黒の瞳の覚醒者

一条光

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七章~邂逅ストラグル~

駆け抜けた先

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「え~っと……アレ、なに? 世界樹? クロイツの王都は地図上では世界の中心だし……にしてもデカすぎだろ、あの山を越えないと王都は見えないって話だったのに。巨大樹なんて言い方すら生温い、あんなもの怪物……怪樹ってところか? クロイツの王都はあんな物があるんですか?」
 その山を越えれば王都が見えると言われた山の麓にある滅んだ町に着いて、山を見上げたところで異様な物が目に入って来た。山の向こう側に見える山よりも遥かに高い樹の様なもの。
「い、いえ、あのように高い樹が存在するなんて話聞いた事がありませんし、あれほどの物であれば目印として船長さん達が教えて下さってるはずです」
「そうですね。わたくしが読んだ事のある本などにもあのように巨大な樹木についてのお話は出てきませんでしたし……ところでワタル様、世界樹とは何でしょう? 凄く巨大ですし世界樹という名はとてもしっくりきますが」
 何かと言われても、俺もゲームなんかで名前を聞いたくらいで知識なんかないんだけど…………。
「世界の中心に聳える、世界を繋ぐ樹?」
「世界を繋ぐ、ですか? …………ではあの樹の根元まで行けば異世界に行けるのですか?」
「いや、今まであんな物は無かったなら魔物が原因だろうしそんな力はないと思いますけど」
「そうなのですね…………残念です」
「あの、ワタル様、本当にこのまま進むのですか? あれが魔物の力に因るものならとても危険なのではないですか? 道中で魔物を蹴散らす姿も見ていますのでワタル様がお強いのは分かっていますが、あのような物を作り出す魔物を相手にするのは…………」
 確かに、あれが魔物の能力なら相当ヤバい。たぶん対処しきれない。
「でも他に道が無いですよ? 船ももうないですし、南の四国が救援を計画してるって話だったから南の沿岸に行けば助かるかもしれないですけど、町へは侵入しないにしても近くまでは行って様子は見るつもりです。危険ならすぐに引き返せばいいだけですし」
「うぅぅ……異世界の男性は怖いもの知らずですぅ」
 そういうわけでもないんだけど、他に手が無いというか、ここまで来たんだからチェック位しておきたい。
「ねぇシロナ、道中もしっかりと守ってくださいましたし、ワタル様を信じましょう?」
「ですがクロエ様、道中の光景ですら目を覆いたくなる光景ばかりだったというのに、あんな異常な物がある場所へ向かったらもっととんでもないものを目にする事になってしまうかもしれないんですよ! 旅など慣れていらっしゃらないのにこれほどの長旅をなさっていてこれ以上環境の悪い場所へ行くのは――」
 こんな状況で自分だって怖いだろうに、それでもクロエさん優先での発言、従者の鑑だな。
「それに関しては……そうですね、わたくしたちは目を瞑っているというのはどうでしょう? 安心できる場所へ着いたらワタル様に教えてもらうという事で――」
「充電終わったしそろそろ行きますよー。さっと行って駄目ならすぐに引き返す、次の方針は逃げ切ってから考える」
 行ってみないと分からないし、止まって悩んでいられる状況でもないんだ。動くしかない。

「巨大過ぎますよぉ」
「本当に、天を貫かんばかりの巨大さですね。枝葉の間隔が広いおかげで陽の光は差し込んでいますが所々影が落ちていますね」
 山を越え、王都がだんだんに近付いてきたのはいいが――。
「そんな山を越える前から分かってた物よりも先に気にすべきものがあるでしょうよ。なんなんだあの魔法陣みたいなものは」
