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番外編~フィオ・ソリチュード~
可能性
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クロイツ大陸を巡る――その手始めは南側、覚醒者の風で大樹の花粉を散布していても四六時中じゃない。
散布中以外の時間帯は季節風が南に向かってる分南側への影響が大きいという見立てと援軍として駐留している他国軍が南の港に居るのも理由の一つ、他国への窓口になる港を確保したい自衛隊と港までの道中の安全を確保したい他国軍の思惑が合致した結果だった。
生き残った民に盛大な見送りをされて私たちは王都を旅立った。
ワタルやリオ達のおかげで悪評が薄れて私にもがんばれを言ってくれた人たちが居て少し驚いた。
「本当にいいのかミシャ?」
「うにゅ……付いて来たらダメだったのじゃ?」
「駄目じゃないけど……たぶん嫌なものをいっぱい見る事になるぞ?」
自分が辛いくせにすぐに他人を気にする、ずっと苦しいくせに、知りもしない他人の為にこんなことまで始めて……本当にばか。
でもがんばれを言ってくれた人たちの顔を見た時、私もばかになってもいいかもって少し思った。
「大丈夫なのじゃ、嫌なことよりも悪い魔物を退治する勇者様の姿を目に焼き付けるのじゃっ!」
「そうね、目を背けてしまうのはよくないけれど嫌なものばかりに目を向けていても仕方ないものね。辛くなったらちゃんと私が慰めてあげるからいつでも甘えてね」
荒れた街道を行く車両に揺られるワタルの背後からティナがむぎゅっと抱き締めてワタルの頭を自分の胸に埋めてる。
「こらティナ代われっそれくらい私も出来る!」
この旅の先でどれ程の残骸を見る事になるのか――きっとワタルが顔を曇らせる光景が山ほどある。
目的地に着いて安全確保するまでまた当分リオには会えなくなる……辛そうにしたら私が支えてあげたい――あげたいのに……。
「あらフィオったらやきもち? ワタルに一番甘えられるのはフィオなんだから甘えさせてあげる一番が私だって良いでしょう?」
「お、おいティナちょっと……」
胸に埋もれてもぞもぞしてるワタルを押さえ付けてティナはしたり顔――それは……でも私だってリオやティナみたいに暗い顔をしてる時に元気にしてあげたいって思う。
「む? ワタル、私の方が大きいから気持ちいいぞ」
「もげるもげるっ、首がもげる!」
ティナが抱え込んでるワタルの頭を奪おうとナハト悪戦苦闘してる。
「破廉恥なのじゃふしだらなのじゃ! 旦那様はおっぱい大好きな変態なのじゃ!」
「あらミシャ、男の子はみんなおっぱい大好きなのよ」
「ふにゃ!? …………なんということなのじゃ、世の男はみんな変態だったのじゃ? ……でも、普通夫婦は一対なのじゃ……やっぱり旦那様は他と違うハイグレード変態なのじゃ」
「おいどうしてくれる……お前らのせいで俺がハイグレード変態認定されたぞ…………」
くだらない馬鹿騒ぎ……それでもティナ達の行為でワタルは顔を曇らせる暇もなさそう。
ならせめて、目的地に着くかもうしばらくの間はこのまま、困った笑顔を浮かべていられますように――。
そんな思いを砕くように爆発音が響いた。
苦笑いしていた惧瀞が持っていた機械から先行隊が魔物と遭遇したと報告が入る。
顔を強張らせてワタルは剣に手を掛ける。
「ワタル落ち着きなさい、小さな群れだと言うし花粉の効果も表れてるなら自衛隊の兵器の圧勝よ」
落ち着きなく体を揺らし始めたワタルを抱き寄せて子供に言い聞かせるように耳元で囁いてる。
ナハトはすぐにでも引き剥がしたそうだったけど必要だと思ったみたいで拗ねたように顔を逸らしてる。
前方から聞こえていた戦闘音はすぐに聞こえなくなって進行が再開された。
