黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

フィオの気持ち

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「やっぱり人間が多いのには中々慣れないわね。ワタルのお婆様のお家があった辺りが静かでよかったわ」
 駅は人が多いのが普通だし俺も人混みは疲れるから嫌だが、東京に戻るのに新幹線に乗らないといけないんだからしょうがない。飛行機という手もあったが『あんな物が飛ぶなんて信じられないし、そんな物に身を任せるのは嫌』との反対を受けて、一度乗った新幹線という事になった。
「戻ったら訓練はどうするの?」
「あ~、どうしようかな、結構激しく動き回るから旅館の庭でってわけにもいかないしなぁ…………」
 それ以前にそんな場所で真剣抜いてたら大事だ。
「訓練って剣術のですか?」
「剣術って言うか、戦闘訓練? 真剣を振っても問題なくて広い場所とかないですか?」
 剣の使い方を教わってるっていうよりは体捌き? 剣の振り方に関しては何も言われてないな……これでいいんだろうか? 能力が戻れば問題ない事ではあるんだけど、その能力は戻る気配が未だに無い。
「ん~、自衛隊駐屯地のグラウンドを使用できないか上官に確認しておきますね」
 自衛隊の施設か、それなら真剣を振り回しても騒ぎにはならなそうだし、一般人に見られて騒がれる事も無くていいかもしれない。

「ワタル、どうして今日は髪を結んでるの?」
「いや、暑いのと普段の状態の画像が出回ってるから少しでも見た目を変えようかなと」
 ネットとかであんな事になってるのになんのカモフラージュもしてなかったら簡単にバレそう、二人は服装で多少変わるけど。
「如月さんポニーテールもいいですねぇ」
 そんな言葉はほしくねぇ。
「画像って?」
「これだ。フィオとティナもこんな感じになってるぞ?」
「なんでこの人たちは私とフィオみたいな恰好をしてるの? それにこっちの男は何だかムカつくわ」
「私も嫌」
 血塗れで魔物の屍の上に立ってた俺を真似た様な演出しコスプレしてニヒルな笑みを浮かべてる人の写真を見せたらフィオとティナが不機嫌になった。確かにこの表情はムカつくけど、自分のはいいのか?
「なんでって言われても、俺にも分からん。趣味とかじゃないのか?」
「他には、別の自分になってみたいとか憧れ、同じ趣味の方と知り合えるとかでしょうね」
 憧れ…………? フィオとティナは分かるが、俺の事は引きこもり、鬱病、ニートって情報も出回ってたのに憧れるやつなんて居ないだろ、この社会じゃ完全に底辺ですよ? そんなのになってどうするんだよ。
「ふ~ん、別の自分になりたいなら他人を真似るより自分を磨く方がいいと思うのだけれど、人間って変わった事を考えるのね」
 まぁ俺にも分からない世界ではあるな、でも趣味なんて人それぞれだし、誰かに迷惑を掛けてなくて本人が楽しければなんでもいいと思う。


