黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~

見た事のない景色を求めて

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 昼過ぎに戻ったクロも巻き込んで宴会は更に賑わい皆酔いつぶれてしまった。
 娘たちもはしゃぎにはしゃいで疲れて眠ってしまったのを子供部屋の布団に寝かせていく。
「レヴィは酒強いんだな」
「慣れですよ。長く生きていますから」
 長く生きていてもつぶれているエルフとドラゴンも居ますが……うちの連中飲むのは好きだが大して強くないんだよな。人前で醜態を晒すわけにはいかないのでもちろん俺は飲んでいない。
「よっしルーシャで最後だな。手伝ってくれてありがとう」
「いえ、このくらいお礼を言われることではありません。わたくしはもっと尽くさないと……」
 曇るレヴィの表情はこの七年間どれだけの罪悪感に苛まれてきたのかが伺える辛く苦しいものだ。

「……そういうのはさ、しなくていいよ」
「え……? ですがわたくしは――」
 娘たちを寝かせ終わり縁側に座る俺の横に立つレヴィは捨てられてしまった仔猫のように不安げな表情を浮かべ、縋るものを求めて手を伸ばす。
「酷いことをされたと思う、恨む気持ちがあるのも事実だ」
 伸ばされた手に震えが走り引き戻される。望むものは与えて貰えず拒絶を示されたと感じたレヴィは儚げで、掴まえていないと今にも消えてしまいそうだ。
「それでも、レヴィが悔いてきて、償いたいって思ってる気持ちは伝わったから、だから許すよ。だからな、罰を受けたそうにうちに居るのはやめてくれ。これから楽しい旅行に行くんだ、みんなが笑えなきゃ駄目なんだ」
 彷徨う手を取り引き寄せる。うちではクーニャの次に高齢だというのに今初めて男に触れられた少女のように震えている。

「レヴィも苦しい七年間だったんだな、でももういいんだ。俺はここに帰って来られたから――だから俺もみんなもレヴィを許すよ。だからレヴィも自分を許していいんだ」
 声を詰まらせて、俺の腕の中で踞り随分と年上のお姉さんが幼子のように泣いた。それは七年間に募った罪悪感を吐き出す為の行為で、深夜まで止まる事はなかった。

「こんなに泣いたのは姉様が殺されてしまった時以来です。それも年下の男の子の腕の中でなんて……お姉さん失格です」
 理想のお姉さん像でもあるのかレヴィはやや悔しげだが俺の腕から抜け出る気配はない。むしろしがみ付いて放そうとしないのは多少なりとも心を許してもらえている証拠か。
「ワタルに抱かれている時皆さんこんな気持ちなんでしょうね。穏やかで、安心して、でも心の奥を擽られて、こんなにもあたたかく気持ちを揺り動かされる。悪い男の子です」
 まだいくらか戸惑いがあるみたいだが押し潰されそうなほどの罪悪感からは解放されたようで随分とすっきりした表情をしている。
「嫁が十二人も居るやつがまともな善人だと思ってたレヴィが悪い」
「ワタル、わたくしは――」
 僅かな熱と消えきらない罪悪感に突き動かされたように顔を寄せるレヴィを押し留める。
 流石にまだ、な。許すとは言っても気持ちの整理は必要だ。俺にも、レヴィにも、だからレヴィの瞳から罪悪感が完全に消えるまではお預けだ。

「やはりわたくしはダメですか?」
「レヴィ次第かな。罪悪感じゃなくて本物の気持ちになったら、その時はって事で」
 それに瞳を輝かせて観察している人間が居るのに事を始める気になどなれるものか。
「なんで続きしないんだろ? やっぱり航ってへたれ?」
「航さん優しいからレヴィリアさんを気遣ったんだよ」
「お酒も入っているしね。お兄さんはそういう卑怯な事をしないってことでしょ。あ~あ、でもつまらない」
「だよねだよね!? 嫁沢山な先輩のことだから性欲魔神だと思ったのに」
「そうよねぇ、もしかして肝心な時に立てない病気かしらね」
 女子四人とオカマ一人がきゃいきゃい騒いでいることにレヴィもようやく気付いたようで恥ずかしそうに俺から離れてどこかに跳んで行ってしまった。
 相当赤くなってたし今日はもう戻ってこないかもしれないな。

