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番外編~フィオ・ソリチュード~
途絶えた痕跡
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村に近付く程にむせぶほどに霧が濃くなって少し先すら見通せなくなる。
相手が殺気を纏うような相手ならワタルはその悪意に反応して私が合流するまで持ち堪える事は十分に可能だと思うけど、相手が気配の一切を消せるほどの手練だったら――。
濃霧を前に止まってた足が勝手に動き始める。
「急がないと――ッ!? これ、ワタルの」
方向感覚だけで村の中央へ急いでたら聞き慣れた音を聞いて急停止して後ろへ飛び退いた。
目の前にあるのは黒雷の壁、ワタルが広範囲を覆うのに使うやつ……とりあえず無事では居るみたい。
でもこれはどっちとして使ってるの? 攻撃? 守り? もし守りだとしたら追い込まれてる?
剣戟の音は聞こえない……能力による攻撃を受けてたら……焦りと不安が増していく。
壁が消えるのを待ってられない――っ!
『ワタル!』
ガントレットを使って押し通ろうとした瞬間黒雷の壁が消えて不安が頂点に達して駆け出した私の声に別の声が重なって人影が私に並んだ。
「ふぎゅ!?」
ティナと一緒にワタルを見つけて飛び付いてそのまま押し倒した。
怪我は? どこか痛めてたりは?
ワタルが誤魔化す前に全身隈なく触って確認していく。
「とりあえず二人とも降りろ」
「ワタル、怪我無い?」
「ないない。それよりも何か見つかったか?」
濃かった霧が晴れていってワタルの様子がしっかり見えるようになってようやく安心する。
過保護なのは分かってる、ワタルの実力も分かってる、なのにどうしても不安が付き纏って私の中で渦巻いてる。
「私の方は死体を幾つか見つけたけど、生きた人間は居なかったわ」
ティナの報告に目を伏せたワタルに私も成果が無い事を話していく。
「私も同じ、特に何も見つからなかったから戻ろうとしたら村が霧に覆われて黒く光ったから心配した」
「あ、あぁ、あれは合図とかじゃなくて逃げられないように檻を張ったつもりだったんだけど…………」
そっか……霧のせいで確認出来ないから範囲の制御をしなかったんだ。
だからあの距離でも見えるほど広範囲に……何もなくてよかった。
『魔物は?』
「……逃げられました」
ティナと声が重なった質問に気落ちしてうなだれながらか細い声で答えた。
「まぁワタルが無事で良かったわ」
無茶をしなかったんだからそれでいいって感じでティナが明るく言ったけど――。
「そんなに心配される程俺って駄目か?」
本人は心配されてるのが不満そう、自覚無し……?
『無茶をするから駄目』
とりあえずティナと声を揃えて釘を刺しておくとまたうなだれた。
「あれ?」
「どうしたの?」
俯いてたワタルが急に顔を上げて周囲を見回し始めた。
何かあったのかと一瞬警戒を強めたけど周囲になんの気配も感じなくてすぐに警戒を解いた。
「死体が無くなってる」
「魔物が食べたんじゃないの? 結構数も居た事だし」
「いや、無くなってるのは魔物の死体の方だ。かなり慌てて逃げ出したはずなのに仲間の死体の回収をしていったのか? あの状況で危険を冒してまで回収しなきゃいけない理由があった?」
魔物の死体が消えた……? 逃げを打つのに荷物になる死体を回収、なんで? ――見られたくない理由がある。
そう考えた瞬間ちらりとあの特殊な個体の存在が頭を過ぎった。
人間に擬態して人間の町や村に紛れて悪さをしてるなら確かに死体を調べられたくはないって考えると思うけど……。
「霧の中歩き回ってたなら場所が違うとかじゃないの?」
「ここで合ってる。そこに落ちてるのは俺が破壊した戦斧だ」
「危険を冒してまで死した仲間を連れ帰るなんて随分と仲間想いの魔物がいたものね。少し意外だわ」
素なのか冗談なのか……でも確かに、あの特殊な個体ならそういう行動を取ってもおかしくない。
でも私は随分前にあれは関わってないって結論付けた。
この村の惨状もああいうのの殺し方とは違う気がする。
「血の跡が続いている」
ワタルが指差す先には慌てて何かを引き摺った跡と血痕が続いてた。
