黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
74 / 464
四章~新天地へ~

静かな夜に

しおりを挟む
 ふらふらと村から少し離れた所にある湖まで来てしまった。昨日水浴びで来たけど綺麗な所だよな、月明かりが照らす湖は幻想的な感じがする……ファンタジーな世界に居るのに幻想的って表現はどうなんだろう?
「まぁいいや、水辺で涼しいしここで寝よ」
 木に凭れ掛ってみるが、眠くない…………歩き回ったせいで目が冴えてしまったらしい。どうしたもんかな、ぼんやりと月を眺めるが眠くならない。
「っ!? なんだ!」
 傍で物音がした。よく考えたら村の外で寝るとか暢気すぎだ、海岸でハルピュイアを見たくせに魔物への警戒なんて全く考えてなかった。剣なんて持って来なかったから腕を帯電させて威嚇にする。
「わ、ワタル、私です、リオです」
 木の陰から出てきたのは確かにリオ…………なんでこんな所に?
「こんな深夜にこんな場所でなにしてるんだ? 一人でうろうろしたら魔物とか出たりした時危ないだろ」
「それはワタルも同じじゃないですか」
「俺は自衛くらい出来る……はず」
「なんですか、はずって」
「フィオに助けられてばっかりであんまり自信ない」
 そう、助けられてばっかりだ。最初に盗賊の隠れ家で縄を解いてもらった事に始まり、この大陸に着いてからの戦闘まで、こう考えるとフィオには本当に助けられてばっかりだな…………年上のくせに情けない事だ。

「ワタルは……凄いと思いますよ」
「いいよお世辞は、駄目なのは自分が一番分かってるし」
「お世辞じゃないです! ワタルは命懸けで私を助けてくれて、だから……ワタルは凄いんです」
「あ、ありがとう?」
「なんで疑問形なんですか、信じてないでしょう?」
 信じてないというか、びっくりしてて話が入って来ない。引っ叩かれた後は避けられてる感じだったから、完全に嫌われたんだと思ってたし、こんな風に言われるのも意外だ。
「引っ叩かれた後避けられるし、俺リオに嫌われたんだと思ってたんだけど――」
「嫌ってません! あっ…………叩いちゃったのは勢いで……その後は気まずくてワタルの顔を見るともやもやして、苦しくて……叩いたのは悪いと思いますけど、でも、初めて会った人とあんな事してたのはどうかと思います」
 ジト目で見られる。いや、俺もそう思う。『あんな事』がどんな事を差してるのか考えたくないけど、それに俺自身は何もしてない。
「何もしてないって、最初のはミーニィさんのおふざけだろうし、翌日のは同じ場所で寝てただけだって、リオに叩かれた後は俺朝まで寝てたんだから」
「ふ~ん? 別に言い訳しなくてもいいんですよ? ワタルが誰と何をしようとワタルの勝手ですから」
 信用されてないな、ずっとジト目なんですけど、何故そこまで疑うのか、今までにそういう風に思われる様な軽薄な言動をした覚えなんかないのに。

「はぁ~、俺は誰かと関わるのが怖いんだ。今は皆と居るけど、他人と深く関わるつもりはない、それはこの先も変わらないだろうし『そういう事』って深い繋がりがある相手じゃないとしないだろ? だから俺は何もしてないし、何もしない」
「…………相手がどれだけワタルの事を想っていてもですか?」
「たぶんね、他人の気持ちなんて分からないし、口では何とでも言える。一度手痛い裏切りを受けてるから誰かを完璧に信じる事はないかな、深く繋がっていればいる程にそういう時の痛みは酷いし、裏切られる痛みも、失う痛みももう嫌なんだ」
 家族ですら、親族ですら平気で裏切る、もちろんそうじゃない人も居るだろうけど、どうやって見分ける? 俺にはそんなスキルはない、なら痛くならない様に関わるのを避ける、関わったとしても深くは関わらない、出来るのはそのくらいだ。
 俺みたいなのを臆病者と言うんだろう、だとしても二度とあんな痛みを受けたくない、だから誰かとの繋がりなんて欲しくない。
「寂しく、ないですか? 普通は誰かと、家族や友達、恋人や近所の人、色んな人と関わって生きていくものでしょう? 私なら辛くてとても耐えられないと思います」
 リオはその『誰かとの関わり』を居場所と一緒に全て失った。失う痛みを知ってるのにまた誰かと関わりたいと思えるのか? …………そう思えるのが普通なんだろうか? ビビッて逃げ回ってる俺が変なのかな。

「どうかな、慣れたからよく分からない、痛みから逃げるのに必死で寂しいとか、そういう心を捨ててきたんじゃない? 一人で居るのが当たり前で、誰かに干渉もしないし誰にも干渉させない、それが俺の普通だったから」
「だった、って事は今はどうなんですか?」
「今も大して変わらないかな、ただ自分のした事の責任は取らないといけないとは思ってる」
 あの娘を見捨てて逃げた事、リオを巻き込んだ事、あの娘は両親の元へ帰す。ならリオは? どうすればいいんだろう? 安全な、人間の居る土地へ連れて行く?
「責任?」
「あ~、うん、リオは港町で新しい生活を始めてたのに巻き込んで駄目にしてしまったし」
「それはワタルが気にする事じゃ――」
「気にするよ、せっかく平穏な暮らしに戻れてたのに、俺が騒ぎを起こして巻き込んだんだ」
 後先考えなかったから恩人を巻き込んだ。俺の浅はかな行動がリオの暮らしを壊した。元の生活を取り戻すってのは出来ないけど、せめて平穏に暮らせる場所を見つけないと、人間の居る土地の方が良いだろうし、この大陸には人間が居ないから別の大陸に渡る方法も探す必要がある。
「ワタルは……責任を感じてるから助けに来てくれたんですか?」
 あれ? なんか不機嫌になってない?
「えっと、リオ?」
「私は! …………なんでもありません」

 リオは不機嫌そうに俺の隣に座り込んだ。
「も、戻らないの?」
「ワタルこそ戻らないんですか?」
「俺はナハトにベッドを占領されてるからここで寝ようかと思ってたけど、魔物出るかもだし朝まで起きてて朝になったら戻るかな」
「族長さんがこの辺りも村と同じ様に魔物が寄り付かない様にしてあるって言ってましたよ」
 なんだ、そうなのか。色んな能力を持った人が居るから便利だよなぁ。
「魔物が出ないならこのまま寝ようかな、眠くなってきたし」
 寝ても大丈夫ならと、リオから距離を取って別の木に凭れ掛かって寝ようとすると、リオが隣にやって来る。
「えっと?」
「私が隣に居たらダメなんですか?」
 ダメというか落ち着かないんですが、抱き付かれてるとかよりはマシだけど、やっぱり誰かが、特に女の人が隣に居るのは落ち着かない。
「出来れば距離を空けるか、もしくはテントに戻ってもらえるとありがたいかな」
「ワタルは私の事が嫌いですか?」
 それナハトにも言われたんだけど…………俺の言動ってそんなに相手に不快感を与えて、嫌ってるって取られるものなのか? 確かに極力関わらない様にって避ける様なことをする事もあるけども…………。
「嫌いとかそういう事ではなく…………」
「なら私が居ても問題ないですよね?」
「…………はい」
 なっさけなっ! 上目遣いで見つめられると拒絶し辛い、元々嫌ってるわけでもないし不快感があるわけでもない…………ただ落ち着かない。



「――きろ!」
 うっさい、昨日寝るのが遅かったんだ、もう少し位寝ていたい。誰かに迷惑を掛けてるわけでもないんだから放っておいて欲しい。
「んぅ」
 なんか隣から甘いような良い匂いがする。
「っ! 起きろワタル!」
「いぃだだだだだだ! 何すんだ! あっ」
 腕を抓られた痛みで目を開けると、鬼のような形相をして仁王立ちしたナハトがこちらを睨んでいる。紅い瞳が怒りで燃えている様に見える。
「あの…………?」
 なんでそんなに怒ってるんだ?
「んぅ、ワタル? どうかしたんですかぁ?」
 隣からリオの声……隣から?
「あ゛っ、えっと、あの、これは――」
「私と一緒に寝ていたのに……まさか抜け出して別の女と密会しているなんて思いもしなかったぞ」
 怒りで声が震えている、そりゃそうか、好きだ、夫にすると言ってる相手が別の異性と一緒に居たら心中穏やかでないだろう。それにたぶん俺とリオが何かしていたと思い込んでいる。
「ワタルが誰と何をしていてもワタルの自由だと思いますけど」
 っ!? リオ何煽る様な事言っちゃってんの! ほらさっきよりも目がつり上がってるし、も、燃やされたりしないよな?
「わ、ワタルは私よりその女の方がいいのか?」
 怒った表情から一転して、不安げな表情で今にも泣き出しそうな感じになった。イメージと違い過ぎるんですが、フィオとの闘いを楽しんでいた人と同一人物だとは思えない。
「何か勘違いしてるみたいだけど、俺とリオはそういう関係じゃないから」
「ならなんでその女と一緒に寝ていたん――私のワタルに凭れ掛かるな!」
 ナハト涙声になってる…………そしてこんな状況なのにリオが引っ付いて来る。何この浮気男みたいな状況、俺は何も疚しい事はしてないぞ!
「あ~、ナハトは用事があったんじゃないの? だからわざわざ湖まで捜しに来てくれたんだろ?」
「…………明日には審議の結果が出ると連絡があった。それと昨日言っていた剣への特殊効果の付加をしてもらったのを知らせたかったんだ…………なのに! お前というやつは! なんで私以外の女と仲良さそうに寄り添って寝ているのだ!」
 逸れたかと思ったけど結局そこに話は戻るのか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の私は死にました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,718pt お気に入り:3,995

この庭では誰もが仮面をつけている

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:74

煌めくルビーに魅せられて

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

処理中です...