「じゃあ早めに資料は届けさせるから、楽しみにしていてね」
 あの後更に飲み直した秀麿は青い顔をして美緒たちに支えられながら朝日の昇る町に消えていった。
 恋と紅月は完全にグロッキーなのでまだ寝かせておく事にして軽い朝食を準備する。
 流石に飲み過ぎたのか嫁の誰一人起きてこないのだ。これは今日は休業だろうか? そんな事を思っていると目を擦りながら台所にやって来たクロナとシロエに手伝ってもらい朝食の準備を終えた。
 迷うことなく作業をこなした二人は普段から手伝いをしているのが窺える。遠慮もあるのだろうが我が儘を言う気配もないし親を困らせている風もない、良い子そのものだがそんな娘たちが不安でもある。気遣ってばかりで気持ちを押し込めて我慢していたりしないだろうか?

 やってみて分かる結構な作業量、嫁が十四人に娘十二人、そしてアスモデウスが居て更に今日は二人多い。分担はしてるだろうけど大家族を切り盛りするのって大変だろうなと実感した。
 料理だけでこれなのだ。家事に加えて店に子育て、苦労も多いだろうと考えると七年も傍に要られなかったというのはやはり悔しい。
 起きてこない嫁たちは寝かせておく事にして娘たちと朝食をとる。母親の料理に比べれば大したものではないのだがそれでも喜んで食べてくれる愛らしい娘たち、たまにはこういうのもいいのかもしれない。

 誰一人起きてこないので店は休業の札を掛けて王城へ向かう事にした。もう戻って二日だし近場なのだからクロイツ王には先に挨拶しておくべきだろうと出掛けたのだが……目立つ目立つ、うちの店は人気店でありそこの娘も色んな意味で有名だ。
 それを全員引き連れて町を行くからすれ違う者が皆振り返る。流石にこれだけ人が居ると俺の顔を覚えている人も居たようで騒ぎになっている。
「父様ってやっぱり凄いんだ。みんな驚いてる」
 アウラが目を輝かせて尊敬の眼差しを送ってくるのがくすぐったい。
「お父さんお父さん、肩車して」
 返事をする前にエリスに飛び乗られてバランスを崩しながらも持ちこたえる。が――。

「ずるいー! ルーも、ルーも!」
 二人目はキツいですよ!? エリスが片側に寄った事でルーシャまで飛び乗りつんのめりながらどうにか足を踏み出して耐える。
「パパ、パパ私もー」
「いや、ちょっと待てシロエ――」
 両肩にエリスとルーシャを乗せて更にシロエをおんぶにクロナを抱っこ……いくら子供とはいえ四人分の体重となればバランスが取れない。
 乗れなかった子達がよろよろと歩く俺を恨めしそうに見つめている。
「わ、分かった。順番……順番にしてくれ」
 いくらか歩くごとに娘たちが交代していく。こんな小さなことでも喜んでくれる……それだけ寂しい思いをさせていたんだろうな。
 このくらい可愛い我儘だと受け入れるべきだが――思わぬ試練に遭って登城する頃には疲労状態であった。

 町の騒ぎが伝わっていたようで謁見はすぐに果たされた。
 王様たちは大層驚いていたが事情を話すと国をあげて盛大な祝いをしようと姫と相談を始めるものだから止めるのに苦労した。
 祝いの件を丁重にお断りして家に帰りつく頃には日が暮れていた。

「お城の料理よりママたちの方が美味しいよね」
「それ他の人の前で言わないようにな」
 リルの頭をそっと撫でて先ほどまでの事を思う。急遽開かれた食事会に参加して世界の行き来についてなどの話をした。王様の考えとしては、各国の王と協議したいから当面はは保留したいそうだ。
 大きな発展は望めるかもしれないがこの世界独特の資源が持っていかれる事や急速な発展が齎すものを危惧しているようだった。
 地球側がこの世界に利を求めているのを知っているから俺も王様の考えに賛同した。全部が全部悪いわけじゃない、医療の発展などがあればそれは素晴らしいものだろう、それでも文明のレベルが違う分この世界が不利な扱いを受けそうなのも否めないのだ。それほど地球側は異世界について躍起になっていた。
「そういえばあっちはどうなってんのかな……あの場に居た優夜は迷惑被ってるだろうなぁ」
 心の中で謝罪するが届くはずもなく申し訳なく思う。

