黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

私も上手くない

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 三日目からは店主の家を出て適当に町を周りながらワタルを尾行してる。
 ワタルは宿を出る時は意気込んで出掛けるけど帰る頃には悲壮感溢れる顔で宿に戻っていく。
 そして宿に戻ったらリオ達に私の心変わりなんかあり得ないって叱られて次の日はまた街へ出る。
 そんな日が何日か続いて――。

 ワタルから離れて六日目、探すのが下手過ぎる……こんなに近い場所に居るのに、気配だってちょっとは覗かせてあげてるのになんで見つけないの……。

 ワタルに痺れを切らした私は七日目にして帰る事にした。
 だってもう、怒ってるのがバカバカしいくらいにワタルが私を好きなの分かったし……主にしょぼくれて帰る時の独り言で。

 宿の前まで戻ったものの……飛び出してそれっきりだったからどんな顔したらいいか分からない。
 いっそワタルが探しに出た時にわざと見つかってみるのも……。
 そんな感じでまごまごしてたらリリアが現れて宿に入って行った。

 外から聞き耳を立ててるとリリアが一連の事情を話すのが聞こえてきた。
 扉の隙間から中を窺うと心底安心したようなワタルの顔が見えた。
 そしてその後ろに居たリオと目が合った。
 声は出さずに唇がおかえりなさいって動いて手招きされた。
 もう見つかったし、今からまた逃げ出すのも恥ずかしい……もういいや。

「……ただいま」
「お、おかえり?」
 ワタル変な顔してる……熱を持ち始めた顔を見られたくなくてさっさと距離を詰めてワタルの腰にしがみついて顔を隠す。
 むぅ……どんどん熱くなる、当分顔上げられない。

「ワタル、捜すの下手」
「お前が隠れるの上手すぎるんだよ……変な勘違いしてごめんな。良い事してたんだな」
 安心しきった柔らかい声、それを聞いて全部どうでもよくなった。
「…………ぎゅっってしたら許す」
 そう言ったらすぐに抱き寄せて頭を撫でてくれる、これ好き……嬉しくて顔を押し付ける。
 店主はあんな風に言ってたけど、やっぱり捨てるの無理、ここが一番居心地が良くて失くしたくないって思うから。

「ワタル、寂しかった?」
「そうだな、寂しかったぞ」
 知ってるけど、言わせたくて聞いてみたら誤魔化しの無い真っ直ぐな答えが返ってきた。
「私も、私も寂しかった」
 熱くなった顔も構わず見上げると赤くなってだらしなく緩んだ笑顔があった。
 やっぱりここが良い、私はここに居たい。
 他の居場所なんか要らない、ここだけが私の場所――。

「フィオさん、お陰様で体調がかなり良くなって出歩けるようになりました。本当にありがとうございます。大分使ってしまいましたけど残りはお返し――」
「そんなの返さなくていい。弟なんとかして、鬱陶しい」
 ワタルを尾行中に何回か出くわして騒ぎそうになるものだから何度も全力疾走して尾行の邪魔された。
「ご、ごめんなさい。私たちスラム出身だからよそ様に無償で何かしてもらうなんて事なかったから、フィオさんの厚意に感動して本当に好きになっちゃったんだと思います。家でもフィオさんの話ばかりになってますし――」
「あーっ!? なんでお前フィオに抱き付いてんだよ! おいらのだぞ、離れろおっさん!」
 またややこしいのが……宿に乗り込んで来たルインは全身で敵意を発してワタルを威嚇してる。

「お、おっさん!? ふざけんなクソガキ、どこがおっさん? まだ二十五だぞ。寧ろ年齢より下に見られて困る事だってあるくらいなのに」
 確かに……ワタルはあんまり大人っぽくない。
 なんならリオの方がお姉さんぽく見える事もある――というよりリオの方がお姉さんで合ってる気がする。

「うっせー、二十五なんておっさんじゃねぇか。言われて気にしたって時点で自覚ありじゃねぇか。そんな事より離れろよ!」
 エルフが身近なせいか年齢より外見の方が重要な気がするけど、普通の人間は違うのかな?
 おっさんって言われたワタルはこめかみを引くつかせてルインを睨んでる。
 こんな子供の挑発に乗せられてどうするの……本当に揺れやすい――。

