黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

束の間の休息~この世界の思い出を~

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 夏祭り……夏のイベントと言えば? と聞かれたら最初に出てきそうなものである。夏って付いてるしな。その夏祭り、俺は小学校低学年の頃の数回しか経験した事がない。家の仕事を継ぐ為とかで親は忙しかったし、自分で行ける歳になる頃には引きこもりにジョブチェンジしてたし…………寂しい人生だな。そんな訳で、プールで疲れているが少し楽しみだったりもする。
「にしても……落ち着かない」
 惧瀞さんが和装にしてください、なんて言うから。浴衣はすーすーしそうだったから甚平にしたけど、甚平は部屋着なイメージ……源さんたちの村では甚平で出歩いたりもしたけど、あれは皆が和装だったからであって、こっちの世界で出歩くのはなんかなぁ。
「お待たせしました。如月さんどうですか? お二人とも凄く素敵だと思いませんか? ――って、甚平でポニテな如月さんもいいですねぇ」
 この人ころころ表情が変わって忙しいな。
「……そりゃどうも」
 フィオは白地に淡い青や紫の朝顔の柄、ティナは黒地に赤やピンクの蝶と桜の花びらを鏤めた柄、惧瀞さんのは白地に牡丹だろうか? 花の名前なんて知らないからなぁ……ばあちゃんに聞いた覚えがあるような気がするし、たぶん牡丹であってると思うけど。
 他人の趣味趣向だからとやかく言わないけど、浴衣や着物を着るなら黒髪だろ、外人が着たり、髪を染めて汚い髪色で着ているやつを見るのは気分が悪い。とか思ってたんだけど、似合っている。惧瀞さんはもちろんバッチリ似合っていて、落ち着いて淑やかな感じ。フィオはその銀髪と浴衣の淡い寒色が合わさって爽やかな感じだし、ティナは髪を上げていて、うなじが見えたりしていつもと雰囲気が違うというか……色っぽくて艶やかだ。
「どう? ワタル、この国の伝統の衣装なのでしょう? 似合うかしら?」
「あ、ああ…………綺麗だと、思う」
「私は?」
 フィオに服の裾を引っ張って感想を催促された。可愛らしいけど、こういう行動はなんとも子供っぽいな。
「似合ってる。金髪とか銀髪って浮くかと思ってたからびっくりしてる。凄く似合ってるよ」
 頭を撫でると目を細めて気持ち良さそうにしている。
「お二人ともよかったですねぇ」
「惧瀞さんも……なんて言うか、大和撫子って感じで凄く綺麗ですよ」
「へっ!? わ、私もですか!? あ、ありがとうございますぅ…………」
 ヤバい、惧瀞さん顔が真っ赤だ。普段の俺ならこんな事言わないのに、勢いで言ってしまった。あんなに恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなってくるぞ。
「なぁ~んで惧瀞まで褒めたのかしら? 確かに惧瀞も綺麗だけれど、こんなに顔を赤くしてまで褒めた意図が知りたいわぁ。まさか惧瀞にも手を出す気かしら?」
 も、ってなんだ!? 俺がいつ誰かに手を出した! 人聞きの悪い言い方するなよ。
「人を女誑しみたいに言うな。惧瀞さんも浴衣に着替えてるのに二人への感想しか言わないのは変だろ。別に何か意図があるわけじゃない」
「ふぅ~ん……でもワタルって面食いよね?」
「…………さぁ?」
 正面に来て目を見られたが、なんとなく逸らした。そりゃ誰だって不細工より美人が好きだろう? 別に俺が変わってるわけじゃないぞ。

『うぉおおおおおおっ! さいっこーだぁあああ!』
「綾ちゃんその浴衣凄く似合ってるよ! 綺麗な黒髪だから和装がよく映えるよ」
「フィオちゃんもすっごく良いよ。水着も良かったけど、浴衣もかっわいいなぁ。フィオちゃんの浴衣姿が見られるなんて最高だよ」
 褒められているわけだが、西野さんの勢いに完全に怯えていて俺の後ろに隠れてしまっている。ダメだなこりゃ。
「羨ましいですよ如月さんっ! 俺もフィオちゃんにぎゅっとしがみ付かれたいし抱きしめたい!」
 無理だろ……あんたすげぇ怖がられてるぞ。
「ティナ様物凄く美しいです。俺こんなに綺麗な人初めて見ました」
「あらそう。でも私はエルフよ」
「くぅうう、素っ気ない態度も堪らない!」
 宮園さんはなんか悶えてるし……変な趣向に目覚めてしまったのかもしれない。
「準備が出来たなら行きましょう。花火まではまだ時間はありますが屋台を回るなら早めに行っておく方が良いですから」
「おい結城、お前は美女三人に感想とかないのか?」
「…………その、凄く、良いと思う」
「声小せぇぞ、こういうのははっきり伝えないと意味がねぇって」
「う、うるさい! そんな事よりも貴様らはもう少し緊張感を持てっ」
 そんな事を言いつつも、結城さんも結構惧瀞さんの事をチラチラと見てるんだよなぁ。惧瀞さんは気にした風が無いけど、鈍いのかな?

