黒の瞳の覚醒者

一条光

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四章~新天地へ~

身勝手な理由? 温かな理由?

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「あ~あ~あ~…………」
 結局解決策を見い出せないまま追い出されてしまった。今はナハトの家がある大樹の枝に寝そべって手足を投げ出している。
「なにをあーあー言っている」
 あーあー言いたくもなる、古くから生きていて能力に対する知識だって多い人に無理だと言われてしまったのだから、でも諦めはしないけど…………かといってこの手詰まり感はなんとも……やっぱり他の大陸に行ってそれっぽい能力の覚醒者を捜すか? エルフの中に帰る為に使えそうな能力者がいないってだけで、覚醒者の場合は違う可能性だってある、異界者の集まっている国にどうにかして行く必要があるな。
「そんなに帰りたいのか?」
「帰りたいんじゃなくて、帰らないといけないんだ」
「帰りたいではなくて帰らないといけない、か……なんの為にだ? 理由を教えてくれれば私も何か出来ないか考えてみるぞ」
 なんの為に、ね……言えない、自分の情けなくみっともない行動を話せるはずもない、そのせいで人ひとり死んでいるのだ。
「言いたくない」
「まさか……故郷に女がいるのか!? その相手をこちらに連れてくる為に戻りたいのか? 連れてくれば故郷に用がないからヴァーンシアに戻ると言ったのか?」
 壮大な勘違いだな…………俺は繋がりを持ってないって言ったのに。
「俺と関わりを持ってる人間なんて向こうの世界にはいない、家族、友達、好きな人も恋人もいない、そういう人間関係のしがらみで帰りたいわけじゃない」
 ただ帰したいだけ、それしか出来る事を思いつかなかったから、死者にしてやれる事なんて限られてる、贖う為にはその限られた事を必死にやるしかない。
「本当に理由を言ってはくれないのか? 大切な理由なら私は協力したいのだが」
 …………必死にやるしかない、それなら自分がどう思われようとなりふり構わず得られる協力は得るべきじゃないのか? 自分の罪を知られるのが怖いなんて、やり通す覚悟が足りてない。
「…………分かった、話す。でも本当に協力してくれるのか? 族長はそんな能力を持った者はいないって言ってたし、居ても危険を呼び込む可能性があるからやるなって言ってたんだぞ? それを無視していいのか?」
「ふふん、今の私にはお前が一番だ! だから、そのお前が望む事の理由が大切なものなら協力は惜しまない」
 自分が苦しみから逃れたいというのが大切な理由とは思えないが、手詰まりな状況をどうにかしたくて話してみる事にした。



「なるほど、そういう理由か…………」
 黙り込んでしまった。まぁ夫候補がこんなに情けないやつなら呆れもするか、これで結婚云々が無くなればいいのに。
「傲慢だな」
「え?」
「ワタルが眠っている間に私もワタルの記憶を覗かせてもらったが、最初の町での闘いで兵士一人に苦戦して逃げるのがやっとだったワタルが、兵士一人と更に男一人を加えて片手の使えない状態でその少女を助けて逃げ切るのは不可能だっただろう」
 それは俺も考えたけど、けどそんなことはやってみないと分からない、それなのに俺は日和って逃げたんだ。
「それに見えていた兵士が一人だっただけで町に入ってすぐの場所に他の兵士が待機していた可能性だってあるだろう、自分より身体能力が遥かに優れた混血者から恩人を逃がせた事で己の力を過信していたんじゃないか? 今聞いた話と覗いた記憶とで考えると助け出す事も、助け出して逃げ切る事も不可能だったと私は思う、それに自分の命を優先するのは当たり前の事だ。悪い事ではない、全く面識の無い者の為に命を張れる方が珍しい、だから罪に感じる必要は――」
「でも! あんな子供を俺は見捨てた、逃げたんだ。自分の命に執着なんてないはずだったのに、なのになんであの時は…………」
 子供だから大丈夫だと思ってしまった。多少酷い扱いをされたとしても子供だから加減すると。

