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六章~目指す場所~
酒は飲んでも飲まれるな2
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「アッハハハハハハ、鳴け、もっと鳴けぇ! こんな事で覗きの罪が許されると思ってるのぉ?」
「今度はこっちの穴に入れてみようっと」
「こっちでもいいと思う」
…………すんごい怖いんですけど! 牧原さんの高笑いも、水無瀬さんと赤羽さんの発言も。この襖を開けるのが怖い、このまま踵を返して部屋に戻って飯を食って寝るべきでは? ……止めるのは絶対に無理、非は男性陣にありだし、ティナだけ回収してあとは好きにしてもらおう。さっと入ってさっと連れて行く、これで良し、行くか! …………俺は今、襖を開けた事を猛烈に後悔している。鼻に米が詰まって色々と顔に盛り付けられて落書きされてるやつ、簀巻き状態でケツの辺りから酒瓶が生えてるやつ、なんか分かんないけど泣いてるやつ、西野さんと宮園さんなんかお互いの手足絡めさせられた状態で縛られてて気色悪い。なんなんだよこれは…………怖いんですけど、直接的な恐怖と言うよりは理解出来ない事からくる恐怖? って感じだ。
「ワタルー、見られた、変質者に裸見られた――」
うわっめっちゃ酒くっさ! 臭いがきつくて飛び付いてきたティナを思わず避けた。あ、なんかデジャヴ――。
「嫌われたー!」
やっぱし!
「うっ……うぅ、なんで私がこんな目に…………とりあえず全員去勢ね。今度は本当に潰すわ」
ティナの言葉に男性陣全員が青ざめた。今のティナなら冗談ではなくマジでやりそう、目が据わってるもの。どうにかしろと全員が俺に視線を送ってくる、アンタら自業自得だろうに。
「アッハハハハハー、姫様過激~、でもやっちゃえ、やっちゃえー!」
牧原さん楽しそうだなぁ。
「落ち着けティナ、嫌ってな――ティナ、さん? 色々落ち着こう?」
ナニを潰しに行こうとしてるティナを止めようと肩を掴むと、一回転させられて組み敷かれた。
「…………証明して」
「はい?」
「嫌ってない、大切なままだって証明して」
俺にどうしろと? 己の身を心配してたやつらが今は興味津々な様子でこっちを凝視してるんですけど…………っ!? ティナの顔が近付いてきてるんですけど! ていうか本当に酒臭い、一体どれだけ飲んだんだ? もうこれ放置でもいいんじゃないか? 絶対酒が抜けたら覚えてないだろうし。
「いや落ち着けって、それに証明なんて――」
言いながらずりずりと畳の上を仰向けに這うが、それに合わせてティナも付いてくる。こんな逃げがいつまでも出来るはずもなく、壁まで追い詰められて逃げられなくなった。床ドン状態、これって男女の立場が逆じゃないか?
