130 / 470
六章~目指す場所~
処遇の行方
しおりを挟む
「ふむ、つまり殿下の能力で異世界への移動は可能であっても望んだ世界に行けるという確実性は無いと? それほどに世界とは複数存在しているのですか?」
「そうなるわね。世界の数については知らないわ、別の世界に来るなんて初めての経験だもの。ただ、魔物が全て同じ世界から来たという風ではない事と獣人の事もあるからそれなりに色んな世界があるんじゃないかしら?」
「というか、離れろよ」
フィオとティナが引っ付いたまま話していて、工藤さんも気にした風がないってのはどういうわけだ? 引っ付かれているだけでも落ち着かないのにそれを誰かに見られているというのは更に居心地が悪い。
「良いじゃない別に、クドウも気にしないと言ったのだし」
良くないだろ、一番の年長者! もっとこう……落ち着きというか、慎みというか、礼儀としても問題ありだ。
「ははは……私は構いませんのでお気になさらず」
お気になさるわ! なんで他人にこんな状況を眺められなきゃならんのだ。
「話を戻しますが、では何故如月君は戻ると言ったのですか? 確実ではないのなら試すというのではないですか? 先程の様子ではある程度自信があるように感じられたのですが」
「えっと、それは…………」
「戦闘の後に自衛官との会話で、死刑でもモルモットでも好きにすればいいと自暴自棄な発言をしたそうですが、そういったものを今の如月君からは感じられない。自棄で危険を冒すというわけではないのなら、お二人の安全の事もありますし、踏み切るだけの理由があるのでは――」
「…………んみゅ、にゃにをすりゅ? いひゃいんだが」
フィオとティナに頬を引っ張られた。
「死刑でもいいというのはどういう事かしら?」
「せっかく助けたのに…………」
二人に睨まれる。頬を摘まむ力も少しずつ増してる気がするし、これは……怒ってるよな。
「いくらフィオが死んだと思っていて絶望してたとしても、この世界に私を置いて死のうとするなんて酷いんじゃないかし、ら!」
「生きていて欲しいから無茶したの、に!」
「いひゃい! いひゃい! ごみぇんにゃしゃい! 勘弁――」
「罰」
「安易に死を選ぼうとした罰よ」
千切るつもりなんじゃないか? というほどに力を込めてグイグイ引っ張らられる。というか本当に千切れる気がする。
『ふんっ』
最後に二人で同時に、一際強く引いた後に解放された。
「いだい゛……本当に千切られるんだと思った…………」
両手で頬を擦るがヒリヒリする。助けてもらったのに諦めて死のうとしたり、見知らぬ世界に置き去りにしようとしたんだから怒って当然か。
「如月さん大丈夫ですか? 抓られてたところが真っ赤になってて、少し内出血したみたいに赤黒くなってる部分もありますよ」
うへぇ、マジか……自分じゃ確認できないが惧瀞さんと工藤さんのひき具合からして結構酷そうかもしれない。
「そ、それでですね、如月君の行っていた世界、ヴァーンシアでしたか? そこへ行く手段があるというなら協力をお願いしたい」
協力……何に対して? 行方不明者、異界者の救出にか? それとも日本にとっての利益を得る為にか? 救出に関してなら考えるべきだと思う、帰りたいって人は居るはずだから……でも、利益を得る為だったら? そもそもあっちに行っても異界者を探すところから始める必要がある。現地の人との接触は避けられない、それはいいのか? アドラは異界者を奴隷にしている、それを救出するのなら交戦の必要とかも出てくるんじゃ? 大人しく引き渡すならそんなもの必要ないだろうけど、あの国の人間たちがそんな事をするとは考えにくい。だとするなら強硬な手段も必要……なんで俺はそれを避ける様に考えている? 異世界に飛ばされて不当な扱いを受けている人たちは救出されるべきだろ? …………どう答える? もさが居ればヴァーンシアに戻れる可能性が高い事を言うか? それは良い事か? ……異界者にとっては良い事だろう。ならヴァーンシアの人たちには? 異界者を奴隷扱いする人間なんて心配する気はないけど、その他の人たちにだって何かしらの影響が出そう。そんな事を俺が決めないといけないのか? なら言わずにおいて救出の可能性を閉ざすのか? 俺は――。
