黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

何回死ぬ?

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「暑い……そして痛い…………」
 ここは仏間の布団の上? ええっと、風呂に入ってて、フィオとティナが入ってきて…………気絶したのか、久々だな。打った場所がまだ痛い、そして二人が引っ付いてるから暑い。
「今何時――九時過ぎか……」
 暑くなってくる時間帯ではあるな。というかあれから一回も起きなかったのか、飯食ってない。二人も食べてないんだろうな…………悪い事をしてしまった。
 あまりに頭の打った場所が痛いので風呂場を見に行ったら、頭を打ち付けたであろう場所の壁のタイルが割れていた。
「痛いはずだよ…………」
 さて、この時間なら店も開いてるだろうし、汗を流して買い物にでも行くか。二人が起きるまでに飯用意しておかないと、晩飯抜きの上に朝飯まで無かったんじゃあんまりだ。

「よし、出来た」
 味噌汁、肉じゃが、焼き鮭、白菜の漬物…………普通だな。しょうがないか、レパートリーが多いわけじゃないし、料理が特別得意ってわけでもない…………そんな物を姫に食わせていいんだろうか? 文句は……言わないだろうけど、今更だがどうしたものかと考えながら麦茶を啜る。
「おはよう、ワタル」
「ああ、おは――ぶふぅ!? なんて格好してんだ」
 ティナの恰好は正に裸ワイシャツ……下は黒い布が見えてるからパンツは穿いてるんだろうけど、はだけた胸元は素肌が見えてるからブラはしてない様子。
「ワタル、冷たいわ。それにこの格好はワタルのせいじゃない」
「俺ぇ!? 俺は何もしてないだろ、昨日気絶してから起きた後もティナには触れてないぞ」
「今お茶を吹き掛けたじゃない、それでこんなびしょ濡れなのよ?」
 そっちかよ。寝惚けて何かしたのかとビビったよ。
「そうじゃなくてその服装の事だ。茶を吹いたのは悪かった」
「ああ、これ? これは昨日ワタルが持ってきた荷物の中にあった本を見てたら、こんな格好をした女の子の絵があったから、好きかなぁって思ったんだけど、お嫌い?」
 嫌い……じゃない、けど! 誰かと深い繋がりを持ちたいとは思ってないけど、俺だってそういう欲望がないわけじゃない。それなのにこうも挑発されると抑えが利かなくなりそうだ。
「好きか嫌いかは置いておいて、着替えて来てくれ。朝食、って言うには少し遅くなってるけど、食事の準備は出来てるから」
「ワタルが好きか嫌いかが私にとっては重要なのよ?」
 どちらを答えても面倒になるのは必至、好きと言えばこの格好がデフォルト化しそう……エルフの姫の部屋着が裸ワイシャツ…………凄い状態だな。嫌いと答えれば何がいいのか問い詰められそう。どっちも面倒、この話題はスルー決定。
「飯が冷めるから早く着替えて来てくれ、濡れたのも拭かないと」
「むぅ~、後でちゃんと答えてねっ」
 答えない、このままうやむやにしてしまいたい。

「美味しいわ、ワタルは料理も出来るのね」
「一人暮らしなら大体出来るって、フィオは起きて来ないな」
 まぁ訓練の開始時間が延びるからラッキーではあるけど、その分夜遅くまでとかになったら嫌だな。
「いつも遅いわよねぇ。同じか私たちより早く寝てたりするのに――あら、おはようフィオ」
「ご飯…………」
「ああ、やっと起き――ぶふぅ!? げほっげほっ」
「汚い」
 今度は味噌汁を吹いた。
「お前までなんでその格好なんだ…………」
「ティナがワタルが喜ぶかもって言った」
 俺の黒シャツを着てだぼだぼの格好に味噌汁をぶっ掛けられた状態。フィオにまで要らん事吹き込んで巻き込むなよ。
「とりあえず風呂行って着替えてこい。飯はその後だ」
「嬉しくない? ティナみたいに大きくないとだめ?」
 自分の胸をぺたぺたと触りながら聞いてくる。そんな無垢な瞳で見つめんな、とても辛い。
「いいから着替えてこい」
「ワタルはよく吹くわね……趣味?」
「違う!」
 俺だって好きで吹いてるわけじゃないわ! いきなりあんな恰好で出て来られたら誰だってびっくりするに決まっている。これ以上変な事をされる前に漫画を処分するか、どこか見つからない場所に封印してしまおう。
「そういえば用事が済んだら戻るように言われてるのよね? いつ戻るの?」
「あ~、最長でも一週間以内にって言われてたしなぁ……今日で三日だし明日、明後日辺りかな?」
 せっかく帰って来たんだからもっと居たい気もするけど、そうもいかない。でも戻ったらどこで訓練すればいいんだ? また旅館に缶詰か? それは勘弁してほしいなぁ、言えば場所を用意してもらえるだろうか? ティナから言ってもらえば何とかなるか? ティナは国賓として扱うとかなんとか言ってたから……でも宿以外はティナが断ったしなぁ、警護を付けるって言われた時なんか『私より弱いのにどうやって私を護るのかしら? 私が護る手間が増えるからお断りよ』って言ってたもんな。それでもどうにか警護を付けさせてくれって食い下がられて、自分に一撃打ち込める者ならってチャンスを与えてたけど、そんな人居るはずもなく、挑戦した三十人位が全員投げ飛ばされて無理ゲーは終了した。ならフィオに、って切り替えてフィオに護衛を付けてティナも護るみたいな感じに変えてきたけど、これも無駄に終わってた。ティナに投げ飛ばされた後に、今度は小さいフィオにも投げ飛ばされた事でSPの人たちはかなりショックだったらしく、愕然と立ち尽くしてた。最後に俺に、ってなったけど『同じ結果になりますよ』と嘯いたら大人しく諦めてくれた。ハッタリだったけど、事件の映像の効果で無理だと判断されたらしい。

