黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

嬉しい事と失敗

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 今日で海に出て三日目、ワタルは早過ぎるって言ってたけど、陸が見えたという声が聞こえて、暫くしてから船が大きく揺れた。爆発音と怒号が聞こえたりもして戦闘をしていると感じてワタル達を船室に残して甲板に出た。
 船首の所まで行って身を屈めて船の外の様子を窺う。船からすぐの場所に砂浜が見えて、そこで混ざり者を相手に耳の長い人間と獣の様な耳と尾を生やした人間が戦っている。あれがエルフと獣人? 動きは遅い、混ざり者とあまり変わらない? 少なくとも今は拮抗してる。処分されるのと拮抗する程度なら全く問題にはならないけど……混ざり者が必死な表情なのに対して、エルフも獣人にも余裕が感じられる。手加減して遊んでる? ――っ!? 固まって戦っていた集団からエルフと獣人が離れたと思ったらそこに居た混ざり者が一瞬で黒焦げになった。指示を出してたのはあの銀髪の女……エルフも能力を持ってるっていうのは本当だったんだ。混ざり者たちは固まっていたとはいえ、結構な範囲が炎に包まれた、あんなものを向けられながらワタルとリオを護って逃げられる? …………少し、難しい。だとしたら逃げるよりも排除する方が二人の安全の為にはいい、ワタルが怒るかもしれな――っ!?
「フィオ、何が起こ――がっ! いってぇー! なにをする…………?」
 ワタルが無警戒に立ったまま近付いてきたのを足を払って隠した。…………大丈夫、こっちに気付いた様子はない。
「危機感が足りない、立ってたら見つかる」
 不服そうな表情をしてたけど、そう言ったら納得したみたいだった。
「それで、この騒ぎはやっぱりエルフと戦ってるのか?」
「見れば分かる、あそこで指示を出してるエルフが危ない、たぶん百人近く居た混ざり者の四分の一が一瞬で死んだ」
 拮抗しているように見えていた戦況は、さっきの爆炎に怯えて混ざり者が萎縮した事によって崩れ始めている。混ざり者を抑え付けるのに使われてるのが覚醒者の能力で、それと同等かそれ以上のものを見せられたらああなってしまうのもしょうがないのかもしれない。
「凄い光景だな、なぁ、あの女エルフは何をしたんだ?」
「コウヅキと同じ」
 私はコウヅキの能力を直接見た事はないけど、収容所に転がっていた焼死体と建物の被害、ワタルに聞いた話を考えると同じものだと思って間違いないと思う。

「でも今は能力を使ってないな」
「あんなの混戦だと使えない」
「少し減らすのに使ったが! この程度の連中に能力を使うのは情けないぞ! 自分の力で討ち取って見せろ!」
 さっき仲間が退いてから使った事で、混戦だから使えないんだと思ったけど、そうじゃないの? 細かい調整も出来るなら敵に紛れて使わせないって事も出来そうにない。
「フィオ、お前はあの動きについていけるか?」
「あれが全力なら全然問題ない」
 エルフも獣人の動きも、どちらも私が全力で動いた時と比べると全然遅い、あれが全力で能力無しなら圧倒的に私の勝ちだけど、エルフと獣人からはまだ余裕を感じる。今が全力だとは思わない方が良い。

「チッ」
 戦闘を見ていたワタルが苛立たし気に舌打ちした。もしかしてこれも助けるとか言うの?
「助けるなんて言わないでよ、これは手伝い切れない」
 一対一なら未だしも、これはそうじゃない。その上どんな能力を持っているのかも分からない者へ突っ込むのは無謀過ぎる。護りたいけど無茶をされ過ぎると私も対処しきれない。
「…………わかってるよ、アドラに居たらあいつらだって敵側の人間だったんだ」
「人間…………ワタルはやっぱり変わってる、アドラで私たち混ざり者を人間扱いする人なんて居ない、混ざり者は都合のいい道具、使い勝手が悪ければ処分が普通なのに――」
「うっせぇ、お前は人間だ。それにリオだってお前に普通に接してるだろ? だからそういう事、もう言うな」
 人間? 私が? …………ワタルとリオと同じ? 本当に? 二人は私を道具扱いしない、私も二人と同じ人間…………それが本当なら凄く嬉しい。嬉しい……私は道具じゃなかった。
「…………ん」