「あなた達はヴァーンシアに行って何をするつもりかしら? ハッキリした事は言えないけれど、完全ではなくても魔物の封印は破壊されてるはずだから、恐らく魔物が相当な数蔓延っているわよ。この世界に来ていた物よりも厄介な物もかなりいるはず、そんな危険な場所にわざわざ踏み込んで何をするの?」
封印が破壊されている……あの状況ならそう考えるのが普通だよな。デミウルゴス以上の物が跳梁跋扈している? ……大丈夫だ、リオの傍には紅月とナハトが居るはずだ。アドラの人間を嫌っていてもリオがそういう人間じゃないのは分かってるはずだし、見殺しになんかするはずない、大丈夫だ…………無事でいてくれ。
「こちらであれほどの被害を出した物よりも更に厄介な物ですか……であるなら、尚の事協力をお願いしたい、日本人救出の為に!」
救出が目的……まぁここで利益の為と言う馬鹿はいないだろう。
「救出、ね。ヴァーンシアのどこに居るかも分からない人たちを捜し歩くの? 異界者に敵対的な人間も大勢いるわよ? それに、移動手段は無いとは言わないけれど、この世界に来れたのもヴァーンシアに戻るのも運任せの部分が多分にあるわ。こちらから向こうに行けたとしても、無事こちらに戻ってこられるという保証はないわよ? 極端だけれど、人間の生きられない世界に飛んで着いた途端に即死する可能性も無いとは言い切れない。それでも行きたいのかしら?」
もさ任せだからなぁ。でもフィオがリオに会いたいって言ってるんだし、主の幸福という事を考えれば戻れる可能性は高い気がする。行く事は問題ない、でもこっちに帰ってくるというのは微妙だな。
「…………ティナ様たちはそれを覚悟で行われるのですか?」
「ええ、私の故郷だもの。危機に見舞われているのを分かっていて知らん振りなんて出来ないでしょう? それにこちらでの騒動が終わったら戻るとワタルが言うのだから私が覚悟を決めないわけにはいかないでしょ」
「異世界に行けたとしても自由に行き来する事は難しい、ですか……だとするなら如月君は異世界暮らしを決めて、戻ると言っているのですか?」
「そうですね。特にこっちに居たい理由は無いですし、向こうに心配事もありますから…………まぁ、その行動が許されるなら、ですけど――」
「こちらでワタルの扱いがどうだったとしても私が連れ去るから問題無いわ。私の能力は逃げるのにも便利だし」
「ははは、確かに殿下がお持ちの能力なら簡単に逃げ果せてしまいそうですね。ですが当面はその心配は不要になりそうですよ、如月君の処遇については保留になりそうなので」
「保留? あれだけの事をしたのにですか? アメリカへの引き渡しは?」
「当然罰するべきだという声も多数ありますが、今回の事は魔物と言う前例の無い物が絡んでいて判断が難しい事、そしてあの異常な状況下で如月君に救われた方が大勢いる事実、如月君自身も銃撃を受けて負傷している事もある為正当防衛となるでしょう。それにあの事件の映像を見ただけで心を病む人がいるほどです、それだけの状況を間近で見続けた君の精神状態が安定していたとは思えない。それによって行動が行き過ぎた部分もあったのでしょう、ですので心神耗弱であったと判断される可能性が高く、被害者、遺族、君を知る国民から届いた多くの嘆願書なども考慮されるでしょう。なにより、君がいないと異世界に飛ばされてしまった日本人の救出が難しいという事も重視する必要が出てきた。それとアメリカの要求は総理が突っ撥ねました、日本国民に不当な攻撃を加えていながらこの様の要求を飲む必要は無いですからね」
「その通りね。ワタルがいないと穴は開かない、それに私もフィオもワタルを奪われた時点であなた達を敵とするでしょうね」
何物騒な事を言ってるんだ……惧瀞さんは不安そうな表情をしてるし、工藤さんは困り顔だ。
「そうですか……嘆願書っていうのは?」
「減軽や無罪などを求める文書といったところですかね。君が他者を守ろうとしている姿勢は魔物の事件で多くの人が知っている事で、充分な考慮対象でしょう」
「はぁ…………それが、届いているんですか?」
「ええ、既に署名した方は一千万人を超えたそうですよ」
は? …………一千万人? あれだけの事をしたのにか? 確かに最初こそ助ける為に動いていたけど、途中からは完全に敵を潰す事でいっぱいだった。それなのにこんな事をしてもらう価値が俺にあるのか?