今まで足取りを掴ませなかった輩にしては相当にお粗末、それだけ混乱してたかそれとも本命を追わせない為の陽動か……どちらにしても今私たちにはこれしか手掛かりが無い。
「これを追うぞ。まだそう時間が経ってないんだから追いつける」
「ええ」
「ん」
血痕を追って駆け出したワタルの背後を守るようにして付いていく。
村を出てしばらくすると血痕の量が少なくっていく、血には途中で当然気付くと思うし、切り口にもよるけど大分血が抜けてるはず――。
「血が……」
大きな木の陰に続く血痕を追って向こう側を覗くと、獣の死体があって途切れかけてた血痕がまた増えてた。
そしてそれが三方へ散ってる、獣の血を使った明らかな撹乱――いや、考えたくないけど、ここまでの血痕すらも陽動だった可能性もある。
もしくは、私たちが追う事を見越して三方に罠を仕掛けて分断を狙ってるのかもしれない。
「なぁ――」
「駄目」
ワタルの続けるだろう言葉を遮って否定する。
血痕は三方に分かれてる、ここに居るのは三人、ワタルに勝てないって判断した敵がわざわざ痕跡を残してる、力の差を覆す罠を張ってる可能性を否定出来ない状況で単独行動はさせられない。
ワタルは強くなった。
強くなったけど、それは敵が正面から向かって来た場合に発揮出来る。
罠や搦め手にはまだ弱い。
「まだ何も言ってないけど……」
「言わなくても分かるわよ? こういうのって日本だと以心伝心って言うのよね?」
「……なら言ってみろよ」
「単独行動は駄目、どうしても一人で行くなら気絶してもらう」
顔を見上げて視線を合わせてそう言うとワタルは言葉無く項垂れた。
「ふふっ、ワタルを大好きな私たちにはワタルの言動の先読みなんて容易い事なのよ?」
好きとか以前にワタルはこういう時の行動が単純過ぎるから誰でも分かると思うけど……。
「……じゃあどうするんだよ?」
「そうねぇ、もさが居れば選んでもらうって手もあったのだけど……フィオはどう? この中に当たりはあるかしら?」
なかなか難しい事を言う……血痕の散り方、足跡とかの地面に残った痕跡は三方とも大きな違いは見られない。
獣の死骸から溢れた血に触れて匂いを嗅ぐ。
そもそも、ここで新しい血痕を作ったなら三方全部ハズレだってあり得るけど……微かに右方向に続く血痕の方に獣の血じゃない死臭が混じってる感じがする。
でもこれ……魔物の血とも違う気がする。
「私は……この中から選ぶならこっち」
「なんかすっきりしない言い方だな」
「全部ハズレの可能性があるって事ね?」
「ん」
ティナは話が早くて良い。
「どうせ私にもワタルにもこの中から魔物の向かった先を読み取れる情報なんてないわ、ならフィオの判断を信じましょ」
そう言ってティナはワタルの手を引いて走り出す。
私がワタルの手を取ったのを確認すると能力での跳躍が始まった。
川を越えて森にぶつかった所で能力での移動をやめて地上を走る。
流石に血痕の量が少なくなって見つけるのも難しくなってきた……でも死臭自体はまだ感じる――。
「雨……」
「まだだ、急ぐぞっ」
僅かな痕跡を追って駆け出すワタルを嘲笑うみたいに雨足が強くなっていく。
駆けて、駆けて駆けて、死臭は完全に途絶えた。
この土砂降りだと僅かに残ってたかもしれない血痕も洗い流されてる。
ここまでか……ワタルも頭では理解してるんだと思う、でも気持ちが納得してなくて足を動かし続けてる。
「ねぇワタル、一度休憩しましょう。もう丸一日動きっぱなしだし……それに、この雨じゃ血の跡なんて消えているわ。残念だけど今回はここまでよ、また次の機会を――」
ティナの声で振り返ってずぶ濡れの私たちを見て一層顔が曇った。
「でも…………」
それでも納得しないワタルはすぐには分かったとは言わなくて、だからティナが私に目配せをしてきた。
「ワタル、これ以上は無駄。完全に見失ってる。今回の事で自分たちの行動が読まれる事を警戒するだろうからすぐには襲撃は起こらないはず、一度戻った方が良いと思う。その代わり見つけにくくもなるだろうから次は確実に仕留めないと駄目」
次がある、そう言うしかない、でも――次があるって事はまたどこかの村が壊滅させられるって事……嫌って言うかな?
