黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

私の気持ち

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「んぅ~…………どこ?」
 ワタルの家に戻った後のちょっとした事件のせいでなかなか寝付けなかった私は目覚めると車の中にいた。
「こっちも漸くだな、おはようさん。お前はもう少し早起きをする習慣を付けろ、そしてそろそろ放せ」
 だって……あんな事になったせいでびっくりして寝られなかった。
「ん」
 寝る前から抱き締めててたぶんずっと放さなかったワタルの腕を解放する。

「どこ行くの?」
 見覚えの無い場所に停まっている車に私を置いて行ってしまう。
「携帯を買うんだよ。俺のは機種変とフィオとティナのを新規契約で」
「んん? ケイタイってなに?」
「あぁ~、これだ。これは壊れたから代わりを買うんだ。あと二人の分もな」
「…………別にいらない」
 この世界の人間がよく使う板、音楽が聞けるの凄いけど私は音楽なんて知らない、況してや異世界の音楽なんてもっと知らない。

「こっちの世界じゃこれを持ってればどこに居ても話しが出来るんだぞ?」
「? どうせいつも一緒に居る」
 そんなものを持ってるからって今の状態なら私はワタルの単独行動を許したりしない。
「とにかく有って困るもんじゃないから買っとくんだ」
 私の意図を読み取ったのか少し不機嫌そうに話を打ち切るとワタルは建物の中に入って行ってしまった。

「いらっしゃいま――あっ…………」
 追いかけて店の中に入ると驚いた店員が慌てて目を逸らした。
 ワタルはそれを見ないふりをして飾ってある板を物色するのに集中してる。

「俺はこれにするけど、フィオは同じのでいいか? それとも他に気になるのとかあるか?」
「同じでいい」
 そもそも私にはここに並んでる板の違いなんて分からない。ならワタルと同じのがいい。
「すいません。これ三つ、一つは機種変で二つは新規で」
「あっ、はいっ、身分証はお持ちでしょうか――」

 何か書類を書き込んでる……お金を渡して終わりじゃないの?
 この世界の難しい仕組みはめんどくさそう。
 もっと簡単にすればいいのに。

「ほれ、これがフィオのだ」
「ん、変な板」
 お金を払い終えたワタルが板をくれた。
 つるつるしてる……でも金属とも違う……変な板。
「スマホだ、ス、マ、ホ」
「すまほ…………」
 またワタルに貰った。
 どんな物でも何かしてくれるのは嬉しい――でも、してもらってばかりだと変な気がする。
 私も訓練以外で出来ること何かないかな。

「ありがとうございました。これ待ち受けにしますね」
 はしゃぐ店員達はしゃしんを取り終えると板にそれを映し出した。
「! ワタルっ、私もこれやりたい」
 板に興味はなかったけどあんな風にワタルの絵が出てくるのは嬉しい。店員達がやったのをこの板も出来るなら今すぐやりたい。
「これって、待ち受け設定?」
「ワタルの絵にして」
 板を光らせたら絵が出てくる、そして店員達はその絵を好きに変えてた。なら、私はワタルの絵にする。
 ワタルの何か教えてくれる時の優しい笑顔――困った時の笑顔――どっちも好き、どっちにしよう?

「あ~、これはそういう設定は――」
「じゃあ私が撮りますね。お二人とも並んでください、ん~、身長差が有り過ぎて変な感じになりますね」
 見送りに来た店員が写真を撮ってくれるらしい。
 身長差で上手く映らないなら、いいこと思い付いた。
「ならこうする」
「うお!?」
 ワタルは背に飛び乗った私を困った表情で、それでも優しく見つめてくれる。驚いてるけど迷惑そうじゃない、私を見るその目がすごくあたたかくて……だから――。

「あー、いいですね~撮りま~す。はい、いい感じに撮れましたよ」
「! ありが、とう」
 板には困ったように笑うワタルと自分とは思えないほど笑顔の私が居た。
 私ワタルと居る時いつもこんな顔……?
 少し、顔が暑くなってきた……自分がこんな風に笑えるなんて……板の中に居る私は親に甘える童女のようで少し子供っぽい。

「いえいえ、こちらこそ一緒に写真を撮ってくださってありがとうございました」
『ありがとうございましたー』
 機嫌のいい店員達が総出で見送ってくれた。
 ワタルの写真撮ってくれたから満足。

「ワタル、絵が消えた」
「あ? あ~、ここのボタン押せ」
「出た」
 絵の中でワタルが優しい目で私を見てる。ティナにはこんなのしない、リオにするのとも違う、それがなんだか誇らしい。