「そんなに私は魅力がない? こんな風に迫られたら男は我慢出来なくなるって聞いたのに」
それは俺が特殊と言うか、自分の気持ちがはっきりしないから踏み出せない、相手に踏み込んでいく事も怖い、この二つの相乗効果で強力なストッパーになってて抑制されてる――また顔が近付いてきてるし、でも逃げる先がない――。
「うっ、うっ……うぅぅ~ぅ、やっぱり嫌いなんだ。お金を払ってまで見ず知らずの女とは遊ぶくせに! 人間じゃないのが駄目なの!?」
「っ!? ち、ちがっ、泣くなって――ていうか金払って遊ぶって何!?」
ティナの目から涙が溢れてぽたぽたと俺の頬を伝って行く。なにこれ? なんでこんな事になってるんだよ!? 俺は悪くないはずだろ? なのに俺が泣かした風になってて非難の視線が。
「だって避けた…………あの日女遊びに出掛けたんでしょう?」
それほどに今のあなたは酒臭いんです。あの日って何? もしかして事件の日の話か? ……遠藤を見ると視線を逸らしやがった。
「最初は、ナハトが気に入ってるからからかって遊んでるだけだった。でも今は、本当に好きなの、だから避けたりしないで、嫌わないで、私を見て…………」
絞り出すようにそう言って、また顔が近付いて――倒れ込んできてそのまま眠っている。またか……心臓がバクバク言ってるんですが、あんまりこんな事が続いてると辛い。あんな風に言われて嫌なはずもないし、でも流される度胸もない。
「はぁ~、飲み過ぎだお前は、やっぱ飲ませちゃ駄目なんだな」
「え~、続きはぁ? ここでしなよ、大人しく見学してるから」
何言ってんのこの人……ティナを抱き上げて広間を引き上げようとすると牧原さんがそんな事を言ってくる。
「酔った女に手を出すなんて卑劣な事するわけないでしょ。人が弱ってる所に付け込むなんて最低な事しません」
たぶん……理性が保てて我慢が続く限りは…………うん、大丈夫。
部屋に戻るとフィオが起きていた。
「起きたんだな、俺も腹減ったぁ~。やっぱり酔っ払いの相手は大変だな」
とりあえず敷いてある布団にティナを寝かせてテーブルに着く。
「だれ?」
「は? っ! …………フィオさん、そこの徳利はなんですか?」
「しゃけ!」
お前もかーっ! なんで飲んでるんだ!? 飲めないわけじゃないのは知ってたけど、よりによってなんでこのタイミングだ!? しかも酔ってるし、もうめんどくさいよ!
「だれ?」
「……はぁ、航だ」
まさか相手が認識できない程に酒が回ってるのか? ……飲まないって言ったのに何で仲居さん酒を与えてるんだよ。
「わたるぅ~?」
視界がぼやけてるのか目をこすっている。近くで確認しようとしているみたいで服を掴んで屈まされた。近いちかい! 顔が近い! これだけ近くても分からないって、お前も酒に弱すぎだろ……若しくは合わない酒だったのか、どっちにしても弱いなら飲むな! そして目を細めて睨んできてるのが滅茶苦茶怖いぞ。これだけ近くても分からないのかぺたぺたと頬を触ってくる。
「あぁ~、ほんとだ」
「分かったら離れろ――」
「はぐっ」
押し退けようとしたら逆に押し倒されて耳元に顔を寄せられた。
「な、なにしてるっ!?」
「食べる」
意味分からんわ! 俺の耳は食い物じゃない。ぴちゃぴちゃと耳元で音がするのはぞわぞわする。
「離れろ――っていだだだだだだだだだっ、噛むな、噛むな! 千切れる、千切れるって! ――っ!?」
耳に息を吹き掛けられてぞくりとした。
「フフフ、ビクッってした……面白い」
誰だお前ーっ!? 目がとろんとしていて、紅い瞳が妖しく光ってる気がする。明らかにいつものフィオと違う、酔ってるから当然かもしれないけど、雰囲気が違い過ぎだ。
「フィオ? 疲れたろ、もう寝た方が良いんじゃないか?」
言いながらさっきと同じように畳の上を這う。なんなんだ今日は……俺が何か悪い事をしましたか? こんな挑発するような事を繰り返されてると正直理性がヤバいんですけど。
「まだ飲む、ワタルも」
「いや、俺は要らない――」
徳利を口元に近付けられたのを押し戻す。
「わらしの酒が飲めないの?」
怖い恐いこわい! 殺気を出すな! 呼吸すら忘れそうになるほどの圧迫感、ホントお前誰だ!? 徳利から直飲みしてるし。
「顔を寄せるなめちゃくちゃ臭い」
「飲まないなら口移しで飲ませ……るぅ」
寝た……口に含んでた酒がだらだらと零れてる。少し残念に感じている自分に呆れつつ眠ったフィオをティナの寝ている布団に放り込んだ。その拍子に浴衣が崩れたらしく少しはだけている。