強くなっても日本人の体はあまり丈夫じゃないから、このまま雨の中動き続けたら風邪をひくかもしれないから折れて欲しいんだけど。
「よく考えたら二人ともびしょ濡れだな」
一度目を伏せて私たちをもう一度見ると表情を崩した。
「そうよぉ~、こんな激しい雨の中うろうろしてたら当然でしょう? ワタルだってびしょ濡れで、こんなだと風邪引いちゃうわよ」
やっぱりティナはこういうの上手い、ワタルの中で魔物を追う事より私たちへの心配の度合いが大きくなった。
その証拠にさっきまであった焦りの色が消えてる。
「はぁーい、暗い顔しない。過ぎた事を悩んでもしょうがないでしょう? 反省はすべきだけど後悔なんてしても仕方ないわ。後悔なんか心に悪いだけよ、切り替えて一旦休みましょ。少し遠いけどここから一番近い町まで跳んでみるから」
「雨降ってるのに大丈夫か?」
「視界が悪いから一気に遠くへとはいかないけど大丈夫よ」
「地図だと山を越えて隣の領地の町の方が近いみたいだな」
「ならそこにしましょ、早く濡れた服を何とかしたいわ」
一気には無理とか言った割りには一回目の跳躍で遠くに見えてた山の手前まで跳んだ……触れたワタルの体温が低いのに気が付いたんだ。
日が落ちてから辿り着いた町で見つけた宿の扉を叩く。
「どうしたってんだいあんたら!? この大雨の中傘もささずに歩き回ってたってのかい!?」
扉を開けて出てきた女店主は私たちの状態を見て大慌てで着替えと食事の準備を始めた。
「にしてもヴァーンシアで浴衣を着る事になるとは…………」
「あたしゃ異世界の物が好きでね。男でも女でも着るそうだしこういう事がある時に便利だから何着かおいてるんだよ」
「私はこれ楽だから好きよ」
「いやー、それにしても、お嬢さん本当にエルフ? まさかエルフがうちに泊まりに来るなんて思いもしなかったよ」
「ずるずる…………」
用意してるならちゃんと色んな大きさを用意してよ……。
「あ、あぁ、ごめんよ。子供用のは傷んじまってたからこの前処分したんだよ」
「子供……これでいい」
私は子供じゃない、ちょっと小さいかもしれないけど、子供じゃない!
「部屋はこの二つでいいかね?」
「あら、一緒に寝るから一つでいいわ」
食事の後に部屋に案内されたけど、確かに二部屋も要らない。
寝る時はワタルと一緒だし、たぶんティナも入ってくるから二つあっても無駄なだけ。
「おやおや、そうだったんだね。ふふふ、二人一遍にだなんてお盛んだねお兄ちゃん、しかもこんな美人のエルフさんとお嬢ちゃん」
「ワタルは欲張りだから二人どころじゃないわよ。あと五人いるもの」
ティナが自慢げに笑う。
そう、私の家族はワタルのおかげでいっぱい居る。
「五、人? あっはっはっは、そりゃ凄い、絶倫だね。全員平等に満足させてるのかい? そんなに甲斐性があるようには見えなかったよ」
ぜつりん……って何?
店主は大笑いしてる……ぜつりんは面白い事?
「え!? ワタルってそうなの?」
店主の言葉に驚いたティナが楽しそうに確認してる、ぜつりんは楽しい事……?
