黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

歩くような速さで

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「ワタル様、御身体は大丈夫なのですか? メイドたちに頼めばお食事くらいお部屋に運べますよ?」
 動けるようになる程度に治療が済んだ後に少年を部屋から出して話をした。航海中に騒ぎや混乱を招きかねないから世界の行き来については内緒と言った事を守ってくれていたらしく、クロエさん達は自分の状況くらいしか話していなかったようだ。内容が内容だけに王様の元へ行き、人払いをした上での対話となった。王様は魔物が世界に現れ始めたという状況に対して調査が必要と考えて、エルフの土地へ行く準備を進めていたところにこの事態が起こったらしい。俺の話にはある程度納得してもらえて、状況が落ち着けば北へ向かうと言ってくれた。ただ、余計な混乱を招かない、無責任な希望を与えない為にこの事は他言無用と釘を刺された。魔物の溢れる土地を無事に進んできた俺に期待を抱く人や覚醒者の強い力に不安を抱く人、城壁内の安全は確保されていても人々の気持ちは不安定だからこれ以上影響を与える事のないようにとの事だ。
「少し見て回りたいってのもあるし、食堂も気になるのでお構いなく」
「アリシア、別に様なんて付けなくていいのよ?」
「でもクロエ様はワタル様と呼んでいらっしゃいますし――」
わたくしは身分などは捨ててきた身ですから、様など付けていただかなくてもよいのですよ」
「クロエ様は品格がありますし、女性としての魅力もありますから尊敬の念を込めてこうお呼びしたかったのですが…………それではお姉様というのはどうでしょうか?」
『お姉様っ!?』
 シロナさんと芦屋の声が重なったな……なんでそんなに驚いているのか。
「アリシア様がそうしたいのであれば構いませんが…………わたくしには弟が何人かいますが、姉として扱われた事は無いので姉と呼ばれるのは不思議な感じがしてしまいますね」
 クロエさんが照れたようにはにかんでいる。慣れなくてこそばゆいって感じなんだろうか?

「な、なぁ、変な物が……物凄く珍妙で気持ちの悪い物が食堂に居るんだが、あれはなんだ?」
 食堂に着いて初めに目が行ったのは豪華な内装や大きさなんかじゃなく、並べられた大きなテーブルの一つに着く奇妙な生物だった。なんと言えばいいんだろうか……卵型の着ぐるみとでも言えばいいのか? 人間位の大きさの卵に手足を生やした感じの物、但し卵なんかとは程遠く全身もじゃもじゃだが……っ!? 膝から下だけ毛が無く人間の脚に見える、まさか異形!?
「ああ、あれは毛人」
「毛人!? この世界にはそんな種族も居るのか……気持ち悪いとか言ったの聞こえてないかな」
『ぷっ! あっははははは』
 四人が吹き出した。なんで俺笑われてんの?
「そんなの居るはずないでしょ、あれは女性に悪さをした者への罰則よ。不安に付け込んで悪さを繰り返す者が増えてきているから見せしめみたいなものよ。どれだけ言葉巧みに寄って来てもあんなものに騙される人はいないでしょ?」
 罰則……つまりあれは人間…………てことは全身毛だらけに出来るような能力があるって事で――。
「あっら~? ……やっぱり! あの時のおバカで可愛い子じゃない、どうしてこんな所にいるの? どうやって渡航――それどころか軍に連れて行かれたのにどうやって逃げ出して来たの?」
 うぇえええええ!? あの時のオカマ!? そういえばこの人クロイツの所属だったか? つまりあの毛人たちはこのオカマの作品か。
「秀麿さんの知り合いなの?」
「前に話したでしょう? アタシがアドラに行ってる時に見たクラーケンに突っ込んで行ってその上倒しちゃったおバカな子の話」
「あぁ~……それで……なるほど、通りで魔物の溢れる国に突っ込むなんて選択をするバカな人だと思った」
「あら、やっぱり三日前に人ふたりを抱えて城まで来たおバカな子って貴方だったのね」
 オカマと芦屋に馬鹿バカと連呼される。確かに多少無茶はしてるけど馬鹿と言われる程か? ……少し悲しい。
「それで、あの後どうしてたの? 連れて行かれちゃったし、アタシてっきりアドラに居るんだと思っていたんだけど――そうそう、貴方と出会った酒場の人たちねぇ、貴方と貴方と一緒に連れて行かれた娘の事をとても心配していたわよ。あの後クラーケンの死骸を食べに色んな魚介類が集まって来て漁獲量が上がって町の人たち喜んでてね、表立ってじゃないけど貴方に感謝してる人だっていてお祭り騒ぎみたいになってたんだけど、あの酒場だけ店員も客もお通夜みたいでねぇ」
 そんな事になってたのか、リオが人気だったしなぁ。無事と伝えたいが電話とかがあるわけでもないしな。
「えっと、密航して――」
「秀麿さん悪いけど、詳しい話は国王様と話し合って今は出来ない事になってるのよ。聞きたい事があるかもしれないけど今は我慢してね」
「あら、そうなの? 残念ね。面白い話が聞けるかと思ったのだけど」

