黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

喪失者

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 煩い……それに、なんか汗臭い? 今どんな状況だ…………。
「うっ…………」
 瞼を開けると陽の光が差し込んできた。まだ昼間……時間はそれほど経ってないのか? ここは……船の上? 俺は、マストに縛り付けられている。ごつい男たちが船へとせっせと荷物を運びこんでいる。汗臭いのはこいつらだな、毎日風呂に入ってないんじゃないか、というくらいに臭いぞ。あ~、臭いのが原因かさっきの女がやった行為が原因なのか意識がはっきりしない。
「……ん? んん!? ぷくっ、くっくっく…………」
 ヤバい、なんだあいつは……俺の側で作業する男の肩、そこには漢字の刺青が彫られている。その文字がヤバかった、なんと『尿』と彫られているのである。
「っ!? ぷぷぷっ、くっくっく……やべ、声が…………」
 それも両肩に彫られてた。尿肩である…………漢字を入れるにしても何故そのチョイスになってしまったのか。
「ん? なんだ、お前起きたのか……こんなガキなのに災難だな。まぁ船長の趣味も入ってるんだろうが」
「船長?」
「ああ、美人だがおっかなそうな姉ちゃんに捕まっただろ? 覚えてねぇのか?」
「……人攫い船の船長?」
「違う違う……え~っと、なんだったかな、アニノマス? 海賊団だ」
「アノニマスじゃないの?」
「おぉ、それだそれ。俺たちゃ元々名前なんて付けてなかったんだが、仲間に入った異界者が名無しは締まらねぇってんで勝手に付けてな。意味は結局名無しらしいんだが――って、お前は異界者だから分かるか」
 あいつらの仲間かよ…………。
「趣味とか言ってたけど、どういう意味?」
「あくまでもついでで趣味が入ったって事だぞ? メインは仕事だ。お前のしてるその腕輪、そいつは依頼主が俺たちに殺しや攫う標的を分かりやすくする為の物でな、腕輪の裏には依頼主の名前が小さく彫ってあってこいつを依頼主の所へ持っていく事で仕事完了の証として代金を受け取れるんだ――ルシアン、この名前に覚えはあるか?」
 標的の目印…………少しでも喜んでた俺は滑稽だな。何が気に掛けてもらえてただ。あいつを経由したって事は金が絡んでるはずだ、裏切られて捨てられた挙句再会したら売られたのか。あの貴族は式典での仕返しの為にクソ親父を利用したってところか? なんて……なんて間抜けなんだろう俺は、あれほど許さないと思っていた相手から渡された物を受け取って、剰えそれを身に着けているとは…………あのクソ親父、今度会ったらやっぱりすり潰してやる。
「……嫌な貴族」
「お前貴族に恨まれてんのか? 普通に生きてりゃ接点なんか無さそうなもんだけどなぁ。まぁそういう訳だ。だから船長に攫われた、それは分かったか?」
「ああ」
「んじゃ次は船長の趣味の話な。なんと、あれだけ美人なのに相手が小さくて可愛くないと愛せないんだと、その上拘りがあるらしくてな、未だに――」
「キース、くっちゃべってないで手を動かせよ。船長にどやされるぞ」
「ぷくぅっ!?」
「ん? どした?」
「い、いや、ちょっと刺青にびっくりして…………」
 尿肩の人を呼びに来た人も同じ様に漢字の刺青が入っていた。『屎』と…………なんでそんなチョイス!? 意味は!? 意味は分かってなくて入れてるんだよねぇ!? じゃないとおかしいよね!? なんで二人してそれなの!?
