黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

接触

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「暑い…………」
 昨日の夜のウォシュレットの肛撃がよっぽど怖かったのか、布団に入ってからフィオがガッチリ抱き付いて離れなくなっていた。寝ているのに力が弱まらないってのはどうなんだ…………。
「時間は八時か」
 そろそろ起きて飯の支度をしたいところだが、どうやって抜け出せばいいんだ? どうにか手を引き剥がせ――。
「痛い! 痛い! 痛い! 放せ馬鹿っ!」
 手を剥がそうとしたら思いっ切りわき腹を掴まれた。千切られるかと思った……そして今の騒ぎでも起きないのな。
『きゅぅ~?』
「お前のご主人どうにかしてくれよもさ」
 もさはフィオの頭の上にいてフィオの頭を撫で回している。愛玩動物に撫でられるって……もういいや、無理やりにでも起きよう。動いてればその内放れるだろ、抱き付いた状態のフィオを引き摺って洗面台に行って洗顔と歯磨きを済ませた。
「まだ放さんな……起きもしないし、どうなってんだよもさ」
『きゅぅ、きゅぅ』
 もさは引き摺られてるフィオの肩に乗ってまだ頭を撫でている。何がそんなに楽しいのか、主人を撫で回すペット…………。

 飯は炊けた、がおかずはない。こんな状態で作業するのは怠くて何もしてない。
「お前はいい加減に起きろよ~」
 頭をポンポンしても頬を突いてみても起きやしない。眠りが深すぎだろ…………殺気を感じたりしたら起きるだろうか? かと言ってフィオ相手に殺気なんて放てるはずもなく。
「着替えよ…………」
 起きてから既に二時間ちょっとが経ったのに全く起きる気配がない。十時か……ティナもまだ起きて来ないし、今の内に携帯買いに行くか。
「変な状態だな」
 助手席側から入って運転席に座ったが、抱き付かれた状態だと運転し辛いな。まぁ田舎だし、こんな時間なら車は少ないから低速でのんびり行くか。

「やっと……見つけた」
 スーパーなんかがある辺りを一時間もぐるぐる回って携帯ショップを見つけた。他社のショップはあるのに自分が契約してるところだけが見つからなかった。なんでこんな奥まった場所にあるんだよ。地元の人間しか分からんだろこんなもん。
「んぅ~…………どこ?」
「こっちも漸くだな、おはようさん。お前はもう少し早起きをする習慣を付けろ、そしてそろそろ放せ」
「ん」
 やっと解放された。起きてから三時間も引き摺ってたのに起きないってのはかなり問題だろ。よくこんなので混血最強が務まったな…………。
「どこ行くの?」
「携帯を買うんだよ。俺のは機種変とフィオとティナのを新規契約で」
「んん? ケイタイってなに?」
「あぁ~、これだ。これは壊れたから代わりを買うんだ。あと二人の分もな」
「…………別にいらない」
 まぁ大体一緒に行動してるから必要は無さそうではあるんだけどな、それでも何があるか分からないし、面倒な魔物が複数の場所に出た場合別れて対処する必要も出てくる可能性だってある。そんな時に連絡手段があるのとないのじゃ大違いだ。
「こっちの世界じゃこれを持ってればどこに居ても話しが出来るんだぞ?」
「? どうせいつも一緒に居る」
 お前こっちの世界を見てみたかったんだろう? もう少し単独行動してみたいとかないのか? 顔が知れ渡ってるからやられたら大騒ぎだろうけど。
「とにかく有って困るもんじゃないから買っとくんだ」
 こんな問答をいつまでもしててもしょうがない。さっさと買って帰らないと、そろそろティナが起きてるかもしれない。俺たちが居なかったらまた跳び回って捜したりするかもだし。

「いらっしゃいま――あっ…………」
 いや、そういう反応になるのも分かるけどさ、失礼じゃない? 一応客ですよ? はぁ、少し傷つく……さっさと済ませよう。
 おっ、使ってたメーカーのやつの新しいのが出てる。それだけの期間あっちに行ってたんだなぁ……よく生きてたなぁ。
「俺はこれにするけど、フィオは同じのでいいか? それとも他に気になるのとかあるか?」
「同じでいい」
 さいで……俺とフィオが同じのでティナだけ違ったら絶対に文句言うよな。
「すいません。これ三つ、一つは機種変で二つは新規で」
「あっ、はいっ、身分証はお持ちでしょうか――」

 まさか自分名義で三つも携帯を契約する事になるとは…………俺が三つ持つわけじゃないけど。
「ほれ、これがフィオのだ」
「ん、変な板」
「スマホだ、ス、マ、ホ」
「すまほ…………」
『きゅぅ~』
 そういえば、もさを連れたままだった……何も言われないしいいのか?
「可愛い~…………あっ、あのっ、失礼な事だとは分かってるんですが、一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
 …………怖がられて避けられてるわけじゃないのか?
「こいつと?」
 フィオを指差してみる。珍しいのは俺じゃなくてフィオだしな。
「あっ、いえ、出来ればお二人一緒に」
 ふむ、俺も怖がられてないって事か、昨日のおばさんとおっさん達も怖がってる風じゃなかったし、こういう反応を取る人も居るって事か…………。
「あの、やっぱり駄目でしょうか?」
「あ? あ~、いいですよ」
「あ、ありがとうございます。写真いいって~!」
「本当にっ!? やったー!」
 え? 奥から五人位出て来たんですけど、全員と撮るのか?

