黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

不思議な人

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 嬉しそうに笑ってる。これから死ぬかもしれないのに、ワタルは変。変な事して私を変な気持ちにさせる。
 今度は入り口の所でキョロキョロしてる。変、変な事ばっかり。
「? そんなにこそこそしなくても、みんなお酒飲んで寝てるよ?」
 ちょっと怒ったみたいな顔になった。
「自分たちの隠れ家だからって暢気なもんだな、見張りくらい立てないのか?」
「どこかを襲うのが成功したら大体こんな感じ、ここが見つかることはないはずだから」
 それにツチヤが入り口を塞ぐから誰も見つかると思ってない。
「真っ直ぐ行った突き当たり」
「何度も言わなくても覚えてるよ」
 ぼけっとしてたから忘れたと思って教えてあげてるのに。
「なぁ、何か武器になりそうな物ってないか?」
「私は協力者じゃない、傍観者」
 私を頼るつもりだから平気そうにしてたの? それは、なんか…………つまらない。私が見たいのはそんなのじゃない。

 ヴァイスの部屋に近付くと声がよく聞こえてくる。
「これからお前の初めてを奪うぞ、どんな気分なんだ? 自分の家族や町を壊した男に抱かれるってのは」
 気持ち悪い、いつも犯す前に知り合いを殺して聞いてる。嫌な趣味、気持ちが悪い、だから男は苦手…………ワタルも男、なのに……なんで平気なの? んん? 変、ワタルせいで私も変になった?
 ワタルと一緒に部屋を覗き込んだらヴァイスが始めるところだった。あの人、まだ無事だった。
 それを見た途端にワタルが走って行った。迷いが無い、それはあの時も、なんでそんな事が出来るの? 私に分からない事ばっかり、教えて欲しい。
「ッッ!!」
 ワタルがヴァイスの股間を蹴り上げたら凄く痛がって転げ回ってる。カイルもあんな感じだった。なんで?
「ワタル!?」
 あの人、びっくりしてる。やっぱりワタルがしてる事は普通じゃないんだ。
「リオ! この中の服着てさっさと逃げろ!」
 その為に持ってきたんだ。なら何も使わずにヴァイスと戦うの? 普通の異界者なのに? 勝てるはずない、それどころかあの人も逃がせない。私は間違った? 解いちゃいけなかった?
 また股間を蹴ってる…………力が強いの? それとも、目みたいに弱点?
「でも! ワタルは!?」
 そんな事言ってる間に逃げればいいのに、ワタルが稼げる時間なんかほんの少しだけ、だから早く逃げて…………逃げて? なんでそう思うの? あの人は私には関係ない。
「なんとかする! ほっといてさっさと行け! あの時みたいに言い合いは勘弁してくれよ」
 なんとかする、本当にそうなの?

「っ! このガキ!」
「お前は黙ってろ!」
 また股間、そして今度は目も蹴った。身体の弱い部分を狙って戦う気、でも力が弱かったら大きな効果は出ない。
「ぐあぁぁぁ! 目があぁぁぁ!」
 潰せてない、私なら確実に潰して見えなくさせてる。ワタルは顔を顰めながら必死に蹴ってる、やっぱり慣れてない。攻撃する事を恐がってる。頭と首、鍛えられない場所を狙ってるけど、混ざり者は人間よりも丈夫、その上躊躇ってたら……このままだとワタルは死ぬ。ヴァイスを怒らせた、拾ったばかりの異界者でも容赦しない。
「ワタル! 本当に――」
 まだあんな事言ってる。逃げないと自分も酷い目に遭うのに…………あの人も他と違うからワタルを気にするの?
「大丈夫、なんとかするから早く逃げてくれ!」
 っ! 嘘だ。今一瞬諦めた顔をした…………死ぬの? その人の為に死ぬの? 逃がせるとも限らないのに、無駄に終わる可能性が高いのに、それでもやるの?
「絶対ですよ!」
 あの人は信じてるの? それとも気付いてない? 普通なら勝てないのも助からないのも分かるはず。
 普通は他の人なんか放っておいて自分が助かる為に必死になるのに、あの人は逃げる事が苦しそう?
「わかったから早く!」