「…………何考えてんだ、相手は酔っ払いで寝てるんだぞ」
唾を飲む音で我に返って首を振る。今日は色々起こり過ぎだ、飯食ったらここを出て散歩でもしよう。頭を冷やさないと寝られない。
「はぁあ~、結構いるんだなぁ。こういう綺麗な物を見せてやりたかったのに二人とも酒で潰れてるし、酒なんてあっちでも飲めるだろうに…………」
一人宿を出てぶらぶらと歩き回って蛍がいるって辺りまで来てみたが思っていたよりも沢山いるようで、辺りに他の光源がないのもあって幻想的な風景になっている。見せてやりたいんだけどなぁ、起こしに行ってもまだ酔ってそうだし、とりあえず写真は撮っておこう。
「あれ、如月さん? なんでこんな所に居るんですか? ティナ様たちはどうしたんですか?」
カシャカシャやってると宿の方から惧瀞さんがやってきた。
「……酔い潰れて寝てますよ。なんでこんな所にって、どういう意味ですか?」
「あ~、えっと、あははは――蛍綺麗ですねぇ!」
誤魔化したな、惧瀞さんも俺がなんかすると思ってたって事か。
「惧瀞さんは何でここに居るんですか?」
「少し飲み過ぎたので酔い覚ましです。軽く散歩するだけのつもりだったんですけど、おかげで良いものが見れました」
まだ酔いが覚めてないんだろう、少し赤い顔で惧瀞さんは蛍を眺めている。
「…………惧瀞さんはどうして異世界に行くんですか? 帰ってこられなくなる可能性もあるのに、自衛隊だからですか? 家族と会えなくなりますよ?」
「それも少しありますけど一応志願者だけですからそういった義務感じゃなく、帰れなくなってしまってる人達を家族のもとに帰してあげたいんです。私にはいないですから……でも、行方不明になってる方たちには帰りを待ってる人がいる。でないと捜索願なんて出しませんよね? その人たちの事を待ってる人達の所に帰してあげたい、想ってくれる人がいるのならそこに帰るべきだと思いますから」
惧瀞さんも家族がいないのか……それにしてもお人好しだなぁ、仕事だからってのもあるとは言ってるけど性格なんだろうな。
「見ず知らずの他人の為にそんな風に思えるなんて凄いですね」
「如月さんと同じだと思いますけど? 女の子を家族のもとに帰したじゃないですか」
俺のは違うな、罪悪感から逃げたかったのが強いし、惧瀞さんみたいに優しさからじゃない。
「俺は自分が苦しいのが嫌で必死だっただけだと思いますよ。俺、もう少しぶらぶらしてから戻るんで、おやすみなさい」
「あっ――」
あの話題が続くのが苦しくて逃げ出した。部屋には戻れないし、海まで歩いて砂浜で寝るか……元の世界に帰って来てるのに野宿、そしてそれが出来ちゃう状態になってる自分。
「変わったな、微妙な感じに…………」
「眩しい……なんか左腕の感覚が全くな――いぃいっ!?」
え? なんで惧瀞さんが俺の隣で俺の腕を枕にして寝てるんだ!? 一人で寝る為にふらふらしてたのに何がどうなってこうなった? 砂浜に寝転がった時は確かに一人だった。意識が途切れるまでの間にも誰か来た記憶はない、俺が何かしたって事は無いはずだ。
「く、惧瀞さん、起きてください。そして何もなかったという証言を」
「ふぁ、おはようございます如月さん」
起きはしたけどうつらうつらしていてまともに受け答えが出来るか不安だ。
「惧瀞さんなんでここに居るんですか?」
「如月さんが少し辛そうに見えたから途中で引き返して追いかけたんですけど、見つけた時にはもう寝てしまっていて、寝顔を見てたら私も眠くなったのでそのまま隣で失礼しました」
「なるほど、失礼ついでに枕にしたと」
「はい…………え? えぇえええっ!? あ、あ……あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい! 私枕が無いとよく眠れないから寝惚けて失礼な事を」
「まぁその事はいいですよ。痺れて感覚が全くないだけですから」
「全然いいって感じの言い方じゃないですよぉ」
多少トゲはあったが別に枕にされた事については怒ってはいない。問題は二人とも外で寝た事、時間は既に八時半を過ぎてる。あれだけ飲んでたから全員が起きてるって事は無いだろうが、一人二人は起きてる可能性がある。目が覚めて、居ない人間に気付いたらどうなる? それが男女で片方が酔っていたら? 確実に変に勘繰られるだろ…………。
「とりあえず惧瀞さんは先に帰ってください。俺は少し時間をずらしてから帰るんで――」
「へぇ~、どうしてずらして帰るのかしら?」
べろんべろんに酔ってた面倒な人が探しに来たーっ!?
