黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

賞金の使い道

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「お疲れ様です」
 賞金を受け取って用意されてた宿に戻るとリオが迎えてくれた。
「ワタルはまだ起きない?」
「そうですね、でも心配は無いそうですからそんな顔しなくても大丈夫ですよ。寝息もこんなに落ち着いて――」
「ふぃお~……」
「寝言まで、夢の中でもフィオちゃんと一緒みたいですね」
 可笑しくなってリオと一緒に笑いながらベッドに腰掛けて少しだけワタルの前髪を撫でる。
 優勝した天明が殺し合いと見世物は違うのと普段の道具じゃない分実力が発揮出来ない事もあるって話をして一応会場は納得した空気だったからワタルが馬鹿にされる事はないはずだけど……。

「ごめんね、負けた」
「ふふ、でも多分あの終わり方だとフィオちゃんの負けだと思ってる人は少そうですけどね。タカアキ君の名誉の為には良い落とし所だったんじゃないですか?」
「でも……」
 ワタルの壁として在る為には負けたくなかった。
 何にも負けない目標で在りたかった。
 だから、もっと強くなるね。
 世界は広い、私に食らい付いてくる相手が居た。他にもまだまだ沢山居るはず、対処不能な覚醒者だっている……もっと上を、もっと先を目指す。

「疲れたんですね、ゆっくり眠っていいですよ、ワタルは私が見ておきますから」
 ワタルの寝顔を見ていて少しうとうとした私をリオが優しく撫でてくれる。
 そんな事されたら睡魔が一気に……。
「リオも一緒に寝よ?」
「…………もぅ、仕方ないですね」
 少し困った振りをしたリオは私と一緒にワタルのベッドに潜り込んだ。
「あったかい」
「そうですね、大切にしたいぬくもりです」
「ん」
 だからもっと強く……。

 翌朝目が覚めてもワタルは目覚めてなかった。
 医者は異常無しって言うし確かに一通り触って確認した感じ打撲も打ち身も全部治癒してあるけど……昨日の一撃そんなに効いたのかな……?
 どうやって謝ろうか悩んでるとワタルのお腹が鳴った。
 寝ててもお腹は空くんだ……。
「そういえば昨日のお昼の後は何も食べてないんですよね、何か準備して――」
「いい、リオは見てて、買ってくる」
 準優勝で貰った金貨袋を引っ張り出して宿を出る。

 何か美味しいものを買って、一緒に食べて、それから謝って、あとは改善点の指摘とか……。
 考え事をしながら町を回る。
 闘技場っていう見世物があるからか町は賑わっていて出店も多いけど、私が好きな匂いはあんまり無いかも?

 歩き回ってるうちに前にアドラでリオと一緒に食べた串焼きみたいな匂いを感じてなんとなく匂いを辿って路地に入った瞬間ナイフを持った子供が降ってきた。
 それを軽く躱して匂いの方へ――。
 行こうとしたら道を塞がれた…………。

「何?」
「その袋金だろ? 寄越せ」
 赤い瞳……建物の上から飛んで難なく着地したのを考えると混ざり者かな……動きは全然大した事ないから無視でいいかな。
「寄越せって言ってるだろッ!」
 脇を通り過ぎようとする私に苛立って薙いだナイフを指先で摘んで止める。
 腕力も大した事ない、そもそも戦いに慣れてる風じゃない。
 せいぜいが武器を持って威張り散らすチンピラ程度の強さ。

「あ、え?」
 刃先を摘んだまま引っ張ってナイフを取り上げてそのまま喉元に当てる。
「あなたは私に勝てない、強盗なら他でして」
「くっ……おいらには金が必要なんだ。その辺のやつが持ってるはした金じゃ足りないんだよ!」
「っ? なんで泣くの?」
 別に傷は付けてないんだけど、騒がしくなっても面倒くさそうだからナイフを捨てて通り過ぎる事にした。

「ま、待ってくれ! おいらをその金で買ってくれ! 言われた事は何でもする、金が――薬が無いと姉ちゃんが死んじゃうんだ! おいらのたった一人の大切な家族なんだ!」
「大切な家族……」
 弱いのに必死な理由を聞いてしまって足を止めた。
 芝居、じゃなさそう……よく見たら身なりは大通りを歩いてた人たちに比べてみすぼらしい、この国の人間よりアドラの混ざり者って言われた方がしっくりくる風貌……。