「怪訝そうですね。被害者とそのご家族は助けられた事に感謝していますよ。それに、大ぴらに言える事ではないですが、家族を惨たらしく殺された遺族の方には仇討ちをしてもらったと言っている人も多い。これに関しては何故殺さなかったんだと不満を漏らす人もいるそうですが…………」
何故殺さなかったんだ、か……大切な人を奪われた人たちからしたら当然の思いかもしれない。でも、あの時は殺して終わらせるよりも目に見える形で苦しめてやろうと思ったんだ…………俺も大概悪人だな。
「とりあえず、移動に関しての事情は分かりました。持ち帰って日本人救出に関して自衛隊を派遣出来るのかどうかも含めて話し合う必要があるので、異世界に行くのはしばらく待ってもらえますか?」
派遣って……国土や国民を守るのが仕事とはいえ、帰ってこられない可能性のある場所に送り出すのか? 戦地に派遣されて死ねば帰ってこられないってのとは違うんだぞ? 生きていたって帰ってこられない可能性があるのに。
「それは…………フィオの体調が戻るまでは大人しくしてるつもりですけど、さっきティナが言った通り魔物が蔓延っている事を考えると知り合いが心配だから早く戻りたいので、その…………」
「お気持ちは分かりますが、他の、異世界に飛ばされてしまった被害者の為を思って下さるならこちらの話し合いが終わるまで待っていただきたい。我々には移動手段が無く、これを逃すと救出は不可能になる」
声こそ静かなものだったが、異界者を助けるのだという強い意志が込められているように感じた。本当に救出が目的? 少なくともこの人はそうだと思う。
「分かり、ました…………でも、あまり時間が掛かる様なら待つのを止めるかもしれない、です」
「一先ずそれで構いません。人命が絡んでいる事ですのでこちらも悠長に話し合うつもりはありません、迅速に協議を進めます。それでは今日の所はこれで失礼します」
「はぁ~、どうなるんだこれから? 行きはなんとなくどうにかなる気がしてるけど、またこっちに戻ってくるってのは成功するのかどうか微妙な気がするし」
フィオが眠ったので自分の病室に戻ってごろごろしながらさっきの会話について考える。
「ん~、そうねぇ……でも、元々この世界からヴァーンシアへは繋がりがあったのだから、穴をあけた場合は繋がりやすくなっている可能性はあるわよ?」
「…………そうなのか? ……なら何でさっき言わなかった?」
「救出目的で悪意が無いとしても、異世界の存在がどんな影響を与えるか分からないじゃない。それを簡単に招き入れるような事はしたくないもの」
それでも手段がある事を話したのは工藤さんに悪意がないと感じたから?
「俺は?」
「ワタルは特別~」
「抱き付くなっ、胸を押し付けるな」
柔らかくて大きい果実が二つ、グイグイ顔に押し付けられる。
「だってワタルってばフィオのお見舞いに来ないからずっと会ってなかったし、これくらいいいじゃない。こんなに顔を赤くしちゃって、可愛いわね。ドキドキしちゃう?」
「……ああ、心臓に悪いから勘弁してくれ」
「頬、まだ赤いわね。痛かった?」
覆いかぶさるようにしながら頬を撫でて見つめてくる。
「っ!? 大丈夫だ、下りてくれ」
「ワタル? 大丈夫? 顔色が悪いわよ、息も少し荒いし」
まただ。視界にノイズが走って世界が一瞬、死んだ世界にすり替わった。死んだ世界、目に映るもの全てが壊れていて、目の前に居たティナも傷だらけの酷い姿になっていた。目覚めてからというもの、たまにこういった幻視を見るようになっている、罪の意識ってところか?