「あ、あの、俺は何もしてないぞ?」
「…………」
なにこの無言の圧力、なんで浮気したみたいになってるんだ!? そもそも付き合っているとかじゃないんだから、もし何かあったとしても浮気じゃないだろ?
「…………はぁ~、いいわ。もし何かあっても最終的に私が一番になってみせるから」
「だから何もないって! 寝てただけ! ティナもフィオも酒臭過ぎて部屋に居れないから外で寝てただけだって!」
「そういえば飲んだのは覚えているのだけれど、その後何があったか全然記憶がないのだけど」
やっぱりないんかい! お前飲む度に記憶ないんだからいい加減に飲むのやめようと思えよ。
「ティナは今後絶対に飲酒禁止な」
「父様が居ない所でくらい自由にしたいし、それにワタルとも一緒に飲んでみたいのだけれど――」
一緒に飲んでもティナは記憶が飛ぶでしょーが!
「駄目ダメ、記憶がなくなってるやつが何言ってんだ。昨日は色々と大変だったんだぞ――」
「如月さん言わない方が」
惧瀞さんにそっと耳打ちされた。そうだった、わざわざ教えて面倒を引き起こす必要はない。
「ワタル? 昨日何かあったの?」
「とにかく禁止な、俺酒臭い人嫌――」
「やめるわ」
「即答……如月さん愛されてますねぇ」
こうしてティナは禁酒を宣言した。余談だが、宿に戻って目を覚ましたフィオに風呂場での事とかをティナに言わないよう口止めしようと話したら、フィオも記憶がなくてキョトンとされた。やっぱり酒は面倒だと改めて思った。
「今度はこっちの穴に入れてみようっと」
「こっちでもいいと思う」
…………すんごい怖いんですけど! 牧原さんの高笑いも、水無瀬さんと赤羽さんの発言も。この襖を開けるのが怖い、このまま踵を返して部屋に戻って飯を食って寝るべきでは? ……止めるのは絶対に無理、非は男性陣にありだし、ティナだけ回収してあとは好きにしてもらおう。さっと入ってさっと連れて行く、これで良し、行くか! …………俺は今、襖を開けた事を猛烈に後悔している。鼻に米が詰まって色々と顔に盛り付けられて落書きされてるやつ、簀巻き状態でケツの辺りから酒瓶が生えてるやつ、なんか分かんないけど泣いてるやつ、西野さんと宮園さんなんかお互いの手足絡めさせられた状態で縛られてて気色悪い。なんなんだよこれは…………怖いんですけど、直接的な恐怖と言うよりは理解出来ない事からくる恐怖? って感じだ。
「ワタルー、見られた、変質者に裸見られた――」
うわっめっちゃ酒くっさ! 臭いがきつくて飛び付いてきたティナを思わず避けた。あ、なんかデジャヴ――。
「嫌われたー!」
やっぱし!