 やって来ました夏祭り…………ゲッソリする程人が多いよ……なんだこの人混みは、下手するとはぐれて合流出来なくなりそうだ。それにこれだけ人が多いと俺たちが来てるのなんて気にする人少なそうだ。
「人、多いわね。お祭りが賑やかなのは良い事だと思うのだけれど……これは流石にびっくりだわ」
「だろうな、俺もビビってる――何?」
「これだけ人が多いんだからはぐれたら困るでしょう? ほらフィオも」
「ん」
 ティナが腕を組んできて、フィオは反対の腕にしがみ付いた。いくら人が多くて気付く人が少ないと言っても、こんな事をしていれば近くに居る人間は普通に気付くんですが…………。
「ズルいっすよ如月さん……そういう関係じゃないとか言ってたじゃないですか。代わってくださいよ」
「そうっすよ。そもそも二股とか完全に女誑しじゃないっすか」
 確かに言ったけど、あの時とは心境が変わってるし、邪な感じで二人に近付かれるのは嫌だぞ。
「おい財布ーっ! 喉乾いたからとりあえずラムネを全員分だー! さっさと支払えー!」
 大声出すなよ……周りが何事かとこっちを見てびっくりしてるじゃないか! 人を斬りまくったやつが財布呼ばわりされてるのを知って、遠藤から人が遠退いて行ってる…………。
「ラムネって?」
「炭酸だな、夏の風物詩って感じだ」
「酒じゃなくていいのか?」
 遠藤の居る屋台まで来たら店主のおっさんがぎょっとした表情になって固まってしまった。
「勤務中に酒なんか飲むかよ。それに祭りと言えばラムネが定番だろ」
 そんなもんか……まぁ祭りでしか飲んだ記憶がないな。
「おっちゃんラムネ八本ね」
「あ、ああ。まいど、一本二百五十円で二千円ね」
 高いな、祭り価格って事か? 缶ジュースなら八人分でも半額以下だぞ…………いやいや、こういうのは雰囲気を楽しむもんなんだろうから、一々気にしたら負けだ。
「おいしーっ! やっぱりこのシュワシュワは最高ね」
 ティナ喜んでるしいいや。
「如月さん本当に良いんですか? 私自分のは自分で――」
「綾ちゃん気にしない気にしない。御守りしてる報酬みたいなもんだって、腹ごしらえしつつ適当に回って花火を見るポジションに移動しようぜ」
 確かに付き合ってもらっているお礼みたいな感じでいるけど、お前が言うなし。
「ねぇワタル! あれは何? あのもこもこ、ふわふわしてそうなやつ」
「あれは綿菓子だな」
「ワタル菓子?」
 なんで俺を菓子にしたっ!? 言った本人のフィオは、なんだそれ!? って感じの怪訝そうな顔をしている。
『ぷぷっ』
「航じゃなく綿だ、綿! あっちには綿ってないのか? 布団とかの詰め物――ていうか惧瀞さん笑い過ぎ」
 近くに居た人も聞こえていたらしく、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
「ご、ごめんなさい。なんだか可笑しくって、お詫びにワタル菓子買ってきますね――あっ…………」
 今のは素で言ったな…………また笑いが起こってるし、もういいや、睨まれたり不快に思われて毛嫌いされてるより笑われている方がマシだ。
「いいですよ別に、今日は俺持ちが決定事項ですし、フィオとティナと他にワタル菓子が要る人は?」
「俺らは要らねー。それより粉物で腹ごしらえだろ」