「大丈夫…………たぶんまだ血を抜いた影響があるんだって、その内治るから……だから、大丈夫」
「そう?」
「ああ、俺少し寝るから――」
「なら一緒に――」
「一人にしてくれっ」
「…………あまり考え過ぎちゃダメよ。辛かったら私に甘えてくれていいから、ねっ?」
「っ!?」
今度は優しく包むように抱きしめられて頬にキスをされた。
「それじゃ、おやすみなさい」
それだけ言うとティナは出て行った。
「あー、あ~、あー…………こんなん寝れるかっ、まだ昼過ぎだし、目が冴えちゃったし、あぁー、思考がぐるぐるする~」
「そうなるわね。世界の数については知らないわ、別の世界に来るなんて初めての経験だもの。ただ、魔物が全て同じ世界から来たという風ではない事と獣人の事もあるからそれなりに色んな世界があるんじゃないかしら?」
「というか、離れろよ」
フィオとティナが引っ付いたまま話していて、工藤さんも気にした風がないってのはどういうわけだ? 引っ付かれているだけでも落ち着かないのにそれを誰かに見られているというのは更に居心地が悪い。
「良いじゃない別に、クドウも気にしないと言ったのだし」
良くないだろ、一番の年長者! もっとこう……落ち着きというか、慎みというか、礼儀としても問題ありだ。
「ははは……私は構いませんのでお気になさらず」
お気になさるわ! なんで他人にこんな状況を眺められなきゃならんのだ。
「話を戻しますが、では何故如月君は戻ると言ったのですか? 確実ではないのなら試すというのではないですか? 先程の様子ではある程度自信があるように感じられたのですが」
「えっと、それは…………」
「戦闘の後に自衛官との会話で、死刑でもモルモットでも好きにすればいいと自暴自棄な発言をしたそうですが、そういったものを今の如月君からは感じられない。自棄で危険を冒すというわけではないのなら、お二人の安全の事もありますし、踏み切るだけの理由があるのでは――」
「…………んみゅ、にゃにをすりゅ? いひゃいんだが」
フィオとティナに頬を引っ張られた。
「死刑でもいいというのはどういう事かしら?」
「せっかく助けたのに…………」
二人に睨まれる。頬を摘まむ力も少しずつ増してる気がするし、これは……怒ってるよな。
「いくらフィオが死んだと思っていて絶望してたとしても、この世界に私を置いて死のうとするなんて酷いんじゃないかし、ら!」
「生きていて欲しいから無茶したの、に!」
「いひゃい! いひゃい! ごみぇんにゃしゃい! 勘弁――」
「罰」
「安易に死を選ぼうとした罰よ」
千切るつもりなんじゃないか? というほどに力を込めてグイグイ引っ張らられる。というか本当に千切れる気がする。
『ふんっ』
最後に二人で同時に、一際強く引いた後に解放された。
「いだい゛……本当に千切られるんだと思った…………」
両手で頬を擦るがヒリヒリする。助けてもらったのに諦めて死のうとしたり、見知らぬ世界に置き去りにしようとしたんだから怒って当然か。
「如月さん大丈夫ですか? 抓られてたところが真っ赤になってて、少し内出血したみたいに赤黒くなってる部分もありますよ」
うへぇ、マジか……自分じゃ確認できないが惧瀞さんと工藤さんのひき具合からして結構酷そうかもしれない。
「そ、それでですね、如月君の行っていた世界、ヴァーンシアでしたか? そこへ行く手段があるというなら協力をお願いしたい」
協力……何に対して? 行方不明者、異界者の救出にか? それとも日本にとっての利益を得る為にか? 救出に関してなら考えるべきだと思う、帰りたいって人は居るはずだから……でも、利益を得る為だったら? そもそもあっちに行っても異界者を探すところから始める必要がある。現地の人との接触は避けられない、それはいいのか? アドラは異界者を奴隷にしている、それを救出するのなら交戦の必要とかも出てくるんじゃ? 大人しく引き渡すならそんなもの必要ないだろうけど、あの国の人間たちがそんな事をするとは考えにくい。だとするなら強硬な手段も必要……なんで俺はそれを避ける様に考えている? 異世界に飛ばされて不当な扱いを受けている人たちは救出されるべきだろ? …………どう答える? もさが居ればヴァーンシアに戻れる可能性が高い事を言うか? それは良い事か? ……異界者にとっては良い事だろう。ならヴァーンシアの人たちには? 異界者を奴隷扱いする人間なんて心配する気はないけど、その他の人たちにだって何かしらの影響が出そう。そんな事を俺が決めないといけないのか? なら言わずにおいて救出の可能性を閉ざすのか? 俺は――。