 ん? ワタルが困った様な表情をしてなにか考え込んでる。眉が寄ったり、視線が忙しく動いたり、かと思えばぼーっとしてみたり……面白い。
「なにをする…………?」
 ころころ変わるワタルの表情が面白くて、なんとなくワタルの頬を摘まんだ。
「変な顔してた」
 変わらなくなった、残念。
「フィオはここから逃げる何か良い方法――なっ!? あれ、なんだよ」
「あれ?」
 ワタルが驚いた声を上げて空を指差したのを追って視線を空に向けたら奇妙な鳥が居た。上半身だけ人間の女の様で、腕部は翼、下半身は四足歩行の獣の後ろ脚の様な、それでいて足先は鳥の様な形で鉤爪がある。
「フィオ、あれはこの世界に元々居たものか?」
「知らない、あんな生き物見た事ない」
 あれが魔物? それともこの土地特有の生き物? 本で見た覚えはないけど、人間が踏み込めない土地の物なら本に載っていなくてもおかしくはない。
 …………? ワタルが惚けたような顔になって動かなくなった。
「ワタル?」
「あ、ああ、えっと…………なっ!? あいつら人間を喰うのか!?」
 ワタルの声で戦場へ目を向けたら、倒れた者、焼かれた者、弱っている者が奇妙な鳥の足に掴まれてどこかへ連れて行かれてる。
「なんでだ?」
「なにが?」
「狙われてるのは人間だけだ」
 ……確かに、混ざり者が劣勢だけどエルフと獣人にも負傷者は居るのにあの鳥には狙われていない。どうして? 人間だけを食べる鳥? …………ありえない、ここは人間が居ない土地、踏み込んでくる混ざり者が居るけどいつ来るかなんて分からない物を主食にするはずがない。

「チッ、クソッ!」
「っ!? ワタル!」
「ぐへぇっ」
 立ち上がろうとしたワタルの頭目掛けて上空からあの鳥が足を伸ばしてきたのをワタルの頭を押さえつける事で躱させた。ワタルを狙っていたのとは反対側の足で今度は私を狙って来たから後方へ跳んで躱した。
「お前さっきからなに――」
「ワタル、殺すからどいて」
 もう少し気付くのが遅かったらワタルがこんなのの餌になってた。許さない。
「あ、ああ」
 ナイフを抜いて、構えてからワタルにそう言い放つ。ワタルを殺そうとした……絶対に手加減しない、一撃で殺す。文句を言いたそうにしていたワタルは頭上に鳥が居る事に気付いて慌てて離れた。ギャアギャア煩い、人間みたいな頭部なのに喋れないの? …………どうでもいいか、どうせもう死ぬ。ワタルが離れたのを確認して、鉤爪を引き抜こうともがいている変な鳥に一気に近付いて額にナイフを突き立てた。断末魔が煩い……ワタルを殺されそうになった事に苛立ってった事もあって、ナイフの刃が完全に埋まるほどに刺し込んだらようやく絶命した。

 失敗した…………今の断末魔のせいで完全に私たちの事を認識されてしまった。混ざり者も、エルフと獣人もこっちを見ている。見つからない様に逃げるっていうのはもう出来そうにない。
「ワタル」
「今度はなんだよ? だいたい、さっきバックステップする余裕があるんなら俺も連れて跳んでくれりゃあよかっただろ、なんでわざわざ甲板に押し付けた?」
「そんなことより」
 そんな事って言ったら凄く不服そうになって額を押さえてる……腫れてる。加減を間違えた。
「見つかった」
「は? ……なんで声上げないように喉を斬らなかった!?」
「助けてあげたのに…………あんなにうるさいと思わなかった」
 それに怒ってたからそんな事まで考えてなかった。大事なものが傷付けられそうになったら、怒るのは普通でしょ? リオが危険な目に遭いそうになってる時にワタルが必死になるのと同じ……はず。
 それにしても、この状況は……どうしよう? …………一つしか思いつかない、ワタルに良い案が無かったら皆殺しにして終わらせよう。ワタルは怒るかもしれないけど、わたしにとっては二人の安全が一番大事。
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