黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

届かない手

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「今回の異世界に飛ばされてしまった日本人の救出作戦への参加を決めた諸君を私は心より尊敬――」
「わ~た~るぅ~」
「引っ付くなティナ、暑苦しいし鬱陶しい」
 ティナが覆い被さるようにしてワタルに抱き付いてる。
 理由は簡単、好きが我慢できなくなってる。
 ヴァーンシアに帰る私たちに同行する自衛隊の準備が整うまでの間に私たちは旅行に行ったり楽しい事が沢山あった。
 でも、出発の予定が迫ってきた頃に起こった誘拐事件――あれ以来ティナは自分の気持ちが抑えられないって言ってた。

 ワタルには内緒だけどティナを攫った相手は狡猾だった。
 自分達を信用させる小道具にワタルの家族の写真と生きてる方の祖父母を使った。
 
 自分の知らないワタルの話や写真に警戒を解いたティナがもさと一緒に連れ去られて大騒ぎになった。
 惧瀞たちとすぐに犯人の居所を調べ上げて奪還に移った。

 でも、ティナを見つけた時にはこっちが誰なのかも認識できないくらい意識が朦朧としていて――何か薬を使われたのは明白だった。

 思考がそこへ至った瞬間ワタルは怒り狂って凄い暴れようだった。
「俺の大切なもんに何しやがったッ! ティナは俺のっ――貴様ら二度と俺達に近付けないようにしてやる」
 朦朧とした意識の底にも届いたこの言葉がティナは嬉しかったみたい。
 ワタルの方は怒り心頭で何を言ったのか覚えてないみたいで現状に戸惑うばかりだけど。
 私の時もあんな風に怒ったのかな?

 その事件以降もティナに接触を図ろうとする外国の勢力があったみたいだけど一度拐われただけあって警戒は厳重で全て未然に防がれてた。
 こんなやり方でワタルやティナが協力するはずないのに……大陸には嘘でも強引でも自分達の都合のいいようにしか考えられない人間が多いらしい。
 それを聞いた時は尚更アドラに近いものを感じた。

「――諸君の健闘を祈る」
 いよいよ帰る、リオに会える。
 もうすぐだから――絶対帰るから。

 自衛隊の車列から離れた場所でティナが大きく跳び上がって日の光を反射して輝く剣を振り下ろした。
 普段使ってる人ひとりが入るのとは比べ物にならない大きな裂け目、そこへワタルの黒い雷が――黒い雷……?

 裂け目に黒い雷が飲み込まれた途端に風が吹き荒れて暗い穴が周囲を吸い込み始めた――。
「惧瀞出してっ、ワタルだけ先に飲まれた!」
「ええっ!? ちょ、え、でもこれ大丈夫なんですか!? なんか台風直撃並みな気が」
「綾ちゃん、もうおせぇ」
「ふぇ?」
「車体が浮き始めたようだな」
 ワタルに遅れて車がどんどん飲み込まれていく。
 裂け目への侵入に合わせてティナとは合流出来たけど先に飲まれたワタルは一人だけ違う方に流されていく。

「ワタルー!」
 嫌だ。
 離ればなれは嫌、一緒にリオの所に帰る――。
「っ! 来るなぁー!」
 どうしてそんな事言うの?
 車から離れようとする私をティナが咄嗟に腕を掴んで止めた。
 何してるの……? このままだとワタルが――。

「でもっ!」
「――何とかする! だから構うな! この流れの中これ以上はぐれるべきじゃない! 大人しくしてろ、絶対に来るな!」
 腕を掴むティナの力が増していく。
 放して、ワタルが居ないと帰れても意味がない。リオもワタルを待ってるのに――。
「ダメよフィオ、この流れの中ワタルの所まで辿り着けるはずがない」

「それでもっ! ワタル、そのロープに掴まって!」
 自分でも驚くくらいに声を荒げた。
 もしこのままワタルだけ別の世界に行ったら?
 車内にあったロープを投げるけど長さが足りない。
 嫌、嫌嫌嫌っ!
 これはダメだって心臓が早鐘を打つ。
「ワタル! ワタルワタル!」
「絶対に帰る、だから待ってろ!」
「絶対、絶対よ!」
 なんでそんな簡単に信じるの? そんなの無理だって簡単に分かる。ティナが居なくてどうやって帰ってくるの? 距離がどんどん離れてく。
 もうこの流れの中じゃどうやっても辿り着けない。それを理解してしまった。
 そして私は届かない手を伸ばしたまま光に飲まれた。

 軽く車が揺れて地面の上に居ることが分かった。
「なんで止めたの! なんでティナは助けに行かないの――」
「私だって……でもどうしろって言うのよ! あの中じゃ能力は使えないしあんな流れの中向かうなんてワタルの所に届かないどころかこっち側にも戻ってこられなくなってたわよ! 二重遭難なんてワタルが望むと思う!?」
 掴みかかると震える手で私の手を振りほどいた。

「ワタルが……好きな人がフィオの無事を願ったんだから仕方ないじゃない……」
「あのぉ~、もさちゃんの力でどうにかなったりしませんか? フィオさんは如月さんと会いたがってるわけですし、ここじゃなくても同じ世界に引き寄せるくらいは――」
「それよ惧瀞! ほらフィオ今から片時ももさを離すんじゃないわよ」
「ここがどこかも分からないのに――」
「ってそうよ。私上から周囲を確認してくるわ」
 ティナが上へ上へ昇っていく間に自衛隊は人員の確認と倒れた車両を起こす作業に移ってる。
 私は……力の抜けた腕でもさを抱き締めた。

