黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

ぬくもり

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 暗い…………闇、仄暗い闇の中……誰も居ない。他の存在を感じない。意識がぼやけている。ここはどこだ? …………廃墟と瓦礫、人間と魔物の無数の死体……俺は城の中に居たはず、なんで外に?
『おやぁ? 何を戸惑っておられるのですか?』
 声のした方へ振り向くと、足元にぶよぶよとした黒いスライムの様な物がいる。
「その声、外法師? ……殺したはずだ…………これは夢だな」
『ホッホッホ、果たして本当にそうでしょうか? ワタクシの能力をお忘れのようですねぇ。死にかけた自身の体を捨て別の物に自分の意識を合成する事も可能だと思いませんか?』
 …………夢なのによく喋る。夢でまでこんな奴の声なんか聞きたくなかったぞ。起きろ、早く起きろ! せっかくフィオ達に会えたんだ、こんな胸糞悪い場所に居たくない。
『ん~? あぁ、あなたのご友人たちでしたらあちらにいらっしゃいますよ。皆さん一つになってとても楽しそうですね』
 そう言って黒いスライムが触手の様な物を伸ばして後方を指した。その先に在るのは……少し遠目で暗いせいもあって良く見えないが、ゾーブの様に大きくて丸い何かがある。あれがなんだと言うんだ? ……一つになって…………? こいつの能力――そんなっ!?
『アハッ! 良い! 実に良い絶望の表情ですねぇ。ワタクシを殺した時の表情も良かったですが、今のあなたの表情はそそりますよ。いかずちの愚者よ』
 外法師の声など耳に入らず、一度過った考えを否定する為にも確認のためにに走り寄った。
「っ!? うっ!? ぐぅ、おえっ――げほっげほっ、ごほっ、く、あ……そんな…………夢だ、夢だ夢だ! 覚めろ! 消えろ! 早く、今すぐこのノイズを消せぇえええええ!」
「ワタル――」
「ワタル」
「航」
「ワタル様」
「如月」
 っ!? やめろ、これは夢だ。そんな声で、そんな姿で俺を呼ぶな、見るな。頼むから、消えてくれ。こんなものは堪えられない。
『消せとは酷い事を仰る。あなたのお知り合いが一つの肉塊となって目の前に居るというのに、に対して消えろと言うのは全員に対して言うのと同義ですよ? 酷い友人も居たものですねぇ。ワタクシなら我慢ならずに殺してしまうかもしれませんね。ワタクシに友人はいないのですが――アッハハハハハ、その点この方々は我慢強いですね。怒る事もなくその場から動きもしない。当然ですか、何せ立つ為の脚も無く這う為の腕すらないのですからアッハハハハハハハハハハ』
「貴様はッ! なんでこんな――」
『おやおや、これは異な事をおっしゃる。あなたは肉塊がお好きなのでは? 自分の世界で随分と多くの存在を肉塊に変えたでしょう? あなたの好みの姿にご友人方を変えて、まとめて差し上げたのに、何を怒ってらっしゃるのですか?』
「っ!?」
 自分のした事の映像が叩き付けるかのような衝撃と共に頭の中で再生された。こいつにこんな事が出来るはずない、夢だ。冷静になれ、目を覚ませ。みんなは無事だ。死を見過ぎて心が参っているだけだ。
『だと、いいですねぇ』
「黙れっ!」
『おやおや、、ではないのですかぁ?』
「くっ」
 冷静になんてなれるはずもない。俺を呼ぶ複数の歪んだ声、目の前の存在、面白そうに俺の心を掻き乱す外法師、こんな状況で……どうして冷静になれる? こんな――。
「――――」
 ? ……なにか、今別の声が、聞こえた?
