黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

子供の頃の常識

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「も、もう食えない…………」
「まだ沢山ありますよ?」
 いや無理だろ……元々ここに居る五人で食べきれる量じゃなかった。それでも美味しくて三人前は食べた気がするが、これ以上は腹が破裂する。
「もう俺の腹は限界だ」
「ちょっと張り切って作り過ぎちゃいましたね」
 リオがてへっ、って感じで照れているが……明らかにちょっとではないよね。十人前以上ありそうだもの。
「すみません、わたくしが練習させていただいたせいで量が多くなってしまったみたいです」
「あ~、まぁ別に謝らなくても、美味しい物をご馳走してくれてありがとう」
「! 本当に美味しかったですか? 不慣れなので二人には手間ばかり取らせてしまったのですが」
「そんな事ないですよ。クロエさん初めてなのに飲み込みが早かったですから」
「クロエ様の手料理がいただける事など金輪際ないかもしれませんよ? ありがたがって全部食べてください」
 んな無茶な…………。
「? そんな事ないですよ。ワタル様さえ良ければいつでもお料理させていただきます」
「クロエ様! そのような事を軽々と言ってはいけません」
「……ワタル? お二人とはどんな関係か聞いてもいいですか?」
 怖い! 笑顔なのにリオが怖い!
「えっと――」
「ワタルー、会いたかったー!」
「ぐほっ!? ティナ抱き付くな肩が痛い!」
 部屋の扉が開いてティナが飛び込んできた。それに続いてナハトも入って来た。
「そうだ! ワタルは私のだから抱き付くな!」
 痛いって言ってるだろうが! お前も引っ張るな。
「やぁよ。ワタルだって私が傍に居る方が良いわよねー?」
「いや、あの――」
「ふん、ティナなど必要ない。私が妻として全て満たしてみせる」
「はいワタル、怪我しているから食べ辛いでしょう? 私が食べさせてあげるわ。あーん」
 そう言ってティナが味噌煮を一口サイズに崩して差し出してくるが、もう満腹です。
「なっ!? ほらワタル、私が食べさせてやるからこっちをどんどん食べろ」
 エルフが奔放でダークエルフがそれに翻弄されている。イメージとしては普通逆じゃなかろうか。
「ははは、なんか印象変わるなぁ。航も大人になったって事かな」
「んなっ!? なんで天明がここに?」
 開けっ放しの扉から天明とソフィア姫、紅月が入って来た。紅月もこっちに来ていたのか……髪が伸びたのか後ろに束ねているのもあって雰囲気が違う気がする。
「再会して早々こんな事言いたくないけど、あんた最低ね。こんな状況下で姫様はべらせて」
「っ!? どうしてあなたがクロエ様の御立場を知っておられるのですか!?」
 ティナとナハトの事を言ったんだろうけど、それを知らないシロが反応して墓穴を掘った。
「そういえば、昨日もそっちの娘たちが居たわね。治療を受ける時には世話になったわね、ありがとう。ところで、ワタルとはどういう関係なの?」
「あっ、はい、わたくしとシロナはワタル様に誘拐されて――」
「ちょっ!? っ!?」
 全員の冷めた視線が全身を突き刺してくる。もうそのネタいいじゃん、クロのことだから故意じゃなく天然なんだろうけど、この状況でその発言はマズいって……あの時誘拐なんて言わなきゃよかった。リオなんて今にも泣き出しそうだ。
「もう、ワタルったら、いくら寂しかったからって誘拐して浮気なんてダメよ」
 悪い子ね、って感じでティナに撫でられた。
「ワタルが誘拐……まさか他の人間と同じ外道に堕ちていようとは…………」
 ティナは軽い感じだがナハトは滅茶苦茶重く受け止めてるんですが…………。
「あんた最低ね。この犯罪者」
 吐き捨てるように紅月がそう言った。なんでこいつ俺に対してこんなにキツいの……前言撤回、こいつなんも変わってねぇ。
「再会した友達は犯罪者…………」
「タカアキしっかり! ちょっとあなた! タカアキに謝りなさい! あなたと再会できた事を本当に喜んでいたのに、まさか女性を攫う卑劣な犯罪者だったなんて最低よ! 今後タカアキの友人を名乗るのは許しませんから!」
「み、みなさん落ち着いてください! 誘拐というのは言葉の綾でワタル様は私を助け出してくれたのです。ですから何も悪い事などしていないのです」

 クロとシロの必死の説明でどうにか俺への疑惑は晴れた。それでも紅月の視線は痛いままだが……俺が何かしただろうか?
「こんなに美味しい和食を食べてたなんて羨ましいな」
「? お前の居る国だって日本人を受け入れしてるんだから和食くらいいくらでもあるだろ?」
「町に出れば日本料理屋はあるけど、俺は殆ど王城に居たからドラウトの郷土料理がメインだったよ」
「ふーん、そう――」
「せんぱーい! エルフに身体に良いっていう薬草ジュースもらって、き、た……なにこの人数」
 そんなもん俺が聞きたい。まぁ料理を残すのは勿体ないから人が増えるのは歓迎だけど。
「れ――」
「恋!?」
 恋も食えと言おうとしたら紅月が驚きの声を上げた。もしかして知り合いだったりするんだろうか?