「おぉ、そういえばお前異界者だから漢字が分かるんだよな。どうだ! カッコいいだろう?」
 そう言って屎の人がボディービルダーのようにポーズを決めて肩を見せつけてくる。やめて、勘弁してください。笑いを堪えるのも限界があります。これ以上見せられたら、ダムが決壊する。
「お、俺子供だからまだ漢字は…………意味は分かってるんですか?」
「いや、知らね。拾った本で見つけて何となく気に入ったんだ。俺たち仲が良いから似たような形のやつにしたんだぜ!」
 屎尿ブラザーズがずいっと肩を眼前に持ってきた。なんでわざわざ尸冠!? せめて屠るとかだと少しはカッコよかったかもしれないが、何故そんな字を気に入ったのか……それに、どんな本だよ。あぁ、もう駄目だ――。
「何やってんだ、さっさと残りを積み込んじまいな!」
『っ!? はいっ、すいませんしたっ!』
「ったく……臭かったろ? お前顔が面白いくらいに歪んでたぞ」
 いや違う、あんたの部下の刺青が面白過ぎたんだ。なんなんだあれは……つぅかあの五人組は漢字分かるだろ、止めなかったのか? それとも加わった時には手遅れの状態で、憐れんで真実を知らさなかったか。
「ここさっきの港町だろ? なんで海賊船が堂々と停泊して荷物を積み込んでるんだよ? 普通に買い物出来てるのもおかしいし」
「そりゃぁ海賊船じゃないからさ。他の船を襲っていたって食糧も水も充分じゃない、それに襲って金品は足りてるんだ。普通に買う方が楽に決まってる。それなら買い出し用の船を用意して堂々と買えばいい。ここに来てる連中は襲撃には参加しない奴らばかりだから気にする必要もない。商人だって細々と客の素性なんて調べやしないしな」
 女船長の手が男を誘うかのように艶めかしく頬を撫でる。
「触んなっ」
「ふふ、みんな最初はそう言うんだ。でも次第に自分から触れてくれと懇願するようになる。でもそれじゃあつまらない、つまらないんだよ。お前はあたしの期待に応えてくれるかな?」
「知るかっ、寄るな。しっし」
「その態度が媚びるものに変わるのも見てみたいが、今のままでもいて欲しい。なぁ、あたしはどうしたらいい?」
 顔を寄せ耳元でそう囁くが…………。
「寄んなっ! 頭くらくらする」
「ふふふ、お前くらいの年頃でももう女の色香に反応するのか?」
「違わい! 臭いんだよお前、香水の臭いがプンプンして頭痛いし気持ち悪い。あぁ~、吐き気してきた」
 俺の周りに居るのは香水なんて付けないし化粧だって薄っすらする程度で気になる様な臭いはしていないが、この女は香水も化粧も、色んな臭いが混ぜくちゃで本当に頭がくらくらする。
「ほぅ…………」
 なんで頬染めてんの!?
「今まで攫ってきたのはここまで強気に罵倒してくる事などなかった。なんだか不思議な気持ちだ、妙に心地いい」
 何に目覚めてんだ!? ちょっと……ていうかなんで俺は大人しく捕まってるんだ。こんな縄さっさと外してみんなの所へかえ――っ!? ない……能力を使う感覚が無い。これってあの時と同じ? いや、この女が何かした可能性がある。
「ん? どうした? 随分と焦ったような顔をしてるじゃないか」
「俺に何をした? お前覚醒者だろ。俺の能力はどうなってるんだ? お前の能力は能力の無効化なのか?」
「これ、なんだと思う?」
 そう言ってベルトから下げていた袋に手を突っ込んで取り出したのは五百ミリリットルのペットボトルくらいの大きさがある楕円形のマーキーズ・カットの黒い宝石の様な物、それが何だって言うんだ?
「黒い宝石? 種類は、知らない」
「これはお前の能力そのものだ。あの時抜き出したのを覚えていないか? まぁ覚えてはいないか。瞳も虚ろだったしな。あたしの能力は覚醒者に手を突っ込んでその能力を宝石として取り出すってものさ。色は能力による、形と大きさは能力の強さに比例して美しく大きくなる。それなりに抜いた事はあったがお前の程綺麗にカットされ大きな物は初めてだよ、こんな物天然の宝石でもそうそうお目にかかれない。こんな子供がとんでもないものを隠し持ってたんだな」
「触んな」
 今度は太ももの辺りを撫で回された。手つきがいやらしい、尿肩の人が小さくないと駄目とか言ってたが……この女マジでヤバいな!