「ほぉら、ね? 私たちは自衛隊が対処しづらい能力持ちに備えておけばいいわ。任せるところは任せて自分がすべきところを全力で果たせばいいの、その為にも体力は温存しておかなきゃね? だから今私たちがすべきなのはぁ~――緊張し過ぎて疲弊しないように~、互いに癒し癒されきゃっきゃうふふな時間を過ごしていましょう?」
「へ、へ、へ……」
わなわなと震えてティナ達に指を向けるミシャは変態って言いたいみたいだけど言葉が出てこないみたいで口をパクパクさせている。
「変態なのじゃっ……ティナは姫なのにふしだらなのじゃ」
ミシャが何を言っても気にした風もなくティナは頬擦りを続けてる。
「ナハトは怒らないの?」
「……ふん、お前達には分からんだろうな、これが正妻の余裕と言うものだ」
普段怒って取り乱しまくってるの忘れてるでしょう……今も後ろで握ってる拳がぷるぷるしてるけど……。
「事情は聞いたし確かにワタルの表情は暗かった。そういう時にティナに振り回されるのは意外と救われる事が多い。私も支えたいとは思うが……ティナは理解した上で振り回すが私の場合は自分の気持ちを押し付けてしまうし、実際私は最初気付けていなかった」
ナハト寂しそうに目を逸らして小さく息を吐いた。
確かにティナはよく気がつく、ワタルの変化は私も見てるけど私が対処に迷ってる間にもティナは行動を起こして良くも悪くもワタルの表情を変えてしまう。
「ナハト弱気になってるのじゃ?」
「む? 馬鹿を言うな、少し観察をして対処を考えようと思っていただけだ」
「それにしても、ティナは何も考えてなさそうなのに驚きなのじゃ……あれは自分がしたいからじゃなくて旦那様の為なのじゃ?」
「立場上様々な者と関わり様々な事情を抱え込む、だからティナは物事を円滑に運ぶ為に他人の変化を見逃さず必要な所は合わせる――まぁ頑固な部分も多いから上手く巻き込んで自分の意見を通す事も多いがな。ティナそろそろ代われ」
「うにゅ……なんだかとっても奥さんっぽいのじゃ……妾負けぬのじゃ! 旦那様これを噛むのじゃ」
ミシャは懐から取り出した葉っぱをワタルの口に押し込んだ。
食べられる植物の知識はあるけどあれは見たことがない、クオリア大陸の種なのかも。
「俺は葉っぱを食う趣味は――甘いな」
「そうなのじゃ、この植物には心を落ち着かせる効果があるのじゃ。葉を噛む以外にも香にしたりお茶でも効果があるのじゃ、休憩になったら淹れてあげるのじゃ」
「そっか、ありがとう」
「ふ、にゃぁ、あはぁ……旦那様このような人前でこんな――ふにゃぁ」
「撫でただけで変な声出すなよ」
頭を撫でてゆっくりと耳へ、そして頬から顎まで撫でていく。
それは普段もさにするような動作で――そう、もさを完全に脱力させてだらけさせるやつでミシャも顔がうっとりしてる。
ワタルは獣を篭絡する才能でもあるの? …………ワタルは獣人に会うの禁止にした方がいい気がする。
「俺ら何を見せられてんだ……」
「如月さん羨ましいっす!」
最初の拠点に着いて陣が設置されて落ち着いたらリオに相談しよう……。
クロイツの最南端の港ラキエルを目指す道中にあるいくつかの町に陣を設置してそこを拠点に人間の生活圏を取り戻していくという計画。
その最初足掛かり、東西南北からの街道が繋がる場所に栄えていたらしい都市の残骸マルシア。
ここに着くまでにいくつか村の残骸を通過したけどやっぱり予想通り酷いものだった。
あの時ワタルがみんなに聞こえないくらいの声で墓と呟いた。
たぶん墓を作りたかったんだろうけど、先を急ぐって結城の言葉で思いを飲み込んで俯いてた。
交易が盛んな都市であれば当然人の数は村なんかの比じゃない。
我先にと逃げ出した人が居れば、馬も馬車も無く取り残された者も居たんだと思う。
そんな中で息を殺して潜んだ者、少しでも町から離れようと逃げ出そうとした者――その全てが等しく命を奪われてる。