「うっ……うぅ、なんで私がこんな目に…………とりあえず全員去勢ね。今度は本当に潰すわ」
ティナの言葉に男性陣全員が青ざめた。今のティナなら冗談ではなくマジでやりそう、目が据わってるもの。どうにかしろと全員が俺に視線を送ってくる、アンタら自業自得だろうに。
「アッハハハハハー、姫様過激~、でもやっちゃえ、やっちゃえー!」
牧原さん楽しそうだなぁ。
「落ち着けティナ、嫌ってな――ティナ、さん? 色々落ち着こう?」
ナニを潰しに行こうとしてるティナを止めようと肩を掴むと、一回転させられて組み敷かれた。
「…………証明して」
「はい?」
「嫌ってない、大切なままだって証明して」
俺にどうしろと? 己の身を心配してたやつらが今は興味津々な様子でこっちを凝視してるんですけど…………っ!? ティナの顔が近付いてきてるんですけど! ていうか本当に酒臭い、一体どれだけ飲んだんだ? もうこれ放置でもいいんじゃないか? 絶対酒が抜けたら覚えてないだろうし。
「いや落ち着けって、それに証明なんて――」
言いながらずりずりと畳の上を仰向けに這うが、それに合わせてティナも付いてくる。こんな逃げがいつまでも出来るはずもなく、壁まで追い詰められて逃げられなくなった。床ドン状態、これって男女の立場が逆じゃないか?
「そんなに私は魅力がない? こんな風に迫られたら男は我慢出来なくなるって聞いたのに」
それは俺が特殊と言うか、自分の気持ちがはっきりしないから踏み出せない、相手に踏み込んでいく事も怖い、この二つの相乗効果で強力なストッパーになってて抑制されてる――また顔が近付いてきてるし、でも逃げる先がない――。
「うっ、うっ……うぅぅ~ぅ、やっぱり嫌いなんだ。お金を払ってまで見ず知らずの女とは遊ぶくせに! 人間じゃないのが駄目なの!?」
「っ!? ち、ちがっ、泣くなって――ていうか金払って遊ぶって何!?」
ティナの目から涙が溢れてぽたぽたと俺の頬を伝って行く。なにこれ? なんでこんな事になってるんだよ!? 俺は悪くないはずだろ? なのに俺が泣かした風になってて非難の視線が。
「だって避けた…………あの日女遊びに出掛けたんでしょう?」
それほどに今のあなたは酒臭いんです。あの日って何? もしかして事件の日の話か? ……遠藤を見ると視線を逸らしやがった。
「最初は、ナハトが気に入ってるからからかって遊んでるだけだった。でも今は、本当に好きなの、だから避けたりしないで、嫌わないで、私を見て…………」
絞り出すようにそう言って、また顔が近付いて――倒れ込んできてそのまま眠っている。またか……心臓がバクバク言ってるんですが、あんまりこんな事が続いてると辛い。あんな風に言われて嫌なはずもないし、でも流される度胸もない。
「はぁ~、飲み過ぎだお前は、やっぱ飲ませちゃ駄目なんだな」
「え~、続きはぁ? ここでしなよ、大人しく見学してるから」
何言ってんのこの人……ティナを抱き上げて広間を引き上げようとすると牧原さんがそんな事を言ってくる。
「酔った女に手を出すなんて卑劣な事するわけないでしょ。人が弱ってる所に付け込むなんて最低な事しません」
たぶん……理性が保てて我慢が続く限りは…………うん、大丈夫。
部屋に戻るとフィオが起きていた。
「起きたんだな、俺も腹減ったぁ~。やっぱり酔っ払いの相手は大変だな」
とりあえず敷いてある布団にティナを寝かせてテーブルに着く。
「だれ?」
「は? っ! …………フィオさん、そこの徳利はなんですか?」
「しゃけ!」
お前もかーっ! なんで飲んでるんだ!? 飲めないわけじゃないのは知ってたけど、よりによってなんでこのタイミングだ!? しかも酔ってるし、もうめんどくさいよ!