「取り出された物を戻す方法は?」
「さてね」
「答えろ!」
「はぅん」
「くねくねすんなっ」
 本格的にヤバいな、能力も使えない。剣も持ってきてない、完全にガキの体、抗う術がない…………縄はがっちり縛ってあるし。ナハト、早く帰ってきて気付け。このまま海に出られたら本当に帰れなくなる。

「よし、全部積み込んだな。出港ーっ!」
 あぁ、誰も迎えに来てくれないまま出港になってしまった。
「フィオーっ!」
 って呼んでも来てくれるはずない――。
「なに?」
「っ!? ふぃ、フィオ~、お前どっから来た!?」
「町の人が黒い雷を見たって言ってたから、何かあったんじゃないかと思って町中を捜してた。そしたら丁度港を捜してる時にこの船からワタルの声が聞こえた。こんな所でなにしてるの?」
 港を離れきる前にフィオが船に乗り込んできて縄を切ってくれた。
「おいおい、あたしの可愛い子を勝手に解放されたら困るねぇ。お前らなに勝手に部外者乗せてるのさ」
「い、いえ船長、あのガキ桟橋から飛び乗ってきたんです」
「ガキ…………」
 あ~あ、スイッチ入っちゃったぞ。俺し~らね。
「瞳が紅いね。混血か……なかなか良い容姿をしてる。いい商品になりそうだ、捕まえたやつには味見させてやるからとっとと捕らえな!」
「いやぁ、俺ら船長や変態の金持ち共と違って大きくないと――ぶへっ!?」
 不満を漏らした男が死神の鎌が刈り取るかのような一撃のフィオの回し蹴りで吹っ飛んで甲板の手摺りにぶち当たって気絶した。気絶、だよな? とか言ってる間に他にも蹴られて壁をぶち破って船室まで飛んでったりしてる。滅茶苦茶怒ってらっしゃる。
「他人の船で随分と勝手してくれるねぇ。まぁこいつらはこのくらいじゃ死なないからいいけど、その子は返してもらうよ――っ!? 強化されてても元々身体能力が高い方の混血相手じゃ分が悪い、か」
 俺に手を伸ばし近付こうとした女の腕をフィオが掴んで船の後方へ向けて投げ飛ばした。
「ワタルはあげない」
「へぇ、そいつワタルって言うのか。それにしても、お前とは男の趣味が合うみたいだ。別の出会い方をしたかったな」
「どうでもいい。帰る」
「待てフィオ、あいつが持ってる宝石奪い返してくれ」
 俺を抱えようとするフィオを慌てて止めた。
「宝石? あんなの持ってた?」
「あれあいつの能力で取り出された俺の能力なんだ。戻し方分かんないけどとりあえず奪い返しておかないと本当にただのガキになっちまう」
「いいじゃないかただのガキ、あたしだけの物になりなっ」
「無駄だと分からないの?」
 女船長は剣を振り上げたがフィオに腕を掴まれ簡単に止められた。
「無駄じゃないからするんだ。お前敵を殺さないように気遣ってるだろ、蹴られた連中だって吹っ飛び方は派手でも気絶してるだけだ」
「だからなに――」
「フィオ後ろだっ!」
「知ってる」
 っ!? 同じ顔? 女船長と同じ顔で薄い金髪の女が船室から現れてフィオの腕を掴んだ。
「これがなに? 力じゃ私に勝てな――っ!?」
「さて、これはなんでしょう?」
 女が、掴んだフィオの腕から何かを引き抜くようなしぐさをするとボーリング玉サイズの透明で巨大な宝石が現れた。
「これはあんたの才能、まさかこんな巨大な物が出てくるなんて私も驚きだけど」
 才能? ……まさか!? フィオの身体能力が奪われた!? この女も似たような能力を――。
「フィオっ」
「身体、変…………」
「才能がなくなるとどんなに強くてもあっけないもんだね。私たち姉妹に触れられたらどんな奴もただの人になる」
「うっ」
 金髪の方がフィオを投げて寄越した。こんなに弱々しいフィオは初めてだ。
「この程度でっ」
「フィオやめろっ――っ!?」
 普段のフィオに比べれば格段に動きは遅い。それでも相手の動きを見切って躱しながら宝石を奪おうとしている。なんでそこまで動ける? 完全に奪われたわけじゃないのか…………? なら俺の能力も……くそっ、やっぱり感じない。
「なるほど、天賦の才だけじゃなく経験もあるのか。ならそれも奪って――」
 そうか、今まで培ってきた感覚だけで戦ってたのか。
「させるかっ!」
 全力でフィオへ向かって走り、渾身の力で体当たりをして海へと突き落とした。少し離れてしまったが港まではまだ近い、フィオなら帰れる。いくらフィオが凄くても弱体化した状態で二対一は不利だ。俺だけなら未だしもフィオまで捕まるのは堪えられない。
「ワタルーっ!」
「逃げろフィオ! 今のままじゃ駄目だっ」
「ふ~ん、自分がどうなるかも分からないのにあいつを逃がすか。勇敢だな。ふふふ、これからが楽しみだ」
「姉さん面白そうな子拾ってきてる。躾手伝ってあげるから私にも貸してね」
「…………仕方ないな」
「ワタルっ、ワタルっ! ワタルーっ!」
 無理だと分かっているだろうにフィオは必死に船を追いかけてくる。
「逃げろって言ってるだろ! 来るなー!」
 船が進み、距離が開いてもなお、その姿が見えなくなるまでフィオの叫び声が響き続けた。
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