「誰? …………もしかして、麗姉ぇ!? 何その髪と目の色! 真っ赤っ赤じゃん! どうなってるの!?」
「そんな事よりなんで恋がこんな所に…………」
「なんでも何もこの世界に居るんだから同じ理由でしょ? ってそんな事どうでもよくて! よかったぁ、連絡が取れなくなってたの私を見捨てたわけじゃなかったんだ。ずっと会いたかったんだよぉ」
 恋が涙を浮かべて紅月に飛び付いた。
「えっと……感動の再会?」
 状況はよく分からんがなんとなく拍手なんかしてみたり、他のみんなも俺に釣られている。
「うん! 私のお姉ちゃん!」
 はぁー、なら紅月恋って事か? そういえば紅月も両親と仲が悪いみたいな事を言っていたかもしれない。
「妹さんまでこの世界に来ていたのが良い事なのかは分かりませんけど、再会できてよかったですね、麗奈」
「……そうね。ありがとうリオ」
 あれ? 二人とも呼び捨てになってる、もしかしてリオと紅月仲良くなってるのか? ……そういえばエルフの土地に人間二人っきりだったわけだし、多少打ち解けたりするか? こっちの世界の人間を嫌うような態度だったから心配してたんだけど、今のやり取りにそういった刺々しいものは感じなかった。

「それで、天明と紅月は何しに来たんだ?」
「航が寝ている間に状況が動いたから話しておこうかと思ってな。まず、上空に在った陣が消えて死体が動くという事はなくなった。陣を消すのと並行して行われていた魔物の掃討も大方完了して、残りは地下通路に逃げ込んだ物だけになってる。新たに町へ侵入させない為に一度町の全ての門が閉じられる事になっていて、怪樹の調査については植物を操れる能力者数人でやる事になりそうだ」
「それと、日本への帰還についてこの国の王様と自衛隊の責任者とで話し合いがもたれてて、暫くは口外しないように、との事よ。身勝手な話だけど復興の為に覚醒者を含む異界者に一度に大勢いなくなられたら困るって」
 この国の現状を考えるとそうなんだろうな、急転直下で状況が動き始めて、一応王都の奪還は果たした形みたいだし、そうなってくると上に立つ人は復興も視野にいれて考えるよな。
「でもずっと黙っているって事じゃないのよ? 状況が落ち着いたら異界者全員にこの情報を行き渡らせるって言っていたから、私たちエルフも手伝うのだからそう長い期間でもないはずよ。王様も帰りたいと願う人たちを帰す方法を模索していたそうだし」
 紅月の言葉に付け足してティナが説明してくれた。
「そこが疑問なんだけど、自衛隊とは一緒にいたみたいだから異界者については蟠りが無いとしてもこの世界の人間に協力するのはいいのか?」
「ワタルはそうしたいのだろう? なら私はそれを叶えるために動くさ」
「この鶴の一声で他を従わせるんだから……無茶苦茶よね。この女誑し」
 人聞きの悪い言い方をするなよ!? それに俺は強要してないでしょうが!
「ワタルだけが理由ではないけれどね。この国の王家とは共に魔物と戦ったという過去もある事だし、私たちエルフに対して妙な感情を抱いている連中とは違うという事もさっき話してみてはっきりした事だし」
「妙な感情どころかあれは信仰に近いって言ってもいいくらいじゃ――」
「ねぇ、さっきから何の話をしてるの? 日本への帰還ってなに? そんな事どうやって?」
 一人だけ状況が呑み込めない恋が疑問の声を上げた。
「あー…………実は日本に帰れます――あいたっ、なにすん――」
「なにあっさりバラしてるのよ! 口外しないようにって話したでしょ!」
「そんな事言っても最初に帰還について話したのは紅月じゃん」
「そ、それはそうだけど…………」
「そっか……帰れるんだ…………ねぇ、帰れるなら帰らないと駄目なのかな?」
 あれ? なんか意外な反応、もっと喜ぶもんじゃないのか? ……親がどうとか言ってたからそれ関連で戻りたくないとか?