「それで、これがワタルの名前なの?」
「ああ、ここを押せば通話が出来るようになる。こっちがフィオのな」
「これでフィオって読むの? ワタルの字と随分違う気がするのだけど、私の字はどんな風になるの?」
 新幹線に乗って暇になったので、現在スマホの使い方の講習中。
「ティナのはこれだな、二人のはカタカナで俺のは漢字だから違うってのは合ってる」
「カタカナ? カンジ? この国では違う文字を使うの?」
「あ~、ひらがなとカタカナと漢字の三種類だな。文章なんかは大体ひらがなと漢字だけど」
「うぅ~、ややこしそう~。よくそんなのを平気で扱えるわね」
 小さい頃から習ってればこれが普通なんだけどな、まぁ知らない文字だとそう感じるよな。俺も英語とか意味が分からんし。
「この三つでワタルって読むのね」
「いや、最初の二文字は苗字だ。家族で使う名前……ヴァーンシアではなんて言うんだ? 家名? 姓?」
「家名ね」
 普通に話しをする分には問題ないのに伝わらない単語があったりするから面倒だよな…………そういえばフィオにも苗字があるな。
「なぁ、フィオのソリチュードって誰が付けたんだ?」
「知らない、最初から呼ばれてた」
 知らないのか……漫画とかだとこういう場合って名前は無くて番号呼びだったりするけど、道具扱いだったって割には一応名前が付けられてるんだよな。
「……ソリチュードって確か英語とフランス語で孤独って意味だった気がするんですが…………」
 何か考え始めたと思ったら惧瀞さんがそんな事を言った。孤独……そんなのを付けられてるのか!? 英語かフランス語って事は付けたのはそれを知ってる異界者って事になるのか? それとも同じ発音でヴァーンシアでの意味がある?
「孤独…………」
 明らかに暗くなってる!? って事はヴァーンシアに同音異義語があるってわけじゃないのか。なら異界者が悪意を持って孤独って付けた?
「あぁ~、フィオさん元気出してください……そうだ! 結婚しちゃえば苗字は相手の方の苗字に変わりますよ!」
 そんな事しなくても勝手に付けられたものなら勝手に改名してもいいと思うんだけど――。
「結婚……家族で使う名前…………ワタルと同じのがいい。結婚して」
 い゛い!? ど直球で凄い事を言いやがった。にしても、苗字変えるために結婚するって…………。
「あのな、結婚は好きな相手とするもんだ。今の言葉はいつか好きになった相手に言え」
「? ワタルの事好きだけど」
 …………なんか俺の周りって躊躇なくこういう事言う人多くない? それにしても、フィオの好きはたぶんLoveじゃなくてLikeだろう。今まで酷い人間にしか出会ってなくて、少しだけマシな俺を見つけて興味を持ったから付いてきたって感じだろうし、恋愛感情なんてないと思う。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、俺が言ってるのはそういう意味の好きじゃない。それにお前は他の人間を殆ど知らないじゃないか、わざわざこんなのを選ぶな。もっといい人が沢山いるから――」
「ならどういう意味?」
 うぅ、了承しなかったから不機嫌になってきてる。俺にはその気は無いし、こんなのを選ばない方がお前の為だってば。
「説明は……難しい、そういうのも含めて、色んな事を知って色んな人と関われば俺の言ってる意味も分かってくるだろうし、俺なんかつまんない人間だって分かって本当に好きになれる相手も出来るだろうから――」
「っ!」
「ちょ、どこ行くんだ――って、えぇー」
 俺の膝から下りて走り出したと思ったら、丁度開いた出入り口から外へ降りて行った。