「父上見てくれ、水晶の傘という町があるぞ!」
「ミュウ落ち着け」
 家に戻り、届けられていた資料を娘たちと一緒に開く。添えられている絵を見ただけで皆瞳を輝かせて大興奮だ。
 ちなみに嫁たちは未だ爆睡中だった。
「これどうなってるんだろうな、大瀑布の中に浮かぶ都市……町を覆っているのが水晶の傘か? 天明の国だよな……あの国一体いくつ巨大水晶があるんだ」
「パパ見てー、三色の湖だって!」
 マリアが指すのは赤青白の湖の絵――遊泳可能で美肌効果あり……女性に人気、と。なるほど、女性人気と子供が遊べそうな所を厳選してくれているのか。
「私がまた美しくなってしまうのね。ボウヤが辛抱堪らんになって可哀想じゃないかしら? きっと襲っちゃうわね。なんなら今から――」
「アスモ-100ポイントです。娘たちの前で変な事言わないでください」
「え!? 待ってまって! ホント待ってリオ、ボウヤと出来るのが10,000ポイントなのに今まだ10なのよ!? 100も減らされたらマイナスじゃない!?」
 背後からぬっと現れたアスモデウスが口走った事に対して更に背後に現れたリオが何かを減点した事で魔神が大慌てしている。

「ポイントってなんだ?」
「アスモがワタルとえっちなことをしていいのは一回きりだったんですけどうちに馴染んじゃいましたし溜め込んで他で悪さをさせない為に、良い事をしたら加点して目標ポイントに到達したら一回分許可という方式にしてたんですよ。でもリルたちの前で変な発言をしてマイナスになってばかりですけど」
 娘たちに聞こえないようにリオが耳打ちしてきたが……俺の知らないところで妙なルールが成立していた!?
「ちなみに加点の基準は?」
「お店の手伝い、娘たちの為になる事とか……一律1ポイントです」
 鬼ルール……許可する気があるのかないのか。どちらにしても溜め込みますよね!? 暴発が恐ろしいんですが。
 マイナスは嫌だと魔神がリオに泣き付いている光景は昔命のやり取りをしたことなど微塵も感じさせない情けないものだった。妙なのに好かれたなぁ。
「アスモ、また頑張ればいいじゃないですか。1,000,000ポイントまで貯まればお嫁さんにもなれますし」
 俺の意思は!? いやまぁとんでもなく不可能に近いけど……リオが俺で魔神を釣って飼いならしている。
「くぅ……ボウヤ待っていて、きっと気持ちよくイかせてあげるから――」
「アスモ、そういう発言はマイナスだって言ってるでしょう? -100ポイント」
「ええっ!? 鬼! 悪魔! 鬼嫁――」
「まだマイナス欲しいです?」
「…………」
 鬼ルールで魔神を捻じ伏せた!? うちでの力関係は魔神であるアスモデウスが最下層なのかもしれない。微妙に同情してしまうような――。
「干乾びる~……ボウヤのがなくて干乾びる~」
 そんな事ないか。
「さーさー、みんなはあっちで旅行に持っていくものの準備しような」
 ごろごろばたばたと駄々をこね始めたアスモデウスをリオに任せて娘たちと準備に取り掛かった。

「よっし、忘れ物はないか?」
「大丈夫なのじゃ」
「まぁ何か忘れてもその都度買えば問題ないだろう。これ以上荷物が増えても困るからな」
 馬車にぎゅうぎゅうに詰められた我が家の荷物を見てナハトがため息を吐いている。気持ちは分かるぞナハト、最低限にしているはずでも二十八人分の大荷物、結局俺たちが乗るものと合わせて四台も借りる事になってしまった。
「お店の事は任せて楽しんでらっしゃいね」
「ありがとう秀麿! お土産買ってくるね!」
「あらありがとうアリアちゃん。みんな、パパとママ達といっぱい遊ぶのよ」
『うんっ!』
 娘たちの元気な声を合図に俺たちは出発した。
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