黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

思い

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「もう退院でいいのに…………」
「駄目ですよ、ちゃんと医師せんせいの許可が出ないと」
「そうね、あれだけ無茶したんだから暫く大人しくしてなさい」
 一週間も寝てれば充分だろうに……あれから検査だなんだと拘束されて三日目、病院に運び込まれた時が全身打撲と骨に罅が入ってる状態だったそうだ。吹っ飛ばされた店の壁に人型が出来る程だったらしいのに打撲と罅程度というのは異常らしい……いや、俺もそう思うけど、吹っ飛ばされた時は完全に死んだと思ったし、その後動いてデミウルゴスを倒せたのなんて奇跡みたいなもんだ。そして検査結果がまた異常らしく、それで未だに退院できないでいる。もう治ってるんだからいいじゃんか……検査したらもうどこにも異常はなく、至る所にあった罅も無くなっていたとのこと、レントゲン写真を見ながら説明している医師が一番驚いていて、異常だ、異常だ、と繰り返していた。あんなに異常を連呼されると傷付くよ? 確かにもう痛みなんかの違和感が無いから完治しているってのは間違いない、この短期間で…………まぁ異常だね。
 三日経ってもフィオの状態は相変わらずで、常にしがみ付いている状態だからトイレと風呂が困った。どうしても離れようとしないフィオに土下座してトイレだけは勘弁してもらった。トイレと風呂だとトイレの方が恥ずかしいし、監視されてちゃ出る物も出ねぇ…………。

「まぁする事も無いし別にいいんだけど、病院生活は暇でしょうがない。それに怖い事もあるし……惧瀞さんサイト見ました?」
「途中までは見てましたけど……私も怖くなって昨日から見てないです」
 だよなぁ…………館脇さんに何か出来る事はないかと考えて、とりあえず高性能な義手を贈れたらと思った。思って調べたら凄い金額の物ばかり出て来てた、安価な物も存在はしていたけど機能的には役に立つとは思えない物だった。動作する義手、筋電義手は高額な物ばかりで簡単に手が出せる物じゃない、コストを抑えて性能も良い物もあるにはあったが、まだ研究中らしく一般には販売されていない状態だった。金貨を換金しようかとも思ったけど、ヴァーンシアに戻ったら向こうの通貨が必要になるだろうからやめた。金に困った俺はオークションサイトにある物を出品した。ミスリル玉だ、これならまだ数があるからいいかと思った。この世界に存在しない物だし一つでもそこそこの値が付くかも? というのと一気に減るのは困るという事でとりあえず一つ出品して、動画投稿サイトと惧瀞さんが作ったサイトで義手購入の為に資金が必要な事を告知してみた……してみたら出品僅か五分でスタート時に十万だった物が五百万を超えていた。その後も暫くは惧瀞さんと一緒に確認してはいたんだけど、三千万を超えた辺りで怖くなってサイトを開かなくなった。今日が最終日、嫌でも確認はしないといけないんだが、こんな小さな金属玉に凄い金額が付いているのが恐ろしくて開けずにいる。というか、剣を含めてミスリル製品を持ってるのが怖くなってきた。
「今どうなってんだろう…………?」
「金額を考えると恐ろしいですね…………で、でもこれで館脇さんに贈る義手を買う為の資金調達は出来ましたね」
「それは、そうなんですけど……そんな金額が付く物がここにじゃらじゃらとあるのが怖くてしゃーないです」
「これ、どの位あるんでしたっけ?」
「たぶんまだ四百以上…………」
「さ、最後に見た金額で考えても百二十億超え、ですね…………」
「それってそんなに凄いの?」
 こっち世界の金なんて分からないティナは不思議そうにしているが、俺もこんな金額はぶっ飛び過ぎてて分からない。ただ、持っているのは怖い。
「惧瀞さん預かってもらえませんか? 持ってるの怖いです」
「無理無理無理無理無理無理! 無理ですって! 私より皆さんの方が強いんですから皆さんの手元にある方が安全に決まってるじゃないですか! 私なんかに預けて誰かに盗まれでもしたら……無理ですっ! 生命保険掛けて死んだとしても弁償できないですぅ!」
 手をこちらに突き出し首を振って全力で拒否された。
「確かにミスリルは高価だけど、この位の玉なら溶かしたって大したものは作れないわよ? この程度で二人ともなんでそんなに怯えているのかしら?」
 あっちでどうかは知らんけど……待てよ、ティナは姫だ。金銭感覚が同じとは限らない、というか最初は買い物というものを理解していない節があった。ティナのこの程度、がどのくらいか分かんねぇし…………姫怖い。