「ちょっと、駄目ですよ! まだ降りる駅じゃないですぅ」
「ティナ、捕まえるの手伝ってくれ。惧瀞さんは荷物よろしく」
「へ? あっ、待ってくださいよ。私も降りますからぁ」
 言うだけ言って、俺とティナもフィオを追う為に新幹線から降りた。

「はぁ、どこに行ったんだ?」
 よく考えれば、追ったところであの速さに追いつけるはずもなく、夏と言っても十九時にもなれば薄暗くなってるし、気配で捜すなんて事が出来ない俺がこの見知らぬ町で女の子一人を捜せるのか?
「そんな事よりワタル、フィオを見つけてなんて言うの?」
 なんて言うって言われても…………先ず捕まえないとだろ……なんて言えばいいんだろう? 何も思いつかない。だって間違った事を言ったとは思えないから、そんな状態で謝ったところで見透かされるだろうな。
「分からん、でも早く見つけないとっ」
「待って、そんな気持ちでフィオを見つけてもあの娘を更に怒らせるだけよ」
 焦って走り出そうとしたのを腕を掴んで止められた。そんな事言われても……ならどうしろって言うんだよ? 嘘でもさっきの話を了承しろって言うのか? それこそ後で怒るだろ。
「ワタルが自分の事をどう思っていたとしても、私もフィオもあなたの事を好いているわ」
「……ティナはどうか知らないけど、フィオのはそういう感情じゃ――」
「そういう感情よ。そういう気持ちを知らなかったとしても、あの娘が今ワタルに向けているのはそういう気持ちだと思うわ」
「なんでそんなの――」
「分かるわよ。私も同じ気持ちを抱いているんだから、そしてそんな気持ちを好きな相手に否定される辛さが分かる? 況してや今まで他者との関りが少なかった中で初めて抱いた大切な感情だったとしたなら尚更辛い思いをしたはずよ」
 それは…………俺にどうしろって言うんだよっ! 誰かに近付くのは無理だ。失う時の痛みを思うと……無理だ、絶対に、怖くて仕方ないんだ。だからここまでだと線引きをしておかないと、一度大切だと、特別な相手だと思ってしまえばその気持ちはどんどん強くなるだろう、そんな相手を失ったら? 裏切られたら? ……壊れる、それも半端に、完全に壊れてしまえれば楽なんだろうけど、たぶん俺はそうならない、痛みを抱えたまま苦しみ続ける。そんなものには耐えられない、それなら最初からそんなものを持たなければいい、作らなければいい、これが痛みから逃げる為に出した俺の答え。
「ごめんなさい、そんな顔をさせたかったわけじゃないの。ただ、ワタルが自分を卑下してこの気持ちを信じてくれなくても、この気持ちは嘘じゃないし変りもしない」
「…………っ!?」
 両手で頬を包まれて、ティナの綺麗な顔が迫ってきたと思ったら、唇を柔らかいもので塞がれた。今度は頬なんかじゃない、本当のキス。こんな、駅前の人通りが多い上に俺たちの事に気付いてる人間が多い中でこんな――。
「ちゅ…………だから逃げずに、ほんの少しでもいいから私たちの気持ちを信じて向き合ってほしいわ。それに自分に自信を持ちなさい、女の子二人に好かれているのよ? ワタルは充分魅力的な人間よ。っと、そろそろフィオを捜さないと、私はこっちを捜すからワタルはそっちをお願いね……それと! 今のは私の初めてのキスだから、忘れないでねーっ!」
 ティナは駅を出て左の方向へ走って行ったけど、俺はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。
 動き出したのは周りからシャッター音が聞こえて恥ずかしさがこみ上げて来てから、とにかくあの場を離れたくて無我夢中に走った。佩剣しているから当然普通の人間なんかより全然速くて余計に目立っていた事には後で気付いた。