『どうしたのです? 道化が顔を明るくしていては駄目でしょう? そんな事だとワタクシが楽しめないのですが、この状況で一体どのような幻想きぼうを抱いているのですか? つまらない事で――』
「ワタルっ!」
 声が響いた。ずっと聞こえている歪んだものじゃない。優しく、温かい声だ――何かが頬に触れた気がする。
『これは……残念ですが仕方ありませんね。それでは、ワタクシはお暇するとしましょう。いずれ機会があればまた――』
 世界が弾けて闇が消え、白に染まった。

「ワタル」
「……リ、オ?」
「はいっ」
「ぅわぷっ」
 名前を呼ぶと横になっている俺に覆い被さるようにしてリオが抱き付いてきた。柔らかくいい香りのするものに顔が埋もれた。
「やっと、やっと会えた。ずっと……会いたかったんですよぉ? 勝手に居なくなって、ずっとずっと心配で……フィオちゃんが帰ってきた時はワタルも生きてるって嬉しかったのにワタルはこの世界に居ないって知らされて……哀しくて、苦しくてどうしようもなくて…………もうどこにも行かないで、ずっと一緒にいてください。ワタルが人と関わるのが怖くても私が癒していきますから、だから――」
「ちょ、ちょっと待って、一旦落ち着こう。寝起きで頭働いてないし、リオも泣いてて動揺した状態だし、なんか肩も痛いし」
 なんか物凄い事言われたけど、再会で感極まって、って感じだろうし、そういう意味とは限らないし……ヤバい、寝起きでなんでこんなイベント発生してるんだ!
「あっ! ごめんなさい。肩を怪我しているんですよね、とりあえず薬を」
「え゛!? ちょ、ま――ぎゃぁあああああ、痛い痛い! めっちゃくちゃ痛いんだけど!」
「我慢してください、早く治す為です」
 うおぉぉぉー……この痛み、懐かしくも思い出したくなかった激痛、帰って来て再会したんだなぁと改めて実感してしまった。優しい印象しかないリオが薬を塗る時だけドSに見える。
「もぅ、傷自体は殆ど塞がってますけど……能力で治してもらえるからといって自分の体を疎かにしてませんか? 命は一人一つなんですよ? ワタルが死んだら悲しむ人が――」
「そんなのいるわけ……ない事もないか」
 引きこもっていた頃の感覚が未だに残っているようで、脊髄反射のように反論しようとしたら涙目で睨まれてしまった。迫力はない、寧ろぷるぷるしてるのが可愛いくて、リオには悪いが少し笑ってしまいそうだ。
「ま、まぁ、俺も痛いのは嫌いだから好き好んで怪我してるわけじゃ――いだだだだだだだだだだっ、塗り込むなよ!? 怒ってる? 怒ってるの?」
「怒ってません! この方が良く効くんです」
 あ、怪しい…………。
「そんな事より、お腹空いてませんか? 私自衛隊の方にワタルの世界のお料理を習ってすぐに食べられるように準備してたんですけど…………」
 お腹空いていないと言われたらどうしよう、そんな不安を少し孕み潤んで揺れる瞳がなんとも言えない可愛さ……ヤバいな、頭くらくらしてきた。
「リオにご馳走してもらえるのってかなり久しぶりだな、腹も空いてるしすごく楽しみだな」
「な、ならすぐに持ってきますね」
 パァっと明るい笑顔になってリオは駆け出し、部屋から出て行った。ここ、俺の使わせてもらってる部屋だよな? 寝る前の記憶が曖昧だ。治療を受けて……その後疲れたからと戻って来たような気もするけど……今日で治しきってもらえるだろうか――。
「よかったね」
「っ!? お前どっから出てきてんだ!」
 腰辺りまで掛けていた布団の足元辺りがもぞもぞと動いたかと思ったらフィオが出てきた。こいつさっきのやり取り聞いてたのか?
「? 布団の中」
「そんなの見りゃ分かる!」
「ワタルが聞いてきたのに…………」
 そうですね! いきなり登場されて混乱してんだよ。許してくれ。
「んで、なんでそんな所に居た」
「久しぶりだから一緒に寝た」
 …………さっき告白っぽい言葉を貰っている最中、実は別の女の子と寝ていましたってなに!? これは……俺の意思は介入してないんだからセーフだよな? フィオだからセーフだよな!? リオもフィオなら気にしないよな?