「もさ……またワタルに会える?」
『きゅ? ……きゅぅ~』
 励ましてくれてるみたいにもさの肉球がそっと頬を撫でていく。
「お願い。同じ世界なら絶対探し出すから……一緒にリオの所に帰りたい――」
「敵影確認、オーク、ゴブリン多数――犬っぽいのと蛇女も居ます」

「みんなー! 破壊された封印石があったわ。間違いなくここはヴァーンシアの私の国よ! クオリアへっ、ようこそ!」
 オークの頭を串刺しにして降り立つティナの言葉を合図に攻撃が開始された。

 自衛隊の戦力での魔物の掃討は難しい事じゃなかった。
 敵は数ばかりで脅威になる個体は居なかった。
 逆に魔物側が日本人の武器を脅威と捉えて早々に瓦解して撤退していった。
 でも――。

「だーかーらー! 私はティナ・クオリアだって言ってるでしょ! 分からない人たちねぇ」
「姫様は封印石防衛にて戦死なさっている。姫の遺体を利用する輩かっ」
「ちっがうわよ! 生きてたの! ちょっと異世界に――」
「やはり異世界の輩か! みな構えろ! 魔物が異世界から異形の増援を呼び寄せたぞ」
 ティナに信用がないのか全く話が通らない。
 人間の言葉がじゃない、エルフのティナの言葉が届かない。
 それどころか車とかを見て警戒を強めてる。

「落ち着きなさいって言ってるでしょ!」
 落ち着けと言う本人が指示出ししてたエルフを昏倒させたけど……。
「ナハトを呼びなさい! この状況下で最前線の王都に来ていないはずがないわよね? 私たちはここで待ちます。説明を求める者はこちらに集まりなさい」
「おー、一応収まった。あの人本当に姫なんだなぁ」
「ナハトって人の名前を怖がっただけの気も」
 遠藤は感心してるけど惧瀞が正しそう、旅をした間によく聞いた話では戦闘に関してナハトはとても有名……? だったから。

「本当にティナか?」
「そうよ、私以外に何に見えるのよ?」
 ナハトが到着する頃には一部のエルフ達はティナの話に理解を示して武器を納めたけどまだほとんどのエルフは武器を構えて今にも攻撃しそうなほど警戒してる。
 それでも踏み止まってるのはもしかしたら、って考えが捨てきれないからだと思う。

「大体ねぇ、動く死体って話すの? 能力も使えるのかしら?」
 この国を襲ってる脅威は魔物だけじゃないみたいで戦死したエルフや獣人の死体が動き回って襲ってくるってエルフ達が話してたけど……動く死体……敵なら解体するしかなさそう。
 他にもハイオークの能力に厄介なものがあって全員が能力を持ってるエルフ達でも苦戦を強いられてるらしい。
「ふぇぇ、この世界ゾンビもありなんですかぁ……」
「ゾンビ?」
「私たちの世界では動く死体をそう呼ぶんですよ。まぁあっちの世界では創作の中の事ですけど」

 ナハト達はティナが切り裂いた空間を眉を寄せて凝視してる。
「お前がティナだとしてこれ程長い間どこに居た? その後ろのはなんだ? 明らかにこの世界の存在ではないだろう。それに周囲に散らばる魔物の死体の損傷具合、こんな殺し方を私は知らない。その後ろの人間達がやったのならこの国にとってそれは魔物に並ぶ脅威だ。何故そんなものを連れている!」
「さっき彼らには説明したけど、この人たちは自衛隊、ワタルの世界の軍隊よ。この世界に飛ばされた日本人の救出が目的でここに居るわ。私が日本に行く前の状況から推測して今のヴァーンシアには武装も必要だと判断したのよ」
「ワタルの世界だと? ……ならそのワタルはどこに居る? お前達が殺したのではないか?」
 僅かな殺気を覗かせながらナハトは丸まった紙を握り締めてる……地図! ワタルの居場所が分かる地図!

「ナハトそれ見せて!」
 ワタルの居場所――迎えに行かないと――。
「見てどうする? この地図は意味を失った。あの日からワタルの存在はどこにもありはしない!」
 大きく広げられた地図には何の印もない。
 やっぱり駄目なの……?

「ワタルは今世界の狭間を漂ってるわ。だから私は早く城に戻らないといけないの、ワタルを引き寄せる可能性があるのはもさとカーバンクルの宝石の力だと思うから」
「……一つ質問をする。それに答えられればお前が本物だと信じてやる」
「ええ、何でも答えてあげるわ」
「お前の一番の秘密は?」
 ティナが顔をひきつらせて周囲の空気も凍り付いていく。
「なんでよりにもよってそんな質問なのよ!? もっと他にあるでしょ!」
「魔物には偽物を作り出す奴もいる。しかし偽物は上辺の情報しかもっていないからな、私たちしか知らない情報で確認するのがいいだろう」
「…………よ」
「ん?」
 わなわなと震えて顔を真っ赤にしたティナが大きく息を吸って――。

「二十歳のお漏らしよ! ナハトとお酒飲みまくってべろべろに酔っ払って次の日目覚めたらベッドがべちゃべちゃだったのよッ! どう!? これでいいの!? 覚えてなさいよ!」
「別に大声で言う必要はなかったんじゃ……?」
 ティナは惧瀞の言葉で目を見開いて、震えだし、膝から崩れ落ちた。
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