「ぜつりんってなに?」
「気にするな。そして違うから。おやすみなさい」
教えてくれない……子供って馬鹿にしてる……? うぅん? そういう不快感は無いけど……なんでナイショ? 帰ったらリオに聞こう。
「はいはい、程々にするんだよ」
部屋に入ると大あくびしたワタルは倒れるようにして眠りに落ちた。
懐に潜り込んで丸くなる、体温がまだ低い。
「可愛いけど無理するから困っちゃうわね、うちの旦那様は」
「ん、だから傍に居る」
「そうね、ちゃんと見ててあげないとね」
ワタルの背中側からワタルごとティナに抱き締められて私も眠りにつく。
家族が居るのはあたたかい。
相手が殺気を纏うような相手ならワタルはその悪意に反応して私が合流するまで持ち堪える事は十分に可能だと思うけど、相手が気配の一切を消せるほどの手練だったら――。
濃霧を前に止まってた足が勝手に動き始める。
「急がないと――ッ!? これ、ワタルの」
方向感覚だけで村の中央へ急いでたら聞き慣れた音を聞いて急停止して後ろへ飛び退いた。
目の前にあるのは黒雷の壁、ワタルが広範囲を覆うのに使うやつ……とりあえず無事では居るみたい。
でもこれはどっちとして使ってるの? 攻撃? 守り? もし守りだとしたら追い込まれてる?
剣戟の音は聞こえない……能力による攻撃を受けてたら……焦りと不安が増していく。
壁が消えるのを待ってられない――っ!
『ワタル!』
ガントレットを使って押し通ろうとした瞬間黒雷の壁が消えて不安が頂点に達して駆け出した私の声に別の声が重なって人影が私に並んだ。
「ふぎゅ!?」
ティナと一緒にワタルを見つけて飛び付いてそのまま押し倒した。
怪我は? どこか痛めてたりは?
ワタルが誤魔化す前に全身隈なく触って確認していく。
「とりあえず二人とも降りろ」
「ワタル、怪我無い?」
「ないない。それよりも何か見つかったか?」
濃かった霧が晴れていってワタルの様子がしっかり見えるようになってようやく安心する。
過保護なのは分かってる、ワタルの実力も分かってる、なのにどうしても不安が付き纏って私の中で渦巻いてる。
「私の方は死体を幾つか見つけたけど、生きた人間は居なかったわ」
ティナの報告に目を伏せたワタルに私も成果が無い事を話していく。
「私も同じ、特に何も見つからなかったから戻ろうとしたら村が霧に覆われて黒く光ったから心配した」
「あ、あぁ、あれは合図とかじゃなくて逃げられないように檻を張ったつもりだったんだけど…………」
そっか……霧のせいで確認出来ないから範囲の制御をしなかったんだ。
だからあの距離でも見えるほど広範囲に……何もなくてよかった。
『魔物は?』
「……逃げられました」
ティナと声が重なった質問に気落ちしてうなだれながらか細い声で答えた。
「まぁワタルが無事で良かったわ」
無茶をしなかったんだからそれでいいって感じでティナが明るく言ったけど――。
「そんなに心配される程俺って駄目か?」
本人は心配されてるのが不満そう、自覚無し……?
『無茶をするから駄目』
とりあえずティナと声を揃えて釘を刺しておくとまたうなだれた。
「あれ?」
「どうしたの?」
俯いてたワタルが急に顔を上げて周囲を見回し始めた。
何かあったのかと一瞬警戒を強めたけど周囲になんの気配も感じなくてすぐに警戒を解いた。
「死体が無くなってる」
「魔物が食べたんじゃないの? 結構数も居た事だし」
「いや、無くなってるのは魔物の死体の方だ。かなり慌てて逃げ出したはずなのに仲間の死体の回収をしていったのか? あの状況で危険を冒してまで回収しなきゃいけない理由があった?」
魔物の死体が消えた……? 逃げを打つのに荷物になる死体を回収、なんで? ――見られたくない理由がある。
そう考えた瞬間ちらりとあの特殊な個体の存在が頭を過ぎった。
人間に擬態して人間の町や村に紛れて悪さをしてるなら確かに死体を調べられたくはないって考えると思うけど……。
「霧の中歩き回ってたなら場所が違うとかじゃないの?」
「ここで合ってる。そこに落ちてるのは俺が破壊した戦斧だ」
「危険を冒してまで死した仲間を連れ帰るなんて随分と仲間想いの魔物がいたものね。少し意外だわ」
素なのか冗談なのか……でも確かに、あの特殊な個体ならそういう行動を取ってもおかしくない。
でも私は随分前にあれは関わってないって結論付けた。