「何言ってるの恋、ここはあたし達の世界じゃ――」
「う、うん、ごめん。いきなりだからびっくりしただけ」
「それにしても航の知り合いは見事に女の子ばかりだな。昔しか知らない俺からしたら物凄い違和感がある」
 話を切り替えるように天明がそんな事を口にした。
「そういえば、ワタルの古い友達なのよね? 子供の頃のワタルはどんな子だったの? 聞かせて」
 やめろ、変なネタが出てきそうで嫌だ。
「今と違って女の子と仲が悪かったかな、バレンタインの時なんかは面白かったけど」
「……バレンタイン? 何かイベントがあった記憶なんてないぞ。自分の事と混同してるんじゃないのか?」
 自慢じゃないが引き籠ってたんだからまともに貰った記憶なんてない。
「覚えてないのか? 転校した年のバレンタイン」
「…………んにゃ、何もなかっただろ……いや、なにかあったような?」
「当時航は女の子と仲が悪くて顔を合わせれば口喧嘩って感じで――」
「ちょ、ま! なに話し始めてんだ。やめ――むぐっ!?」
「は~いワタルは私の胸で大人しくしてなさい」
「んー! んんー!」
 ティナの胸に顔を埋めた状態でホールドされてしまった。いつものじゃれついたスキンシップかと思って振り解こうとしてみたが、マジで掴まえにかかってる。
「ティナ! 私に代われ!」
「ダメよ、放した途端に逃げちゃうもの。話を聞いた後なら貸してあげるわ」
 俺はペットか!? というかマジで放せ、大勢の前で過去話とか冗談じゃない。
「んー! んんー! んむー!」
「…………仕方ない、後で絶対に代わるんだぞ。それで? 仲が悪かったという事は誰にも手を出されていないという事か?」
 なんでそんな話になった!? 小学生だぞ、手を出すとか以前に恋愛のれの字もないわ!
「えーっと、あっちにはバレンタインっていうイベントがあって、女性が男性に親愛の情を込めたチョコレートってお菓子をあげるものなんですけど、その当日航と下校中に女の子八人に囲まれて倉庫裏に引っ張りこまれて――」
 思い出した。これ母さんに爆笑された後に非難された話じゃないか。どうにか止め――ふんぬぬぬっ。
「あん、そんなに動いたらくすぐったいわ」
 …………今のあん一つで身動き出来なくなった。なんでそんな色っぽい声出すんだよ! 分かる、見えなくても分かるぞ、周りの蔑むような視線が。
「ま、まぁそれでその女の子たちの中に航とよく喧嘩してる子もいて友達と一緒に仕返しに来たとか思った航はランドセルだけ残して倉庫裏から逃げ出してね。でも案の定バレンタインだからって四人は航に渡すつもりでこっそりチョコを持ってきてたんだけど渡せず仕舞いで、仕方ないからランドセルに入れるって形に落ち着いて女の子たちは倉庫裏から離れて、それを確認した航が荷物の回収に来て荷物を回収して一言『ヤバい、なんか重くなってる。石入れられた。明日から女子全員敵だ』って」
「あんた馬鹿なの?」
 見えはしないが絶対に蔑んだ表情をしているであろう紅月の言葉が背中に突き刺さった。
「しょ、しょうがないだろ! あの頃はバレンタインなんて知らなかったんだ」
「その時期ならテレビとかでも特集とかしてて情報入ってくるんじゃないの?」
 恋の声まで冷たいものになってますが!
「小学一年だぞ? テレビなんてゴールデンタイムのアニメと日曜の特撮ヒーロー物しか見てるわけないだろ。そんな情報入ってきません」
「でも団長さんは知ってたんじゃん」
「うぐっ…………」
「それはそうと、あんたお返しはしたんでしょうね?」
 お前はお母さんか!? なんでこんな古い話のお返しが気になった!?
「ああ、それはおばさんに言われてちゃんとしてたよ。次の日『勝手に渡されてお返ししないといけないとか意味分からん。バレンタイン怖い、おこずかい絶対に足りない』ってふてくされてたから」
「勇気を出して渡しに来てくれた子たちをすっぽかしてお返しまでケチるなんて、最低ね」
「先輩、私もそれはどうかと思う」
「他の娘などどうでもいいが、贈り物を受けてその態度というのは……少し問題があるのではないか?」
「ちょっと待てぇ! さっきも言ったが小一だ。七歳だぞ? こずかいなんて何かお手伝いしてようやく十円や五十円もらえるくらいなんだぞ? それなのに知らない間に鞄に入ってた物のお返しが必要って……文句の一つも言うだろ。それに小さい頃なんて女子と仲悪いもんだろ?」
『…………』
 なんで全員だんまりだ!?
「他にはどんな話があるの?」
 まだこれ続けるのか!? もう勘弁してください。
「そうだなー……猫好きでしょっちゅう野良猫を拾ってたかな。登校中に見つけて家に隠しに戻って遅刻、おばさんに怒られたから次の時は秘密基地に隠しに行って遅刻、挙句はそのまま懐に入れて登校、授業中ににゃーにゃー鳴き始めて廊下に立たされたとか。見るに見かねて結局航が学校に居る間におばさんが全部家に連れ帰ってたけど」
 なんでこいつはこんな俺が忘れてる事を覚えてるんだよ…………。
「そういえばもさの他にも旅館の猫とか野良とも遊んでたものね」
「もふもふ天国が欲しいって言ってた」
 あの独り言聞かれてたのか……フィオがぼそっと言った一言でみんながくすくすと笑いを堪えてるんですが。
「あー! もう勘弁しろ!」
 力が緩んだのを見計らって抜け出し、そのまま部屋からも逃げ出した。
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