「言っただろう、自分の命を優先するのは悪い事じゃない、それにお前はアドラの者が奴隷にどういう扱いをするのかなんて知らなかったのだろう? それなら子供には酷い事をしないと思ってその場を去っても不思議はない」
「それは…………」
 確かに知りはしなかった。でもちょっと想像してみれば分かる事だったはず、最初の町で殺されかけたんだ。そんな扱いをする連中に捕まったらどうなるかの想像くらい出来たはずなのに。
「そう自分を責めるな、ワタルのせいじゃない、その状況では助けられる者が居なかったんだ。少女もお前を恨んではいまい、弔いをして自分を苦しめた連中を始末し、両親の元へ帰す為に行動を起こしてまでいるのだ。感謝はしていても恨みはすまい」
「そんな事…………」
 ありえない、助けようとしなかった俺を恨んでるはずだ。俺のやった事は自分が苦しみから逃れる為、感謝なんかされるはずない、贖いを、当然の事をしているだけなんだ。
「お前は優しいな、優しいから、だから自分の力の無さが許せないんだろう。したい時にそれを為すだけの力が無かった、己の無力が悔しいんだろう」
「俺は優しくなんかない、弱いのはその通りだけど…………」
「優しいさ、船に乗るチャンスを棒に振るかもしれない、力を使えば町の人間がお前をどういう目で見るかも分かっていたはず、それでも人を助けるためにクラーケン退治をしただろ」
 それだって何もせず見ているのが苦しかったからだ、自分が苦しいのが嫌だっただけ、ただの自己中な行動だ。そのせいでリオを巻き込んでしまった。
「納得してない様子だな、でもいいさ、これからは私が傍に居てゆっくり分からせてやる」
 そう言って抱き締められる。
 なにやってんだろう俺…………。

「それで、協力はしてもらえるのか?」
「そうだな、身勝手な理由じゃなく少女を両親の元へ帰したいという温かな理由だったからな、協力はしようと思うのだが、異世界への道を開く能力というのには私も心当たりがない…………それっぽいものだと空間を斬り裂いて裂け目に入る事で離れた場所に移動出来るというものくらいだな」
 だから自分が苦しいのが嫌だ、っていう身勝手なものだって言ってるのに……それにしても、なにそれ? ワープ? でも空間を斬り裂くか、確かにそれっぽい感じはする。
「その人に会う事は出来るのか? それともそれも記録だけ?」
「いや、使える者はいる、私の幼馴染なのだが…………」
「ならすぐ会えるんだな?」
「いや、すぐは無理だ。離れた所で暮らしているし、私だけなら問題ないが人間を連れてとなると、おいそれとは会えない、姫だからな」
 ひめ? ひめってあの姫? …………そういうのが居る世界なんだなぁ、というか姫と幼馴染って、ナハトってかなり凄い人?
「まずは会いに行ってもいいか父様に確認してもらおう、それで問題なければ会いに行こう、私もしばらく会っていないから久々に会いたいな」

 族長に相手方への連絡を頼むと二つ返事で承知してくれた。連絡はすぐに行ってもらえたけど、人間が訪れるという事でかなり警戒しているらしく、しばらく審議する時間が必要だと言われた。
 まぁ当然の成り行きだ。検討してもらえるだけでも感謝しないといけないのだろう、今まで人間を敵として見ていたんだから。
「それにしてもなんで族長はあんなに上機嫌だったんだ?」
「私も幼馴染もいつまでも恋人を作らなかったからな、父様とダグラス様はどちらの娘が先に結婚をして子を為すか張り合っているのだ。大方私に結婚相手が出来た事を自慢出来るのが嬉しかったのだろう」
 ダグラスって昨日族長が言ってた名前だな、姫の親って事は王様か。
「王様と張り合ってるのか…………」
「王様と言ってもエルフのまとめ役みたいなものだがな、だから父様と立場は同じなのだ。父様はダークエルフと獣人のまとめ役をしているからな」
 ダークエルフのまとめ役って事は王様の方は普通の白い肌のエルフ? やっぱり二種類居るのか、普通にエルフエルフ言ってるから褐色肌しか居ないのかと思ってた。
「ん? 立場が同じって事はナハトって…………」
「ああ、姫とも言えるな、だが私は堅苦しいのが嫌いだからそう名乗ったりしないがな、父様もそれを嫌って王ではなく族長を名乗っているんだ」
 …………そんな立場なのにあんな感じなのか、王様が娘を孕ませろとか…………そして俺ってば姫様に求愛されてたの? 呼び捨ても敬語無しも怖くなってきたんですけど。
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