 分からんでもないけど、ティナ達が興味を持った物からにしてやりたい。
「あっ、私は一つお願いします」
「はいはい、あの――」
「はいいらっしゃい! ワタル菓子三つだね」
 ……聞こえていたらしい。看板の綿菓子の文字を消してワタル菓子に書き換えてるし…………勝手に名前使うなよ。
「ほれ、ワタル菓子」
「甘い匂い、それに見た目通り本当にふわふわね…………それで、これはどうやって食べるの?」
「知らん」
「へ?」
 全員にポカーンとされてしまった。だって食べた事ねぇもん。
「え、えっと、そのままいっちゃうと口の周りがべとべとになってしまうので少しずつ千切って食べた方が良いと思います。あの、如月さんって綿菓子食べた事ないんですか?」
「ん~、まぁそうですね。人混み苦手だから祭りも殆ど行った事なかったし、祭りって色々高いじゃないですか。だから何でもかんでも買ってもらえるわけじゃないし、小さい頃って菓子より遊ぶ方が優先で、くじとか型抜き、あとはスーパーボールすくいとか? そんな感じだったから祭りの食い物って馴染みが無いです」
「そうなんですか……はい、どうぞ。私一人だと多いので半分こにしましょう?」
 ずいっと口元に綿菓子を持ってこられて、そのまま銜えてしまった。
「あーっ! てめぇ何やってやがる! ずりぃぞ!」
 しまった……勢いで思わず…………遠藤と結城さんが滅茶苦茶睨んできてるんですが。
「え? 遠藤君は要らないって言ってたじゃないですか。やっぱり欲しかったんですか? よかったらどうぞ」
 …………そうじゃない、そうじゃないよ惧瀞さん。大き目に千切った綿菓子を渡されて、複雑そうな顔をしてそれを受け取り、その後もう一度俺を睨んでくる。睨むなよ、俺が何をした…………。
「ワタル、これ美味しいのだけど、手がベタベタになるわ」
「あ~、ほら、ウエットティッシュ――うわぁ…………フィオは口の周りもベタベタじゃないか、こっち向け」
「ん」
 ティナは口に入れるのは上手くやったみたいで汚れたのは手だけみたいだが、フィオは口の周りもだ。このまま歩き回るのは可哀想なのでウエットティッシュで拭ってやった。
「う、羨ましい! その役代わってください」
「っ!?」
 急に近付いた西野さんにビビって俺の後ろに隠れてしまった…………おい、まだ完全に拭き切ってなかったのに顔を付けるなよ。腰のあたりを触ってみると甚平がベタベタ――。
「ワタルワタル! たこ焼きがあるわ、あれも食べましょう。他には……ひぃ!? 小さいクラーケンの姿焼き…………なんて物を売ってるのよ。この世界の人間は怖いわ」
 イカ焼きか、俺も丸焼きは嫌だな。それにしても、おっかなびっくりだったのにたこ焼き気に入ってるのか。おっ、隣は焼き鳥だ、焼き鳥は食いたいかも。
「集団で移動するのも大変ですし分担して買ってきましょうか。その間如月さんは姫様方と食べ物以外の露店を回っていてください。惧瀞はそのまま如月さんに付いているように、終わったら花火を見る為に確保している場所で合流――」
「何勝手に決めてるんだよ結城」
「喚くな、俺たちは遊びに来てるんじゃないぞ」
「…………分かったよ、綾ちゃんにこれ以上変な事すんなよ」
 俺にだけ聞こえる様にボソッと言って離れていった。俺が何時変な事をした?