「そしてまたこの炎天下でやるのな」
「当然、続きは今日やるって言った」
 言ったね。俺も必要だと思ってるからこうして出て来てるわけだが、こう暑いとやる気がどんどん落ちていく。始まったらそんな事も言ってられなくなるけど、フィオのやつ訓練に関してはかなり厳しいし。
「始める」
「はいよ、よろしく――なっ!?」
 いきなり突進してきて、顔に向けて突きが繰り出されたのを背中を反らせてどうにか避けた。さっきまで頭があった場所をナイフが貫き、目の前にナイフの刃がある――。
「うお!?」
 そのまま斬り下ろしてきたのを転けるようにしてどうにか回避、やっぱりいきなり全開だな。もう二回も死にかけた。
「遅い、寝惚けてるの?」
 体勢が崩れている間に後ろを取られて首筋にナイフを当てられた。
「一回死んだ。あと何回死ぬ気? 真面目にやって」
 真面目にはやってるんだけど、なっ! 振り返りながら横薙ぎを放ったけどあっさり躱される。まだ開始から全然時間が経ってないのに全身から汗が噴き出して、不快感が纏わり付く。これを後何時間やるんだ? 昨日はもったけど、今日ももつのか?
「また考え事してる。戦闘中は敵だけ見て、ワタルは気をそらせても大丈夫なほど強くない」
 見えなかったが聞こえた声に反応して剣を向けたらそこに打ち込まれて吹っ飛ばされる。本当に強化の効果が出ているのか? と疑いたくなる程の差…………これがフィオの全力……いや、まだ手を抜いているかもしれない。
「惚けてる暇はない」
「分かってるよっ!」
 右に回り込まれたのに反応して斬り上げたら空を切った。
「そっちじゃない」
 後ろ!? フェイントに引っかかった。速過ぎだろ、そもそも俺が反応出来たって事は囮だって気付けよ!
「また死んだ」
「一々言われなくても分かってるよ!」
 イラついて剣を振るうが当たるはずもなく……落ち着け、翻弄され過ぎだ。フィオの攻撃は大体が虚を突く為に回り込んでのものが多い、そして見えている時はフェイント、それを踏まえて攻撃すれば――見えてる、ならこれは囮、後ろっ! 見えている方には左手の短剣を振るいながら、右手では後ろへの横薙ぎ。
「今のは良い感じ、でもまだまだ」
「うげっ!?」
 足を払われてズッコケた。そうだった、フィオはナイフだけじゃない。足癖も悪かった。田んぼでやっててよかったなぁ、土が柔らかいから転けた事での痛みはあまりない。
「早く立って」
「分かって、る!」
 起き上がりながらフィオの真似をして足を払ってみたが、跳んであっさり躱された。やっぱ当たらないかぁ、今度は落下に合わせてナイフを突き下ろしてきた。動きが全部次に繋がってる。こっちが何をしてもすぐに対応されるし、ハンデが欲しい! 情けないから口には出さないけど。
「っ!?」
 攻撃のパターンが変わって、今度は蹴りを織り交ぜた素早い連続攻撃、どうにか両手を使って捌いてはいるけど、小さい身体なのに一撃、一撃が重い。
 そして速過ぎる、右手はまだ付いて行ってるけど、左手がフィオの攻撃に反応出来なくなってきた。
「まだまだ」
「ぐぅっ、げほっげほっ、ごほっ」
 両手の剣を外側に弾かれて、両手を広げた状態になって、がら空きになった腹に蹴りを貰った。加減はされてるんだろうけど、滅茶苦茶痛い。
「痛いのが嫌ならちゃんと捌いて」
 顔に出てたのか、そんな事を言われた。出来たらこんな苦労してないよ……。
「フィオ、ちょっとタンマ、何か飲もう。じゃないと脱水症状でぶっ倒れる」
「…………分かった」

