黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

私だけが知ってる

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 血、血、ワタルの血、ワタルが私の中に居る――そんな不思議な感覚。
 熱い、熱い、身体中を巡る血が熱を持っているみたい。

 私の身体を巡るワタルの血は目覚めてから一晩眠る間に殆どの傷を消してしまった。
 おかげで昨日まで感じてた身体の重さもなくなって今までよりも調子が良いくらいかもしれない。

 ただ、少しだけ……ワタルが私の中に居て巡ってるのはずっと一緒みたいで嬉しいような恥ずかしいような……ちょっと胸がうるさくなる。

 医者は私の体をまだ細かく調べたそうにしてたけど、そんなつもりはない。
 傷が消えたのを見せてすぐに退院した。

 宿に戻ったら落ち着くかもしれないって思ったけど、やっぱりワタルの表情には影が差してる。

 私のことで怒って沢山人間を斬ったって惧瀞が言ってた。
 人間でも敵なら斬って当たり前だけどワタルはそうじゃない、倒すべき敵でも傷付けることを厭う人……。
 面倒くさい考え方だと思う。

 戦場で武器を持って向かってくる敵を殺すのは当然のこと、殺さなくても無力化するのは絶対に必要なこと、じゃないと自分が殺されてしまうから。
 なのに殺意を持って向かってくる敵を気遣うなんてしてたらいずれ死んでしまう。

 だから本当はそういう考え方はやめてほしい……けど、そんなワタルだから私は気になった。
 普通と違う――当たり前が当たり前じゃない変な人――。

 ここまで付いてきて、目が離せなくて、大切になった。
 変わってしまったらそれはもうワタルじゃないかもしれないって私とティナは思ってる。
 だから今のワタルのままでいてほしい。

 普通に振る舞ってるように見せてても表情は沈んで私やティナを避けてる。特に、触れそうになった時は過剰に怯えて離れていく。
 ティナが言うには自分が穢れたって思って私たちに触らない。

 ワタルの考え方だと私は上から下まで穢れしかないような場所で育ったけど、ワタルは私を嫌うのかな……?
 よく分からない。
 でもワタルは私が人を殺す事を知ってても一度だって私に汚いものを見る目を向けたことはない。
 そんなの私だって同じなのに……。

 退院の手続きでワタルが離れた時にティナが提案した作戦の内容は簡単、ひとりぼっちにさせない事――一時でも離れてしまったら今のワタルは勘違いしてどんどん避けて逃げて離れていくって言ってた。

 だから――。

「何やってんだよお前らは……フィオは退院したばかりだろ、大人しくしてろよ」
 逃げ回るワタルをティナと一緒に挟み撃ちした。
「大切な相手から逃げ回るなんて、ワタルこそ何をやってるのかしら? 強がらなくてもいいじゃない」
「…………大勢斬ったのに悩んで苦しんでいるとか、人間らしい振る舞いなんて許され――」
「何言ってるのかしらこの子は、悩んで苦しむのは普通の事でしょ。それが出来なくなったらただの化け物じゃない、私はそんなワタル嫌よ」
 人殺しは人間らしくしたらだめ……? 殺す事に苦しまず悩んで来なかった私は化け物……?
 もし、そうだとしても――。

「ワタルは今のままでいい。変わるのは、嫌。今のままでいて」
 苦しそうに顔を歪めると私たちの言葉を咀嚼してる。
 ワタルは人間、人間でいてほしい。

「物好きめ」
 大きくため息を吐いた後、少しだけ笑った。
 なんだかすごく久しぶりに見た気がする。
 困ってる時よりこっちの方がいい……だって、胸がぽかぽかするから。

 日本の官僚たちの話し合いが長引いててそれを誤魔化す為に惧瀞が観光を提案してきた。
 日本での用事が済んだなら早く帰りたいけど――最初はティナも乗り気じゃなかったけど惧瀞がワタルの気分転換になるかもって言うから私たちも提案に乗ることにした。