 怪樹はやはり王都から空へと伸びている。そしてその根元近く、王都の空に妖しく光る魔法陣が展開している。やっぱりヤバいかなぁ、ここまでに見た魔物は手強くない、どちらかと言えば雑魚の部類だったが、王都に近付くにつれて量だけは増えている。これで量に加えてデミウルゴスの様な物まで出てきたら対処が面倒だ。引き返すべきか? ……でも山を越えた辺りから魔物に出くわしてない、王都はもう目と鼻の先……出来れば中も見ておきたい。入らないにしても遠目で王城の状態くらいは双眼鏡で確認できるかもしれないし、救援隊に拾ってもらう方向に切り替えるにしてもこの情報は有った方が良いだろう。
「もう少しで王都――」
「ワタル様!」
「っ!?」
 後ろに乗っているクロエさんの叫び声に反応してハンドルを切ったがバランスを崩して草むらに突っ込んだ。
「痛っ、二人とも怪我は?」
「私は平気です」
「私も……ひぃゃぁあああああ!? どさくさにどこを触っているんですか! スケベです、変態です、いやらしいですぅ!」
 シロナさんに平手打ちを貰った。どおりで左手に柔らかいものを握っているはずだよ。
「そんな事より二人とも――」
「そ、そんな事!? そんな事だなんて酷いですクロエ様、確かにクロエ様程立派ではありませんけど、好きな人以外とこんな……清い身体じゃなくなって、穢されてしましました」
 事故で触っただけなのに酷い言われようだ、俺はバイ菌か!? ――とか言ってる暇もない。転けたバイクから荷物を下ろす。
「っとに……よくもやってくれたよ。見た目からしてお前はミノタウロスってところか? ほら二人ともこれ持って」
「きゃ!?」
「ひゃ!?」
 二人に荷物を押し付けて残りを背負うと二人を両脇に抱えて走り出す。
「ああーもう、クソッ! 俺のバイクー、高かったのにぃー、付いて来んなクソミノ!」
『ウモ゛ォォォオオオオオ!』
「きゃぁあああああ!? 来てます、来てますよワタル様! 荷物なんて捨てた方が良いんじゃないですか!?」
 金棒を無茶苦茶に振り回し、バイクを破壊し木々を薙ぎ倒しながら追ってくるミノタウロスにビビったシロナさんが荷物を捨てようとした。
「ダメダメダメダメダメダメダメ! バイクも無くなって食糧まで無くなったら確実に終わる! 逃げ切れるから捨てちゃダメ!」
「あのワタル様、他の方もいらっしゃいましたが」
『へ?』
 クロエさんの声に振り返った俺とシロナさんの声が重なった。追ってきているミノ以外にもコブやらオーガ、ラミアっぽいのまでいる。
「本当に逃げ切れるんですか!? 今までは近い物だけ倒してばいくで逃げていたのに、あんな量どうにか出来るんですか!?」
 今見えているのだけなら処理しても電池切れにはならないだろうが、まだ増える可能性もあるしこの後どうなるかも分からないから逃げる方が良いだろう。
「平気平気、まだ俺の方が速いし……ほら、離れてきた」
「でもこんなのいつまでも続きませんよね」
 そりゃね……どこかで休憩しないと――。

「うぅぅ~…………地獄です、最悪です、もう終わりです」
 シロナさんがすっごい落ち込んでいる。まぁ気持ちは分かる。魔物を撒いて辿り着いたのは王都を正方形に囲う街壁の南東の角、端ではあるが、ここから窺えるだけでも地獄と言うに相応しい光景が広がっていた。魔物が、そして死体と異形が闊歩する魔都、人間の町だというのに人間など一人も見当たらない廃都、それが今目の前にある町だ。
「あの方々は亡くなっていらっしゃるんですよね? どうして動いておられるのでしょうか? 人は死しても動けるものなのですか?」
「いや、死んだら人間じゃないですね。あれはゾンビ、動いてるのはあの魔法陣のせいか? …………そんな事より、俺はゾンビよりあっちの異形の方が気になりますよ。気持ち悪過ぎる」
 ゾンビ映画よろしく『あーあー』言っている死体たちも充分気にはなるが、それに紛れている奴、人間を腰の辺りでブツ斬りにして上半身同士を繋ぎ合わせたような物が数匹カサカサとゴキブリの様に動いている。それに、双眼鏡で王城の方を見た時にチラリと視界に入った巨大なムカデの様な脚の多い物……蛇のように鎌首をもたげた姿は城壁よりも高く見えた。そんな全長だというのに胴体はやたらと細かった、まるで人間を繋ぎ合わせたかのように。