「あなた達はヴァーンシアに行って何をするつもりかしら? ハッキリした事は言えないけれど、完全ではなくても魔物の封印は破壊されてるはずだから、恐らく魔物が相当な数蔓延っているわよ。この世界に来ていた物よりも厄介な物もかなりいるはず、そんな危険な場所にわざわざ踏み込んで何をするの?」
封印が破壊されている……あの状況ならそう考えるのが普通だよな。デミウルゴス以上の物が跳梁跋扈している? ……大丈夫だ、リオの傍には紅月とナハトが居るはずだ。アドラの人間を嫌っていてもリオがそういう人間じゃないのは分かってるはずだし、見殺しになんかするはずない、大丈夫だ…………無事でいてくれ。
「こちらであれほどの被害を出した物よりも更に厄介な物ですか……であるなら、尚の事協力をお願いしたい、日本人救出の為に!」
救出が目的……まぁここで利益の為と言う馬鹿はいないだろう。
「救出、ね。ヴァーンシアのどこに居るかも分からない人たちを捜し歩くの? 異界者に敵対的な人間も大勢いるわよ? それに、移動手段は無いとは言わないけれど、この世界に来れたのもヴァーンシアに戻るのも運任せの部分が多分にあるわ。こちらから向こうに行けたとしても、無事こちらに戻ってこられるという保証はないわよ? 極端だけれど、人間の生きられない世界に飛んで着いた途端に即死する可能性も無いとは言い切れない。それでも行きたいのかしら?」
もさ任せだからなぁ。でもフィオがリオに会いたいって言ってるんだし、主の幸福という事を考えれば戻れる可能性は高い気がする。行く事は問題ない、でもこっちに帰ってくるというのは微妙だな。
「…………ティナ様たちはそれを覚悟で行われるのですか?」
「ええ、私の故郷だもの。危機に見舞われているのを分かっていて知らん振りなんて出来ないでしょう? それにこちらでの騒動が終わったら戻るとワタルが言うのだから私が覚悟を決めないわけにはいかないでしょ」
「異世界に行けたとしても自由に行き来する事は難しい、ですか……だとするなら如月君は異世界暮らしを決めて、戻ると言っているのですか?」
「そうですね。特にこっちに居たい理由は無いですし、向こうに心配事もありますから…………まぁ、その行動が許されるなら、ですけど――」
「こちらでワタルの扱いがどうだったとしても私が連れ去るから問題無いわ。私の能力は逃げるのにも便利だし」
「ははは、確かに殿下がお持ちの能力なら簡単に逃げ果せてしまいそうですね。ですが当面はその心配は不要になりそうですよ、如月君の処遇については保留になりそうなので」
「保留? あれだけの事をしたのにですか? アメリカへの引き渡しは?」
「当然罰するべきだという声も多数ありますが、今回の事は魔物と言う前例の無い物が絡んでいて判断が難しい事、そしてあの異常な状況下で如月君に救われた方が大勢いる事実、如月君自身も銃撃を受けて負傷している事もある為正当防衛となるでしょう。それにあの事件の映像を見ただけで心を病む人がいるほどです、それだけの状況を間近で見続けた君の精神状態が安定していたとは思えない。それによって行動が行き過ぎた部分もあったのでしょう、ですので心神耗弱であったと判断される可能性が高く、被害者、遺族、君を知る国民から届いた多くの嘆願書なども考慮されるでしょう。なにより、君がいないと異世界に飛ばされてしまった日本人の救出が難しいという事も重視する必要が出てきた。それとアメリカの要求は総理が突っ撥ねました、日本国民に不当な攻撃を加えていながらこの様の要求を飲む必要は無いですからね」
「その通りね。ワタルがいないと穴は開かない、それに私もフィオもワタルを奪われた時点であなた達を敵とするでしょうね」
何物騒な事を言ってるんだ……惧瀞さんは不安そうな表情をしてるし、工藤さんは困り顔だ。
「そうですか……嘆願書っていうのは?」
「減軽や無罪などを求める文書といったところですかね。君が他者を守ろうとしている姿勢は魔物の事件で多くの人が知っている事で、充分な考慮対象でしょう」
「はぁ…………それが、届いているんですか?」
「ええ、既に署名した方は一千万人を超えたそうですよ」
は? …………一千万人? あれだけの事をしたのにか? 確かに最初こそ助ける為に動いていたけど、途中からは完全に敵を潰す事でいっぱいだった。それなのにこんな事をしてもらう価値が俺にあるのか?