「だれ?」
「……はぁ、航だ」
まさか相手が認識できない程に酒が回ってるのか? ……飲まないって言ったのに何で仲居さん酒を与えてるんだよ。
「わたるぅ~?」
視界がぼやけてるのか目をこすっている。近くで確認しようとしているみたいで服を掴んで屈まされた。近いちかい! 顔が近い! これだけ近くても分からないって、お前も酒に弱すぎだろ……若しくは合わない酒だったのか、どっちにしても弱いなら飲むな! そして目を細めて睨んできてるのが滅茶苦茶怖いぞ。これだけ近くても分からないのかぺたぺたと頬を触ってくる。
「あぁ~、ほんとだ」
「分かったら離れろ――」
「はぐっ」
押し退けようとしたら逆に押し倒されて耳元に顔を寄せられた。
「な、なにしてるっ!?」
「食べる」
意味分からんわ! 俺の耳は食い物じゃない。ぴちゃぴちゃと耳元で音がするのはぞわぞわする。
「離れろ――っていだだだだだだだだだっ、噛むな、噛むな! 千切れる、千切れるって! ――っ!?」
耳に息を吹き掛けられてぞくりとした。
「フフフ、ビクッってした……面白い」
誰だお前ーっ!? 目がとろんとしていて、紅い瞳が妖しく光ってる気がする。明らかにいつものフィオと違う、酔ってるから当然かもしれないけど、雰囲気が違い過ぎだ。
「フィオ? 疲れたろ、もう寝た方が良いんじゃないか?」
言いながらさっきと同じように畳の上を這う。なんなんだ今日は……俺が何か悪い事をしましたか? こんな挑発するような事を繰り返されてると正直理性がヤバいんですけど。
「まだ飲む、ワタルも」
「いや、俺は要らない――」
徳利を口元に近付けられたのを押し戻す。
「わらしの酒が飲めないの?」
怖い恐いこわい! 殺気を出すな! 呼吸すら忘れそうになるほどの圧迫感、ホントお前誰だ!? 徳利から直飲みしてるし。
「顔を寄せるなめちゃくちゃ臭い」
「飲まないなら口移しで飲ませ……るぅ」
寝た……口に含んでた酒がだらだらと零れてる。少し残念に感じている自分に呆れつつ眠ったフィオをティナの寝ている布団に放り込んだ。その拍子に浴衣が崩れたらしく少しはだけている。
「…………何考えてんだ、相手は酔っ払いで寝てるんだぞ」
唾を飲む音で我に返って首を振る。今日は色々起こり過ぎだ、飯食ったらここを出て散歩でもしよう。頭を冷やさないと寝られない。
「はぁあ~、結構いるんだなぁ。こういう綺麗な物を見せてやりたかったのに二人とも酒で潰れてるし、酒なんてあっちでも飲めるだろうに…………」
一人宿を出てぶらぶらと歩き回って蛍がいるって辺りまで来てみたが思っていたよりも沢山いるようで、辺りに他の光源がないのもあって幻想的な風景になっている。見せてやりたいんだけどなぁ、起こしに行ってもまだ酔ってそうだし、とりあえず写真は撮っておこう。
「あれ、如月さん? なんでこんな所に居るんですか? ティナ様たちはどうしたんですか?」
カシャカシャやってると宿の方から惧瀞さんがやってきた。
「……酔い潰れて寝てますよ。なんでこんな所にって、どういう意味ですか?」
「あ~、えっと、あははは――蛍綺麗ですねぇ!」
誤魔化したな、惧瀞さんも俺がなんかすると思ってたって事か。
「惧瀞さんは何でここに居るんですか?」
「少し飲み過ぎたので酔い覚ましです。軽く散歩するだけのつもりだったんですけど、おかげで良いものが見れました」
まだ酔いが覚めてないんだろう、少し赤い顔で惧瀞さんは蛍を眺めている。
「…………惧瀞さんはどうして異世界に行くんですか? 帰ってこられなくなる可能性もあるのに、自衛隊だからですか? 家族と会えなくなりますよ?」
「それも少しありますけど一応志願者だけですからそういった義務感じゃなく、帰れなくなってしまってる人達を家族のもとに帰してあげたいんです。私にはいないですから……でも、行方不明になってる方たちには帰りを待ってる人がいる。でないと捜索願なんて出しませんよね? その人たちの事を待ってる人達の所に帰してあげたい、想ってくれる人がいるのならそこに帰るべきだと思いますから」
惧瀞さんも家族がいないのか……それにしてもお人好しだなぁ、仕事だからってのもあるとは言ってるけど性格なんだろうな。