「どこに行ったんだよ…………」
 見つけたところでなんて言えばいいんだろう? 頭ごなしに決めつけた事は謝ろうと思う、でも受け入れる事は、今の俺には難しい。長い間引きこもり続けて染み付いたものは簡単には変えられない、そして変えるべき事だとは今の俺には思えない。痛みから、嫌なものから逃げる事が悪い事だとは思えないから…………なんでフィオもティナも俺なんか選ぶかなぁ、一緒に居て楽しい部類だとも思えないし、何か優れた所があるとも思えない。欠点が多く長所は……あるか? …………微妙だな。卑下してる、か……そういえば源さんにも自信を持てって言われた事があったな、自信……自信ねぇ…………自信を持てる何かが思いつかないよ。

「居た」
 大通りから路地に入った所に居たけど……なんか不良っぽい方々と一緒に居るんですけど…………髪の毛ツンツンだったりオールバックだったりリーゼントな人に囲まれてるし。
「へぇ、やっぱり本物なんだ? よかったらこれから俺らと遊びに行かない?」
 ナンパされとる…………。
「ん? なんだお前、何見て――如月航?」
「いや、違うだろ、こいつポニテだし、ただのコスプレ野郎だろ。剣まで持っちゃってるよ」
 本物と思われてないってどうなんだ? コスプレしてると認識されてるんだと思うと、なんか更に恥ずかしさが増した気がする。
「フィオちゃんに聞けばいいじゃん。あいつの事知ってる?」
「知らない」
 おいおい、知ってるだろうが。こっちを見もしない、相当怒ってるって事か。
「フィオ、さっきの事は謝――」
「おいおい、なに馴れ馴れしくフィオちゃんに近付こうとしてるんだよ? コスプレして自分が航だとでも思ってる異常者か?」
「いや、俺は――」
「だから近付くな、って言ってんだろ」
 おぉう、不良に囲まれて一人には胸倉を掴まれたぞ。こんなんドラマとかだけだと思ってたよ。ん~、ちょっと新鮮かも? フィオのスパルタ訓練とか魔物との戦闘、死にかけた経験のせいでこの程度じゃ恐怖なんて感じなくなってる。
「なに笑ってんだよっ!」
 ちょっと面白いなぁって思ってたのが顔に出てたらしくて、それが気に入らなかったらしく腹を殴られた。あんまり痛くないな、フィオに蹴られたりしてるせいだな――っ!?
「って、待てマテまて! なに一般人相手にナイフ抜いてんだ!? 魔物じゃないんだぞ!?」
 俺が殴られたのに反応して、ナイフを抜いたフィオが殴った奴に向かって来たのを剣を抜いてどうにか受けた。
『なっ!?』
「ワタルの事殴った」
「お前さっき俺の事知らないって言ったからだろうが」
「…………」
 だんまりはやめろよぉ!
「今の動きなんだよ!? もしかしてこいつ本物?」
「マジかよ…………」
 不良さんがざわざわし始めたよ。響いた剣戟の音のせいで通りから路地を窺う人も居るみたいだし、さっさと退散したいな。
「とにかくフィオ、とりあえずナイフ納めろ。そしてもう攻撃も無しだ、普通の人間相手にこんな事したら駄目だろう?」
 魔物の事があるからもう銃刀法とかは関係なくなってるけど、何もないのに抜いてたら流石にヤバい。だんまりなままナイフを納めたけど、不機嫌オーラが出ていて周囲を威圧している。
「だって…………私の大事なもの、殴った」
 うっ、普通に大事なものとか言われちゃった。殴られたのはお前が知らないって言ったのも原因だろ。異常者とか言われたし、そんなのがお前に近付かないように庇ってくれてたって考えれば悪い奴らでは……手を出した時点で悪い奴か?
「まぁ怪我も無いから怒るなよ…………それと、さっきの事は俺が悪かった。フィオの気持ちを考えてなかった。でも、俺にも色々あるんだよ、だから今はそういうのは考えられないというか――」
「私の事……大事?」
 うっ、不安そうな表情でこっちを見てくる…………嫌ってはいない、大切か大切じゃないかで言えば大切、なんだろう。でも、それを認めたら……なら否定するのか? 確実にフィオは傷付くぞ? 自分が傷付くかもしれないと恐れてフィオを傷付けるのか、それとも恐怖を抑えて自分が傷付くかもしれない方を選ぶのか……信じて向き合え、か。
「大切、だと思う」
 なっさけな! はっきりと言い切れない、でも今はこれが精一杯だ。
「なら、いつなら考えられるの?」
 いつ? …………正直これから先も俺は変わらないような気がする。変われるならとっくに引きこもりから脱出してただろう。
「あ~…………そうだな。フィオがもっと色んな事を知って、それでも同じ事を言ってくれるなら、その時に」
 色んな事を知って、他の人を知っていけば俺みたいな底辺に興味なんて無くなるだろうから、そんな時は一生来ないだろうし、これでいいよな?
「…………分かった」
 まだ納得はしてないって感じだな、不機嫌オーラが消えてないもんなぁ。

「あ、あの俺たち――ひぃっ!」
 話しかけるからそっちを向いただけなのに……ひぃっ、って俺は化け物かよ……はぁ、あの映像を見てたらこうもなるのか?
「すいません! ホントすいません。こんな所に居るなんて思わなかったっていうか、フィオちゃんが知らないって言うし髪型も違うから、あの、本当にすいませんでした!」
 殴ってきた奴が土下座しちゃったよ。別に怒ってないのに、怒っててもこっちの世界の人間相手に剣を抜いたりもしない。
「別に怒ってないから、フィオの蹴りに比べたら大して痛いわけでもなかったし。だから頭あげて、目立つ事される方が嫌だから」
「は、はい!」
 すぐ立ったな、どんだけ怖がられてんだよ。別に人間斬ったわけじゃないでしょうが。
「ワタル、暑い」
「俺だって暑いわ! お前を捜して走り回ったんだから――ティナに見つけたって言っておかないと」
 早速携帯が役に立ってんじゃん。こんな問題が起こるのは嫌だけど、買っててよかった。
「ワタル?」
「ああ、フィオが見つかったから、駅に戻って惧瀞さんと合流しよう。面倒かけて悪かった」
 惧瀞さんにも謝らないとだな、いきなり飛び出した俺たちに慌てふためいてオロオロしてたし。
「そんな事よりフィオとちゃんと話せたの?」
「え~っと、一応?」
「なにそれ? ちゃんとしたの? …………まぁ捕まえたならフィオも落ち着いたって事なんでしょうけれど……そうだ、キスはどうだった? 言った通り私は初めてだったのだけど、ワタルもあれが初めて?」
「俺は…………」
 ん~、前に海に落ちた時にリオと……でもあれは救命処置だったわけだし、キスとしては初めて? この場合はどう言えば?
「何その沈黙、戻ったら詳しく聴かせてもらうから」
「え゛!? ちょ――切れた。戻るか…………」
「あの、俺たち――」
「あぁ、別に怒ってないし何もしないから行っていいよ」
 というか、こっちを窺ってる人がさっきより増えてきてる。早く立ち去ろう。
「フィオ行くぞ、騒ぎになるのは御免だ」
「ん」
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