「どうするんですかこんな状況で、山を越えずに南へ向かっていればこんな事にはならなかったはずですよ。ばいくも無しに長距離の移動なんて無理ですよ」
「ん~……それなんですけど、一応今日の宿は決まったかな」
「壁の上で一泊ですか? ワタル様もお疲れなのは分かっていますから一泊くらい我慢しますが、死ぬにしてもこのような、死して尚動き続けなければならない地では死にたくないのです」
 すっかり諦めてしまった様子のシロナさんがそう言った。
「シロナ…………」
「いや、こんな所より安心できそうな場所ですよ。もしかしたらベッドと食事も付くかも?」
「町に下りるのですか? 船長さんの奥様方は地下で生き延びたそうですが、この状況でわたくしたちが同じ事をするのは難しいのではないですか?」
「そうじゃなくて、城です、王城! これで見た感じだと町は建物が破壊されてたりするのに王城はなんともないんです。中の建物は疎か城壁に崩れている様な箇所も見当たらない。しっかりと見えるわけじゃないから多少は被害があるのかもしれないけど、町だけ壊れて城に異常が見られないのはやっぱり王城は安全って事だと思います」
 幸い怪樹があるのも王都の北側だから大きく迂回する必要もないし。
「わぁ~、これは遠くがよく見えますね」
 シロナさんに双眼鏡を渡したら城など見ずにあらぬ方向を見始めた。現実逃避してる…………。
「とりあえずこのまま壁の上をあるいて南門まで行きますよ。こんな角じゃ町の中心にある王城までが遠いし」
「シロナ、頑張りましょう?」
「はぃ、がんばります…………」

「さてさて、どうするかな」
 王都の東西南北の四方の門から伸びる大通りは王城まで一直線に続いていて見晴らしが良いが、魔物で溢れている。かと言って、建物の上を行って傷んだ建物が崩れても面倒、建物の間を縫うように隠れながらというのもこの魔物の多さだとなんとも、こっちが隠れられる分あっちも隠れられるし、狭い場所でばったり鉢合わせなんかしたら面倒くさい。
「ワタル様、なんだか……まだ余裕がおありですか?」
 クロエさんが不思議そうに聞いてきた。
「まぁ、まだ何とかなりそうですし、諦めたら怒られそうだし、泣かれたら困るし……王城まで結構距離があるけど城まででいいと思えばぶっ倒れるの覚悟で走り切れる…………はず」
「今不安を掻き立てられる二文字が小さく付きましたけど、本当に何とかなるんですか? ……私はともかくクロエ様だけでもどうにか――」
「それは嫌です! ワタル様、わたくしはシロナも一緒でないと――」
「なんで誰か見捨てるみたいになってるんですか、しませんよ。そんな寝覚めが悪くなるような事、絶対に」
「本当ですか?」
「本当です――てか、二人とも守らないと嘘吐きですし」
「そういえば、そうですね。それでは、よろしくお願いしますね。誘拐犯様」
 誘拐犯に様付けちゃいけないと思うんだが。

「うぅ、こんな足を開いた状態、はしたないです」
「そう言われても……あの抱えた状態で走るのって結構しんどいんですよ。片手で一人ずつよりおんぶと抱っこの方が楽なんだからしょうがない」
「シロナが抱っこしてもらう方に代わりましょうか?」
「いけません。クロエ様にこのような恰好させられません。おんぶだと荷物を背負わないといけませんし、このままで構いません」
 状態としてはクロエさんをお姫様抱っこ、シロナさんをおんぶ、そして最低限の荷物をシロナさんが背負っている。残りは隠しておいて必要なら後で俺が取りに来る方針。
「そんじゃ行きますよ――~っ!? 三人分の体重は…………」
 高い街壁の上から飛び降りたら今背負っている重みが一気に脚に来た。
『あーあ゛ー』
「ワタル様! ワタル様! 休んでる場合では、ゾウビが来てます」
 ゾウビってなんだ!? 象の鼻か?
「ゾウビじゃなくてゾンビですよ――」
「そんな事どうでもいいです、ゾウビでもゾンミでもどっちでもいいですから! 来てます! 直ぐそこに半分しか顔がない方が来てますからぁ! 早く、早く!」
 どっちも不正解ですが!?