「怪訝そうですね。被害者とそのご家族は助けられた事に感謝していますよ。それに、大ぴらに言える事ではないですが、家族を惨たらしく殺された遺族の方には仇討ちをしてもらったと言っている人も多い。これに関しては何故殺さなかったんだと不満を漏らす人もいるそうですが…………」
何故殺さなかったんだ、か……大切な人を奪われた人たちからしたら当然の思いかもしれない。でも、あの時は殺して終わらせるよりも目に見える形で苦しめてやろうと思ったんだ…………俺も大概悪人だな。
「とりあえず、移動に関しての事情は分かりました。持ち帰って日本人救出に関して自衛隊を派遣出来るのかどうかも含めて話し合う必要があるので、異世界に行くのはしばらく待ってもらえますか?」
派遣って……国土や国民を守るのが仕事とはいえ、帰ってこられない可能性のある場所に送り出すのか? 戦地に派遣されて死ねば帰ってこられないってのとは違うんだぞ? 生きていたって帰ってこられない可能性があるのに。
「それは…………フィオの体調が戻るまでは大人しくしてるつもりですけど、さっきティナが言った通り魔物が蔓延っている事を考えると知り合いが心配だから早く戻りたいので、その…………」
「お気持ちは分かりますが、他の、異世界に飛ばされてしまった被害者の為を思って下さるならこちらの話し合いが終わるまで待っていただきたい。我々には移動手段が無く、これを逃すと救出は不可能になる」
声こそ静かなものだったが、異界者を助けるのだという強い意志が込められているように感じた。本当に救出が目的? 少なくともこの人はそうだと思う。
「分かり、ました…………でも、あまり時間が掛かる様なら待つのを止めるかもしれない、です」
「一先ずそれで構いません。人命が絡んでいる事ですのでこちらも悠長に話し合うつもりはありません、迅速に協議を進めます。それでは今日の所はこれで失礼します」
「はぁ~、どうなるんだこれから? 行きはなんとなくどうにかなる気がしてるけど、またこっちに戻ってくるってのは成功するのかどうか微妙な気がするし」
フィオが眠ったので自分の病室に戻ってごろごろしながらさっきの会話について考える。
「ん~、そうねぇ……でも、元々この世界からヴァーンシアへは繋がりがあったのだから、穴をあけた場合は繋がりやすくなっている可能性はあるわよ?」
「…………そうなのか? ……なら何でさっき言わなかった?」
「救出目的で悪意が無いとしても、異世界の存在がどんな影響を与えるか分からないじゃない。それを簡単に招き入れるような事はしたくないもの」
それでも手段がある事を話したのは工藤さんに悪意がないと感じたから?
「俺は?」
「ワタルは特別~」
「抱き付くなっ、胸を押し付けるな」
柔らかくて大きい果実が二つ、グイグイ顔に押し付けられる。
「だってワタルってばフィオのお見舞いに来ないからずっと会ってなかったし、これくらいいいじゃない。こんなに顔を赤くしちゃって、可愛いわね。ドキドキしちゃう?」
「……ああ、心臓に悪いから勘弁してくれ」
「頬、まだ赤いわね。痛かった?」
覆いかぶさるようにしながら頬を撫でて見つめてくる。
「っ!? 大丈夫だ、下りてくれ」
「ワタル? 大丈夫? 顔色が悪いわよ、息も少し荒いし」
まただ。視界にノイズが走って世界が一瞬、死んだ世界にすり替わった。死んだ世界、目に映るもの全てが壊れていて、目の前に居たティナも傷だらけの酷い姿になっていた。目覚めてからというもの、たまにこういった幻視を見るようになっている、罪の意識ってところか?
「大丈夫…………たぶんまだ血を抜いた影響があるんだって、その内治るから……だから、大丈夫」
「そう?」
「ああ、俺少し寝るから――」
「なら一緒に――」
「一人にしてくれっ」
「…………あまり考え過ぎちゃダメよ。辛かったら私に甘えてくれていいから、ねっ?」
「っ!?」
今度は優しく包むように抱きしめられて頬にキスをされた。
「それじゃ、おやすみなさい」
それだけ言うとティナは出て行った。
「あー、あ~、あー…………こんなん寝れるかっ、まだ昼過ぎだし、目が冴えちゃったし、あぁー、思考がぐるぐるする~」
0
お気に入りに追加
508
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。

黒豚辺境伯令息の婚約者
ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。
ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。
そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。
始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め…
ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。
誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる