黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

束の間の休息

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 本日の予定、郊外にあるプールの営業開始時間に合わせて入場、夕方まで遊び、その後夏祭りへ、という事らしいが…………。
「気が乗らない」
 乗るはずもない。後悔は、無い……でも、あの出来事は大勢の人に衝撃を与えていて、意識しない様にしていても俺自身にも影響を与えている事で……そんな状態で遊びに出かけるというのは何とも複雑だ。
「ダメですよ、如月さん。せっかく遊びに出かけるのにそんな事言ってちゃ」
「そうよ、ワタルと遊びに出かけるなんて初めてなのだし、しばらくしたらこの世界を離れる予定なのだからしっかり楽しまないと」
 暢気な…………俺ってば大事をやらかしたやつですよ? いくらティナ達が気にしないとはいえ、他の客はこんなのが居たら気が気じゃなくて遊ぶどころじゃなくなってしまいそうだ。
「俺は待機で惧瀞さんが二人を引率して遊んでくるというのは?」
「ダメです」
「ダメよ」
「ダメ」
 三人同時に反対されるとは…………。
「でも俺が行ったら問題になったり騒ぎになりそうじゃないですか? あれだけの事をしておいて、処遇も決まってないのになに遊んでんだ、みたいな感じで」
「勿論そう言った声もあるとは思いますけど、如月さんが思っているほど如月さんを否定している人ばかりじゃないんですよ? 行為は咎められるものですけど、そのおかげで命が助かった方が大勢いるのも事実で、その事は認められているんですよ。それにアメリカ軍人のコメントの酷さが如月さんを擁護する動きを加速させています」
「コメント? 殺してくれってやつですか?」
「そういうのもありますけど……その、日本人を皆殺しにすべきだ、とか他にも色々と取り上げられています。反対して生き残った方からも、元々粗暴な所があったがあいつらは完全に頭がおかしくなってしまった、狂っているというコメントがありますから、同情する見方をする人は少なくなってきています」
 失った理性は戻らないのか? …………違うか、あいつはたしか壊したと言っていた。能力によって失っていたなら効果が解ければ戻る可能性もあったんだろうけど、壊れたものは直らないって事なんだろう。
「魔物が原因の心変わりだとしてもですか?」
「その情報も報道されてますけど、確かめる方法もありませんし、被害者も大勢いますから」
 それについては俺も同じ様な立場だと思うんだけどなぁ。
「さっ! 暗い話はここまでにして、今日を楽しむ事を考えましょうよ」
「いや、だから俺が行ったら楽しめなくなりますよ?」
「ワタルが居ないと嫌」
「私もワタルが居ないと楽しめないわね」
「ほら、お二人の為にも如月さんが行かないって選択肢は無いんですよ。それに今日の予定は公表されてますから敬遠したい方は来ないんじゃないでしょうか?」
 うわぁ……公表しちゃったんだ。俺ってすっげぇ迷惑な奴じゃないか? プールはまだいい、今日は平日だし別の日でも代わりが利くかもしれない。でも祭りは代わりが利かないと思うんですが…………。
「それって、大丈夫なんですか?」
「警備については施設内は厳重にしていますし、祭り会場も周辺警備はバッチリです。それに公表していますから、もし良からぬ事を企んでも周囲の目があります。滅多な事は出来ません。あれだけの事件の後で如月さん達に危害を加えるような事をすれば確実に世界の鼻つまみ者になっちゃいますからアメリカも何かしてくるような事は無いと思いますけど」
 それはあまり心配してないというか、復讐も報復も俺一人に向けられるのなら受けて立つし。
「そうじゃなくて、そんな大々的に遊びます宣言していいのかなぁ、と」
「ティナ様たちはずっと魔物退治をしてくださっていたんですよ? ちょっとくらい遊んだっていいに決まってるじゃないですか」
「いや、問題は俺――」
「お二人が一緒じゃないとダメだと言っているんだから問題無いです! …………たぶん」
 今ボソッとなんか付け加えただろ……はぁ、覚悟を決めて二人を接待するか。

「同行するのって惧瀞さんだけじゃなかったんだ」
 バンでの移動中の車内、運転は宮園さん、助手席に西野さん、二列目シートに惧瀞さん、結城さん、遠藤、三列目に俺、フィオ、ティナ、なんか空気がギスギスしているというか……あの後遠藤とは会ってなかったしなぁ。自暴自棄になっていたのを謝った方が良いんだろうか?
「当然だ。警備も必要だし、てめぇが変な事しないか見張る必要もあるだろうが」
 あぁ、なるほどね。危険物の監視は必要だよな。
「少し窮屈かもしれませんけど、我慢してくださいね」
 俺はいいけど二人に申し訳ない。
「いやぁ、ティナ様たちに同行出来て水着が見られるなんて光栄だなぁ」
「何言ってるのかしら、ワタル以外に見せるわけないでしょ」
 ティナこそ何言ってんだ……俺しか見ないって、どんな状態で遊ぶ気だ?
「フィオちゃんはどんな水着? ……もしかしてスク水とか?」
 約二名欲望がだだ漏れで顔がにやけまくってるんですけど……これが警備でいいんですか? ……惧瀞さんと水着を買いに出かけてたけど、どんなのを買ったんだろう? 当日のお楽しみという事で俺は付いて行かなかったから分かんないな。
「この人選の理由は?」
「如月さんと面識のある者、という事です。傍に居るのがこのメンバーというだけで施設や会場には他の人もいますよ」
 うん、まぁ、分かってたけど……遠藤も惧瀞さんの方をチラチラ見てるし、まともなのは惧瀞さんと結城さんだけかなぁ。日本だし、プールだし、遊びだし……危険は無いんだから、いいか。

「もう開園してますねぇ」
「こいつがやっぱり行かない方がいいとかぐずるから」
 俺のせいかよ…………俺のせいだけど。やっぱり遊ぶというのは気が咎める。
「とりあえず入りましょう? あの、フリーパスの大人七――じゃない、八人でお願いします」
 惧瀞さん今フィオを子供とカウントしようとしてたな。フィオは――気付いてないみたいだ。
「一名様五千円で合計四万円になります」
 うへぇ、高いなぁ。八人だしこんなもん? ……よく考えたらプールなんて小さい頃に数回行ったかどうかだから金額がどの位なのかも知らないんだな。俺って今泳げるのか? 小学校の授業では問題無く泳いでいた……はず、でも大人の体格になってから泳いだ覚えなんかないぞ? 不安になってきた。かなづちになってたらどうしよう…………。
「さ、行きましょう」
「おっしゃー、泳ぐぞー!」
「俺たちは警備の名目で同行しているんだぞ」
「建前はな、人数居た方が遊ぶのに都合がいい、っていうか接待だろ。というわけで、ちゃんとしてる分には俺たちも遊んだって問題無いわけだ」
 遊ぶ気満々の西野さんに結城さんが釘を刺して、それに宮園さんが言い返している。にしてもでっかいプールだな、東京だから人も多そうだし、大丈夫なんだろうか?
「な、なによここ…………」
 ビクビクしながらも中に入るとティナが驚きの声を上げた。ヴァーンシアにプールなんてないだろうし、ウォータースライダーとかもあって驚くよなぁ。フィオもびっくりした様子だし。
「なんなのよここは――」
「ここは――」
「変態がいっぱいいるわ」
 はい? …………えっと、ティナが何言ってるのか分からない。
「いったいどういう意――」
「見るのを止めなさい。他の女なんて見ちゃ駄目よ。どんな所に遊びに行くのかと思えば、変態の巣窟だったなんて、この世界の人間は変だわ…………それともどの世界も共通で人間は変なの?」
 後ろに回って俺の目を塞いで、困惑した様子のティナが捲し立てる。
「どうかしたんですか? 更衣室はあっちだそうですよ」
 惧瀞さん達も入ってきたらしいけど、あっちと言われても見えないんですが。
「いや、ティナが――」
「惧瀞! なんなのよここは! ワタルと遊べる所に行くと言っていたのに、こんな変態の巣窟に連れてくるなんて、破廉恥よ!」
「へ、変態ですか?」
「ティナ落ち着け、変態を連呼するな。絶対に目立つ」
「だって変態じゃない、男も女も、子供まで…………殆どの人間が下着姿で歩き回っているのよ!? 意味が分からないわ!? 恋人や夫に肌を見せるなら分かるけれど、不特定多数に晒しているなんて変態以外の何者でもないじゃない!」
 あぁ~、ようやく意味が分かった。プールや海水浴って文化が無いならこの光景は異常に映るのかもしれない。そういえば普段は恥ずかしげも無く引っ付いてきたりするけど、結城さんに寝姿を見られた時は大騒ぎだったな。車の中で俺にしか見せないとか言ってたのはこういう事だったか。
「落ち着けティナ、あれは下着じゃない。水遊びする時の服装だ、ここは泳いだりして遊ぶ場所なんだ。というか惧瀞さん水着を買いに行った時に説明しなかったんですか?」
「びっくりしてもらおうと思っていたので…………」
 なるほど、別の意味で驚かせる事になってしまったが。
「水遊びの服装…………? なんであんなに肌を晒す必要があるのよ。もっと肌の見えない物にすればいいじゃない」
 水着がなんであんなデザインなのかまでは知らねぇ。
「あんまり着込むと水を吸って重くて泳ぎにくいだろうが、ティナだってそのくらい知って――」
「そんなの知らないわよ! 泳いだ事ないもの」
 えぇー…………百何年も生きてきて泳いだ事ないの? マジか……姫ってすげぇな。なんか回りがざわざわしている、これだけ騒げば気付かれるよなぁ。
「まぁ、もう来ちゃったんだから覚悟決めて遊ぶぞ。フィオと惧瀞さんと一緒に着替えて来いよ。俺は水着買ってないから売店に行かないと」
「…………ワタルはこんなに大勢の前で私に肌を晒せと言うのね」
 その言い方やめて! 俺が変態的な事を強要してるみたいに聞こえるから――ほら、もうなんかひそひそ聞こえるよ!? ……駄目だ、俺の悪評が増えた。目隠しを止めて瞳をうるうるさせながら俺の目をじっと見てくる。うぅ…………やっぱり帰るか? 嫌がってるのを無理矢理留めておくのは楽しむ為に来たって目的から外れてるし、水着なんて普通だと俺は思うけど、ティナにとっては水着姿を見られるのは相当なものなのかも?
「あ~ぁ~、どうしても嫌なら帰るか?」
「…………ワタルは、ここで遊んだ事はあるの?」
「ここは無いかな。俺が住んでた所と離れ過ぎだろ? でもプールは行った事あるぞ」
 ガキの頃だけだけど。
「そう…………行くわよ、フィオ、惧瀞」
「ん」
「は、はい! でもティナ様更衣室は反対です」
 大丈夫だろうか…………そういえばフィオは特に何も言わなかったな。元の格好が露出多かったからかな? ……際疾い水着とか選んでないだろうな? 不安だ。

「水着の名前なんて初めて知った」
 サーフパンツにアクアシャツ、ラッシュガードねぇ……外に出ないから服の名前とかにも関心なかったもんなぁ。俺って相当ヤバいか?
「あ、如月さん無事に買えたんですね」
「なっさけねぇな、上着てんのは貧弱な身体を見られない為か?」
 合流して開口一番でこれか。鍛えまくってる自衛隊と比べたら大抵の人は貧弱だろうさ。
「焼けたくないし」
「ああ? 焼けてる方が男らしくて健康的だろうが、お前焼けてないからひょろっちく見えるんじゃないのか?」
 他人がどう思おうと俺は焼けたくねぇ。風呂入る時痛いし、皮がポロポロ剥がれていくのも気持ち悪い。服に付くだろうし掃除も面倒そう。
「別に――」
『おぉおおおーっ!』
 反論しようと思ったらキャバクラ通いの三人の声に掻き消された。
「綾ちゃんは白の三角ビキニか、白い肌とたわわに実った部分もなんとも――いてっ、何しやがる」
「下品な視線を向けるな、失礼だろ」
 惧瀞さんを見てにやけている遠藤が結城さんに叩かれた。
「こいつらはいいのかよ?」
「フィオちゃんはホルターネックのビキニかぁ、白と水色の縞々とはなんとも……最高です。その上髪型がツーサイドアップになってるし、可愛いなぁ」
「おいおい、ティナ様は惧瀞に隠れてて見えねぇ。だがあの透き通るような白い肌は最高だ――おっ、ティナ様も髪を結っててハーフアップになってる。美しい」
「こいつら本当に仕事する気あるのか……? なぜこんな人選になってしまったんだ…………」
 結城さんが頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。うん、まぁ心中お察しします。
「お待たせしました。着替えて日焼け止めを塗って準備は出来てたんですけど、なかなか更衣室を出られなかったもので」
 出られなかったのはティナが渋ったんだろうな。今も惧瀞さんの後ろに隠れてもじもじしてるし……なんか意外? かも。普段堂々としている感じなのに。
「ほらティナ様、如月さんに見てもらう為に選んだんですから見てもらわないと」
「うぅ~、ワタルには見てもらいたいけれど、その他が居るのは不快だわ」
「ふ、不快…………」
 あ~あ、宮園さん膝突いて落ち込んでるし、憐れな…………。
「ワタル、その……どう?」
「んあ? なっ!?」
 宮園さんが見てないのを見計らって隠れるのを止めたティナを見て固まった。なんて言えばいいんだろう? 腰にはスカートみたいな布を巻いてるからビキニな惧瀞さんより布面積は多いはずなのに、でも胸の部分の布は少ないか? デザインのせいか、なんか凄い。というかエロくないか? これを他のやつも見るのかと思うと……う~ん。
「変?」
「へ? いやいや、似合ってると思う。ちょっと大胆過ぎる気もするけど、似合ってるのは本当」
「よかったですねティナ様」
「ええ、ワタルの為に選んだ甲斐があったわ」
 ティナは嬉しそうな、安心したような表情をしている。俺の為、か…………なんかむずかゆいぞ。
「ワタル、私は?」
「フィオちゃんめちゃくちゃ可愛いよ。凄く似合ってる! もう最高だよ! 今日の思い出に是非俺と写真を一枚!」
「写真? …………絶対に嫌」
 値踏みするかのように目を細めてしばらく西野さんを睨んだ後にきっぱりと言い切った。
「くうぅ、残念だ…………でもこの冷たい態度も結構いいかもしれない」
 フィオにすげぇ睨まれてるのにめげないなぁ。
「ん? あぁ、その……似合ってて可愛いと思うぞ」
 パーカーを引っ張てきて催促されたので感想を伝えた。
「そう」
 俯いて頬染めてるし…………。
「なぁフィオ、柄が縞々な理由って――」
「ワタルが好きって言った」
 やっぱし…………気にされてるってのは嬉しい気がするけど、なんかモヤる。
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