黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
183 / 464
八章~臆病な姫と騎士の盟約~

違和感

しおりを挟む
「ふふふのふ~」
「ふふっ」
「あのさぁ二人とも、もっと普通に…………」
「イヤよ、せっかくワタルに触れていられるんだから堪能したいもの、それにこの状態でも移動に問題がないんだからいいでしょう?」
 目的地への移動中、前にはどうしても付いて行くと聞かなかったフィオがしがみ付き、後ろにはティナが豊満な胸を押し付けるようにして片手で抱き付いていて空いた方の手で空間を切り移動している。移動は速いがなんとも変な光景だろう。
「俺の方に問題が起こりそうなんだけど」
「我慢出来なくなったらいつでも押し倒してくれていいのよ?」
 ティナが耳元で誘惑するようにそんな事を甘く囁く。これから魔物を討伐しに行こうって時に何言ってんだ…………胸の感触が理性をガリガリしてます。
「ワタルはしたいの?」
 この話題やめねぇ!? 普通の魔物の討伐じゃないんだぞ? 人間だって絡んでる可能性があってそいつらは確実に捕縛しないといけない。これ以上被害を出さない為にも失敗は許されないのに……のに…………なんでこんなに緩い。
「ほらほら~、フィオが質問してるわよ、早く答えないと」
「そんな事どうでもいいからはよ空間切れ! 地面近い地面近い!」
「ふっ!」
 俺をからかう事に夢中になっててかなり下まで落下した。あとちょっとで変な体勢のまま地面に激突していた。嫌な汗かいたぞ。
「もぅ~、そんなに心配しなくても大丈夫よ~。ちゃんと見てるんだから」
「見てるならもう少し早くやってくれ、心臓に悪い。変な体勢で落ちたりしたら全員大怪我だぞ」
「そんな事させないわよ…………フィオが」
「ん」
 フィオ任せかよ!? 落ちるの前提じゃなく自分で注意しろよ。
「はぁ~…………跳びっぱなしだけど疲れてないか?」
「そうやって気遣ってくれるワタル好きよ。でも大丈夫、ワタルと一緒に居られるからまだまだ元気よ」
 さっきの誘惑するような声とは違って今度は甘えるような声で囁き、うなじへ顔を押し当てて――。
「って、噛むな!」
「あらいいじゃない、フィオにはいつもさせているでしょ? 見てて私も興味があったのよ」
 そう言ってかぷかぷと甘噛みを繰り返してくる。これはもう人選ミスじゃないだろうか――っ!?
「あははっ、舐めたらビクッってしたわね。ん~、こうやって自分の歯型を付けると征服して私のって印をつけているみたい……ワタルを私だけの物にしてるみたいで……グッとくる!」
「真面目にやってくれ…………フィオも対抗して反対側を噛むなぁー!」