「あれなに?」
 フィオが興味を示したのはスーパーボールすくい、店の周りはちびっ子で埋め尽くされている。やっぱり子供ってあれが好きなんだな。
「やってみるか? あの網でボールをすくうんだ」
「食べ物じゃないの? あんな事して楽しいの?」
「そう言われると返答に困るんだが……あのボールめちゃくちゃ跳ねるんだぞ? 投げて遊ぶと結構楽しいかも? ――そうだ! もさと遊ぶのに丁度いいかもしれないぞ」
「やる」
 即答……可愛がってるなぁ。
「らっしゃいっ!」
「えーっと、四人分お願いします」
「はいよっ! 二千円ね。破れるまでは何回すくってもいいけど、破れた時点で終了ね」
 一回五百円とはなかなかの値段だな、お小遣いの少ない子供には結構痛い気がするけど人気だな。ん~、久々だ。プールが隙間なくボールで埋め尽くされている。大玉が邪魔臭いな。
「く、惧瀞さん凄いですね…………」
「そうですか? 昔はもっといけたんですけど、鈍っちゃったみたいです」
 お椀から溢れる位にすくえれば充分でしょうに……おっさんに涙目だよ。あれだけすくってもポイが破れていないからちびっ子たちからは尊敬の眼差しを向けられてるし。
「ワタル、これ簡単に破れたわよ? いかさまじゃないのかしら?」
「人聞きの悪い事を言うなよ、紙だから水につけたら破れてもおかしくないだろ。破れない様にいかに上手くすくうかを楽しむんだよ。惧瀞さんなんてまだすくってるぞ」
 というかすくい過ぎでしょうよ。二杯目突入ってどうなんだ? ティナはあっさり破き、フィオも勢い良く水につけて撃沈した。俺の戦果は八個、久しぶりでこれなら上々かな。
「ワタル、もう一回よ!」
「私も」
「はいはい、おじさん二人分」
「はいよっ」
 二人とも随分と真剣な顔しちゃってまぁ…………楽しんでくれてるのかな? だといいなぁ。この世界が嫌な所だとは思ってほしくないし、良い思い出になってくれるといいんだけど。
「ワタルもう一回!」
「あ、ああ…………」

 あれからポイを二十枚ずつ破き続けて、見るに見かねたおっさんが好きな柄を五個ずつくれて終了となった。二人で総額二万って……楽しんだならいいんだけど、すくえなかったのが不服らしく、二人の機嫌はあまり良くない。
「なんで惧瀞はあんなに…………」
 ぶつぶつ言ってるし…………。
「よかったらこれどうぞ――」
「施しは受けないわ」
 いや、おっさんの施し受けてるからね、既に、惧瀞さんから受け取っても今更だから別にいいんじゃないかと。
「如月さん如月さん! 今夜の祭りの思い出に彼女さんたちにプレゼントなんかどうだい?」
 声を掛けてきたのはアクセサリーの露店商、祭りってこんなのもあるのか?
「祭りってアクセサリーの出店なんてあるんですね。祭りは小さい頃だけですけど見た覚え無いなぁ」
「ははは、出してる所では結構出してるよ。普通に店構えてるよりお客さん多いからね。全部おっさんのお手製でちゃんと天然石を使ってるんだ。祭りの思い出にどうだい? お姫様には高貴な色とされてる紫の宝石、アメジストのペンダントなんていいんじゃないか? 情熱的な紅い瞳のお嬢さんにはルビーがいいかもなぁ。清浄無垢そうな黒髪のお姉ちゃんにはダイヤでどうだ?」
 惧瀞さんまでカウントされてる……結城さん達が居ないせいだ。物は言いようだな。情熱的って言葉とフィオのイメージが結び付かないんですけど、それに――。
「いや、宝石って高いでしょう?」
「いやいや、これ見てこれ、お手頃価格でしょ? でもちゃんと天然石で良い石を使ってるんだよ。そして俺の腕も一流、ただ手間賃を省いてるからこのお値段! お買い得だよ」
 確かに値札は五千円から上限二万位になってるし、宝石ってもっと高いイメージだったからお手頃な気もするけど、怪しい……一流ならこんな所で出店なんて開いてないだろ。
「やっぱりいい――うっ?」
 フィオもティナもじっとこっちを見てるんですけど……買えってか? こんな所で売ってるんだから絶対に安物だぞ? 石も偽物かもしれないぞ?
