伸ばされる。
「させるかっ!」
 既の所で間に割って入り少女を左手に抱えて化け物と距離を取った。刺激するなとか言っていたから攻撃せずに距離を取ったが、奴を排除しないと母親の方を助けられないぞ。
「ありがとう、ありがとうございます。どうかそのままその子を連れて逃げてください」
「ママ、ママ、ママぁ! おにいちゃんママも助けて! お願い!」
 俺の腕に縋り大粒の涙をぽろぽろと零して訴えてくる。
「大丈夫、ママも助けてやる。しっかり掴まってろよ」
 少女を背負い電撃を地面に放ち威嚇して化け物を引き離しにかかるが電撃を警戒した風もなく馬車の下に居る母親を狙っている。
「何やってるんだ貴様! この周囲に居る全員を殺す気か!」
 俺の行動を見て迂回しながら逃げていた連中から怒声が飛んできた。全員が死ぬってどういう意味だ? やはりあれに直接何かするのは避けるべきか?
「私はいいですから、その子だけ、その子だけ連れて逃げてください。どうか、私の宝物だけは」
 そんなの聞いて退けるものか、この子にはあんたが必要だろ。なにか、何かないか……威嚇で駄目なら直接攻撃するしかないか。
『キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
 化け物は獲物を前にして裂けた口を大きく広げ耳の痛くなる奇声を上げる。
「こっちだ化け物! ――っ!? フィオ、邪魔するな」
「ワタル、あれは駄目」
 突貫して化け物に刃が触れる刹那に身体が大きく後方に引っ張られた。振り向くと焦りを浮かべたフィオが居た。フィオがこんな表情を? 奴を斬るのはそれほどにマズいのか?
「ママぁ!」
『っ!?』
 あと少しで化け物が母親に触れるといったところで奴は地面から生えた氷柱に包まれ凍り付いた。この氷を扱う能力? もしかして――。
「よかった。間に合った。後方で他のペルフィディの対処をしてる間に一匹抜けて行ったから焦ったよ」
 そう言って馬車に乗って現れたのは少しだけ精悍な顔つきになった優夜と瑞原だった。生きていた……口ぶりからしてこの大行列を護衛していたのか?
「ママ!」
「そうだ、あの人を助けないと。待ってろよ、すぐ助けるからな。フィオ、手伝ってくれ」
「ん」
 フィオと二人で馬車を持ち上げ、出来た隙間から少女の母親は抜け出すと、涙しながら少女を力強く抱きしめた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。もう死ぬんだとばかり……またこの子を抱きしめられるなんて、本当にありがとうございます。ユウヤさんとアヤノさんも、ありがとうございます」
「私たちがしたくてしてるんだから気にしなくて――って!? フィオちゃんじゃん、なんでこんな場所に? ……というかよく見たらこっちの銀髪の人はなんか航っぽい?」
 馬車を降りて駆け寄ってきた瑞原がフィオに気付いて驚きの声を上げた。俺については様子が変わっているから確信が持てないのか首を傾げているが。
「航?」
 瑞原の言葉で俺を見た優夜の表情が曇った。怯え、だろうか? 会いたくない相手にばったりと出会ってしまったといった表情だ。
「あーやーのっ! この馬鹿! よかった……無事よね? まともよね? あたしが分かる?」
 微妙な空気になって互いに固まっているところへ駆け寄ってきた紅月が瑞原に飛び付き押し倒した。
「れ、麗奈まで!? って事はやっぱりこの銀髪って航? ……そう言えばこんな形の剣持ってたような気がするし、何で色変わってるの?」
「やっぱり、航…………」
 正常ではなかったとはいえ一度本気で殺そうとした相手と対峙するというのは気まずいものがあるんだろう。紅月に付いて来たものの、いざこうして顔を合わせると俺も何と言っていいか…………。
「ユウヤさん止まってるのはマズい。さっきの襲撃で皆散って逃げ出しました。自分たちが最後尾です。話をするなら移動しながらにしましょう」
 後方から疲れた顔をした男が馬車に乗って現れ優夜にそう告げた。

「…………」
「…………」
