黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

苛立ち

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「これで七か所目、同じ群れがやっているのか? ――うっぷ……ここも酷い」
 破壊された村の様子を見ているだけで吐き気が込み上げてくる。二メートル位の鎗に持ち手が無くなる程びっちりと首や人体の一部が串刺しにされ物干し竿の様にそこら中に掛けてあったり地面に刺してトーテムポールの様な状態になっているのまである。闘技場のある町の南部の村を皮切りに、小さく尚且つ大きな町からは離れていて陣では移動できない、すぐに駆け付ける事の出来ない場所にある村が似たような手口で襲われている。そしてやり口が厭らしい、惨い殺し方は相変わらず、それに加え襲った村で態と数名を生かしている。生きている人が居るのは喜ばしいが相当の恐怖を叩き込まれている。そしてそれが他人へ伝播する、そのせいでドラウト全土が半ば恐慌状態に陥っている。自分の住んでいた土地を捨て、より大きな町へと逃げだす者まで居る。そのせいで町では人が増えた事による問題も起き始めているようだ。
「恐怖を煽る為にこの殺し方なのか? 今回は汚された女性の遺体もあるか……」
「キサラギさん、アルア隊長が向かった村も駄目だったそうです」
 一緒に行動している騎士団の連絡係が重い空気を纏いながらそう伝えてきた。これで八か所目…………次にどこを襲うのか予測が立てられないから対策のしようがない。警戒の為に人員を割いて襲われそうな村々にある程度配置してはいてもそれを察知して避けるように襲撃が続いている。襲われている地域も統一性が無く西の端の村を襲ったかと思えば数日後には東の端に現れたりもしている。陣でも使わない限りこの現れ方は異常だ。それらしい物は発見できていないからイカれた群れが複数存在しているって可能性まである、だというのに襲われた村の周囲を探索してもそれらしい物は見つけられず、こちらに怯えて逃げ出す程度のゴブリンが山奥で数体見つかったくらい。たぶん封印崩壊以前から山奥に住み着いていて人里に出てこない人に害のない物だったんだろう。
「向こうでは周囲に魔物は?」
「こちらと同様見つかっていないそうです」
「ワタル、やっぱり駄目、魔物の足取りが分かりそうな物はなかった」
 念の為と二度目の探索に出ていたフィオが帰ってきた。フィオでも魔物の行く先が分かりそうな物を見つけられないんだからお手上げである。
「フィオはどう思う?」
「どう?」
「殺し方っていうか、襲い方っていうか、変な感じしないか?」
「……する、私が見た事ある魔物のやり方とは違う。殺す事を愉しんでるのは見た事あるけど、殺した後の死体にこんな風に手を出すのは知らない」
 北でそれなりに魔物を見たであろうフィオでも違和感を感じてるか……魔物にも個性があるって事か? 外法師みたいなのも居るわけだし。どんなに異常だろうが見つけさえすれば対処は出来ると思うんだが、見つからない事にはどうにもならない、そもそも情報が入ってから目的地へ向かうまでの間に逃げられている。狙われているのが小さな村が多いという事と俺や騎士団とは接触しないように逃げ回っている事から魔物自体の強さはそれほどでもないと考えられているが。
「あぁー、イライラする。コソコソ逃げ回ってチクチクと…………」
 イライラしている原因の一つに騎士団の悪評がある。生き残った者から話を聞き尾ひれを付けて吹聴して回っている者が居るらしく、未だに魔物を討てず好き勝手させているという話が驚くほどの速さで国中に広まって騎士団と姫さんへ非難が集中している。必死に方々を駆け回っている騎士団員も参ってしまっている者が多いし、少し前に会った姫さんの方も相当参っていた。今は天明の代わりにティナ達が護衛に付いていて天明と離れているから更に弱っていそうだ。
「あとは天明の方か……どうにか見つけてくれてればいいけど、そろそろこの件片付けてしまわないとしんどいな」
「……その……今し方団長たちの方からも連絡が入りまして、あちらも周辺の探索を終えたそうですが魔物共を見つける事も、足取りを掴む事も出来なかったそうです」
「駄目、かぁ…………あぁ、っとにイライラする。こんな事繰り返しやがって……見つけたら確実に消し炭にしてやる」
「あの……それで情報も途絶えてしまいましたし一度合流との事です。探索も必要ですが相手の尻尾を掴めない以上襲われる可能性のある村々の防衛に人員を割かねばなりませんから」
「騎士団批判してる領主共も増援は要請するのな」
「自身の私兵に被害を出さぬように領地を守る事に必死ですから」
「領民じゃなくて領地か……領主の立場なんか分からんけど、こういうのが多いのも気分が悪いな……言ってても仕方ないか、戻ろう」
「ん」

