黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

そして闇の中

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「飲まれたわね」
「飲まれちゃいましたね」
「飲まれた」
 いや、お前は自分で飛び込んで来たんだろうが! それにしてもこの空間、やっぱり姫様が使ってたのとは違う。浮遊感があるのは同じだけど暗い……というか黒い? なのにフィオと姫様の姿はちゃんと認識できる。フィオは俺にしがみ付いてて、姫様とは手を――。
「あっ」
「ちょ、放さないでよ!」
 姫様と手を繋いでる事を思い出して、慌てて手を放そうとしたら両手でしっかり掴まれてしまった。
「たぶん私たちが吸い込まれた裂け目はワタル達の攻撃を受けて、歪み広がって、普段私が使ってるモノとは別の不安定なモノになっていて、別の世界へ繋がる穴になってるんだと思うの。だからここから出られたとしてもヴァーンシアじゃない別の場所、離れたら別々の世界に放り出される可能性もあるからお互いしっかり掴まっておいた方がいいと思うわ。ワタルと私が居ればさっきと同じ事をしてヴァーンシアに帰れる可能性もあるしね」
 別の世界……日本に帰る方法を~とか考えてたけど、こんな事になるとは……どうすんだよこれ、人間が居るヴァーンシアですら大変だったのに、魔物オンリーな世界に放り出されでもしたら…………最悪だ! 最悪すぎる! 嫌だー、もうこれ以上面倒事は嫌だー!

「なにしてる?」
「突いてる」
 フィオに頬を突かれる。俺のより自分の突いてろよ、やわすべなんだから……。
「そういえば、なんでフィオは飛び込んで来たんだよ? お前が居た位置ならこんな厄介なもんに飲まれる事もなかっただろ」
「…………もさが連れて行かれそうだった」
 なるほど、もさの為ね。
「ほれ、わざわざお前の為にこんな所へ飛び込んでくれたご主人の頭に乗ってろ」
 剣を鞘に納めて、空いた右手でもさを引っ張り出してフィオの頭に乗っける。
『きゅぃー』
 鳴き声変わってる……何が気に入らないのか、もさが前足でフィオの頭をペシペシしてる。
「…………あと、ワタルが……居なくなるのも嫌だった」
 うっ、ズルい! 普段そんな表情しないくせに、頬を赤く染めて少しだけ目を潤ませて見上げてくる。か、可愛い…………。
「…………姫様までなにしてんですか」
「二人だけの空気って感じでムカついたの、変な浮遊感のせいで自由に動けそうもないし、それにほら! 私の能力で出口を作る事も出来ない。だから諦めてワタルの頬で遊ぶ事にしたのよ」
 持ってる剣を振って見せてくれるけど、確かに裂け目は出来ない。
 …………なんじゃこりゃ、フィオも突くのを再開して、フィオと姫様に頬を弄ばれてる。

「暢気ですね」
「だって出来る事が無いのよ? 悩んでも解決出来ないんだから精神衛生上良くない事は止めて、遊んでる方がいいでしょ? それにもし変な世界に行って帰れなくなったら唯一の男と女よ、親睦を深めるのも悪い事じゃないでしょ?」
 一応フィオも居るんですが……下を見ると不満そうな顔をしてる。表情がよく変わる様になったのか、僅かな変化でも分かる様になったのか、どっちだろう?
 それに親睦を深めるって……一方的に遊ばれてるだけだと思うけど。
「変な世界って、やっぱり魔物しか居ない世界とかですか?」
「そうね、他にも生き物が全く居ない世界とか、気持ちの悪いモノしか居ない世界とか、人間やエルフみたいな人型の生き物を捕食する物が居る世界とか、死者の世界とか、他にも――」
 姫様が嫌な感じの世界を挙げていく。なんだよ気持ちの悪いモノしか居ない世界って? ゴキブリだらけとか? …………嫌だ! 実家に帰らせてください! そんな場所じゃ生きていけない!
「なんとかここから脱出する方法は?」
「私には無いわね。いっそさっきみたいにワタルが雷ドーンってやって穴でも開けてみれば?」
 適当だな、それで変な場所に出たらどうする気だ…………でも他に出来る事も無いし、試すだけためすか? ――っ!?
「あれ? え? なん、で?」
「どうかしたの?」
「能力が、使えないです…………」
「え?」
 能力を使う時の感覚が無くなってる。キノコに封じられてた時みたいに全く感じられない、もしかして姫様も同じ状況なんじゃ?
「能力を使う時の感覚が全くないんです。姫様は大丈夫ですか?」
「私? 私はいつも通りよ。ここから出られれば使えると思うわ…………それにしても困ったわね、ワタルの能力が無かったら私が裂け目を作っても歪めてくれる人が居ないとヴァーンシアに帰還するってのも無理かも…………仕方ないわね」
 ん? 別の策でもあるんだろうか?

