黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

複雑な世界

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 何度も、何度も、何度も――。
 私はワタルを叩きのめす。最低限の逃げ道を与えながら――。
 ワタルが教えてくれるのとは大違い――それでもどんな状況でも生き残らせる為には手を抜くわけにはいかない。

 騙しも織り交ぜた私の動きを殆ど目では追えてない。それなのに――また、反応した。
 能力は足りてなくても気配には酷く敏感……? 少しずつ、回り込む時の自分の気配を断って反応しづらくしていく。

 避けられてるわけじゃない、きちんと受けて防いでるわけでもない。
 それでもワタルは確かに私の位置を察知しているように思う、不思議……。
 剣の紋様があっても元は普通の人間なのにどれだけ叩きのめしても瞳の奥の光は揺らがない。
 混ざり者の訓練にはこんなの居なかった。
 私も今と違って鍛えようとは思ってなかったし逃げ道も与えてなかったけど……。

 炎天下の中ひたすらワタルに攻撃を加える。
 僅かばかりの逃げ道を与えながら――どう受けるのか、どう動くのか。そんなもの教えるよりも自分で見つけ出せるようになるべき。

 でないと決まった動きにしか対応出来なくなる。どんな状況にあっても生き延びられる道を見つけ出す能力を備えて欲しい。

 ワタルは守る。
 それでもワタルはどんな無茶をするか予測がつかない。そんな時地力が無いと簡単に折れる。
 そんな事は許さない、認めない。
 だから私は力の加減以外は加減しない、全力で動いて翻弄する。
 それに対応して、生き残れる力を付けて。

「ふぃ、フィオ~、もう、もう勘弁してくれぇ~」
 足を払われて転けたワタルはとうとう弱音を漏らした。光は消えてない、諦めたわけじゃない……でもちょっとやりすぎた…………。

 辺りは茜色から黒になり始めていて日暮れの終わりが近づいてきてるみたいだった。
 随分長くやった。
 這いつくばるワタルは疲労困憊で虫の息みたいになってる。
 でも課題は達成されてない。
 疲労時の動きも学ぶべきだけど……流石に今これ以上やっても効果は出そうにない。

「…………明日続きをする」
「二人とも~、まだやるの~?」
「今日は終わり、でも夜の戦闘訓練もしておいた方がいいかもしれない」
 ワタルは嫌そうな顔をするけど夜と昼間じゃ全然違う。遮蔽物があれば余計に気配は断ちやすくなる。無茶をするなら相応の力を付けないと困る。

「うわ~、二人とも汗びっしょり、ワタルは泥も付いてるし」
 家に入ると外とは違うひんやりとした心地良い風が吹き付けてくる。
 やっぱりえあこんは凄い。
 ヴァーンシアでも火を焚けば暖は取れる。でも部屋の中で涼しくなる事なんて出来ない、出来るとしたら覚醒者くらい。

 でもこの世界は誰もがこういう道具を均一に使える、色んな事が出来る。だから少し怖い、銃があれば、もしくは他の――もっと危険な武器さえあれば誰もがワタルを殺せる――。
 いや、ワタルだけじゃない。
 個なら圧倒的に私の方が強い、銃もきっと対処出来る。でも、もしもあれが複数だったら?
 一定以上の戦力を持った遠距離から攻めてくる軍隊……すぐには死なない。
 でも雨粒のようにあれを浴びせられたら……? きっと私も死ぬ、雨粒すべてを避けられない限り――。

 この世界を魅力的だと思いながらもあんな武器を作り出す必要がある争いをする――より効率良く殺す方法を作り出す人間というものの残酷さはアドラと違いはないのかもしれないとも思う。

 私の想い描いてたのと違う――なんて文句を言うのも変かもしれない。
 だって私はツチヤを知ってたんだから……この世界にも汚いものはある。敵、味方――良い人、悪い人、私は世界を簡単に色分けしてた。
 でも……この世界の人は――ううん、ヴァーンシアも本当は私が思うようには簡単じゃないのかもしれない――。

「早くお風呂に入ったら? 少し汗臭いわ」
「言われなくても入るよ。ベタベタして気持ち悪い」
 私も少しべたべたする。動きやすいように布の触れる部分は少なめだけど、それでも流石に不快。
「あー、生き返る~、ティナはもう風呂に入ったんだよな?」
 ワタルがえあこんの前に陣取って涼しい風を一人占めしてる……背が高いのずるい。
「ええ……もしかして一緒に入りたかった?」
「違う」
「んじゃフィオ、先に入ってこい」
「後でいい」
 そう、すぐあとから入って髪を洗ってもらう。一緒にはダメって言うから先に入らせる作戦――。
「お前だって汗掻いただろ? 俺の為に訓練してくれてたんだし、お前が先に入ってさっぱりしろよ」
 ワタルを強くするのは私のしたい事、気を遣われる必要はない。
「後でいい」
 首をかしげながらも納得したのか風呂場に向かって行った。