「嫌だね、フィオは俺のだし」
「わ、ワタル…………」
  ルインの敵意に対抗する形で私を抱き上げたワタルはそのままきつく抱き締めてくる。
 なんでこういう不意打ちは出来るの……熱を持ちつつもだらしなく緩みそうな顔を隠したくて俯いた。
 私の事取られたくないって、自分の体に押し付けるくらいに抱き締められ――っ!? ……胸掴まれてる。
 ルインを挑発しようと勝ち誇った感じで笑ってるけど……掴んでるの気付いてない?
 むぅ、掴んでるのも分からない大きさって事……?
 
「っ! 離れ――」
「こらルイン! 失礼でしょ、いくら好きだからって自分の気持ちを押し付けていいわけないでしょ」
 ルインの方はワタルが胸を掴んでるのに気が付いて飛び掛かろうとした刹那にリリアから声を掛けられて血相を変えた。

「げぇ!? なんで姉ちゃんがここに!? てか病み上がりなんだからまだ出歩いたら駄目だろ」
「ワタルも、大人気ないですよ…………羨ましいから後で私にもしてください」
 リオも気付いてない……気付いてたら羨ましいとは言わない、はず。
 ワタルもなんか目を閉じてしみじみしてるし……そんなに分からないほどかな……周りはみんな明らかにけど、私だって一応あるのに。

「親切にしていただいたからちゃんとお礼に伺うのは当然なの。それなのになんでルインは迷惑を掛けてるのかしら?」
「い、いや、これは、おいら買われた身だし、フィオ好きだし役に立ちたいから一緒にいたいし」
「ほら、帰ってお説教よ。独り善がりなんて嫌われるだけなんだから」
 ルインがリリアに引き摺られて帰っていく。
 やっと落ち着ける、そう思うと体から力が抜けて落っこちそうになった私をもう一度きつく密着するくらいに抱き寄せてくれる。
「ワタル、あったかい…………」
 今はもう全部どうでもいいか……帰ってきた。
 私の居場所、ワタルの熱を感じて、リオの笑顔を見て――。

「あーっ!? 帰って来てそうそうなんでそんな羨ましい事されてるのよ! ちょっとズルいんじゃないかしら?」
「そうだぞ、最近は構ってくれなかったのだから私を構うべきだぞ」
 ティナとナハトの馬鹿騒ぎを聞き流して、そして――。

「ふにゃ!? フィオが帰ってるのじゃ、良かったのじゃ~、皆心配しておったのじゃぞ」
「ごめん……なさい」
 むくれたミシャの頬を指先で押して空気を抜く。
 やっぱり楽しい――私はずっとここに居たい。
 改めてそれを確認した。

「それにしてもね~? ワタルが自分に自身が無くて揺れやすいのなんて分かってる事なのに七日も家出しちゃうなんて、フィオも案外おこちゃまだったわね」
 誰のせいで私の胸が痛くなったか……。
「そんなに睨んじゃって何かあるのかしら? むしろ感謝して欲しいのだけれど?」
「何言ってるの? ティナはっ――」
「私が何かしら? 私のおかげで今ワタルの腕の中でホクホク顔なんじゃないのかしら? それにぃ~――尾行中にワタルの恥ずかし嬉しい独り言を沢山聞けたんじゃないの?」
「んなっ!? え、え? 尾行? いつ!?」
 もしかして……ティナは私の動きを把握してた?
 それにワタルの行動も全部予測済みであの時遊んでた?
 だとしたら……結構嬉しい事聞けたし、ティナに怒るのはもう止めるけど――。

「いつだ!? 尾行っていつの話!? 独り言ってどれの事!?」
 焦って落ち着きが無くなったワタルは半ば狂乱したみたいに問い詰めてくるけど……帰りの独り言はたぶん全部聞いた。
 私が居ないと胸が痛いとか、私のせいでろりこんになったとか、ルインと楽しそうにしてたら嫌とか……独占したいとか、聞いてると体が熱くなってくるようなのいっぱい。
「旦那様とっても焦っておるのじゃ……そんなに恥ずかしい事を口走ったのじゃ?」
「そ!? れは……」
 ミシャの問いに真っ赤になって下を向いたワタルと自然と目が合う。
 笑いかけると顔の赤みは更に増していって――。