 家に戻ると他国の特使が私たちを自国に招きたいと訪ねて来てた。

 終始笑顔を絶やさない男――。
 でも目は笑ってない。
 この目に似たのを私は知ってる。
 自信過剰で常に自分が上位の存在って疑わず相手を下と見て周りは従って当然と思ってる貴族の目――。

 ワタルは行かないって言ったけど、そんな事男はは気にしてない。
 ヴァーンシアに行く方法――ティナが目的――。
 男が喋る度にワタルの表情は硬くなる。
 ワタルにこんな顔をさせる、それがすごく――嫌。

「帰って」
 拒絶を示しても食い下がる男達を強制的に追い払う事にする。
 ワタルが怒るから手は出さない。
 鈍い相手でも分かりやすいくらいに殺気を漏らすと男達の顔に緊張が走った。
 今ので本能が理解したはず――。

 護衛らしき男が懐に手を突っ込んだけどそれをしたらどうなるか悟って動きを止めた。
 音からして懐にあるのは銃――それを抜けば私は迷いなく――をする。

 特使を追い払ったのはいいけど勢いで見張りの一人が出てきたから見張られてたのがワタルにバレた。
 でも、クジョウが最初の魔物事件で助けられた事を明かしてお礼を言ったらワタルはため息を吐きながら警戒を解いた。

 その後は開き直ったクジョウの同行をワタルが許可したけど……なんだかワタルと居る時間を邪魔されたみたいでちょっともやもやする。

「それで、これがワタルの名前なの?」
「ああ、ここを押せば通話が出来るようになる。こっちがフィオのな」
「これでフィオって読むの? ワタルの字と随分違う気がするのだけど、私の字はどんな風になるの?」
 東京に戻る移動中に私とティナはすまほの使い方を教わってる。
 この世界の字が読めないから操作がすごく難しい。
 字にも種類があるみたいでこの国だけで三種類も使ってるって言ってる……。
 それなのにすまほに出てくる文字は外国のもあるとか言うからますます訳が分からない。
 ヴァーンシアみたいに統一すれば簡単なのに。

「なぁ、フィオのソリチュードって誰が付けたんだ?」
「知らない、最初から呼ばれてた」
 この世界の文字で表した自分の名前やワタルの名前を教わってると不意にワタルがそんな事を聞いてきた。
 最初から……? 本当にそうだった? 私はいつからフィオ・ソリチュードだった……?

 自分を名付けた存在――。
 考えたこともなかった。
 でも、確かに私にも家名が付いてる。なんで……?
 混ざり者は道具だった。力を示しても人間にはなれない、ただ他より有能な道具って認識されるだけ――。

「……ソリチュードって確か英語とフランス語で孤独って意味だった気がするんですが…………」
 私の名前を聞いて考え込んだ様子だったクジョウがぽつりとそう漏らした。
「孤独…………」
 孤独――ひとりぼっち――あぁ……思い出した。

 力を示して、訓練で他の混ざり者を殺して、殺して、殺して――。

 他の混ざり者たちは殺されない為に訓練外で私を懐柔しようとした事があった。
 その頃にフィオって名前のあとにソリチュードが増えた。お前たちとこれは違うって――。

 それ以来他の混ざり者が私に声をかけようとする事はなくなった。
 たぶん、家名が付いて私だけ道具じゃなくなったと思われたのかもしれない。

 私自身は他に興味はなかったし言われたことだけを済ませていた私には敵かそうじゃないか判断出来ればよかった。
 だから他人の反応はどうでもよかった。

 でも今は――この名前が孤独を招くなら捨ててしまいたい。
 一人なんて気にしないはずだった。ワタルと出会うまでは一人を意識することもなかった――。
 煩わしくないのだって歓迎――それでも――。
 もしこんなものでワタルやリオが離れて行くかもしれないならこんなものすぐに捨てたい。

「あぁ~、フィオさん元気出してください……そうだ! 結婚しちゃえば苗字は相手の方の苗字に変わりますよ!」
 結婚したら同じ家名……同じ名前……なら――。
「結婚……家族で使う名前…………ワタルと同じのがいい。結婚して」
 ワタルの名前が欲しい。

「あのな、結婚は好きな相手とするもんだ。今の言葉はいつか好きになった相手に言え」
「? ワタルの事好きだけど」
 何を狼狽えてるの?
 ワタルの視線は忙しなく動いて私を見ない。
 いつもの優しい目はなくなってそこには困惑しかない。

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、俺が言ってるのはそういう意味の好きじゃない。それにお前は他の人間を殆ど知らないじゃないか、わざわざこんなのを選ぶな。もっといい人が沢山いるから――」
「ならどういう意味?」
 はっきりと言わないけどワタルは拒絶した。
 それに……私がワタルを大切な気持ちは違うって言われてる気がして……なにこれ……胸が痛い……。