 これだけ騒いでいてもフィオは我関せずって感じでずっとしがみ付いたまま、ある意味俺よりこいつの方が重症だ。おまけに口を利いてくれない、土下座した時も黙ってトイレから出て扉の前に居たし、よく考えたら引っ叩かれてから一言も喋ってくれてないような…………。
「なぁフィオ、そろそろ離れ――何でもないです」
 その目やめれ、ズルいぞ。うるうるさせて見上げやがって、そんな目を向けられたら何も言えなくなるわ!
「やっぱり甘いわね。私も同じように扱ってほしいわ」
「ティナは年上だろうが…………」
「それって差別じゃないかしら」
 差別じゃなくて区別です。というかこんな引っ付いた状態のが二人も居たら身動きとれんわ! トイレも風呂もこの個室にあって軟禁状態だから動き回る事は出来ないし人目が気になるわけでもないけど、フィオが引っ付いてるのとティナが引っ付くのじゃ押し当てられるものの破壊力が…………。

『それにしても、もう少し早く能力を使っていれば警官や自衛隊員への被害はもっと抑えられたんじゃないでしょうか? そもそも本当に使えない状態だったんでしょうか?』
 またか……なんとなくつけていたテレビから流れてきたワイドショーの内容、俺がもっと早く能力を使って処理していれば、というものだ。今回の一件での死傷者は警官と自衛隊のみで一般人には被害者はいないらしい、だからいいとは思わないけど……魔物に殺されるという酷い死に方の為、遺族が今回の対応に対して声を上げている、それを取り上げて俺を責める番組がそれなりにある。その代わり擁護してくれる人も結構居るみたいだけど、これはティナと惧瀞さんのおかげ、俺が眠っている間に俺が能力を失っていた事とその理由を動画投稿サイトから発信してくれていた。マスコミを通じていないのはティナがマスコミは全部敵の様に認識してしまったかららしい。それでもネットの拡散力は凄くて、擁護する発言をしてくれる人がテレビに出たりして、今は擁護と批判が七対三くらいらしい。ネットでは擁護が圧倒的みたいだけど、災禍を受け傷を負った人たちの悲しみはそんなものでは納得できなくて、責める相手や恨む相手が必要なんだろう。俺も父親や父方の祖父母を恨んだから理解は出来る、出来るけど…………。
「これだけ言われるとやっぱり凹むなぁ」
「あんな人間たちは放っておきなさい。ワタルは出来る限りの事を精一杯したんだから――いえ、約束を破って相当の無茶をして魔物を処理したんだから、それを理解できない者なんて無視しなさい」
「そうですよ、ご遺族の方の悲しみは理解できますけど、ちゃんとした説明をしているのに未だにこの事で如月さんをせめて話題にして番組を作ってる人たちなんて無視です、無視!」
 まぁこんな風に言ってくれる人たちが身近に居てくれるのはありがたいな。それでも心配な事がある、能力をまた喪失しないかだ。これが不安で起きている間は一時間おき位で使用できるかの確認をしているほどだ。せっかく戻ったんだ、また失うのは痛い、それに魔物が片付いたら向こうへ行くんだ。無くなられたら困る。
『ですがネットに出回っている動画ではご本人も、やっと戻った、と発言されていますし、本当に喪失した状態だったのではないでしょうか? 動画を出せますか? あぁ、これですね――』
『っ!? ふふ、くっくっくふふふ、やっとか……やっとだ、やっと戻った。おせぇんだよ、どれだけ愚図なんだよ俺は――』
 は? え…………ちょっと待て!? なんであの時の映像なんてあるんだよ? 撮影している人間なんて居たのか?
「なんでこんな動画が…………?」
「これはあの場に居た学生が遺書代わりに撮影していたのを咄嗟に如月さんの方に向けて映したものですよ。ティナ様の説明とこの動画のおかげで擁護する人たちが増えたんですよ」
『お前はそればっかりだなデミウルゴス、教えてやっただろうが、俺は人間だよ。お前が弱いと、喰い物だと馬鹿にした人間だ。そしてお前を殺す者だ』
 っ!? は、恥ずかしい! 者だ、とか言っちゃってるし、必死だったから何言ってたかなんてよく覚えてなかったけど、こんな事言ってたのかよ。そしてこんなものが出回ってると……嫌だ、もう外を出歩きたくない。
「恥ずかしい、死にたい――」
 手で顔を隠して見悶える。フィオが引っ付いていなかったらベッドの上を転がりまくってただろう。
「何言ってるのよ、こんなに凄い攻撃で魔物を倒してるじゃない。恥ずべき事なんて何もないわ」
「そうですよ! 凄くかっこいいじゃないですか! 私なんて動画がアップされてからは毎日見てるんですよ!」
 いや、意味分かんねぇ。毎日見てるって何マニアだよ!? そしてその言葉は傷口に塩を塗り込んでます。恥ずかしすぎる、こんなもんを色んな人が見てんの? というか何勝手にアップしてんだよ。肖像権はどこいった?
「それにサイトに応援のコメントやファンレターだってこんなに!」
 ノートPCの画面を見せられ、どこから取り出したのか封筒をどさっっと渡された。この人何やってるの!? 自衛隊だよね? いつからマネージャーもどきになった!? それに俺はこういうの嬉しいタイプじゃない。
「もういいですから、片付けてください。そんなのよりオークションサイト見ないと……」
「うっ……見ちゃいますか?」
「見るしかないでしょう…………」
 始めたからにはちゃんとしないといけないだろう。