「首筋から肩にかけてキスマークと歯形だらけになっちゃったわね」
 あれから二人は張り合って印をつけまくった。
「どうすんだよ、自分じゃ確認し辛いけど見られると恥ずかしいんだけど」
「ナハトが見たら絶対に焼きもち焼くわね。ワタル襲われちゃうかも」
「あのなぁ――ん? おいあれ! あれが目的の村じゃないか? 黒煙が上がってる。ティナ急いでくれ!」
「ええ」
 おふざけモードから一転して真面目な顔したティナが空間を切り裂き俺たちは幾度と入り込んだそこへ再び入り込む。フィオももうさっきまでと纏っている空気が変わり、神経を尖らせている。一度村の上空へ出て、そして村の中央へ。
「これは…………お前ら、楽に死ねると思うなよ」
 村は既に荒らされた後で魔物たちはいつもの不快なオブジェを制作しているところだった。突然現れた俺たちに驚いて動きが止まっている。居るのはオーク十数体とゴブリンが七体、ハイオークは居ない。人間は……ここから見える範囲にはいない。天明が言うように魔物を従わせるような能力だとしたら近くに命令を出している奴が居るはず。絶対に捕まえてドラウトの人たちの前に引きずり出してやる。
『お、お前たち今どうやって現れた!? それに、どうしてここが……確かに数人逃がしてやったが知らせが届くのはまだ時間が掛かるはず。どうやって我々の居場所を知った!』
 喋っている額に傷のあるオークを含め武器を構えて威圧してくる。想定外の存在が現れた事で動揺しているのか妙な空気になっている。
『っ!? 何だその女の耳は!』
 は? 何だ、ってなんだ? ただのエルフ耳だろ? なんなんだこの反応、まるでエルフの事を知らないような反応じゃないか。魔物がエルフを知らないなんてあるのか?
「何ってなによ。私はエルフなんだからこの耳は普通でしょ」
『エルフ? ……なるほど、突然現れたのはそのエルフの力か――』
「フィオ、ティナ、周辺に人間が居ないか見てきてくれるか? ここに居るのは雑魚ばかりっぽいから俺一人でなんとでもなる」
「油断は駄目」
「油断はしてない。ハイオークは居ないから能力持ちは居ないし、黒幕を捕らえるのが最優先だ」
「何かあったら電撃で合図してね。すぐに戻ってくるから、フィオ行きましょ」
「ワタル、気を付けて」
「ああ」
『女とガキを逃がしたか。まぁいいさ、襲われた村の惨状を喧伝する者が増えるのはこちらにとっても好都合だからな』
「誰に都合が良いのか聞かせてもらうぞ」
『貴様にそんな権利はない。ここに並べられる首の一つと成り果てろ!』
 その言葉を合図に魔物どもが一斉に襲い掛かってきた。動きは、速くない。よく見える、十分に余裕を持って躱せる、妙な気配も無い。
『なんだこいつ!? タカアキと同じ部類の人間か!?』
 魔物にまで名前を知られてるのかよ。これも黒幕の入れ知恵か?
『バラバラに戦うなっ、連携して追い詰めろ!』
「追い詰める、ねぇ?」
 俺が思った以上に速く動いた事に動揺して動けず距離を取らずにいたゴブリンを両断した。ん……? なにか、手ごたえが変だったぞ。この違和感は何だ?
『貴様よくもアル――』
『おいっ!』
『っ!? ちっくしょー! 死ね! はらわたぶちまけて死ね!』
 なんだ? オークがゴブリンの為に怒っている? それに今のやり取り、名前を呼ぼうとしたのを止めた? 何故?
「ぐっ、んん?」
 向かって来たオークの戦斧を黒剣で受けると斧頭を簡単に切り裂き破壊した。今のも妙な感じを受けた。俺は何が引っかかってるんだ?
『こいつの剣は異常だっ、オリハルコン製の物を持っていない者は打ち合うな!』
『死ね』
 素早く、翻弄するような動きでゴブリンが接近し、体格に似合わない剣を打ち込んできた。また違和感……違和感の正体はなんとなくだが分かってきた。見えているものと感じているものが違う。最初にゴブリンを斬った時、ゴブリンの小さな体を斬った割りにもっと大きな物を斬ったような感覚があった。次にオークの攻撃、オークの巨体から繰り出された一撃だというのに妙に軽かった。そして今のゴブリンの攻撃、今度は小さい見た目に反して重みがあった。大した事じゃないのかもしれない、偶々力の無いオークと怪力のゴブリンだっただけ、そう片付けてしまえばいいのに、気になる。まただ、このオークも体格と攻撃の重みが噛み合わない。今まで戦った事のあるオークの一撃に比べて軽い。こいつも、こいつもだ。
「ふんっ、はっ」
『がふっ、が、あ、あああ、ぁぁぁ』
『がひゅ』
 斬りかかってきた奴の攻撃をいなして斬り返した。斬った手ごたえもやっぱりオークの巨体とは違う気がする。もう少し確かめてみるか。近場に居たオークとの間合いを詰め、戦斧での横薙ぎをしゃがんで躱し一気に斬り上げ蹴り飛ばす。軽い、強化しているとはいえオークの巨体を飛ばす程の威力はないはずなんだが……次、今の間に俺の後ろに迫り針の様な物を構えているゴブリンを十字に斬り裂き、さっきと同じように蹴飛ばした。今度はゴブリンの小ささに似合わない重さがある。蹴った感触としてはさっきのオークと同じくらいか?
『こいつ――』
「お前らはなんなんだ? 本当にオークとゴブリンか?」
『っ!? 撤退だ! こいつは捨て置く』
『ふざけるなっ、五人も斬られたんだぞ。このまま――』
『このまま戦えば更に死ぬだけだ。予定はこなした、予定外の事に関わったのが間違いだったんだ。このまま退く』
 指示を出していた額に傷のある奴に従い全員が逃げの体勢に入っている。
「逃がしてもらえると思ってるのか? 聞きたい事はまだあるが逃がすくらいならここで全部処理する」
『っ!? こいつ黒雷だ! やれ、すぐに逃げるんだ!』
「っ!? なんだこれ!?」
 俺が電撃を迸らせた事で俺が何者か気付いたようで、慌てたオークが叫んだ瞬間辺りに濃霧が立ち込めた。なんだこの濃さは、目の前に手を持ってきてようやく見える程度、自分の足元なんかは全く見えていない。
「チッ、逃がすか!」
 咄嗟に電撃の障壁をドーム状に広げある程度を覆ったつもりだが、範囲内に捉えているかは分からないな。せっかく見つけたってのに逃げられるとかどんな間抜けだ……この濃霧って能力に因るもの、だよな? やれって言ってたし。ハイオークが隠れていたのか? どちらにしても能力持ちが居た事になる。フィオ達は無事だろうか?