「っ!? あ、あなた――」
「早く行って、私は別に邪魔しない」
「どうして?」
 また時間を無駄にしてる。ワタルの命はどんどん消えそうになってるのに。
「ワタルがしたい事を最後まで見たいから、だから早く行けばいい。それともワタルが死ぬのを見てから犯される?」
「っ!? ワタルは死にません。だって、なんとかするって、言、って…………」
 震えてる。分かってるんだ。分かってるなら早く行って。
「止まるの?」
「っ!」
 行った…………そういえば入り口……私が壊したんだった。ツチヤが女で遊んでるならまだ直してない……ワタルの都合のいいようになってる。

「調子に乗るなよ、小僧…………」
 ヴァイスは回復してきてる。やっぱり能力の無い普通の異界者の攻撃なんてあの程度の威力しかない。これからどうするの? まだあの人は隠れ家を出てすらいないはず。
「まだ寝てろ! 酔っぱらいが!」
 蹴ろうとした脚を止められた。酔っ払っておかしくなっててもあの速さだと止められて当然、さっきまでのは奇襲が偶々上手くいってただけ。
「この! 離せ!」
 蹴っても踏んでも無駄、ワタルの力じゃ弱点を突く位じゃないと効果は出ない。
「ただの異界者の蹴りがそう何度も効くか!」
「がはっ、げほっ、げほっ、げほっ」
 ヴァイスが立ち上がってワタルを壁に投げつけた。もう、終わり…………私はどうするの? もうワタルに勝ち目はない、今動かないと殺される――っ!?
「立つのか、結構強く投げ付けたつもりなんだがな」
 立った……ヴァイスも驚いてる。そしてさっきと同じ強い目、まだ死んでない。



「ぷふぅっ、あっはははははは、くっふ、ふはははははは」
 っ!? なに? なんで笑うの? 死にそうになってるのに、本当に可笑しそうに笑ってる。頭がおかしくなった? …………殺される事に脅えてそういう反応をする人間は何人か居た。でも、さっきの強い目は? なんで急に笑い始めたの? 何か面白い事があるの?
「ぷふぅ」
「何が可笑しい!」
 ヴァイスを見て笑ってる。分からない、なんでこの状況で笑うの? それも凄く楽しそうに。
「へぁ!? あっはははははは、ひぃー、もう勘弁してくれー、いーひっひひひひひ、腹いてぇー」
 ヴァイスがいつも被ってるのが落ちたら、もっと笑い始めた。あれがお腹を抱えて笑う程に面白いの? 変、ワタルは変、この状況で笑ってる。余裕? 本当に分からない。
「はっはははははは、あーヤバい、腹痛すぎるー」
「どこ見てやがる!」
「どこって、ぷふぅー」
 ? 今度はヴァイスの股間を見て笑い始めた。何か変なの? 異界者のとは違う形?

「ふざけやがって、このガキ!」
「やめろ! 動くな! 面白すぎる!」
 ヴァイスが攻撃しようとしてるのにまだ笑ってる。無茶苦茶、死ぬかもしれないのに――違う殺される。なのに笑ってる、私はワタルが不思議でしょうがない。
「この! 笑うのをやめねぇか!」
 ヴァイスに掴まれて投げられた。笑ってて避けようともしなかった。
「いってぇー、なんで身体能力高いのに、そんなに弛んでるんだよ」
 …………そういえばヴァイスだけ弛んでる……なんで? それが面白かったの?
「やっと笑うのをやめやがったか、異界者だから殺さないように加減しようと思ってたが、お前は許さん、ぶっ殺してやる」
 やっぱり殺す気になってる。なのにワタルの目は生き生きしてる、何か方法があるの?
「そんな弛んだ身体で大丈夫かよ?」
 …………ないかもしれない、声には出してないけど、目がまた笑ってる。
「なんの力も持たない異界者なんぞ無力で無価値だ!」
 ヴァイスが顔を真っ赤にして怒ってワタルを殴りに行った。遅い、酔っ払ってるせいだ、ワタルもこれは避けた…………また笑ってる、ふざけてるの?
「がっ!」
 最初のを避けて油断してたから速くなった次に反応出来ずに顎を殴られた。普通なら首が飛んでる、酔ってるせいでちゃんと力が入ってない。またワタルの都合のいいようになってる。
 それでもフラフラ、これからどうするの? まだやるの?
「もうフラフラだな、これで終わりだ!」
 ヴァイスの回し蹴り、吹っ飛んで壁に当たった。蹴られる前に左手で頭を庇ってた、あれがなかったら死んでた。死にそうになってるのにふらふらと生きてる、本当になんとかなるの?