「はぁ……家はどこ?」
 面倒くさいけど、大切な人を助けたい気持ちは今の私はよく理解出来るから目の前の子供の必死さも分かってしまった。
「く、くれるのか!?」
「買えって言ったのはそっち、これは姉に渡す」
 そもそも旅費は天明が負担してくれてるしクロイツの魔物討伐で色々貰ってるから手持ちも結構ある。
 この賞金は予定外の収入だし……ワタルならこうしそう。
「~っ、あ、ありがとう! お前良いやつだな! 家はこっちだ! おいらルイン、お前は?」
「…………フィオ」
 元気を取り戻した子供の案内で町の寂れた区画へ踏み入っていく。
 スラム街、賑わっていた闘技場周辺地域と比べたら雲泥の差、身なりも……少しだけアドラを思い出した。

 持っているは何でも持っていて、混ざり者には何もない。
 人間との明確な線引き……天明はここの事を知ってるの?
 ワタルの友達ならこういうのは放っておかないはずなのに――。
「この国も……」
「ん? 何?」
「この国も混ざり者は道具なの? だから助けてもらえない?」
「まざりものってなんだ? お医者に見てもらって薬貰うには金が要るのは普通だろ? おいらも姉ちゃんも親居ないんだよ。だから貧乏してんだ……でもおいらは運が良い方なんだぜ? 姉ちゃんに拾ってもらえたからな」
「拾った?」
「おう、赤ん坊の頃に捨てられてたんだってさ、でも姉ちゃんが拾ってくれて家族になってくれたんだ。だからおいらどうしても姉ちゃんを助けたいんだ。だから……」
「これは姉に渡す」
「うん! フィオ良いやつだな! 可愛いしおいら気に入ったぞ、一生守ってやるからな」
「要らない…………」
 むぅ……選択間違えたかも? 子供が妙に纏わり付いてくる。
 私が一生一緒に居たいのは私のだけ、他のは別に要らない。

「姉ちゃん姉ちゃん! 今日は良い知らせがあるんだ」
「けほっ、ルイン……あなたまた他所様に悪さしてきたんじゃないでしょうね」
 狭い小屋に入るとベッドに寝ていたリオくらいの年頃の女が起き上がって顔を顰めた。
 表情から察するにああいう襲撃は今回が初めてってわけじゃないみたい。

「違うよ、おいら身売りしたんだ。このフィオがおいらの事買ってくれたんだ! この袋いっぱいの金貨全部姉ちゃんの物だからさ、お医者に行って早く病気治してくれよ」
「身売り!? なんて馬鹿な事したのっ――けほっけほっ……フィオさんすみません、お金はお返ししますのでどうか弟を返してください」
 なんの病か分からないけど明らかに衰弱してる。
 死相が見え始めてる……たぶんこれ以上治療が遅れたら間に合わない、そう思えるほどに姉の顔色は悪かった。
 それを分かってるから自分を売ってまで――。

「返して欲しいなら言い値で買って」
「そんな……うちにはお支払い出来るような蓄えは……」
「姉ちゃん心配すんなよ、フィオ良いやつだしおいらが居なくなれば姉ちゃんだって暮らしが楽に――」
 私と弟の言葉に酷く動揺した姉は少し後退ってベッドにぶつかって座り込んだ。
 自分の為に大切な家族が離れていく、それはどれだけ痛いんだろう……きっとそれは身を切られるよりも痛くて――。

「今そのお金はあなたの、これは金貨一枚で売る。買う?」
「っ!? そんなっ……それだとフィオさんにはなんの得もないじゃないですか、本当によろしいのですか? このような大金を……」
 私の意図を理解して不安は消え去ったみたいだけど今度は混乱したように視線が落ち着かなくなった。
「早く決めて、私は買い物の途中だった、早く帰りたい」
 なんだか……今のこの人の視線に晒されてるのは恥ずかしくて少しだけわざとイライラしてるみたいに突き放すと袋から金貨を一枚取り出して私の手のひらに乗せた。

「じゃあ、売ったから――」
 金貨を受け取った手を引っ込めようとすると両手で包み込むように握られた。
「何?」
「ありがとうございます。おかげでこれからもこの子の成長を見ていられます……本当にどうもありがとう」
 優しい顔……全然似てなんかない、それでも――リオみたいに誰かを癒せる、そんな笑顔……元々無くて必要でもなかったお金でこの笑顔が守られるなら――。

「良い取り引きだった」
「ちょ、ま、待てよ。どこ行くんだよ!」
「もう用はない、帰る」
 小屋を出ようとした私にルインが縋ってきて引き止められた。
「帰るってフィオは町の人間じゃないだろ? うちに泊まってけよ。おいらフィオの事凄く気に入っちゃったからさ、大人になったら結婚しようぜ」
「はぁっ!?」
 自分でもびっくりするくらいの素っ頓狂な声が出た。
 これは、何を言い出してるの……?