 気配を探りつつ鞘にしまった剣を杖代わりにじりじりと歩を進める。障壁を徐々に縮めつつ範囲内を探索する。今のところ魔物には出会っていない。
「ひぃ!?」
 剣で確認してある程度障害物は避けているが偶に死体とコンニチハしてしまう。首のない死体の切り口が視界に飛び込んで来たり、鎗に首だけ刺さった案山子と目が合ったりと、トラウマになる体験の連続だ。今は案山子と目が合った。
「あぁ~、気持ち悪い。死者には悪いけど、吐き気が…………魔物と斬り合いしてる方が全然マシだ。霧が濃すぎてどっちの方角を確認したのかも分からんな」
 霧がまだ消えないって事は障壁内に居ると考えていいんだろうか? 障壁を縮めつつ気配を探ってるが未だに見つけられない。
「同じ所を回ってるってアホな状態じゃないだろうな? 視界がほぼゼロで警戒しながら歩くのって神経擦り減るなぁ」
 霧が、少し薄くなってきたか? 一応足元が見えるようになってきた。わざわざ薄くする利点はあいつらにはない。逃げられたか? 剣を構え障壁を一気に自分の周囲まで縮めた。
「逃げられた…………クソッ、何やってんだよ俺は、ようやく見つけてせっかくのチャンスだったのに――」
『ワタル!』
「ふぎゅ!?」
 障壁を消した途端身体に衝撃が走って押し倒された。ぎゅうぎゅうと顔に胸を押し付けられているのと怪我を確認するようにぺたぺたと身体を触ってくる感触がこそばゆい。どうやら二人とも無事だったようで俺の心配は杞憂だった。
「とりあえず二人とも降りろ」
「ワタル、怪我無い?」
「ないない。それよりも何か見つかったか?」
 魔物には逃げられてしまったが二人が何か見つけている可能性がある。
「私の方は死体を幾つか見つけたけど、生きた人間は居なかったわ」
「私も同じ、特に何も見つからなかったから戻ろうとしたら村が霧に覆われて黒く光ったから心配した」
「あ、あぁ、あれは合図とかじゃなくて逃げられないように檻を張ったつもりだったんだけど…………」
『魔物は?』
「……逃げられました」
「まぁワタルが無事で良かったわ」
「そんなに心配される程俺って駄目か?」
『無茶をするから駄目』
 そんなハモらなくてもいいじゃないか。
「あれ?」
「どうしたの?」
「死体が無くなってる」
「魔物が食べたんじゃないの? 結構数も居た事だし」
「いや、無くなってるのは魔物の死体の方だ。かなり慌てて逃げ出したはずなのに仲間の死体の回収をしていったのか? あの状況で危険を冒してまで回収しなきゃいけない理由があった?」
「霧の中歩き回ってたなら場所が違うとかじゃないの?」
「ここで合ってる。そこに落ちてるのは俺が破壊した戦斧だ」
「危険を冒してまで死した仲間を連れ帰るなんて随分と仲間想いの魔物がいたものね。少し意外だわ」
 仲間想い? 魔物が? そんな殊勝な奴らなわけがない――。
「血の跡が続いている」
 斬られた死体をいくつも抱えていれば当然か。対策のしようもなかったろうし。
「これを追うぞ。まだそう時間が経ってないんだから追いつける」
「ええ」
「ん」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の私は死にました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,704pt お気に入り:3,994

この庭では誰もが仮面をつけている

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:74

煌めくルビーに魅せられて

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

処理中です...