喰われた者、犯された者、誰かに手を伸ばす女、絶望が顔に張り付いたまま絶命した男、腹部を喰い破られた妊婦らしきもの――死、死、死、死死死死死……どこを見てても残酷な、凄惨な、そんな死が漂ってる。
死が身近にあった私ですら醜い殺し方だと思う。
こんな光景を見せたくない、旅が始まった時点でそんな事は不可能だと分かりきっていたのに――。
ワタルは表情を殺して町に潜む魔物を探している。
陣を設置して投入された部隊が大方処理をしていても反撃の機会を窺おうと物陰に潜んで居る魔物も居る――。
こんな風に――廃屋から飛び出したゴブリンを高く蹴り上げ為す術無く落下してきたやつの首を一突きにする。
王都から離れたと言っても花粉の散布期間のおかげでここも弱体化の影響が顕著に表れてる。
手応えが無さすぎる、これならよほど油断しない限り驚異にはなり得ない。
ワタルに危険が無いのは嬉しいんだけど……油断はしてない、僅かな気配にも過敏なくらいに反応してる。
ただ表情だけが硬化していく。
担当区画の処理を済ませてあとは合流をするだけなんだけど――。
「フィオさんどうしますか?」
「もう少しだけ、いい?」
「はい、他の区画はもう少し掛かりそうみたいなのでもうしばらくであれぱ」
「……惧瀞は平気?」
「へ? ど、どうしたんですかいきなり」
「日本人は特に辛そうにするから、平気ならいい」
自衛隊の魔物の処理の手際は良い、だから最初は死というものに耐性があるんだと思った。
でも王都の片付けやここまでの道中を見ててそうじゃないと分かった。
日本人に私みたいのは居ない。
みんな必死にやせ我慢をしている。
魔物を殺す事をじゃない、魔物に殺された人を見る事に対して。
「うぅ~、うにゅ~……鼻が、妾の鼻が……」
町の街路とかの緑地部分の調査をしていたミシャが鼻を押さえて踞ってる。
「辛いなら陣があるんだから帰ればいい」
「うぅ……嫌なのじゃ、それをしたらきっと旦那様は逃げ回って妾との事を自然消滅させるのじゃ。それに、旦那様にすると決めた相手がやり遂げると決めた事を見届けぬなど、絶対嫌なのじゃ」
不快を誤魔化すように土を掘っては何かを埋めるを繰り返してる。
「よっし、これで少しはマシになるのじゃ」
一通り埋め終えたミシャが指を鳴らすと途端に植物が生えてきた。
臭いが……少し薄くなった?
「これは生き物の死体の近くに芽吹くから気味悪がられるのじゃが、実は空気を綺麗にしてくれる良い子なのじゃ。それに匂いも悪くないから空気の淀んでおるこの町にはぴったりなのじゃ、不快の原因を少しでも減らすのじゃ! ――ふにゅ!? 臭っ」
植物の匂いが香り始めた事でばんざいしてたところに死臭を含んだ風が吹き付けてきてミシャは鼻を押さえて踞った。
「うぅ……凄くくしゃいのじゃ――ひぅ!?」
原因を知ろうと視線を上げて路地に目を向けた事で彼女は微動だにしなくなった。
路地の物陰にあったのは女の死体、それも上半身と下半身が千切れる程に腹部が損壊してる。
「酷いですね……この方も妊婦さんだったみたいです」
離れた位置に居るワタルに聞かせないように惧瀞は声を潜めた。
ワタルを気遣ってくれた……偉い。
「それにしてもなんだか妊婦さんが多いような気がするのじゃ……この町の人間達は繁殖期だったのじゃ?」
「そういえば……それらしい遺体が多いような気がしますね――もしかしてこちらの世界にはそういう周期があったり?」
「無い」
言われてみればそう、少し多い気がする。
町に入ってから見た女の死体は妊婦以外の死体の方が少なかった。
「なぁおい……魔物がこの大陸を襲ってからもう大分経ってるよな? ……なんでこの血乾いて無いんだ?」
遠藤の疑問が全員の警戒レベルを引き上げた。
ティナはこっちの目配せに気付いてワタルをここから遠ざけていく。
「そういえば、この遺体ほとんど腐敗してませんね――それにこれ……」
惧瀞が飲み込んだ言葉、それはたぶん……中から弾けたような、だと思う。