「よし」
 手早く準備をして風呂場に向かう。
 なに…………? 少し、胸が変……こんなに煩くなるなんて……ワタルはすぐ私を変にする。
 前も、一緒に水浴びしたのに……。

 あの時よりも煩い心臓と洗面台で確認した真っ赤な顔、それを落ち着けようとしてたら結構時間が経ってた。
 もうワタルが出て来てもおかしくない――というより出て来ないとおかしい。

 まさか疲労で動けなく――。
 心配して戸を開け放ったら湯船で気持ち良さそうにこっくりこっくりしてるワタルが居た。
 ずるい、ずるいずるいずるい! 私は心臓が煩かったり真っ赤になったり大変なのに気持ち良さそうに…………。

「ちょ、なに入ってきてんだ!? 上がるから少しだけ待ってろよ!」
 慌てて振り向いたワタルの瞳が私を映した。
 大きく見開かれた瞳が私を見てる。
 そして――。

「ぶっ! 何をする?」
 久しぶりに酷く馬鹿にされたような気がして湯船のお湯を掬ってぶっかけた。
「今、馬鹿にした」
「馬鹿にはしてない……と思うなぁ、たぶん。まぁとりあえず俺は上がるからそこを退いて――っ!? 見んなよ!」
 立ち上がったワタル下半身が屈んだ私の目の前に来て……。
「ヴァイス達より大きい」
 男の裸なんて見慣れてるはず、殺しの時、死体の処理、ヴァイス達が始める乱痴気騒ぎ――は遠目だけど、今更びっくりするような事でもないはず。

 なのに思考停止して動かない私の脇を通り過ぎようとするワタルの手を身体が反射的に掴んだ。
「放せよ?」
「ワタルの訓練で疲れたから洗って」
 勿論疲れてなんてない。
「前にも言ったけど、子供じゃないなら自分でやるもんだ。それとも子供って事でいいのか?」
「…………」
 子供扱いは嫌だけど……面倒なだけならティナに頼んでみればいい。
 ならなんで私はこんなに……?

 私から目を逸らしてまた出て行こうとする。
 構ってもらえなくなるっ――構ってもらえなくなる? 私は構って欲しいの? ……そっか、私はリオが居なくて寂しい分余計にワタルに構って欲しいのかもしれない。

「なら洗うのもお仕置き、だから洗って」
「駄目だ。あの時だけって言ったろ? いい加減自分でやるのに慣れろよ。出来る事は多い方が良いんだろ?」
「あーっ! やっぱり二人で入ってる。仲間外れにするなんて酷いじゃない」
「ティ――なっ!? なんでティナまで入ってきてんだ!」
「あらいいじゃない。いずれ夫婦になるんだから、それに嬉しいんじゃないの?」
 ティナの登場に酷く狼狽えたワタルが時間が巻き戻ったみたいに後退って湯船の方に追い詰められていった。
「見ないの? それともワタルにとって私って魅力ない?」
「そんな事は――わっ!? ち、近付くな!」
「あら立派」
「っっ!? ――ごっ!?」
 っ!? 何してるの!? 急に仰け反って壁に頭を打ち付けたワタルは気を失ってぐったりとティナの方に倒れ込んだ。

「きゃー!? ちょっとワタルしっかりしなさい」
「ゆ、揺さぶったらダメ」
 慌てたティナが揺さぶるのをこっちも慌てて止めた。急になんで? 自害……息はある。でも壁が割れるほど強く打ち付けてる。
「ふぃ、フィオこれどうしたら……私ちょっとしたいたずらのつもりで……動揺するワタルが見たかっただけなのに」
「とりあえず出す。お湯の中は良くない、布団まで連れてく」
 ティナが手早く着替えさせて布団まで運んだけどその間に目覚める気配はない。
 患部を触って確認したけど頭蓋骨に異常はないように思う、たぶんすぐに目覚めるはずって言ったけど――。

 狼狽したティナは見張りを呼びつけて医者を呼ばせようとしてた。
 見張りの中に居た軍医経験者が大丈夫と言ってようやく落ち着いたみたいだった。

 ワタルの傍に座り込んで頬をつつく。
 なんで急にあんな事したの? 紋様のおかげで身体能力は成長するけどたぶん身体は大して頑丈にはならない。
 打ち所が悪かったら死んでたかもしれないのに…………。

「フィオ、フィオ見てこれ」
 自分のせいでこうなったのに大丈夫って言われた途端に本なんか読んで……。
「何この本……女の絵ばっかり」
「あ、折れ目付いてる。ワタルはこういう格好が好きなのかしらねぇ――そうだフィオ、この格好をしてワタルを喜ばせて今回のお詫びという事にしましょ」
「これで喜ぶの……?」
 意味が分からない。

 翌日私はこの格好のせいで熱いものをぶっかけられた。もうしない…………。
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