「…………」
 ノートPCをそっと閉じてスマホで通販サイトを開いた。
「え、ちょっと、どうだったんですか?」
 滅茶苦茶怖い金額でしたよ! とりあえずこんな革製のポーチに入れてるのは不安過ぎる。なにかもっと丈夫な、強度のある物に変えないと……本当は金庫にでも入れておきたいくらいだ。
 これなんかいいかもしれない、防弾ベストなんかに使ってある繊維を使用とか書いてあるし、今のポーチよりはいくらかマシだろ、即決で購入――。
「険しい表情になってますよ、一体どんな額になって――ひぃっ!? に、二十億円!? これって現実ですか…………?」
 俺が閉じた惧瀞さんのノートPCを開いて驚愕している。もうぶっ飛び過ぎててわけ分からん。試しに宝石とかはどんな値段が付くのか調べてみたらブルーダイヤとか言うのが六十億以上の値が付いてた。
 この世界には存在しない金属で、色合いも綺麗だからミスリルの金額もこんな感じなのか? どちらにしても怖い金額だ。これに併せて金貨も持ってるとか怖すぎる、かと言ってどこかに預けるのも不安だ。たぶん預けるよりフィオとティナの傍にある方が安全だから。
「こ、怖すぎますぅ! なんですかこの金額は!? こんな金額の物が四百以上ここに在るんですか!? こんなの――」
「うるさいぞ惧瀞、廊下まで声が響いてるぞ」
 戸を開けて入ってきたのは館脇さん、と遠藤って人と……ガキ?
「綾ちゃんどうしたの? 金額がどうとか聞こえたけど――」
「い、いえいえ! な、なんでもないんです! なんでもないですからぁー!」
 パソコンを抱えて脱兎の如く病室から出て行った…………あ、ナースに怒られてる。病院で走ったらダメだよなぁ。惧瀞さんの慌てっぷりを見てたら落ち着いてきた。どうせこの二人が見ている場所から盗んでいける人間なんて居ないだろうし、そう考えればここが一番安全だ。

「なにを慌てているんだあいつは、如月さん達と居るのは一応護衛の名目もあるのに離れたらいかんだろう…………如月さん、目覚められたようで何よりです」
「いえ、あの…………助けてくださって本当にありがとうございました!」
 本当は謝ろうと思った。でも館脇さんの顔を見るとそれは怒られるような気がした。だから今できるのはこれが精一杯、床に下りてフィオを引き剥がして頭を下げて感謝を告げた。
「あ、頭を上げてください。俺は自分の仕事を、自分に出来る事をしただけです、それに結果この子らを救えて化け物も倒された。確かに腕一本になったのは不自由ですが、それに見合う価値があったと強がっておきます」
 館脇さんはそう言って笑ってくれた。この子ら…………?
「ああー! あの時の中学生!」
「今更かよ、美少女とイチャついてて視界に入らなかったかコラ」
 この人の態度は相変わらずの様だ。それにイチャついてないわ! そんな暢気な状態じゃない、口も利いてくれないんだから。
「なんでここに?」
「受付で面会謝絶だって言われて困り果ててたから連れてきた。一応恩人だから礼が言いたいんだろ」
 仏頂面でそう言って中学生たちの背中を押してこっちに押しやってきた。
『助けてくれてありがとうございました!』
 あぁ、今度はちゃんと救えたんだ…………よかった、心からそう思う。フィオ達に裏切りという痛みを負わせたのは申し訳なく思うけど……それでも、動いてよかった、諦めなくてよかったと思う。そして、またこんな事があるとするなら今度こそどちらも守りたい、そう強く思う。
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