この村の惨状もああいうのの殺し方とは違う気がする。
「血の跡が続いている」
ワタルが指差す先には慌てて何かを引き摺った跡と血痕が続いてた。
今まで足取りを掴ませなかった輩にしては相当にお粗末、それだけ混乱してたかそれとも本命を追わせない為の陽動か……どちらにしても今私たちにはこれしか手掛かりが無い。
「これを追うぞ。まだそう時間が経ってないんだから追いつける」
「ええ」
「ん」
血痕を追って駆け出したワタルの背後を守るようにして付いていく。
村を出てしばらくすると血痕の量が少なくっていく、血には途中で当然気付くと思うし、切り口にもよるけど大分血が抜けてるはず――。
「血が……」
大きな木の陰に続く血痕を追って向こう側を覗くと、獣の死体があって途切れかけてた血痕がまた増えてた。
そしてそれが三方へ散ってる、獣の血を使った明らかな撹乱――いや、考えたくないけど、ここまでの血痕すらも陽動だった可能性もある。
もしくは、私たちが追う事を見越して三方に罠を仕掛けて分断を狙ってるのかもしれない。
「なぁ――」
「駄目」
ワタルの続けるだろう言葉を遮って否定する。
血痕は三方に分かれてる、ここに居るのは三人、ワタルに勝てないって判断した敵がわざわざ痕跡を残してる、力の差を覆す罠を張ってる可能性を否定出来ない状況で単独行動はさせられない。
ワタルは強くなった。
強くなったけど、それは敵が正面から向かって来た場合に発揮出来る。
罠や搦め手にはまだ弱い。
「まだ何も言ってないけど……」
「言わなくても分かるわよ? こういうのって日本だと以心伝心って言うのよね?」
「……なら言ってみろよ」
「単独行動は駄目、どうしても一人で行くなら気絶してもらう」
顔を見上げて視線を合わせてそう言うとワタルは言葉無く項垂れた。
「ふふっ、ワタルを大好きな私たちにはワタルの言動の先読みなんて容易い事なのよ?」
好きとか以前にワタルはこういう時の行動が単純過ぎるから誰でも分かると思うけど……。
「……じゃあどうするんだよ?」
「そうねぇ、もさが居れば選んでもらうって手もあったのだけど……フィオはどう? この中に当たりはあるかしら?」
なかなか難しい事を言う……血痕の散り方、足跡とかの地面に残った痕跡は三方とも大きな違いは見られない。
獣の死骸から溢れた血に触れて匂いを嗅ぐ。
そもそも、ここで新しい血痕を作ったなら三方全部ハズレだってあり得るけど……微かに右方向に続く血痕の方に獣の血じゃない死臭が混じってる感じがする。
でもこれ……魔物の血とも違う気がする。
「私は……この中から選ぶならこっち」
「なんかすっきりしない言い方だな」
「全部ハズレの可能性があるって事ね?」
「ん」
ティナは話が早くて良い。
「どうせ私にもワタルにもこの中から魔物の向かった先を読み取れる情報なんてないわ、ならフィオの判断を信じましょ」
そう言ってティナはワタルの手を引いて走り出す。
私がワタルの手を取ったのを確認すると能力での跳躍が始まった。
川を越えて森にぶつかった所で能力での移動をやめて地上を走る。
流石に血痕の量が少なくなって見つけるのも難しくなってきた……でも死臭自体はまだ感じる――。
「雨……」
「まだだ、急ぐぞっ」
僅かな痕跡を追って駆け出すワタルを嘲笑うみたいに雨足が強くなっていく。
駆けて、駆けて駆けて、死臭は完全に途絶えた。
この土砂降りだと僅かに残ってたかもしれない血痕も洗い流されてる。
ここまでか……ワタルも頭では理解してるんだと思う、でも気持ちが納得してなくて足を動かし続けてる。
「ねぇワタル、一度休憩しましょう。もう丸一日動きっぱなしだし……それに、この雨じゃ血の跡なんて消えているわ。残念だけど今回はここまでよ、また次の機会を――」
ティナの声で振り返ってずぶ濡れの私たちを見て一層顔が曇った。
「でも…………」
それでも納得しないワタルはすぐには分かったとは言わなくて、だからティナが私に目配せをしてきた。
「ワタル、これ以上は無駄。完全に見失ってる。今回の事で自分たちの行動が読まれる事を警戒するだろうからすぐには襲撃は起こらないはず、一度戻った方が良いと思う。その代わり見つけにくくもなるだろうから次は確実に仕留めないと駄目」
次がある、そう言うしかない、でも――次があるって事はまたどこかの村が壊滅させられるって事……嫌って言うかな?