「ありがとうございました。これ待ち受けにしますね」
 撮ったばかりの写真を待ち受けにした物を見せてくる。初対面の人間と撮った写真を待ち受けって…………よう分からんな、俺たちって世間的にどういう扱いになってるんだ? 嫌な事を言われてるんだろうと決めつけて、魔物関連のニュース以外は見てないから分からないんだよな。俺たちの話題が出た途端にテレビを切ってるし、ネット環境は無かったし。
「! ワタルっ、私もこれやりたい」
「これって、待ち受け設定?」
「ワタルの絵にして」
 うっ、女の子が待つスマホに自分の写真を設定するのか? …………なんかそれって凄くイタくない? 嫌なんだけど。
「あ~、これはそういう設定は――」
「じゃあ私が撮りますね。お二人とも並んでください、ん~、身長差が有り過ぎて変な感じになりますね」
 要らん事を…………店員がフィオのスマホを取って写真を撮ろうとしてる。
「ならこうする」
「うお!?」
 いきなり背中に飛び乗られて前のめりになった。うぅ、フィオの顔がすぐ隣にある。
「あー、いいですね~撮りま~す。はい、いい感じに撮れましたよ」
「! ありが、とう」
「いえいえ、こちらこそ一緒に写真を撮ってくださってありがとうございました」
『ありがとうございましたー』
 店に居るであろう店員全員に見送られて店を出た。疲れた…………。

「ワタル、絵が消えた」
「あ? あ~、ここのボタン押せ」
「出た」
 フィオは何が楽しいのかずっと待ち受けを眺めている。要らないとか言ってたのになぁ、一緒に写った写真をそんなに眺められるとなんか恥ずかしいぞ。
「ワタル、誰かいる」
「ん?」
 確かに家の前に三人ほど背の高い人が居る。やっと帰って来たのに面倒事は嫌だぞ? なんか外人っぽくないか?
「あぁ~、よかった。如月さん、チャイムを鳴らしてもどなたも出て来られないので困っていました。私はアメリカ大統領から皆さんを我が国にお招きするように仰せつかった、特使のリアム・デイビスです。お見知りおきを、後ろの二人は金髪の方がメイソン・スミス、茶髪の方がルーカス・ブラウンです」
 特使とか言ってる人から名刺を渡された。英語ばっかりで全く読めん……って事は、うわぁ~、本当に外人だったし…………流暢に日本語を喋ったなぁ。つぅかこのクソ暑い中でスーツ……見てるだけでも暑いな、後ろの二人はガタイがよくてスーツ越しでもマッチョっぽい感じが伝わってきて、余計に暑苦しい。
「はぁ、なんでアメリカの大統領が?」
「ご存じとは思いますが、お三方の事は今や世界的な大ニュースです。異世界の事に関心を持っている国も多くあります。無論我が国も例外ではありません。そこでお三方に我が国にお越しいただき、異世界のお話をお聞かせ頂きたいのです。そして可能ならば異世界への移動手段の研究にも是非ご協力願いたい」
 はぁ~…………面倒な感じになってんのな、異世界に行って何する気だ? 資源採掘? 未開の土地の確保? どうせロクな事じゃない。あの世界の物はあの世界に暮らす人たちの物だ。それを異世界から来た人間が搾取するなんて、略奪と変わらない。まぁ何するとも言ってないんだからこれは俺の勝手な考えだけど、文明レベルがかなり違うから干渉する事がいい結果になるとは思えない。なんの利も求めずに干渉するなんてありえないだろうし。
「それにフィオさんやプリンセスティナはこの世界に来てまだ間もないでしょう? 我が国にて色々な物を見て、経験し、この世界を知ってもらいたいというのもあります」
 俺はおまけで、二人を接待して懐柔して協力を取り付けたいと…………めんどくさっ、大体魔物騒動が片付くまで俺は日本を離れる気は無いし、片付いたらヴァーンシアに戻りたいし、外国に行ってる暇なんかない。