「ほ、欲しいの?」
「ワタルがくれるものならなんだって嬉しいわ」
「…………ん」
「おおー! 熱々だねぇ。こんな美人さんと可愛い娘を両手に花状態のくせに更にもう一人美人を連れちゃって、憎いねぇこの女誑し」
 それ褒めてないよね。
「へぁ!? わ、私は違いますよ!? 如月さんとはそんな関係じゃ――」
「ん~? そうかぁ~? その割には熱心に見てプレゼントしてほしそうだっだけどなぁ? 如月さんもここで甲斐性見せとかないと愛想尽かされちまうかもしれねぇぞ?」
 惧瀞さん顔真っ赤になっちゃってるし、見物人が増えてきてしまった。早く離れるのがいいかな。
「ならおすすめのやつを」
「おおーっ! 流石だねぇ! なら三点で――」
「ワタル、これも」
 フィオが指差したのは青い石のあしらってあるペンダント。
「フィオ二つもズルいわよ」
「私のじゃない、リオのお土産」
 リオの、か。俺たちがいきなり消えて怒ってるだろうか? また泣かれるんだろうか? お詫びを用意しておく方がいいか?
「なるほど、ならワタルこれもお願いね。私たちだけ貰ってると絶対にナハトが怒るから」
「こりゃ凄いな、まだ二人も女が居るのか。おっさん感服したよ。よっしゃっ! 五点で十三万だが負けにまけて十万ぴったしだ」
 なにこの買い物…………祭りで支払う額じゃないよね? というかこれ祭りと関係なくね? どよめきが起こってるし……もういい早く払って離れよう。
「まいどーっ!!」
「如月さん、私まで貰っちゃってよかったんですか?」
「まぁ色々お世話になってるお礼という事で、嫌じゃなかったら貰ってください」
 ヴァーンシアに戻ったらお礼する事も出来なくなるし、これはこれで丁度良かったのかもしれない。

「やっと来た。遅いよ綾ちゃん~、花火が始まるのギリギリだよ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと熱中してしまったので」
 惧瀞さんはすくいまくったボールを挙げて見せている。どっちかと言うと二十枚も破って露店に捕まってたからなんだが、面倒になりそうだから黙っておこう。
「きゃっ!? 何なのこの音は!?」
「お~始まった。花火だよ、上見てうえ」
「上? わぁ~! なにあれ!? 空に花が咲いてるわよ!?」
「あれが花火、夏の風物詩の一つだな……楽しい?」
「ええ、とても。危険な武器を持っていたり嫌な人間もいるけれど、この世界は温かい物や素敵な事で溢れているわね。ワタルの世界が見られて良かったわ。きっとナハトは悔しがるわね、戻れたら連れて行けとせがまれるわよ?」
 そりゃ大変そうだ…………。ティナはこの光景を見逃すまいと瞬きもせずに空を見つめ続けている。いい顔してる、楽しめてるみたいで良かった。
「フィオはどうだ?」
「楽しい、でも…………リオも一緒がよかった」
「そっか……こういう祭りは無理かもしれないけど、戻ったらあっちの世界の祭りに行こう? きっとあっちでも楽しい事があるって」
「約束?」
「ああ、約束だな」
「うん」

「ふぁ~ぁ~、ねみぃ~、流石に長時間の人混みでバテバテだ。もう寝たい」
「汗掻いてるんだから流さないと駄目よ」
「へいへい――ん? 今黒い物体が足元に…………ぎゃああああああああああああああ!? 何だこの化け物!? 気色悪っ」
 旅館の部屋に戻ったら黒い妙な生き物が居た。全身ぶつぶつした物に覆われていて物凄く気色悪い。
「ワタル、気持ち悪いわ」
 その言い方だと俺が気持ち悪いみたいだろうがっ!?
『きゅぅ』
「きゅぅ? お前もさか?」
「きゅぅ!」
「うげぇ!? これ草種だ。その上泥だらけ……お前何してたんだよ」
『きゅぅ、きゅぅ、きゅぃきゅぃ、きゅきゅきゅきゅ!』
 何かジェスチャー的な事をして伝えようとしているが、分からん。
「っとに、汚れ過ぎだろ。細い毛に絡まって取り辛いし、フィオも立ってないで手伝えよ」
 草種を取っていくが、量が多すぎて気色悪すぎる。愛らしいペットの姿は無くなり、完全に醜い化け物と化している。
「ワタル、フィオ気絶しているわ」
「は? はぁ!? なんで!?」
「もさの事がショックだったんじゃないかしら」
 気絶するほどですか…………。
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