喰い荒らされたんだと思っていたけど、確かに血や肉片の飛び散り方を見ると内側から力が掛かって破裂したようにも見える。
「なぁおい、これって本当に妊婦だったのか? 女以外でこうなってたのって見たか?」
遠藤の問いかけに全員口をつぐむ――いや、顔をひきつらせた宮園が口を開いた。
「もしかしてなんすけど……みんな同じ考え? これって俺の妄想だって言って欲しいんだけど……人間から何か、別のものが生まれた……?」
ナハト以外が顔を歪ませて視線を逸らす、気まずい沈黙だけがこの場に横たわっている。
それを最初に破ったのは――。
「ほ、ほら、まだ何かが生まれたとは限らないじゃないですか……例えば……人体に入り込んで肥大化するような魔物とか――もしくは普通に物体を破裂させる能力……とか……ありますよねナハト様?」
「あるだろうがこの場合は違うだろうな……女だけを破裂させる理由を考えるよりも妊婦の腹を喰い破って何か出て来たと考える方が自然だ」
「妊婦じゃなかった可能性とかはないんすかね」
顔を青くした西野が恐る恐るナハトに問いかけるけどナハトは一度首を振って死体を指差した。
「恐らくそれはないと思うが、その道具で連絡して他の部隊にも調べさせろ」
ナハトが指差した死体の胸部分には血液じゃない何かが滲んだ跡がある。
「つまりなんだ、この女は最近まで魔物のガキでも孕んで生き延びてたってのかよ姐さんは?」
痙攣したように顔をひくつかせる遠藤は顔面蒼白になってる。
「私はそう考える。他の生物を生殖に利用するものも居るからな」
魔物に変えられた人間に続いて人間が産んだかもしれない魔物……? またワタルが苦しみそうな案件……人間としての意思なんて持たない化け物として現れるならいい。
でももし僅かでも理性を見せたら?
……そんなものを確認する前に殺す。
魔物は敵、ワタルを苦しめるものは敵、敵は殺す、人間じゃないなら殺していい。
目配せしてくるナハトに静かに頷き返す。
ワタルは他人を助けようと、守ろうとする――ならワタルは私たちが守る。
散布中以外の時間帯は季節風が南に向かってる分南側への影響が大きいという見立てと援軍として駐留している他国軍が南の港に居るのも理由の一つ、他国への窓口になる港を確保したい自衛隊と港までの道中の安全を確保したい他国軍の思惑が合致した結果だった。
生き残った民に盛大な見送りをされて私たちは王都を旅立った。
ワタルやリオ達のおかげで悪評が薄れて私にもがんばれを言ってくれた人たちが居て少し驚いた。
「本当にいいのかミシャ?」
「うにゅ……付いて来たらダメだったのじゃ?」
「駄目じゃないけど……たぶん嫌なものをいっぱい見る事になるぞ?」
自分が辛いくせにすぐに他人を気にする、ずっと苦しいくせに、知りもしない他人の為にこんなことまで始めて……本当にばか。
でもがんばれを言ってくれた人たちの顔を見た時、私もばかになってもいいかもって少し思った。
「大丈夫なのじゃ、嫌なことよりも悪い魔物を退治する勇者様の姿を目に焼き付けるのじゃっ!」
「そうね、目を背けてしまうのはよくないけれど嫌なものばかりに目を向けていても仕方ないものね。辛くなったらちゃんと私が慰めてあげるからいつでも甘えてね」
荒れた街道を行く車両に揺られるワタルの背後からティナがむぎゅっと抱き締めてワタルの頭を自分の胸に埋めてる。
「こらティナ代われっそれくらい私も出来る!」
この旅の先でどれ程の残骸を見る事になるのか――きっとワタルが顔を曇らせる光景が山ほどある。
目的地に着いて安全確保するまでまた当分リオには会えなくなる……辛そうにしたら私が支えてあげたい――あげたいのに……。
「あらフィオったらやきもち? ワタルに一番甘えられるのはフィオなんだから甘えさせてあげる一番が私だって良いでしょう?」
「お、おいティナちょっと……」
