黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

ぽややんの正体

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 さて、アメリカの特使様方は帰って行ったけど――。
「それでは私もこの辺で――」
「ちょっと待て」
 そそくさと立ち去ろうとするぽややん自衛官の腕を掴んで捕まえた。あっさり捕まったな、本当に自衛官か? 結構綺麗な人だし、警察とか自衛隊って美人なんて居なくてごつい人ばっかりなイメージなんだけど。
「なんでこんな場所に自衛官が居るんですか? 警護は無しのはずでしょう?」
「それは、そのぉ――」
「ずっと私たちを見張ってた」
「は?」
「ああっ、フィオさん言わないでくださいよぉ、如月さんの心証が悪くなるじゃないですかぁ」
 フィオの言葉に慌ててるって事は事実か、今も他のやつがこの状況を見張ってるんだろうか?
「フィオ、お前はそれをいつから知ってた? というか気付いてたんならなんで黙ってた?」
「当然最初から、こっちを見てるのが居たら気配で分かるし、ティナも知ってた。黙ってたのは、その方がワタルの為って言われたから」
 最初からっていつだよ? 東京に居た時からか? ティナも知ってるって事はティナが許可したのか?
「どういう事ですか?」
「えーっと……警護はお断りされちゃいましたけど、大切な国賓に何かあってはいけませんから、如月さん達に極力接触しない、近付かない、視界に入らない事を条件に見張りをする事をティナ様に許可してもらっていたんです」
 ティナ様ぁ!? ……って、そうだった、姫だった、様付けで呼ばれるような立場の人だった……ずっと見てた? …………まさか!?
「あの、ずっと見張ってたって事は昨日の集会所での事とかは…………」
「集会所? 地域の方々との親睦会だったんですよね? 何かあったんですか?」
 よかった、本当によかった。集会所の中での出来事は知られてない。
「ない、何も無かったです。ただの飲み会でした」
 にしても、行動を一々誰かに覗かれてるって事になるんだよな? 気持ち悪いなぁ……なるほど、知らない方が俺の為だ。知りたくなかった…………ん?
「ずっと見張ってた割には出て来るのが遅かったですね、もっと早くに出て来て追っ払ってくれても良かったのに」
「あっ、それは――」
「たぶん迷子になってた。途中からクジョウの気配が消えてた」
 迷子? いい歳した大人で自衛官な人が?
「あ~、それは…………」
 そんな事ないでしょう? と目を向けたら汗をタラタラ流していた。マジなのかよ…………本当に迷子? そんなので大丈夫なのか?
「仮に、くじょう? さんが迷子だったとしても、他の人が出てくれば――」
「あ、私は惧瀞綾くじょうあや二等陸曹二十五歳です。他の人が来なかった理由は、やむを得ず接触する場合は私を使う様にとのティナ様のご要望でしたので」
 名刺を渡された。階級を言われても凄いのか凄くないのか分からんしっ! ティナに選ばれたという理由からか、少し誇らしげに胸を張っているが、自己主張の激しい胸だからあの服は窮屈そうだ。この人を選んだのは、ぽややんとしてるから軽くあしらって逃げるのに丁度いいとか、そんな感じの理由だろうか? それにしても、二十五歳……このぽややんが年上、世の中分かんないなぁ。