「俺は外国なんか行く気ないので」
「まぁそんな事を仰らず、我が国に来ていただけるのなら望まれる通りの待遇をお約束します。お三方の住まいとして郊外に豪邸をご用意させていただく準備も出来ていますし、失礼ですが如月さんは今はお勤めをされていない様ですが、異世界を研究する機関に入って頂く事で多額の報酬と交付金が毎年政府から支給される事になります」
 なんだそりゃ、職の無いお前を雇って良い給料やるから従えって事か? 本当に失礼だな、ムカつく……いいんだよっ無職でも! どうせこっちの世界に長く居るわけじゃないんだ。就職したって意味無いし、外国なんて言葉通じないじゃんか、そんなストレスMAXな場所なんかに行きたくないわっ!
「魔物騒動が片付くまで日本を出る気はないので」
「……ほぉぅ? それではまるで魔物による騒動が片付いたらどこかに行かれる様な口ぶりですね。もしかして如月さんは既に異世界へ移動する手段をお持ちなのでは? …………いえ、プリンセスティナの方でしょうか? どちらにしても、先ほども申し上げました通り世界中が異世界の事に関心を持っています。そして異世界へ行く方法にも、それをあなた方だけで独占するのはこの世界の人々への背信行為ではないですか?」
 意味が分からん。なんでこんな事言われないといけないんだよ、一応の移動方法はあるとは言えるけど、確実にあの世界にもう一度行けるとは限らない。それに今は俺の能力は失われてるからすぐには出来ない、能力が戻ったらヴァーンシアに行けるかどうか分からなくても試すだろうけど。
「こっちの世界に帰って来れたのは偶然の事故です。他にも向こうの世界に居る日本人がいるんですよ? 移動手段があるのなら自分だけで帰ってくるなんてしませんよ。それに余計なお世話です、職は無くても生きていく分には困らないので、さっさと帰ってください」
「…………では、フィオさんはどうですか? 異世界人であるフィオさんにはこの世界にある物は珍しい物ばかりだと思いますが、より沢山の物を見て、聞いて、食べて、経験してみたいとは思いませんか? 如月さんはこう仰ってますが、フィオさんとプリンセスティナだけでも我が国にいらっしゃいませんか? 日本ではお二人のお話を信じずに酷い扱いを受けていたと聞いてます。我が国ではそのような事はありません、盛大な歓迎の催しも行われます」
 やっぱり俺はオマケかっ! まぁティナが異世界移動の要だと当たりを付けてるなら重要なのは異世界の住人である二人だけなんだろうけど。
「行かない、ワタルが居る場所が私の居る場所、たぶんティナも同じ」
 行かないと言うとは思ってたけど、実際に聞くとちょっと気分いいな。

「ですが――」
「は~い、そこまでにしてくださ~い。日本の大切な国賓にアポイントメントも無しに接触した上、気分を害される様なお話はそこまでにしてお引き取りください」
 今度はなんだ? 自衛隊? の制服みたいなのを着たロングヘアの女の人が出てきた。なんか、ぽやや~んとしてとろそうな感じ……そしてかっちりした制服を着てても分かるほどに胸がデカいっ…………何見てんだ。
「制服を見たところ自衛官の様ですが、日本は『大切な国賓』に警護も付けないのですか? 今更出て来て会話の邪魔をしないで頂きたい。それに、如月さんは国賓とは違い一般人のはず、我々がこうして訪ねて来ても何も問題ないのでは? 訪ねて来た時に偶然フィオさんと出会って言葉を交わしたとしても自然な事だと思いますが」
「警護は、その、お断りされちゃったので…………と、とにかく――」
 あぁ~、めんどくせぇ、巨乳さんが追っ払ってくれるのかと思ったけどいきなり尻すぼみになってる。
「俺には話す事ないのでお引き取りください」
「ふむ、では異世界の特殊な金属で出来ているというそちらの剣をお譲りいただけませんか? 金額は言い値で構いませんので」
 人間が駄目なら物を買い取るか……まぁ何の成果も無く手ぶらで帰れないってのは分からないでもないけど。
「この剣は向こうでお世話になった人たちに貰った物なので売るつもりなんて毛頭ないです」
「なら特殊金属で出来た玉はどうでしょう? 複数個所持しておられるとの情報があるのですが、そちらでも構いませんので譲っていただけませんか?」
 食い下がるなぁ、どうあっても異世界に関係あるものを持ち帰る腹か。
「これも必要だから持ってるんです。あなた方に譲れる物なんて何も無いですし外国にも行く気はありません。この考えは変わらないですから二度と来ないでください」
「…………その言葉を大統領にお伝えしてもよろしいのですか?」
 こっちを見てリアムっておっさんが少し笑った気がした。
「それは脅してるんですか? アメリカって大国に従わないならどうなっても知らないぞ? って」
「いえいえ、そう聞こえてしまったのなら申し訳ない。こちらにはそのような意図は有りません、ただ我々も任務の結果を報告しなければいけませんので」
 なら一々俺に了解を取る必要なんかないじゃないか、どう聞いても脅しじゃないか。これで日本が何かマズい立場になったりするんだろうか? …………でもこいつ等に従って渡米する気なんて更々ない。さっさと帰って成果の無い情けない報告でもしてろ。
「あぁ、もし気が変わられたら名刺の連絡先へ――」
「帰って」
『っ!?』
 あ~あ……スマホを眺めてる時は機嫌が良かったのに、今は殺気剥き出しで威嚇している。特使様もこれには流石にビビったらしく、口を噤んで早々に退散して行った。フィオ様様だ、そしてこっちのぽややん自衛官は役に立たねぇ…………。
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