強くなっても日本人の体はあまり丈夫じゃないから、このまま雨の中動き続けたら風邪をひくかもしれないから折れて欲しいんだけど。
「よく考えたら二人ともびしょ濡れだな」
一度目を伏せて私たちをもう一度見ると表情を崩した。
「そうよぉ~、こんな激しい雨の中うろうろしてたら当然でしょう? ワタルだってびしょ濡れで、こんなだと風邪引いちゃうわよ」
やっぱりティナはこういうの上手い、ワタルの中で魔物を追う事より私たちへの心配の度合いが大きくなった。
その証拠にさっきまであった焦りの色が消えてる。
「はぁーい、暗い顔しない。過ぎた事を悩んでもしょうがないでしょう? 反省はすべきだけど後悔なんてしても仕方ないわ。後悔なんか心に悪いだけよ、切り替えて一旦休みましょ。少し遠いけどここから一番近い町まで跳んでみるから」
「雨降ってるのに大丈夫か?」
「視界が悪いから一気に遠くへとはいかないけど大丈夫よ」
「地図だと山を越えて隣の領地の町の方が近いみたいだな」
「ならそこにしましょ、早く濡れた服を何とかしたいわ」
一気には無理とか言った割りには一回目の跳躍で遠くに見えてた山の手前まで跳んだ……触れたワタルの体温が低いのに気が付いたんだ。
日が落ちてから辿り着いた町で見つけた宿の扉を叩く。
「どうしたってんだいあんたら!? この大雨の中傘もささずに歩き回ってたってのかい!?」
扉を開けて出てきた女店主は私たちの状態を見て大慌てで着替えと食事の準備を始めた。
「にしてもヴァーンシアで浴衣を着る事になるとは…………」
「あたしゃ異世界の物が好きでね。男でも女でも着るそうだしこういう事がある時に便利だから何着かおいてるんだよ」
「私はこれ楽だから好きよ」
「いやー、それにしても、お嬢さん本当にエルフ? まさかエルフがうちに泊まりに来るなんて思いもしなかったよ」
「ずるずる…………」
用意してるならちゃんと色んな大きさを用意してよ……。
「あ、あぁ、ごめんよ。子供用のは傷んじまってたからこの前処分したんだよ」
「子供……これでいい」
私は子供じゃない、ちょっと小さいかもしれないけど、子供じゃない!
「部屋はこの二つでいいかね?」
「あら、一緒に寝るから一つでいいわ」
食事の後に部屋に案内されたけど、確かに二部屋も要らない。
寝る時はワタルと一緒だし、たぶんティナも入ってくるから二つあっても無駄なだけ。
「おやおや、そうだったんだね。ふふふ、二人一遍にだなんてお盛んだねお兄ちゃん、しかもこんな美人のエルフさんとお嬢ちゃん」
「ワタルは欲張りだから二人どころじゃないわよ。あと五人いるもの」
ティナが自慢げに笑う。
そう、私の家族はワタルのおかげでいっぱい居る。
「五、人? あっはっはっは、そりゃ凄い、絶倫だね。全員平等に満足させてるのかい? そんなに甲斐性があるようには見えなかったよ」
ぜつりん……って何?
店主は大笑いしてる……ぜつりんは面白い事?
「え!? ワタルってそうなの?」
店主の言葉に驚いたティナが楽しそうに確認してる、ぜつりんは楽しい事……?
「ぜつりんってなに?」
「気にするな。そして違うから。おやすみなさい」
教えてくれない……子供って馬鹿にしてる……? うぅん? そういう不快感は無いけど……なんでナイショ? 帰ったらリオに聞こう。
「はいはい、程々にするんだよ」
部屋に入ると大あくびしたワタルは倒れるようにして眠りに落ちた。
懐に潜り込んで丸くなる、体温がまだ低い。
「可愛いけど無理するから困っちゃうわね、うちの旦那様は」
「ん、だから傍に居る」
「そうね、ちゃんと見ててあげないとね」
ワタルの背中側からワタルごとティナに抱き締められて私も眠りにつく。
家族が居るのはあたたかい。
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