 気まずい……俺たちの乗っていた馬車は騒ぎに紛れて行ってしまったようで全員で優夜たちの乗っていた大きめ荷馬車に乗っているが、俺、フィオ、ティナ、ナハト、ミシャ、紅月、優夜、瑞原、助けた少女と母親、十人も乗っていればぎゅうぎゅう詰めである。少女は母親の、フィオは俺の膝に乗っているが、それでも狭いのだから顔を突き合わす事になる。優夜は気まずそうに黙り込んで進む道の先へ視線を逸らし、瑞原も優夜ほど露骨ではないものの苦笑いを浮かべ視線を彷徨わせている。
「麗奈たちは、私たちを探しに来た、の…………?」
「そうね。ディアで覚醒者が人間を氷漬けにしているって噂を聞いたから、綾乃達ならどうにかしないとって思ったのよ」
「ユウヤお兄ちゃんたちは人間を凍らせてないよ! 魔物とペルフィディだけやっつけてくれてるんだもん! ね、ママ」
 優夜たちが悪く言われていると思ったようで少女は声を荒げて反論して母親に同意を求めた。
「ええ、人間を凍らせたというのは恐らくペルフィディに感染してすぐの方の事だと思います。感染したら救う方法はありませんし被害者を増やさない為に早期に氷の中に封じてくださっていたのを誰かが勘違いしたのだと思います」
 この親子から聞いた限りでは優夜たちは人間を守る為に動いていたようだ。気が付くと溜め息を漏らしていた。知らず知らずのうちにまた戦う事になるのではと気が張り詰めていたのが緩んだのかもしれない。
「そもそもペルフィディってなんなんだ?」
「さっき化け物を見たでしょ、あれがペルフィディ。元は人間だけど感染すると皮膚が白くなっていってぶよぶよした膿疱だらけになっていくの。そして動くものには何にでも襲い掛かるようになる。抵抗してペルフィディに刺激を与えて膿疱が割れたり潰れたりしたらそこから瘴気が噴き出してそれに触れると同じように化け物になるの。攻撃すれば一気に感染者が増える事になる。だから優夜の能力で凍らせて閉じ込めるのが一番安全な方法で他の人が助けようとしないのはしょうがないの。広がらないように見つけたら氷結させてたんだけど、それでも数が多過ぎてこの人たちの国はペルフィディだらけになっちゃったけど…………」
 なるほど、それであの言葉か……俺は自分どころか周りの人間も化け物に変えるところだったようだ。子供が関わってると頭に血が上って駄目だな。
「それでも私たちのように逃げ出せた者も大勢いますし、危険だというのに殿までやってくださって、ディアは異界者に対して酷い扱いをしていた国なのにお二人は良くしてくださって皆感謝しています」
「いや、僕たちは…………」
 感謝を述べられているというのに二人は思いつめたような表情をして顔を曇らせるばかりだ。
「元々この世界にある病、とかじゃないんだよな?」
「はい、あのような人間を異形に変える病など知りません」
「ああ違う。恐らく魔物が齎したものだ。さっき父様から連絡があってクオリア大陸にも同様の病を発症した者が現れたそうだ。被害は百数十人、今はユウヤたちがやったように感染者を隔離して封じ込めているそうだがそれ以外の対処法は見つかっていていなそうだ」
 エルフの土地もあんなものに見舞われているのか……まるでゾンビ映画だな。一度ゾンビは見てるけどあれよりも質が悪そうだ。そうか、魔物に因る病だから、魔物の封印を解いた責任を感じて顔が曇っていたのか。
「ペルフィディが発生してから人間を守ってたのは分かったけど、それ以前はどうしてたんだ? なんで帰って来なかった?」
「……帰りたかったけど……帰れるわけないよ。この大陸に来てからは魔物を狩って、異界者に厳しいってのはリオさんの説明で聞いた覚えがあったから異界者の保護とか……四人だけしか見つからなかったけど、今は別の馬車に乗ってる」
 最初の呟きは殆ど聞き取れなかったが、魔物を狩っていたという事はやっぱり責任を感じて戻る事が出来なかったんだろう。
「殿をやる必要があったって事はディアから溢れてデューストへも流れ込んできているのか?」
「うん、そう。近付いてくるのは凍らせたり数が多い時は優夜の氷の壁で阻んだりしてたけど、私の能力で強化しても使える能力には限界があるから、それに私たちが通過した以外の場所からも入り込んでるだろうし、この大陸から逃げないと駄目だと思う」
 今はとにかく逃げるのが優先、か。上手く逃げられればの話だが。
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