「あれ? 今日はもう終わりなの?」
「まだ終わりじゃない」
「ちょっと水分補給」
 買ってきて冷やしておいた炭酸ジュースをコップに注いで呷る。あ~、美味い、生き返る~。
「しゅわしゅわ」
「フィオは炭酸苦手か? 苦手なら他のジュースも買ってあるぞ」
「好き、これでいい」
「そっか。それにしても涼しい場所に入ると外に出たくなくなるなぁ」
「駄目、飲み終わったら続き」
 そんな睨まなくても分かってるよ。言ってみただけだってば。
「ごめんくださ~い」
 んん? 客? ここは空き家になってから随分経つのに? 俺が今居るから外に車は止めてあるけど、俺を訪ねてくる人間なんて居るか?
「ごめんくださ~い」
「あーはい、今行きます!」

 外に出てみると、居たのは年配の女性。
「あ~、やっぱり航君、よかったわぁ~。ニュースで見てから心配してたのよ」
「はぁ」
 誰だ? 見覚えは……あるような、ないような?
「おばちゃんの事覚えてない? おばあちゃんのお葬式の時にお手伝いさせてもらったんだけど」
 ヤバい、全然思い出せない。お世話になった相手の顔も覚えてないなんて、なんて恩知らずな……最悪だ。
「すいません…………」
「ああ、いいのいいの。あの時は航君呆然として上の空だったものね。会った事があるのも小さい頃とお葬式の時だけだから覚えてなくても仕方ないわ」
 酷く申し訳ない気持ちになって萎縮してしまう。
「あの、それで……」
 申し訳ないとは思いつつも早く要件を済ませて帰って欲しい。
「ああ、そうそう、最近ね、山で猪や鹿の死骸がよく見つかるのよ。それで別の世界の、魔物? の事とかがあるでしょう? 毎日ニュースでもやってるし、そのせいでみんな気味悪がってね。警察にも届け出たんだけど、何も見つからなくてね。それで航君が帰ってきてるみたいだからなんとか出来ないかお願いしてみようと思って来たのよ」
「人には被害はないんですか?」
「ええ、人や畑には何も無くて畑を猪とか鹿に荒らされた事のある人は喜んでたりもするんだけど、やっぱり大半の人は気味悪がってねぇ。航君別の世界に行って化け物を簡単に倒しちゃう位に凄く強いんでしょう? なんとか出来ないかしら?」
 魔物が原因なら、討伐はそれこそ優先してやらないといけない事だからもちろんやるけど、解凍されてるのはオークかオーガだろ? 人間じゃなくて動物を襲うのはなんか違和感がある。
「ゴブリンでも生きてたのかしら?」
 ティナが出て来た。ちゃんと着替えさせといてよかった、もし寝起きの時の恰好のままだったら、とんでもない噂が流されてたかもしれない。
「あら~っ! ニュースでも見てたけど綺麗な方ねぇ。航君の恋人なのよね? 良い人を捕まえたわね~」
 あぁ、噂好きのおばちゃんモードだ。こういうのは苦手なんだけど…………それよりも――。
「ティナ、小型の魔物は死んだんじゃないのか?」
「絶対とは言わなかったでしょう? この前のオーガの事もあるし、特異な物が紛れていてもおかしくないじゃない」
 ゴブリンも混血居たりするのか…………? もうやだ! 気持ち悪い、さっさと見つけて狩ってしまおう。
「あの、大体の場所って分かりますか?」
「ええ、主人が猟友会に入っているから死骸を見つけた場所も全部分かってるわ」
 ならすぐに終わりそうかな?
「今から狩りに行くので場所を教えてもらえますか?」
「ああ、それなら猟友会の人たちが案内してくれるわ」
 案内はちょっと……遠慮した方がいい気がする。ゴブリンなら強くはないだろうけど、念の為に――。

「いや~、生で見ると更に二人とも別嬪だなぁ~。羨ましいねぇ、異世界でこんなに綺麗な嫁さんを二人も作って来るなんて」
「いやいや、ニュースじゃ異世界にも、もう二人居るって言ってたぞ」
「じゃあ嫁さん四人か! はぁ~、いや~、凄いね。おじさん尊敬しちまうよ」
 肩をバシバシ叩かれる。
 遠慮したのに、俺たちは銃持ってるから大丈夫だ! って言って付いて来たおっさんが三人、今はフィオとティナの話題で盛り上がってる……危機感ないなぁ。
「しかもティナちゃんはお姫様なんだろ? 逆玉じゃねぇか!」
 そのお姫様をちゃん付けで呼んでるし…………。
「ねぇワタル、べっぴんってなに?」
「ティナちゃんそりゃあ飛び切り美人って事だよ」
「ふ~ん、そういう意味なのね」
 謙遜はしないのな、まぁ実際に美人だけど……こんな能天気な会話しながら魔物狩りとか大丈夫だろうか? ゴブリンじゃなかった場合とか、この前のオーガみたいに厄介な物だった場合が心配だ。フィオとティナが居るから被害は出ないと思いたいけど、不安は消えそうにない。
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