「見ず知らずの他人の為にそんな風に思えるなんて凄いですね」
「如月さんと同じだと思いますけど? 女の子を家族のもとに帰したじゃないですか」
俺のは違うな、罪悪感から逃げたかったのが強いし、惧瀞さんみたいに優しさからじゃない。
「俺は自分が苦しいのが嫌で必死だっただけだと思いますよ。俺、もう少しぶらぶらしてから戻るんで、おやすみなさい」
「あっ――」
あの話題が続くのが苦しくて逃げ出した。部屋には戻れないし、海まで歩いて砂浜で寝るか……元の世界に帰って来てるのに野宿、そしてそれが出来ちゃう状態になってる自分。
「変わったな、微妙な感じに…………」
「眩しい……なんか左腕の感覚が全くな――いぃいっ!?」
え? なんで惧瀞さんが俺の隣で俺の腕を枕にして寝てるんだ!? 一人で寝る為にふらふらしてたのに何がどうなってこうなった? 砂浜に寝転がった時は確かに一人だった。意識が途切れるまでの間にも誰か来た記憶はない、俺が何かしたって事は無いはずだ。
「く、惧瀞さん、起きてください。そして何もなかったという証言を」
「ふぁ、おはようございます如月さん」
起きはしたけどうつらうつらしていてまともに受け答えが出来るか不安だ。
「惧瀞さんなんでここに居るんですか?」
「如月さんが少し辛そうに見えたから途中で引き返して追いかけたんですけど、見つけた時にはもう寝てしまっていて、寝顔を見てたら私も眠くなったのでそのまま隣で失礼しました」
「なるほど、失礼ついでに枕にしたと」
「はい…………え? えぇえええっ!? あ、あ……あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい! 私枕が無いとよく眠れないから寝惚けて失礼な事を」
「まぁその事はいいですよ。痺れて感覚が全くないだけですから」
「全然いいって感じの言い方じゃないですよぉ」
多少トゲはあったが別に枕にされた事については怒ってはいない。問題は二人とも外で寝た事、時間は既に八時半を過ぎてる。あれだけ飲んでたから全員が起きてるって事は無いだろうが、一人二人は起きてる可能性がある。目が覚めて、居ない人間に気付いたらどうなる? それが男女で片方が酔っていたら? 確実に変に勘繰られるだろ…………。
「とりあえず惧瀞さんは先に帰ってください。俺は少し時間をずらしてから帰るんで――」
「へぇ~、どうしてずらして帰るのかしら?」
べろんべろんに酔ってた面倒な人が探しに来たーっ!?
「あ、あの、俺は何もしてないぞ?」
「…………」
なにこの無言の圧力、なんで浮気したみたいになってるんだ!? そもそも付き合っているとかじゃないんだから、もし何かあったとしても浮気じゃないだろ?
「…………はぁ~、いいわ。もし何かあっても最終的に私が一番になってみせるから」
「だから何もないって! 寝てただけ! ティナもフィオも酒臭過ぎて部屋に居れないから外で寝てただけだって!」
「そういえば飲んだのは覚えているのだけれど、その後何があったか全然記憶がないのだけど」
やっぱりないんかい! お前飲む度に記憶ないんだからいい加減に飲むのやめようと思えよ。
「ティナは今後絶対に飲酒禁止な」
「父様が居ない所でくらい自由にしたいし、それにワタルとも一緒に飲んでみたいのだけれど――」
一緒に飲んでもティナは記憶が飛ぶでしょーが!
「駄目ダメ、記憶がなくなってるやつが何言ってんだ。昨日は色々と大変だったんだぞ――」
「如月さん言わない方が」
惧瀞さんにそっと耳打ちされた。そうだった、わざわざ教えて面倒を引き起こす必要はない。
「ワタル? 昨日何かあったの?」
「とにかく禁止な、俺酒臭い人嫌――」
「やめるわ」
「即答……如月さん愛されてますねぇ」
こうしてティナは禁酒を宣言した。余談だが、宿に戻って目を覚ましたフィオに風呂場での事とかをティナに言わないよう口止めしようと話したら、フィオも記憶がなくてキョトンとされた。やっぱり酒は面倒だと改めて思った。
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