「まだ立つのか、根性だけはあるみたいだが、それだけじゃこの現実はどうにもならないぞ!」
 立ったけど視点が定まってない、意識がちゃんとしてないのかも。
 ヴァイスの蹴りを右足で受けた。吹っ飛ばされたけど、反応した。今のは普通の人間なら反応出来ない速さだったのに…………分からない、ワタルはなんなの? 胸が、熱い、ワタルのせいだ。
「がはっ」
「まだ生きてるか、さっさと死ねよ、俺はさっきの女を捕まえに行かないといけないんだ」
 ヴァイスの言葉を聞いて、弱りかけてた、死にかけてた目が生き返った。でもこれ以上は…………。
「なにやってんだフィオ、こんな所で――まぁいいや、そこ退け」
 ツチヤまで来た。二対一なんて確実に殺される。
「あ~、もう、さっきから何騒いでんだヴァイス、うっせぇぞ! せっかく捕まえてきた女で愉しんでたのに興ざめだ」
 女で遊んでたんなら入り口は開いたまま、あの人は逃げた。弱いくせに、混ざり者を相手にワタルは目的を果たした。凄い……弱いのに、なんの力もないのに。
「ああ、ツチヤ少し待ってろ、もう終わる」
 もう十分見た。ワタルは殺させな――。
「終わるって、おい! こいつ拾ってきた異界者だろ! もう処分するのか!? 拾ってきたばっかりだぞ! 覚醒者かゴミかの判断するには早すぎるだろ!」
 ツチヤが止めた?

「こいつが俺の邪魔をしやがったのが悪い」
「お前なにしたんだよ? この盗賊団は俺たち異界者にとっちゃかなり居心地のいい場所なんだぜ、その頭を怒らせるとか馬鹿じゃねぇの?」
「女を逃がしやがったんだよそいつは、それに俺を笑いものにしやがった!」
「女くらい別にいいじゃねぇか、結構攫って来てんだし」
 ツチヤがワタルに近付いて何か話してる。声が小さすぎて聞こえない。
 …………ワタルの目がまた少し笑ってる気がする。ワタルは絶対に変……でも、見てると面白い。
「退けツチヤ、息の根を止める」
「まぁ待てって、こいつが前に噂で聞いた能力を使えるようになるかもしれないだろ? もう少し様子を見ても大した損はないだろ」
「…………」
 ヴァイスが止まった。そういえば拾った異界者をすぐに殺した事はない、混ざり者には無い力を得る事に期待してるから絶対に短くても数日は置いておく。それでもヴァイスのあの態度だと殺すと思ったのに。
「なんでそこまでこいつを庇う?」
「一応同じ異界者でニホンジンだからな、今までだって使えない異界者を処分する時は多少ショックは受けてるんだぜ?」
 嘘、最初はそうでも最近は殺す事を楽しんでる。

「はあぁ!」
 ヴァイスが壁を蹴った。相当酔ってる、あの程度の穴しか開いてない。
「気は落ち着いたか?」
「ああ、一先ず処分は保留にする、だが使えないと判断したら惨たらしい死を与えてやる」
 生き残った…………普通なら殺されてるのに、こうなるのが分かってた? そんなはずない。変、変、変、変、ワタルは変……でも、面白い。死ななかった、あの人も逃げたからワタルはここに居る。私の退屈を変えてくれる。
「俺は逃げた女を探してくる」
 っ! それをされたらワタルがした事が無意味になる……それは、なんか嫌。
 外に出て周囲を探る。逃げた方向さえ分かればいい、反対の方向をヴァイスに教えればいいだけだから――あった、人の通った跡。
 隠れ家の入り口に戻ったらヴァイスが出て来た。
「フィオ、女を見なかったか? お前とダージが拾って来たやつだ」
「あっち」
 反対方向を指差す。
「見てたならなんで捕まえなかった?」
「なんで女を捕まえないといけないの?」
「…………チッ、もういい!」
 行った。全く反対の方向へ、後はあの人の運。まだグズグズしてて逃げてないなら捕まって当然、でもワタルがやってる事を分かって逃げた。ちゃんと逃げてるはず。
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