「悪いな、役に立ってなくて」
 一度王都に戻り天明の執務室で状況について話し合いをしていた。
「いや、航になら一隊を任せられるから助かってるよ。こっちこそ変なものに巻き込んですまない」
「変なもの?」
「航は今回の魔物の騒動に違和感を感じないか?」
「殺し方についてか?」
「それもあるけど、魔物たちはこんなに統率の取れた行動をしていたか? 多少協力する事はあっても今回の様に常に纏まって行動出来る奴らじゃなかった。少なくともクロイツで見た物はそうだった。群れて動いていても獲物を見つければ好き勝手に動いて足取りを掴ませないような行動を取る賢さはなかった。殺し方も、こちらを恐れさせる為に態と残虐な方法を取っているように思える。それも、猟期殺人の犯人がするような……それにソフィアや騎士団への悪評の浸透の早さ、事件が事件だから噂が広まるのが早いのは理解できるけど、事件の詳細まで広まっているのはおかしい」
「王位が欲しい奴が便乗して噂を流してるんじゃないのか?」
「三件目以降は混乱を招かないために詳細を知らせるようなことはしていない。生き残った被害者も騎士団うちの保護下にあるから他と接触することなあり得ない。なのに町では詳細と誇張された噂が語られ批判が集まっている」
「人間が関わってるって言いたいのか? 姫さんを貶める為に?」
「俺はその可能性もあると思っている」
「自分の国だぞ? 貶めるような事をするって事は王位を主張してる奴なんだろ? 王位に就く為に自分の国の民を殺しまくってるってのか? 悪い冗談は止めてくれ」
「可能性としてはあり得るんだ。ソフィアの暗殺を決行した事のあるブラン家ならね」
 ブラン家って……アルアが良くない噂がある言ってた家系だよな? あの後聞くタイミングがなくてそのままになってたけど、王族の暗殺を企てたのか。
「なんで捕まえないんだよ」
「確たる証拠がある訳じゃないんだ。素性を隠し何人も仲介していて実行犯とはなんの関わりもない。ただソフィアが居なくなって得をするのはルイズ家かブラン家で、中でもブラン家の人間はソフィアへの害意が滲み出ていることが何度かあったんだ。それに王妃様――ソフィアの母親が暗殺事件に巻き込まれて亡くなった事を公表されていない時点で知っていたりもした」
「害意ねぇ…………」
「守るって事をしてれば対象へのそういったものにはかなり敏感になるからね」
「ならそのブラン家が魔物と協力して今の事件を起こしてるって言うのか? そんな事あり得るか?」
「動物を意のままに従わせるって能力がある。それの派生、もしくは変化で魔物をも従わせる事ができたら?」
「…………」
 今回の敵は魔物じゃなくて人間なのか? 魔物を使って自国の民を殺して王位を狙う、そんな人間が居るとは思いたくないが……姫さんも面倒な立場に居るな。
「そういえば姫さんにはもう会ったのか?」
「ああ、戻ってすぐに状況の報告に行ったよ。国王様の病状が芳しくないらしくてかなり気落ちしてるところにこの話を持っていくのは心苦しかったけど、会ってみると少し元気になってたんだよな。なんでだろう?」
「お前が居ると安心するからだろ」
「安心? 非難が多い状況だと狼藉を働く輩が出てくる可能性もあるしブラン家の事もあるから代わりの護衛としてフレデリックさんとティナさん達が付いていてくれるからそういう心配はないと思うんだけど」
 そうじゃねぇだろ……というかよく考えたらおかしいよな。ティナも姫だしナハトも似たようなもんだぞ、それが護衛役って……強いけどさ。
「王様の病気って治癒能力じゃ治せないのか? 王様が元気になれば王位の問題って一旦は無くなりそうなもんだけど」
「怪我の治療は出来るけど病には効果が無いらしいんだ。病を治せる能力ってのは今のところ聞いた事がない。色んな医者を呼んではみてるけど病の原因が分からないままなんだ」
「そんなもんなのか、能力って便利は便利でも何でも出来るってわけじゃないんだな。やっぱり簡単にはいかないな……それで、どうするんだ? ブラン家ってのを叩くのか?」
「証拠のない状態じゃそんな事出来ないよ。この地図を見てくれ」
 天明が机に地図を広げた。世界地図じゃなくドラウトだけを拡大した物のようで地図には幾つか印が付けてある。
「あのさぁ、俺国の名前程度しか分かんないから見ても印の意味なんか理解出来ないぞ」
「印は今まで襲われた村だ。そして貴族たちの領地がこうなっていて……同じ領地内の村は襲われていない。そして襲われた村のある領地の領主たちはブラン家に批判的でソフィア派ばかり」
 天明が領地の境界として地図へ線を走らせていく。
「それって――」
「次もそうした領地の村が狙われる可能性が高い」
 そう言って印の無かった一つの領地に印をつけた。
「陣がある町からもこの領地は遠いしこの端にある村は今まで襲われていた村の条件に合致している。だから航とティナさんには隠密でここに向かってほしい」
「ティナ?」
「ティナさんの能力なら移動も速いだろう? それに少数精鋭で動く方が敵に動きを気取られにくい。本当は俺が動きたいところだけど、俺が動くと何かと目立つから……頼めないか?」
「俺は手伝う為にこの国に来たんだぞ? 頼まれなくても動くっての。あの胸糞悪い現場を見るのも終わりにしたいからな。魔物は消し炭、人間は捕縛でいいか?」
「ああ、任せる」
「なら早速向かうとするか。お前は姫さん気にしてやれよ~」
「? ああ」
 姫さんの気持ちを分かってない天明にからかい半分でそう言って部屋を出た。
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