「ワタル、あったかい」
 そう言って手を握って嬉しそうにしている。初めて会った頃の事を思うと雲泥の差と言っていいほどに表情が柔らかくなったよなぁ。
「生きてるからな、お前もあったかいぞ」
「うん、生きてる。ふふふ」
 左手で俺の左手を握り、右手で手の甲を撫でてにこにこしている。
「フィオ、その……えっと、なんだ…………」
「?」
「迎え、ありがとな。助かった」
「ティナとナハトの地図のおかげ、私だけで来れたんじゃない」
「ああ、みんなに感謝してる。ありがとな」
 頭を撫でたら気持ち良さそうに目を細めた…………悶え死にしそう。猫とかもさみたいにモフりたい……ロリコン確定か…………?

「お待たせしました――あら、フィオちゃんも起きたんですね」
 フィオを撫でていたらリオがクロとシロを連れて戻って来た。一緒に寝てたのバレてた!? というか知ってて放置してたのか? フィオだからスルー?
「あれ? クロとシロも一緒?」
「はい、お二人も手伝ってくれたんですよ」
「シロナとリオさんに教えてもらってわたくし初めて料理を作ったんですよ! ワタル様が戻られた時に何も出来ませんでしたから無理を言ってお手伝いをさせてもらたんです」
 初めて経験したことが嬉しかったのかクロが楽しそうにしている。リオもシロも料理が上手だしクロも習いやすかったのかもしれない。
「傷の具合はどうですか?」
「その件はノータッチで…………」
「はい?」
 質問したシロがキョトンとしてしまった。だって痛いとか言うとまた薬を塗り込まれそうだし、美味しそうな匂いがしているのにまたあの痛みを体験するのは勘弁だ。
「それにしても、見事に和食だな。ここの食堂でも和食は出るけど、こっちの方が断然美味そうだな」
「エルフと獣人の方々から救援物資を沢山頂いて食材も豊富になりましたから、今までも手を抜いていたわけじゃないんですよ」
「ははは……分かってるって、ちゃんと美味しい物を食べさせてもらってたって」
 部屋のテーブルに並べられたのは味噌汁、だし巻き卵、肉じゃがにきんぴらごぼう、生姜焼き、何の魚か分からないが味噌煮、魚が若干不安だがどれも美味そうな匂いをさせている。
「リオの料理、ワタルのより美味しい」
「そりゃそうだろ、俺が作るのは食べるって目的を果たす程度で手の込んだ事してたわけじゃないし適当なんだから、比べるのはリオにもシロにも悪いぞ。さて、いただき…………」
 さっきまでフィオを撫でたりしてたんだし昨日より全然マシなはずだが肩が痛くて腕が上がらない……ご馳走を前におあずけは辛い――。
「ワタル」
「ん? んぁ!?」
 フィオがフォークに刺しただし巻き卵を口に押し込んできた。
「ぷぷぷ、ワタル様小さな子にお世話されてま――ひぃ!?」
 おぉ、久しぶりに見たな、小さいとかの発言で誰かを威嚇するフィオ。フィオの雰囲気が突然威圧するものに変わってシロが驚いている。
「フィオちゃん、ダメよ」
「…………ん」
 リオに窘められて殺気を納めた。リオは平気なのか? 今のは俺も久しぶりで少しビビったんだけど……シロなんて怖がってクロの後ろに隠れてしまっている。シロよ、主を盾にしていいのか…………。
「小さいって言ってもフィオは十八だからガキじゃないんだな~」
「あら、でしたらシロナと同じ年齢ですね。わたくしはリオさんと同じ歳ですし、なにか縁があるのかもしれませんね」
『え゛!?』
 驚いたフィオと俺の声が重なった。どうやらフィオはシロを年上だと思っていたらしい。そして俺はクロを年上だと思っていた…………色気のあるお姉さんだとばかり思っていたら年下……リオの時もこんな感じだったな。しっかりした人で年上だと思っていたら年下だった。
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