胸に埋もれてもぞもぞしてるワタルを押さえ付けてティナはしたり顔――それは……でも私だってリオやティナみたいに暗い顔をしてる時に元気にしてあげたいって思う。
「む? ワタル、私の方が大きいから気持ちいいぞ」
「もげるもげるっ、首がもげる!」
ティナが抱え込んでるワタルの頭を奪おうとナハト悪戦苦闘してる。
「破廉恥なのじゃふしだらなのじゃ! 旦那様はおっぱい大好きな変態なのじゃ!」
「あらミシャ、男の子はみんなおっぱい大好きなのよ」
「ふにゃ!? …………なんということなのじゃ、世の男はみんな変態だったのじゃ? ……でも、普通夫婦は一対なのじゃ……やっぱり旦那様は他と違うハイグレード変態なのじゃ」
「おいどうしてくれる……お前らのせいで俺がハイグレード変態認定されたぞ…………」
くだらない馬鹿騒ぎ……それでもティナ達の行為でワタルは顔を曇らせる暇もなさそう。
ならせめて、目的地に着くかもうしばらくの間はこのまま、困った笑顔を浮かべていられますように――。
そんな思いを砕くように爆発音が響いた。
苦笑いしていた惧瀞が持っていた機械から先行隊が魔物と遭遇したと報告が入る。
顔を強張らせてワタルは剣に手を掛ける。
「ワタル落ち着きなさい、小さな群れだと言うし花粉の効果も表れてるなら自衛隊の兵器の圧勝よ」
落ち着きなく体を揺らし始めたワタルを抱き寄せて子供に言い聞かせるように耳元で囁いてる。
ナハトはすぐにでも引き剥がしたそうだったけど必要だと思ったみたいで拗ねたように顔を逸らしてる。
前方から聞こえていた戦闘音はすぐに聞こえなくなって進行が再開された。
「ほぉら、ね? 私たちは自衛隊が対処しづらい能力持ちに備えておけばいいわ。任せるところは任せて自分がすべきところを全力で果たせばいいの、その為にも体力は温存しておかなきゃね? だから今私たちがすべきなのはぁ~――緊張し過ぎて疲弊しないように~、互いに癒し癒されきゃっきゃうふふな時間を過ごしていましょう?」
「へ、へ、へ……」
わなわなと震えてティナ達に指を向けるミシャは変態って言いたいみたいだけど言葉が出てこないみたいで口をパクパクさせている。
「変態なのじゃっ……ティナは姫なのにふしだらなのじゃ」
ミシャが何を言っても気にした風もなくティナは頬擦りを続けてる。
「ナハトは怒らないの?」
「……ふん、お前達には分からんだろうな、これが正妻の余裕と言うものだ」
普段怒って取り乱しまくってるの忘れてるでしょう……今も後ろで握ってる拳がぷるぷるしてるけど……。
「事情は聞いたし確かにワタルの表情は暗かった。そういう時にティナに振り回されるのは意外と救われる事が多い。私も支えたいとは思うが……ティナは理解した上で振り回すが私の場合は自分の気持ちを押し付けてしまうし、実際私は最初気付けていなかった」
ナハト寂しそうに目を逸らして小さく息を吐いた。
確かにティナはよく気がつく、ワタルの変化は私も見てるけど私が対処に迷ってる間にもティナは行動を起こして良くも悪くもワタルの表情を変えてしまう。
「ナハト弱気になってるのじゃ?」
「む? 馬鹿を言うな、少し観察をして対処を考えようと思っていただけだ」
「それにしても、ティナは何も考えてなさそうなのに驚きなのじゃ……あれは自分がしたいからじゃなくて旦那様の為なのじゃ?」
「立場上様々な者と関わり様々な事情を抱え込む、だからティナは物事を円滑に運ぶ為に他人の変化を見逃さず必要な所は合わせる――まぁ頑固な部分も多いから上手く巻き込んで自分の意見を通す事も多いがな。ティナそろそろ代われ」
「うにゅ……なんだかとっても奥さんっぽいのじゃ……妾負けぬのじゃ! 旦那様これを噛むのじゃ」
ミシャは懐から取り出した葉っぱをワタルの口に押し込んだ。
食べられる植物の知識はあるけどあれは見たことがない、クオリア大陸の種なのかも。
「俺は葉っぱを食う趣味は――甘いな」