「きょ、今日はもう寝る! 誰も入ってくんなよ!」
「旦那様まだお昼前なのじゃ……」
「あらぁ? 鷲掴みにしたフィオの胸の感触を思い出してナニするのかしら?」
「はぇ? ……っ!? ご、ごめっ、わ、わざとじゃ」
 怒って部屋に逃げる為に私を下ろそうとしたところでティナが不意打ちを放って見事にそれがキマって混乱したワタルは一目散に部屋に逃げていった。

「あまりいじめるな、趣味の悪いやつめ」
 ナハトはワタルの慌てぶりを心配して開けっ放しになったドアへ憐れむような視線を送ってる。
「だって好きな人の表情かお全部みたいじゃない? だから満足~! フィオも良い表情するようになったわね」
「そう? ……だったらワタルの――みんなのおかげ」
「でしょうとも! ワタルの本音が聞けたんだから感謝してよ」
「ティナも見てたの?」
「そんなわけないでしょ、そんな事してたらあなたが気付いちゃうもの、でもね、フィオが居なくなってからの態度でワタルが何考えてるかなんて簡単に分かるわ――そして、ワタルの事が気になって誰かさんがこっそり覗き見するのもね。だからちょこっとワタルに脅かすような事も言ってみたのよ……その顔は随分と満足出来る独り言が聞けたみたいね」
「ん、ワタルは私達の誰か一人でも居なくなったら寂死さびしするらしい」
 私の答えを聞いた途端にみんなが笑い出した。

「ふふふ、やっぱり可愛いわね、私達の旦那様は」
「ふにゅ~、旦那様が寂死したら大変なのじゃ、片時も離れぬようにしないとなのじゃ」
「そうだな、ワタルを寂死などさせるものか」
「み、ミシャちゃんもナハトさんも今はそっとしておいてあげましょう? 今行くときっと恥ずか死しますよ」
 それを聞いて私達はまた笑い合った。
 でも、私も同じなのかもしれない。
 一人の時間は寂しくて、だから私も家族の誰か一人でも居なくなったら寂死するのかもしれない。

 夕飯の時間にも部屋に籠って出て来ないワタルを心配してリオが宿の厨房を借りて作ったおむすびを持って窓から侵入する。
「普通に入る選択肢は無いのか……」
「鍵掛かってた」
「いや、ノックとかあるだろ」
「開けないと思った。開けてくれたの?」
 そろ~っと目を逸した瞬間ワタルのお腹が盛大に鳴った。

「ご飯持ってきた」
「そか…………さっきは悪かった。ごめん」
「……ワタルだから別にいい」
 思い出して熱くなってきた顔を隠すように背けてお弁当を渡す。

「俺さ……根本的に人付き合いが上手くない、その上異性ってなるともっと難しい。だからこの先もまた間違えると思う……だからな、その時は言ってくれ、言われないと気付けない馬鹿ってのは情けないけど、直せないよりいいだろ?」
「こんなに家族が沢山なのに上手くないの?」
 みんなワタルが好きで集まった。
 その上みんな家族になった、人付き合いが下手な人間の状況とは思えない。

「う、上手くはないぞ……ただ偶然運良く? 物好きが集まったというか……そもそもこの環境の許容を勧め始めたのってティナだし――」
「言い訳?」
「ちがっ――あぁ……ごめん、今のも間違えたな。俺は望んでる、みんなと一緒に居られる事を――でも上手くないのは本当だからな、今も間違えたろ? 情けないけどこういうのがあるんだ。だから――」
「言えばいいの?」
 聞きながらワタルの膝に乗って右肩に頭を預ける。

「お、い……?」
「寂しかったから今日はこうしてる」
「分かったよ……」
 困り顔をしておむすびを食べ始めたワタルを見つめてたらおむすびを差し出されてそのままかぶりつく。

「美味しい」
「そか……音楽聞くか?」
「ん」
 ワタルの膝に乗ったまますまほから伸びる線を片方ずつ耳につけて一緒にワタルの世界の音楽を聴く。
 小音で緩やかに流れ続けるそれはとても心地良くて、私はいつの間にか眠りに落ちてた。
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