「あらあら……もう、困った子ね」
 いや、あの……リオがみんなを見守る時みたいな顔してないで止めて欲しいんだけど……。
 というか意味が分からない、私にはワタルが居るのになんでこの子とそんな話になるの……?

「私の結婚相手も居場所も決まってる――」
「おいらだよな!」
「違うっ!」
「あ、あの、フィオさんはもしかして高貴な身分の方なのですか? だとしたら弟の無礼をお詫びします。本当にごめんなさい」
 何を勘違いしたのか姉の方がルインを引き剥がすと急に佇まいを直して深々と頭を下げた。

「私は貴族じゃない」
「で、でもこんな大金を持ってらしたし……も、もしかして高貴な身分の方に嫁ぐご予定なのでは? そんな娘さんに軽々しく触れて、この子はっ!」
「いひゃいよねぇひゃん」
 さっきまで死相が見えてたのも忘れるくらい怒気を露わにした姉がルインの頬を引き千切るみたいに引っ張り上げてる……なんだか怒った時のリオに似てる。

「まったく、嫁入りが決まってる娘さんに手を出せる甲斐性なんか無いでしょうが――けほっけほっ!」
「ね、姉ちゃん!? い、医者! おいらお医者呼んでくるから――」
 吐血した姉に動揺したルインが小屋を飛び出していくのを姉を背負って追う。
「フィオ、さん……?」
「無理はよくない、大切なもの、失くすのは凄く痛いよ」
「そう、ですね……」
 意識を失ったみたいで体から力が抜けて浅い呼吸を繰り返してる、体温も普通の人間より高い。
 病の知識は無いけどこの状態が危険なのは分かる、極力揺れが伝わらないように走ってルインを急かす。

「あそこ、あの角を曲がれば腕の良い異界者の先生が――」
 指差した先へ一気に駆け抜けて病院へと駆け込んだ。
 遅れて入ってきたルインが怒鳴りつけるように声を張り上げて医者を呼ぶ。

「なんだいなんだい――ルイン、また君か……何度も繰り返すようで悪いがリリアの病の薬はとても高価なんだ。普通の風邪薬を融通してやるようには出来な――」
 たぶん何度も同じやり取りをしたんだと思う、医者は心底困ったようにため息を吐きながら奥から出てきて私が背負うものを見て血相を変えた。

「奥へ運びなさい、この症状はいつから?」
「ついさっきだよ――血……そうだ、姉ちゃん血も吐いた。先生今日は金があるんだ、だから姉ちゃん治してくれよ!」
「こんな大金どうした……? まさか危険な連中から盗んで来たんじゃ――」
「それは私があげた、闘技場で貰った賞金だから汚い金じゃない。早く治して」
 金の出処を訝しんで診察を止めた医者に簡単な説明をして治療を急かす。

 知らない人間がどうなったって私はワタルみたいには揺れない。
 でも……今はこの人がどんな風に笑うか、何を大切にしてるか少しだけど知ってる。
 ワタルほど揺れたりはしない、しないけど……死なれるのはちょっと嫌、生きて。

「よし、ひとまず落ち着いたね、あとは安静にして栄養価の高い物を食べるのと僕が良いと言うまで薬の服用を止めない事、半端なところで服用を止めると病気が耐性を付けて更に酷い事になるからね」
「姉ちゃんどうだ? 治ったか?」
「……ええ、少し楽になったわ。ルインとフィオさんのおかげよ」
「そんなわけないだろう、症状が落ち着いただけでまだ辛いはずだ……これはすぐに治るとかそういうのじゃないからね? 今は発作が治まってるだけ、間違ってもお金の節約の為にって途中で薬を止めたり定期的な診察をすっぽかしたりしないように、いいね?」
 医者に念押しされた二人は体調が落ち着くと自宅へ帰っていった。

「ありがとう」
 ぼつりと呟いた医者を見上げると心底安心したような顔をしてた。
「なんであなたが礼を言うの?」
「リリアはこの町に来て以来の知り合いでね、どうにか助けてあげたかったけど、僕の方も不慣れな世界で生きていく土台を作るのに必死で……せいぜいが症状を少し抑える程度で彼女に十分な治療をしてあげられなかった。君は昨日の闘技大会準優勝の娘だろ? いいのかい? 見ず知らずの相手に賞金全てあげてしまって」
「私の大切な人ならこうするから」
「そうか、それは素敵な人だね」
「ん、私を変えてくれた人だから」
 完治させるのに十分な額だったって話を聞いた私は安心して病院を出た。
 凄く遅くなった……リオ待ってるかな?
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