 惧瀞に引かれて遊ぶ為の服を買いに連れてこられたけど……。
「早速ひとりぼっちにしてしまったわね……」
「だから待ってるって言ったのに」
「ま、まぁ大丈夫よ! 宿に戻った時より表情が柔らかくなってたでしょ? 少し落ち着いたのよ! 服を買うのだってワタルを楽しませる為だし――それにもさがちゃんと傍に居るわ――」
「ティナ様こちらですよ~」
 連れてこられたのは派手な下着売り場…………。

「なるほど! 遊んで気持ちが高まった時のために用意しておくのね! どれがいいかしら」
「あはは……これ水着なんですけど……聞こえてませんね」
「水着って何? 下着じゃないの?」
 並んでるのは邪魔そうなヒラヒラが付いてたり紐だったり目がチカチカしそうな色をしてる布地、ティナは楽しそうだけど私はワタルが選んだのあるから要らない。

「水着は水遊びの為のものですよ。さぁフィオさんも選びましょう」
「水場に行くの?」
「はい、夏ですから涼しい場所に、その後お祭りがあるのでお祭り用の衣装も買いに行きましょうね。フィオさん好きな色はありますか?」
 ワタルが好きって言ったのを伝えたら惧瀞がすぐにそういうのを持ってきて私はそれに決めた。
 ティナの方はあれもこれもって色々着てみて大分悩んでた。

 水着の後は浴衣という日本の服を買いに行った。
 日本の祭りだと女はこれを着るらしい。
 布地には淡い青の花が描かれてて凄く綺麗、でも薄いしひらひらしてて私には似合いそうになくて不安になったけど店員と惧瀞が似合う似合うと繰り返してきっとワタルも褒めてくれるって言うからちょっとその気になって色々と髪を結ってもらったりもした。

 たった二着ずつの服を買うだけだったのに帰る頃には夕暮れでワタルの事が心配になってた。
 急いで宿に戻ると――。

 宿の庭の片隅でワタルがもさと猫に埋もれてた。
 こっちには気付いてないけど……日暮れとはいえこの気温の中で……暑そう。
「もふもふ天国がほしい……」
 私たちはそっとしておくことにして写真だけ撮って部屋に戻った……。

「フィオ」
「なに?」
「ワタル可愛かったわね」
「……ん」
 今日から私たちのすまほの画面が同じになった。

 ワタルは普通に振る舞おうと努めてる。
 表情は柔らかくなったし極端に避けることもなくなったけど、やっぱりどこか前とは違う。
 撫でてくれそうな時も撫でてくれない、寝る時も布団を離して一人で寝たいって言って私たちが近づくのを嫌がった。

 でも、眠ったワタルはいつの間にかこっちの布団に来てて私にしがみついてた。
 小さく震えて魘されるワタルの頭を抱いてそっと撫でる。
 不思議な気持ち……戦いで頼られるのとは違う。
 危険だから守らないといけないって気持ちと違う気持ち。
 前に私にしてくれたみたいに私の心臓の音を聞かせると震えは消えて落ち着いていった。
 私だけが知ってる弱々しいワタル――私だけが助けてあげられる。
 何かしてあげられるのはそんな心地よさがあった。

 目覚めてしまえば昨日と変わらない、少しだけ私たちを避けるワタルが戻ってくる。
 でもどこか――昨日よりももっと柔らかい表情な気がして――。
「あら、フィオがワタルを撫でてるのって珍しいわね」
「そういう気分なんだと」
「……ん、そういう気分」
「んふ~、じゃあ私もそういう気分になっちゃおうかしら」
「わ、こらティナのは気分じゃないだろ!」
「どうかしらね~?」
 ワタルを押し倒して身体中をまさぐってる……困り顔でちょっとだけ嬉しそうにティナを押し退けてる。
 ん、いつも通り。
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