「はいはいっと!」
 脚に力を貯めて一気に走り出した。幸いゾンビや異形の動きは遅い、が、騒いでいたのに気付いた魔物共も集まりだした。頼むから雑魚だけにしておいてくれよ、デミウルゴス級や能力持ちのハイオークは勘弁だ。
「速い……ワタル様本当に人間ですか?」
 こんな状況だというのにクロエさんは凄い物を見た、といった感じにキラキラした瞳を向けてくる。
「これ結構ズルしてますから、俺本体は大したことないです、よっとっとっと」
 行く手を塞いだゴブ数匹の頭を踏み付けて進む。今のところは余裕だな、ゾンビは遅いから間を抜けるのは苦労しないし、魔物の動きもちゃんと見えていて回避も問題ない。この調子なら城に辿り着くくらいなら――。
「わ、わわわわわわわわワタル様ワタル様! 前方で大通りを何か長い奇妙な、不気味な物が横切っているんですが…………」
「俺も見えてますよ…………」
「あれも魔物なんでしょうか?」
「クロエさんたぶん見ない方が良いですよ」
 まだ姿ははっきりしないが、ゾンビの声に紛れて別の、人間の様でいて人間が出す事のないはずの声が聞こえる。道を塞がれた、だが長さはともかく胴回りは大した事ないから跳び越える事は可能なはず、なんだけど…………。
「あちらにも同じような物が居ますね――」
『ギャァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ! ア゛、ア゛、ア゛』
 悍ましい咆哮が響き渡った。嫌だ、あれには近付きたくない。危険かどうかではない、嫌な予感がして見たくないんだ。遠回りになるが迂回して――っ!? ははは……やってくれるね。前方、右前方、左前方、三方に大ムカデが鎮座している。道はあれの傍を通過するか街壁に戻るか。
「ワタル様――」
「行きますよ!」
 動かずにいたら囲まれる、止まっていて良い事なんて何もない。最悪、負担になるとしても電撃で障壁を作って逃げ切るって手もある。
「気付かれたみたいですよ。こっちに来ようとしてます」
 見てりゃ分かりますって……動き自体は鈍いと言っていいが――もう見えた。やっぱりだ、ムカデの脚に見えていたのは人間の腕、ムカデは人間の上半身を繋ぎ続けたような姿をしていて、ご丁寧に腹部には一つ一つ顔がある。
『ア゛ア゛ーッ!』
 跳び越す際に完全に気付かれたが気にしていられない。もう走り抜けるしか道はない、戦ってあんなものを近くで見続ける勇気は無い。骨が軋む、筋肉が引き千切られそうだ。ただでさえ電気による強化で負荷がかかっているのに体重が普段の倍以上……多少壊れたっていい、逃げ切れさえすれば休めるんだから――。
『待ッテ、カエセ、カエシテ』
「っ!?」
「ワタル様? 気のせいでしょうか、あれが人の言葉を発しているように聞こえたのですが」
 確定か? 人間っぽいもの、ではなくて人間をベースに作られたものって事になるのか?
『カエセェエエエエエ!』
「ひぃいいい!? ワタル様! 物凄い速さで追ってきてます! このままじゃ追いつかれます」
「っ! ……参ったねどうも。速過ぎだろ、何を返せって言うんだ?」
 大ムカデに追いつかれて大きく蜷局を巻く様にして道を塞がれた。ん? ……魔物と異形は別物なのか? 蜷局の内側に魔物が侵入しようとしているのを排除している。
『カエセ、カエセェ、家族、男、返セ、帰ルゥ』
 この言葉からして元人間、って事でいいんだろうか……こんな姿になって人間としての意識が残っている方が惨酷だ。それなら向こうで咆哮を上げている個体の様に獣のようになってしまった方がマシだ。
「女性ばかりですね」
 ……確かに、クロエさんの言葉で大ムカデへ目を向けてみると、この大ムカデの胴になっているのは女ばかりに見える。
「俺たちはアンタたちに返せるようなものは持っていない、アンタたちを帰してやる術も分からない」
『ウゥウウウ、ウグギュルルルルルゥ、帰ル、返シテ、迎エ来ル、言ッタ。私待ッタ、頑張ッタ。カエル、カエル、カエセ、助ケテ』
 幾つもの声が重なったような奇妙な声がズキズキと頭を刺激してくる。
「どなたかに置き去りにされたのでしょうか?」
「そうかもしれない、でも――」
『ソノ人、返シテ、離レテ。私、頑張ッテル間ニ他ノ女、許サナイ、ユルサナイユルサナイ』
 その人って俺ぇ!? 複数の手が一斉に俺を指差した。なんで俺を指差す? この国には初めて来たんだから知り合いなんて居ないぞ! 意識はあっても認識が曖昧なのか?