 話もそこそこに秀麿も加えて食事となったが――。
「メニュー表が日本語だ……その上メニューに日本食がある…………でもこっちのはなんだ?」
 簡単なメニュー表を渡されて、そこにはヴァーンシアの文字とは別に平仮名と簡単な漢字が並んでいる。それに紛れるように読めない文字が入ってはいるが、大体読めるな。親子丼なんてあるし…………。
「それはへんたい仮名よ」
「変態仮名っ!?」
「字が違う! 使われなくなった平仮名の事を変体仮名って言うのよ。日本では平仮名が統一されてるけどこっちではそうじゃないから、昔に広まったまま残ってるの」
 何故字が違うと分かったのか……まぁいいか。
「ふ~ん――あ、親子丼お願いします」
 通りかかった給仕の人に料理を頼んでしばらくすると親子丼が運ばれてきた。
「おぉ、本当に親子丼だ。匂いも良いし、籠城生活なのに結構贅沢だな――しかも美味い」
「城には避難所としての役目もありますからお米などの備蓄はとても多いですし、覚醒者の方に畑を作ってもらって野菜も育てていますので、充分とは言えないまでも安定して民に行き渡るくらいはあるんですよ」
 そう姫様が説明してくれるが、備蓄できるものと野菜はともかく、肉や卵はどうしたんだ?
『ンギィィィイイイイイ!』
「っ!? …………あの、凄く変な声が聞こえたんですけどこれは?」
『ンギ鳥』
 全員がハモって返してくれた。
「なにそれ?」
「鶏に似た鳥なんだけどね、とても繁殖力が強いの。一日に何個も卵を産むし成長も早いからどんどん増えるのよ。この状況ではとても助かる家畜よねぇ~。その上美味しいんだから言う事ないわ」
『ンギィィィイイイイイ!』
 秀麿の説明の後にその鳥の鳴き声が響き渡った。助かってるのも美味しいのも分かったが、なんとも嫌な鳴き声の鳥である。
『ンギィィィイイイイイ! ヒギィイイイイイ』
 ほんと嫌な鳴き声だ。
「あっちのテーブルって毛人専用なのか?」
「そういうわけではないけど、あの見た目で他の人たちとテーブルに着くのは難しいから固まっているんでしょう。それに――」
「女の子たちに悪さをした人たちだからいい顔されないもの、必然的に同じ者同士集まるしかないのよ」
「やっぱりその、あれはアンタが? 顔が出てるのと隠れてるのの違いってなんなんだ?」
「ええそうよ。顔が出たままなのはイケメン、隠れているのはそうでもない男。イケメンは自覚して自信を持ってるからその分辱めているのよ。どれだけカッコ良くても胴体があれだと逆に滑稽でしょう?」
「確かに……でも、こんな状況だし誰かに縋りたいとか寄り添う人が欲しいって思っても仕方ないんじゃ?」
「そりゃあアタシたちだって他人の恋愛にまで口出ししないわよ。でも複数の娘に甘い言葉を囁いて美味しい思いをしようとしている不埒な男には制裁が必要でしょう?」
「その点を言えばワタル様も制裁の対象かもしれませんね」
 シロナさん何言い出してんのっ!?
「なんで俺が?」
「私の胸を鷲掴みにしたのをお忘れですかっ! それに眠っている時にクロエ様の胸へ手を伸ばしましたし、寝言では女性の名前が数人出てきました」
「あら、意外に遊び人だったのね。残念だわ」
 秀麿が手を伸ばしてきたのを後ろへ跳んで躱した。剣を持っててよかった、親子丼を食べながらだがしっかり回避できた。
「あれは事故だし寝てる間の事なんか知らない! 大体、名前が出てきただけでしょう? なんで悪さした事になってるんですか」
「そうよシロナ、とても優しい顔で呼んでらしたからそんな方たちにワタル様が悪い事などされるはずがありません」
「……その件は置いておくとしても、私の胸を揉みしだいてクロエ様の胸にまで手を伸ばした事は言い逃れできませんよ」
 表現がどんどん酷くなってるんですが……手が当たってただけですよね? そして本当に寝てる間にそんな事してたのか? もしそうだとして偶々では?
「一緒に逃げるじゃなく誘拐なんて言っちゃうわけだしそういった考えがあったのも否定できないんじゃない?」
 真面目に言うの恥ずかしいからちょっと冗談めかして言ってみただけじゃん!?
「ワタル様は大胆ですのね」

 どうにか毛人の刑から逃れて案内してもらったのは殆ど畑にされてしまって申し訳程度にしか残っていない修練場、不安を煽る事になりかねない、と戦う事にも反対されたが条件付きでどうにか許可をもらった。条件とは不安定な能力を完全にコントロールする事、扱う事にすら慣れていない状態ではいつ暴走するか分からないから爆弾みたいなもんだから納得だが、またしばらく訓練の日々かと思うと北へ行くという目的が酷く遠く感じてしまう。
「暗くなってても仕方ない、やる事が分かってるだけマシだ。さっさとコントロールを完璧にして大掃除を済ませて北に行く!」
 進みが遅かろうと前進してるならそれでいいんだ。
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