「そうなのじゃ、この植物には心を落ち着かせる効果があるのじゃ。葉を噛む以外にも香にしたりお茶でも効果があるのじゃ、休憩になったら淹れてあげるのじゃ」
「そっか、ありがとう」
「ふ、にゃぁ、あはぁ……旦那様このような人前でこんな――ふにゃぁ」
「撫でただけで変な声出すなよ」
頭を撫でてゆっくりと耳へ、そして頬から顎まで撫でていく。
それは普段もさにするような動作で――そう、もさを完全に脱力させてだらけさせるやつでミシャも顔がうっとりしてる。
ワタルは獣を篭絡する才能でもあるの? …………ワタルは獣人に会うの禁止にした方がいい気がする。
「俺ら何を見せられてんだ……」
「如月さん羨ましいっす!」
最初の拠点に着いて陣が設置されて落ち着いたらリオに相談しよう……。
クロイツの最南端の港ラキエルを目指す道中にあるいくつかの町に陣を設置してそこを拠点に人間の生活圏を取り戻していくという計画。
その最初足掛かり、東西南北からの街道が繋がる場所に栄えていたらしい都市の残骸マルシア。
ここに着くまでにいくつか村の残骸を通過したけどやっぱり予想通り酷いものだった。
あの時ワタルがみんなに聞こえないくらいの声で墓と呟いた。
たぶん墓を作りたかったんだろうけど、先を急ぐって結城の言葉で思いを飲み込んで俯いてた。
交易が盛んな都市であれば当然人の数は村なんかの比じゃない。
我先にと逃げ出した人が居れば、馬も馬車も無く取り残された者も居たんだと思う。
そんな中で息を殺して潜んだ者、少しでも町から離れようと逃げ出そうとした者――その全てが等しく命を奪われてる。
喰われた者、犯された者、誰かに手を伸ばす女、絶望が顔に張り付いたまま絶命した男、腹部を喰い破られた妊婦らしきもの――死、死、死、死死死死死……どこを見てても残酷な、凄惨な、そんな死が漂ってる。
死が身近にあった私ですら醜い殺し方だと思う。
こんな光景を見せたくない、旅が始まった時点でそんな事は不可能だと分かりきっていたのに――。
ワタルは表情を殺して町に潜む魔物を探している。
陣を設置して投入された部隊が大方処理をしていても反撃の機会を窺おうと物陰に潜んで居る魔物も居る――。
こんな風に――廃屋から飛び出したゴブリンを高く蹴り上げ為す術無く落下してきたやつの首を一突きにする。
王都から離れたと言っても花粉の散布期間のおかげでここも弱体化の影響が顕著に表れてる。
手応えが無さすぎる、これならよほど油断しない限り驚異にはなり得ない。
ワタルに危険が無いのは嬉しいんだけど……油断はしてない、僅かな気配にも過敏なくらいに反応してる。
ただ表情だけが硬化していく。
担当区画の処理を済ませてあとは合流をするだけなんだけど――。
「フィオさんどうしますか?」
「もう少しだけ、いい?」
「はい、他の区画はもう少し掛かりそうみたいなのでもうしばらくであれぱ」
「……惧瀞は平気?」
「へ? ど、どうしたんですかいきなり」
「日本人は特に辛そうにするから、平気ならいい」
自衛隊の魔物の処理の手際は良い、だから最初は死というものに耐性があるんだと思った。
でも王都の片付けやここまでの道中を見ててそうじゃないと分かった。
日本人に私みたいのは居ない。
みんな必死にやせ我慢をしている。
魔物を殺す事をじゃない、魔物に殺された人を見る事に対して。
「うぅ~、うにゅ~……鼻が、妾の鼻が……」
町の街路とかの緑地部分の調査をしていたミシャが鼻を押さえて踞ってる。
「辛いなら陣があるんだから帰ればいい」
「うぅ……嫌なのじゃ、それをしたらきっと旦那様は逃げ回って妾との事を自然消滅させるのじゃ。それに、旦那様にすると決めた相手がやり遂げると決めた事を見届けぬなど、絶対嫌なのじゃ」
不快を誤魔化すように土を掘っては何かを埋めるを繰り返してる。
「よっし、これで少しはマシになるのじゃ」
一通り埋め終えたミシャが指を鳴らすと途端に植物が生えてきた。
臭いが……少し薄くなった?