「あのぉ~、そろそろ腕を――」
「あ? ああっ!? すいません」
 ずっと掴んだままにしてた腕を慌てて放した。最近フィオとティナがべたべたしてくる事が多いから、接触する事を気にしなくなってた。普通に考えたら失礼なことだ…………。
「いえ、そんな謝っていただかなくても……そんな事よりも、ぜ、是非握手してくださいっ!」
「は?」
 というか、いいという前に手を握られてるんですけど?
「あの時は本当にありがとうございました! ……やっと、言えたぁ。それなりに近くに居るのにお礼も言えないのはとても苦しかったのでスッキリしました」
 ありがとうございましたってなに? あの時って? 俺はこの人に会った事ないぞ? 名前だってさっき初めて聞いたんだし…………誰かと勘違いをしている?
「あの、意味が分からないんですけど、人違いじゃないですか?」
「へ? 人違いなんかするはずないじゃないですか、あんな衝撃的な出会いで間違うはずないです…………もしかして私の事分かりませんか?」
 会っている? …………分からん、そもそもヴァーンシアに行く前は人と関わってないし、帰ってきてから関わった人にお礼を言われるような事はしてない。どう考えても人違いなんじゃ?
「分かりません」
「うぅ……でもそうですよね、あんな状況でしたし。私魔物が最初に起こした事件の現場に居たんです。オーク四体に囲まれて、ああこの化け物に食べられちゃうんだぁって思った時に如月さんが現れて、あっという間にオークを斬り刻んで倒しちゃって、その時にお礼を言おうとしたんですけど上手く言葉が出なくてまごついてる間に如月さんは行ってしまって……でもその後もずっと見てたんですよ? オークを全て倒した後、返り血で汚れた姿で屍の上に立ってる姿なんてすごくカッコ良くてっ! 偶々ニュースを録画してた友達にデータを貰って一日一回は見てるんですよ」
 あの場に居たのか……それにしても、礼を言えなかったって辺りまでは分かったけど、後半何? 一日一回は見てるって何マニア!? 意味わかんねぇ。あの場に居たならその映像ってトラウマモノじゃないの?
「はぁ、まぁ無事でよかったですね」
「はいっ、おかげさまで」
「それじゃ――」
「ああっ、せっかくですしお話ししましょうよ」
 家に引っ込もうとしたら手を掴んで引き留められた。帰りたい、家は目の前なのに帰れないとはこれ如何に。
「極力接触しないんじゃ?」
「そのつもりでしたけど、もう接触しちゃいましたし、どうせならもっと異世界の事とか、如月さんの魔剣の事とか聞いてみたいじゃないですかっ!」
 公私混同…………っ!?
「うひゃぁ!? すいません、すいません。もうしません」
 突然惧瀞さんの方から男の怒鳴り声が響いた。無線か、いきなりでビビったぞ、フィオも辺りを見回して警戒しちゃってるし。
「うぅ、上官に怒られてしまいました。私戻りますね」
 そりゃそうだろうよ。んん? 戻るってどこに戻るんだ? 周りに車は止まってないし、というか田舎道で細いから路駐したら迷惑すぎるし目立ちまくり…………この炎天下に外に居続けるのか?
「戻るってどこへ?」
「ええっと、ご近所さんの軒先をお借りしていて、私は向こうのお宅ですね」
 軒先…………見張りという役割上外に居続ける必要があるのか。それにご近所と言っても田んぼを隔てているから結構な距離がある。
「はぁ~、上がりますか?」
「へ? ……いいんですかっ!?」
「まぁ…………いいですよ」
 流石にこの炎天下に外に居続けるのは可哀そうになってしまった。どれだけ辛いかは昨日と一昨日でよく分かってるし。

「はぁーっ、涼しいですぅ」
 エアコンつけっぱなしで出掛けてた…………電気代もったいねぇ、って言っても今更だが、誰も住んでないのに電気ガス水道の解約をしてなかったんだもんぁ。
「ワタル、お腹減った」
「あぁ~、朝食べてないしもう昼だからなぁ」
 でも作るのめんどくさいなぁ、米は炊けてるから卵かけご飯……ティナにもか? …………流石に多少の調理をしよう。焼き飯にするか、炒めるだけだし。
「ええっと、惧瀞さんも食べます?」
「ご、ご馳走してもらえるんですかっ!」
「近い、それに大したものじゃないですよ? 焼き飯ですから」
「あっ、すいません。かまいません、かまいません。如月さんの料理が食べられるだけで感激ですから」
 う~ん、バッシングの様なのが多かったから、こうも好意的な態度で接せられると変な感じだ。昨日のおっさん、おばちゃんくらいならまだいいんだけど、これはなんか……マッチポンプ? そんな感じがして複雑だ。