「説明は……難しい、そういうのも含めて、色んな事を知って色んな人と関われば俺の言ってる意味も分かってくるだろうし、俺なんかつまんない人間だって分かって本当に好きになれる相手も出来るだろうから――」
「っ!」
 なんでそんな事言うの? ワタルは私に楽しいを――初めてをいっぱいくれた。
 すごく大切なのに――。
 本当の好きってなに? 私の好きは偽物なの?
「ちょ、どこ行くんだ――って、えぇー」

 胸が痛くて、ワタルの言葉をこれ以上聞くのが耐えられなくて私は逃げ出した。
 要らない要らない要らないっ。
 こんな初めては要らない。

 痛い、痛い、痛い――。
 胸が苦しい。
 私の気持ちの何が違うの?
 私の気持ちは偽物なの?
 私が混ざり者だから駄目なの?

 私も人間って言ったくせに――私の事大切って言ったくせにっ…………。

 気が付くと知らない場所だった。大きな建物が建ち並んだ合間の道――。
 私に気付いた人たちが遠巻きに様子を窺いながら通り過ぎていく。
 私を見てすまほを取り出して写真を取ってるのも居る。

 それを見て取り出したすまほには私に優しい目を向けてくれるワタルが居る。
「どうして、私の気持ちは違うの……?」
 何かが頬を伝った。

「ねぇ、君ってあのフィオちゃん?」
 ヴァーンシアでもよく居たチンピラみたいなのが好奇の視線を向けてくる。
 が何を指してるのかは知らないけど――。
「私はフィオ・
「へぇ、やっぱり本物なんだ? よかったらこれから俺らと遊びに行かない? ――ん? なんだお前、何見て――如月航?」
 男が目を向けた先には荒い息をしたワタルが立ってた。
 なんで探しに来たの? 大切じゃないくせに、私の気持ち偽物って言ったくせに…………。

「いや、違うだろ、こいつポニテだし、ただのコスプレ野郎だろ。剣まで持っちゃってるよ」
「フィオちゃんに聞けばいいじゃん。あいつの事知ってる?」
「知らない」
 ワタルなんて知らない。
 こんなに痛いばっかりならもう……私の気持ち偽物なら、もうどうでもいい。

「フィオ、さっきの事は謝――」
 謝る……? どうして?
「おいおい、なに馴れ馴れしくフィオちゃんに近付こうとしてるんだよ? コスプレして自分が航だとでも思ってる異常者か?」
「いや、俺は――」
「だから近付くな、って言ってんだろ」
 邪魔……。
「なに笑ってんだよっ!」
「って、待てマテまて! なに一般人相手にナイフ抜いてんだ!? 魔物じゃないんだぞ!?」
 ワタルが殴られたのを見た瞬間私は男を殺そうとしていた。
 ワタルが間に入らなかったら減速せずにたぶん殺してた。

『なっ!?』
「ワタルの事殴った」
「お前さっき俺の事知らないって言ったからだろうが」
「…………」
 ワタルの動きを見てチンピラたちはざわめき始めて後退ろうとするけど体が強張って硬直してる。

「とにかくフィオ、とりあえずナイフ納めろ。そしてもう攻撃も無しだ、普通の人間相手にこんな事したら駄目だろう?」
「だって…………私の大事なもの、殴った」
 こんなに大切だって思うのに、あの程度の殴打でこんなに胸がざわつくのに――それなのにこの大切は偽物なの? なら本物はどんなのなの?

「まぁ怪我も無いから怒るなよ…………それと、さっきの事は俺が悪かった。フィオの気持ちを考えてなかった。でも、俺にも色々あるんだよ、だから今はそういうのは考えられないというか――」
 考えてなかった? 私の気持ち分からないのに違うって言ったの……?
「私の事……大事?」
 これだけははっきりして欲しい。

「大切、だと思う」
 煮え切らない……でも、ちゃんと私を見ていつもの優しい目で言った。
「なら、いつなら考えられるの?」
「あ~…………そうだな。フィオがもっと色んな事を知って、それでも同じ事を言ってくれるなら、その時に」
 それはこれからも私に色んな事を見せて教えてくれるって事?
 こんな事を言うって事はワタルは私の気持ちが変わると思ってるの?
 やっぱりワタルは私の気持ち分かってない。

「…………分かった」
 でも今はこれで我慢する。
 私の気持ちは変わらない、だって――あんなに痛かったのにワタルの優しい目を見たら消えた。
 きっと変わらない――ううん、たぶんもっと大切になっていく。
 だからそれを分かってもらえるまで――それまでは我慢する。
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