「どうにも出来そうになかったら三人仲良くそこで暮らしましょ」
 投げ出したー!? あっさり諦めた!
「あの、もっと真面目に――」
「さっきも言ったでしょ、悩んでどうにもならないなら悩むだけ無駄! さっさと別の事を始めた方が建設的よ」
 う~ん、言ってる事は分かるような、分からんような? 確かに悩めばいいってものじゃないし、悩むのが悪い癖になっての引きこもり生活だ。姫様が正しいのかなぁ?

「出口、出てこないですね」
「そうね」
「暇」
 そうだな、結構な時間この闇、と言っていいのか分からんけど、闇の中を変な浮遊感を感じながら漂ってる…………漂ってる? 本当に移動してるか? もし停滞してたら? ずっとこのまま…………? ヤバい、このままここで死を待つだけですか!?
「うぅ~」
「なに唸ってるの? もさが困ってる」
「能力を使ってた時の感覚を思い出そうとしてるんだよ、ここに居続けたらおかしくなりそうだ。さっさと出たい」
「そうね~、私もこんな陰気臭い場所で新婚生活を始めるのは嫌ね」
 誰と結婚したんですか…………ナハトか? ナハトがもう一人増えた感じか? 幼馴染だしな、姫様もナハトと同じ様な人なのかもしれない。
「一緒に暮らすなら家族?」
「そうね、種族は違うけれど家族よ」
 勝手に話が進んでいく。
 …………あっ! あれだ、暗くならない様に態とこんな話題にしてくれてるんじゃないか? じゃなきゃ姫なんて立場の人が、こんな時にこんな話題を話すはずがない、そっか、そういう事か。
「家族…………」
 フィオが嬉しそうにしてる…………これは冗談だ、と言うのが躊躇われる。そうだよな、今までそういう温かな繋がりみたいなものはなかったんだろうし、憧れとかがあったのかもしれない。うぅ、空気を暗くしない為の冗談だ、とは言い出し辛い、姫様はどうする気だ?
「良かったわね、同時に二人も妻が出来て」
 この話題続けるんですか!? …………え? なにこれ冗談じゃないの? 俺たちが裂け目に飲み込まれた状況もヤバいものだったのにこんな馬鹿話してる場合ですか!?

「あ」
「今度はなんだ?」
 もう変な話題はお腹いっぱいだぞ。
「光」
『え!?』
 姫様と声が重なってフィオが指差した方を見る。確かにフィオが指す方向に微かな光がある。出口か? という事はいよいよどこかの世界に出るわけだ…………変なの引いたらどうしよう、不幸な目に遭ってもどうにか生き延びる奇妙な運はあるけど、こういうのの引きが良かった経験は少ない。
「フィオと姫様って運は良い方?」
「微妙」
「私は……悪い方かしらね、夫候補が中々現れなかったし」
 不安しかないんですけど…………そんな事を思ってても吸い寄せられてるのか、光がどんどん近くなっていく。
「いよいよね」
 さっきまで馬鹿話してたのに、姫様の声は上擦っていて、繋いでる手に力が込められる。強がってただけだったのか……そりゃそうか、自分の生まれた世界から別の世界へ飛ばされるなんて訳分かんないよな。不安で当然だ。
 俺も繋いだ手に少しだけ力を込めて、しがみ付いてるフィオを抱き寄せて離れない様にする。
 小さかった光が人ひとり分より少し大きい位になって、俺たちはそこへ吸い込まれた。
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