「これは生き物の死体の近くに芽吹くから気味悪がられるのじゃが、実は空気を綺麗にしてくれる良い子なのじゃ。それに匂いも悪くないから空気の淀んでおるこの町にはぴったりなのじゃ、不快の原因を少しでも減らすのじゃ! ――ふにゅ!? 臭っ」
植物の匂いが香り始めた事でばんざいしてたところに死臭を含んだ風が吹き付けてきてミシャは鼻を押さえて踞った。
「うぅ……凄くくしゃいのじゃ――ひぅ!?」
原因を知ろうと視線を上げて路地に目を向けた事で彼女は微動だにしなくなった。
路地の物陰にあったのは女の死体、それも上半身と下半身が千切れる程に腹部が損壊してる。
「酷いですね……この方も妊婦さんだったみたいです」
離れた位置に居るワタルに聞かせないように惧瀞は声を潜めた。
ワタルを気遣ってくれた……偉い。
「それにしてもなんだか妊婦さんが多いような気がするのじゃ……この町の人間達は繁殖期だったのじゃ?」
「そういえば……それらしい遺体が多いような気がしますね――もしかしてこちらの世界にはそういう周期があったり?」
「無い」
言われてみればそう、少し多い気がする。
町に入ってから見た女の死体は妊婦以外の死体の方が少なかった。
「なぁおい……魔物がこの大陸を襲ってからもう大分経ってるよな? ……なんでこの血乾いて無いんだ?」
遠藤の疑問が全員の警戒レベルを引き上げた。
ティナはこっちの目配せに気付いてワタルをここから遠ざけていく。
「そういえば、この遺体ほとんど腐敗してませんね――それにこれ……」
惧瀞が飲み込んだ言葉、それはたぶん……中から弾けたような、だと思う。
喰い荒らされたんだと思っていたけど、確かに血や肉片の飛び散り方を見ると内側から力が掛かって破裂したようにも見える。
「なぁおい、これって本当に妊婦だったのか? 女以外でこうなってたのって見たか?」
遠藤の問いかけに全員口をつぐむ――いや、顔をひきつらせた宮園が口を開いた。
「もしかしてなんすけど……みんな同じ考え? これって俺の妄想だって言って欲しいんだけど……人間から何か、別のものが生まれた……?」
ナハト以外が顔を歪ませて視線を逸らす、気まずい沈黙だけがこの場に横たわっている。
それを最初に破ったのは――。
「ほ、ほら、まだ何かが生まれたとは限らないじゃないですか……例えば……人体に入り込んで肥大化するような魔物とか――もしくは普通に物体を破裂させる能力……とか……ありますよねナハト様?」
「あるだろうがこの場合は違うだろうな……女だけを破裂させる理由を考えるよりも妊婦の腹を喰い破って何か出て来たと考える方が自然だ」
「妊婦じゃなかった可能性とかはないんすかね」
顔を青くした西野が恐る恐るナハトに問いかけるけどナハトは一度首を振って死体を指差した。
「恐らくそれはないと思うが、その道具で連絡して他の部隊にも調べさせろ」
ナハトが指差した死体の胸部分には血液じゃない何かが滲んだ跡がある。
「つまりなんだ、この女は最近まで魔物のガキでも孕んで生き延びてたってのかよ姐さんは?」
痙攣したように顔をひくつかせる遠藤は顔面蒼白になってる。
「私はそう考える。他の生物を生殖に利用するものも居るからな」
魔物に変えられた人間に続いて人間が産んだかもしれない魔物……? またワタルが苦しみそうな案件……人間としての意思なんて持たない化け物として現れるならいい。
でももし僅かでも理性を見せたら?
……そんなものを確認する前に殺す。
魔物は敵、ワタルを苦しめるものは敵、敵は殺す、人間じゃないなら殺していい。
目配せしてくるナハトに静かに頷き返す。
ワタルは他人を助けようと、守ろうとする――ならワタルは私たちが守る。
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