「美味しい、美味しいですぅ」
「いや、泣くほど美味いもんじゃないでしょうよ」
「でも美味しい」
「ありがとさん。ティナはまだ起きてこないな、焼酎がそんなに効いたのか?」
 様子を見に行ったほうがいいのかなぁ…………昨日寝かせた後は怖くて見に行ってない。
「ティナ様はまだ寝てらっしゃるんですね」
「あぁ、昨日の酒が効いてるんで――しょ!?」
 やっとネットを使えるようになったからスマホで少し自分たちの事を調べてみようと検索をかけていたら、フィオとティナが凄い人気者になっているのを思い知らされた。それぞれにファンクラブが出来てるし、こっちに来た時の二人の服装に似せた物を作ってコスプレしてる人の写真まで出てきた。もさのぬいぐるみなんかも作ってあって結構な凝りようだ。
「凄い事になっとる…………」
「何がですか?」
「いや、フィオとティナにファンクラブが――」
「ああっ、それですか! 私がネットで呼びかけましたっ」
 あんたが原因かよ…………まぁ批判されてるよりいいけどさ、せっかく来た異世界で嫌な思いをされるよりは体験した事のないことを体験して楽しんでほしいとも思うから。
「それと如月さんのもちゃんとあります」
「要らん」
 何作ってんだ!? 俺は一般人だっ! 事件のせいで騒がれたとしても、極力静かにしていたいんだ! それなのに、ファンクラブって……そういうのって凄い人に出来るもんだろ、俺は普通……よりたぶん下な人間だぞ。
「えぇ~、バッシングも多いですけど如月さんも結構な人気があるんですよ? ほら、これなんて凄く似てると思いませんか? 剣の模様なんかも凝ってて力作だと思いますし」
 そんな人気欲してないです。見せられたのは俺みたいな長髪をし黒尽くしの格好に剣を四本佩剣した男? の写真。俺までこんな事になってんの? フィオとティナなら他人事で済ませられたのに、これはなんか……凄く恥ずかしいんですが、外に出るのが嫌になる。
「ちなみに一番会員数が多いのはフィオさんです。会見の時の可愛らしい姿と魔物をあっという間に倒した姿のギャップが良いと、ロリコンホイホイの様な状態で一気に人が増えちゃいました」
 さいで…………本人はロリの意味を知ったらキレそうだけどな。
「あのぉ~、如月さんの魔剣を見せてもらえませんか?」
「…………いいですけど、魔剣じゃなくて普通の剣ですよ?」
「え? だってこんな禍々しい感じなのにですか?」
 事件の時に写されたであろう、剣も俺も血塗れになっている画像を見せられる。確かにこれを見て、異世界の物だという事も考慮したらそういう風に解釈する人も居るかもしれない。
「ミスリル製の普通の剣です」
 特殊効果が付加されてるから元普通の剣だけど。
「ミスリルっ!? ファンタジーですね。ん~、こうして見ると禍々しさが無くて凄く綺麗な剣に見えますね……もしかして聖剣ですか!?」
 禍々しかったのは血塗れ効果だろうよ。
「違う」
 なんでそんな大仰な物にしたがるんだよ。もしそんなもんがヴァーンシアにあっても俺なんかの手には入らないっての、もっとかっこいい感じの、いかにも勇者って感じの人が持ってるだろうよ。

「ふぁ~、サッパリしたっ。ん~、涼しい風が気持ち――」
「ぶふぅーっ!?」
「てぃ、ティナ様!?」
「ワタル、冷たいわ……あら、どうしてクジョウがここに居るの? 極力接触しない約束でしょう?」
 脱衣所からティナが一糸纏わぬ姿で現れた。そりゃ冷たいだろうよ、氷を入れた麦茶を吹き掛けられたところへエアコンの風が吹き付けてるんだから。
「そんな事どうでもいいから服を着てこいっ! だいたいなんでそんな恰好なんだよ!? 風呂に入るなら着替えを持っていくのが普通だろうが!」
「そんなに怒鳴らなくたっていいじゃない、入る時には誰も居なかったんだし、この格好でいるのは開放的かなぁって試しただけよ。それにワタルは私の肌を見れて嬉しいくせに」
 そんなもん姫が試すなよ…………そして、見てない。すぐに顔を背けたんだからセーフなはずだ。
「いいから着てこい」
「は~い」
『…………』
 この気まずい空気をどうしてくれる!? 昨日は裸ワイシャツで、今日は何も無し…………悪化してるじゃないかよ。奔放過ぎるだろお姫様っ!
「す、凄いですね。流石恋人です」
 ほらぁ、これって俺が強要してるとか思われてたりしないだろうな?
「違います」
「え? でも会見で――」
「事実無根です」
『…………』
 もうこの空気嫌…………。

「そうだ、今日戻ろうと思うんですけど、それの手配って頼めますか?」
「はい、大丈夫ですよ。――はい、今日戻られるそうです。はい、了解しました。あのぉ~? 私はこのまま同行させてもらってもいいでしょうか?」
 同行……コソコソ見えない所から監視される気持ち悪さを感じるよりはマシか? フィオやティナは相手がどこに居るかとかを察知出来るんだろうけど、監視されてると分かった以上見える範囲に居てもらった方が気が楽かもしれない、怖い顔したおっさんが付いてくるとかじゃなくぽややん姉ちゃんだしなぁ…………いいか。
「いいですよ」
「やたっ! はいっ、同行大丈夫だそうです。あ、出発は何時にしますか?」
「今昼だから……まぁ夕方の時間を適当に」
「分かりました。はい、夕方の便でお願いします」
 はぁ~、せっかく帰ってきたけど、もう出てくのかぁ。住んでた所も、もう引き払ったし、ヴァーンシアに戻ってこっちに帰ってこれなくなったらこの家はどうなるんだろう? 悩みは尽きない……それでもヴァーンシアには戻らないと、リオの事が心配だし、魔物の事も気になる。それに俺一人で日本に帰ってきてのほほんとしていていいはずがない。
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