「ワタル様をその方と勘違いされているみたいですね」
『カエシテ、カエシテェエエエエエ!』
 悲痛な叫びの酷い残響が耳につく。憐れだ…………。
「ワタル様?」
「ちょっと降りて待っててもらえますか?」
「え!? そんなことしたらクロエ様と私はどうするんですか?」
「こうします。雑魚じゃこの障壁は突破できないから安全です」
 二人を降ろし電撃で覆った。
「ワタル様は?」
「ちょっと用事」
 そう言って大ムカデに近付く。気持ち悪い、目を背けたい、逃げ出したい……顔には出すな。
『カエル、カエル、一緒、帰ルゥウウウ』
 涙を流して幸せだった頃への帰還を望む人、この人たちが一緒に帰りたいと願う人はまだ生きているんだろうか? それとも……どちらにしても、もうこの人たちは人には還れない。
「待たせて悪かった。いっぱい頑張ってくれたんだな、辛かったよな、頑張ってくれてありがとう……でも、もういいんだ、ゆっくり眠って休むといい、目が覚めたら幸せな明日が待ってる…………」
『あ、あ、あぁぁ……ありが――』
 ゆっくりと、伸ばせる高さにある顔に触れた。そして躊躇う事無く全力で能力を使った。俺の笑顔なんて役に立たないだろうし、上手くできた自身も無いが、精一杯笑顔を作って送った。焦げ付く嫌な臭いが立ち込め大ムカデは倒れ伏した。虫唾が走る。
「チッ」
「ワタル様、怒ってますか?」
「ええ、はらわたが煮えくり返ってます」
 フィオの時ともまた違う感情、同じなのは能力の抑えが利かなくなり始めている感覚だ。
『グギュゥルルルルル、ジャアアアアア!』
 さっきの電撃で別の個体にも気付かれたらしい。こっちの個体は男が多いように見えるが、理性が残っている様には見えない。こっちの方が楽だろうな。
「アンタたちももう休め」
 さっきと同じようにこの個体も逝かせる。こんなものもう見たくない。
「ワタ――」
「行きますよ。城に着いて少し休んだら王都の大掃除をしないと」
 こんな事をした奴を絶対に消し去ってやる、あの人たちが生まれ変わる頃にはこの国が元の状態に戻っている様に。怒りに流されそうになるのを抑えながら走り出したが、熱い心とは裏腹に身体の方が相当ヤバいらしい。痺れ始めて、脚を動かしている、ちゃんと抱えているという感覚が薄れていくのに痛みだけがはっきりと感じられる。
「あと、ちょっと…………」
 城門が見えてきたが開いているはずもない。その上堀まである始末、今の状態でやれるか?
「クロエさん、ちょっとしっかり自分で掴まってて」
「え?」
 それだけ言って背中を支えていた手を離し、剣を抜き城壁に投げつけた。剣は堀の水面ギリギリの位置に突き刺さった、今の状態だとあんなものか? 次はあれより上に…………残り三本も城壁に突き刺さり一応の道は出来た。後はあれを足場に城壁を登るだけ――っ!? 城壁に剣を投げ付けた事で敵と判断されたのか矢が飛んできた。最悪だが、城内は安全だという確証になる、あそこまで行けば安全だ。魔物を避けながら矢まで気にしないといけないのは今の身体にはキツいが、やるしかない!
 堀まで来た、登り切ればゴールだ。
「っけぇえええええ! ――っ!? っとに…………」
 もう痛みしかない、触れているものの感触すら分からない。それでも来た、一本目には飛び乗れた、残り三本も一気に! ――止まる事なく残りも跳び上がったが最後痛みで上手く踏み切れなかった。上半身は壁の高さを越えたが少し足りない、このままじゃ落ちる。落ちれば二度目をやる体力も無い、下には追ってきていた魔物が集まり始めている。城壁の上に居る兵士と目が合った、武器は構えていない、こちらを人間と認識している。なら――。
「二人だけでも!」
 壁に密着するように跳んで上体は壁を越えてるなら二人を押し込めばいい。痛みで感覚が無いせいでちゃんと出来ているか不安だったが兵士が二人を受け止めたのを見て安心した。
『ワタル様!?』
 あぁ、落ち始めた。もっと強化に耐えられるように鍛えておかないと駄目だったなぁ。あとちょっとだったのに、また詰めが甘いって怒られそうだ――。
「まったく、大騒ぎしているから何かと思えば……こんな魔物の溢れた場所を疾走してくる馬鹿が居るなんて」
 女の声がしたかと思うと下から風が吹き上げて身体が浮いた。風に持ち上げられて城壁の上に辿り着いた。
「あはは……生きてる。はぁ~…………」
「ワタル様!」
「あぁ~、悪い、んですけど電、池切れ、身体も意識……も限界です。後よろし、く…………」
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