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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~
世界を巡ろう
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朝、襖から入り込む日差しの眩しさよりも先に息苦しさで目が覚めた。
目を開けて最初に飛び込んできたのは俺に伸し掛かる小さなお尻、横を見るとあるのは小さな足……娘たちが俺を囲むようにして寝ている。
なんて寝相の悪い……この尻誰だ……ってリュエルか。なんか手元が湿っぽい――というか背中も冷たい?
「にぎゃー!? 漏らしてる!?」
妙な匂いに気付いた時には遅かった。現在進行形でリュエルが俺の上で漏らしている、そして周りの布団も濡れている。
集団お漏らしだ!
まさか帰還後迎える初めての朝が娘たちの小便の中とは……超複雑だ。
「父さんごめんなさい」
か細い声でリュエルが泣きながら謝ってくるのを思いっきり洗ってやる。
「まぁまだ小さいんだししゃぁないしゃぁない」
流石に十人も漏らしていたのは驚きしかないが、風呂に入ればいいだけだし、リオ達も笑って洗濯していたからいつもの事なんだろう。
「まったくみな子供だな。わしを見習えわしを」
「父しゃま父しゃま、ルーもおねしょしてないよ」
「はいはい、ルーもミュウも凄いな」
褒められた二人は誇らしげに胸を張り、残りの娘たちは恥ずかしそうに俯いて黙々と身体を洗っている。
十人も漏らせば布団も着ている物もそれなりにべちゃべちゃで朝から全員で風呂に入る始末だ。
ちっこい二人は漏らしておらず、蹴り出されたのか俺から離れていた事で難を逃れていたが仲間外れが嫌なのか一緒に身体を洗っている。
「朝から災難でしたね」
「シロ達分かってて先に起きて逃げてたんじゃないのか?」
「そんな事……ありませんよ?」
今の間はなんだよ――顔を逸らすんじゃありません! 七歳っておねしょ収まってる頃じゃないのか?
「そういえばクロを見ないけど、開店準備か?」
「いいえ、クロエ様は休暇の交渉の為にアディアに行かれています」
「アディア?」
「はい、新しい民も増えましたから再興ではなく新しい国をというお考えです」
なるほどね、アマゾネスにドワーフ、日本人やその子孫も多く暮らす国になっているそうだ。
まぁ交渉はそんなに難しくないだろう、ロフィアは自分一人でも国の代表をやる勢いだったはずだし――。
「まぁ! 本当にお兄様ですね、よくぞ戻られました。本当に……約束を破った時はどうやって呪おうかと思い悩んで研究をしていたほどですが、もうこれは要りませんね」
ティナが連れてきた美人さんが不穏な事を言いながら妖しく光る鉱石を投げ捨てると砕けたものから言い様のない色の怪しい煙が立ち昇った。
「あなたそんな事してたの……? まったく、姉離れ出来ないんだから――そんな事よりももっと自分の幸せに目を向けなさいって言ってるでしょう?」
「私にとっては姉様たちの笑顔が何よりの幸せですので、その顔を曇らせたお兄様は復讐対象でした」
ティアがダークな成長を遂げている。ティアの場合は時間を抜いたんだから退行か? 影のある笑顔が妙に迫力ある義理の妹に顔を引き攣らせてしまう。
「すまんティア、せっかく時戻しまで使って繋いでくれたのに――」
ティアの願いを裏切ったのは事実なのでここはしっかり謝っておこうと俺は勢いよく頭を下げた。
「か、顔を上げてください。半分は冗談ですから、ハイエルフが悪いと分かっていますから」
半分は本気だったのか……お互いに気まずく苦笑いを向ける。
「元気になったんだな」
「はい、老化とは逆に若返るという七年間でしたので元気になるばかりです」
そうか、よかった。俺の大切なものを繋いでくれたティアの容態は気になっていたからこうして元気な姿を見せてくれただけで嬉しく思う。
「ティア、お願いできるかしら?」
「はい姉様、七年くらいならどうということもありません」
ティアが俺に触れた瞬間俺の身体から時間が抜けていく。姿は若干若返り、全身も軽く感じる。七年間、身体は大した変化をしていないような気がしていたがやはり違う……若いって良い。
「ありがとうティア、俺はこれからはみんなと同じ時間を生きるよ」
「……それを聞けただけで来た甲斐がありました。今度こそ姉様たちと笑顔の絶えない時間を生きてください。次は、無いですよ?」
やはりそれぞれ色々あった七年間なんだなと実感する黒い笑顔のティアに頷き返した。朝食に誘ってみたものの国での用事があるからと帰ってしまった。
店の方からは良い香りが漂い娘たちが朝食を食べている。
店の準備と一緒に朝食も作って居間ではなくこちらで食べることも多いんだとか。旅行に行くとは言ってもはいすぐ行こうとはならんよなぁ。
「なぁ、言い出しておいてなんだけどうちの経済状況ってどんな感じなんだ? 日本だとそれなりにあったけど俺何も持たずに戻ったから……」
「あぁ、ワタル様そんな事気になさらなくても大丈夫ですよ。お店も繁盛してますしミシャさんとリュン子さんの工房も盛況です。それに、クロエ様は一国の代表をなさっているんですよ? 旅の資金は潤沢です」
「それにな、ワタルが貰った恩賞や結婚の祝い金、死んでしまった事で各国から贈られた見舞金もかなりの額が手付かずで残っている。うちが大所帯とはいえかなりの長旅が出来ると思うぞ?」
俺の不安をシロとナハトがあっさりと解消してくれるが別の不安が出てきた。俺が死んだから貰った見舞金を俺が使ってもいいんだろうか? 死んでなかったわけだし返金の必要があるような。
「はいはい、あまり暢気にしてないで早く食べちゃって。そろそろ開店時間だから話をするなら居間でしてよね」
「ティナも店をやるのか?」
「私はたまにウェイトレスしてるのよ。エルフのお姫様が働いてるって事で大人気なんだから――やきもち焼いた?」
「別に……」
昨日のおっさんの事を考えるとうちの嫁目当ての客は今も随分と多そうだ。その上出す料理も美味いのだ、繁盛するだろう。
「もう可愛いんだから! あぁん、この拗ねた顔久しぶり~」
「ティナさん遊んでないで表開けて来てください」
「はいは~い」
一頻り頬擦りをして満足すると笑顔で駆けていく。そんなティナを見て娘たちが至福の時みたいな笑みを見せている。
みんな母達が大好きでその幸せを心から喜んでくれる良い娘たちだ。きっとリオ達の大きな支えになってくれていたんだろうな。
「なぁリオ……言いにくいんだが、俺昨日客に水をぶっかけて――」
「そんな事したんですか?」
「はい……ちょっとリオ達に対する妄想が酷くて、我慢、出来ません……でした」
白状した俺を仕方ないですねと笑い頬を引っ張りあげる。
客商売だしもっと怒るものかと思ったんだがリオもシロも嬉しそうに笑い、誰も他の男を近付かせる事なんてなかったと教えてくれた。
昨日の件の風評などまったく感じさせないほどに開店直後から客が入ってくる。
やはりと言うべきか今も客層は主に若い男性から中年が多い。残りはリオ達と世間話をしに来た子連れの主婦……朝食から外食とは贅沢だなと思う。
「ねぇねぇシロナちゃん、あの人は新しいバイトさん? それとも誰かの新しい旦那さん?」
この七年間どんな生活をしていたのか知りたくてなんとなく店の端に立ってみんなの仕事を眺めていると主婦たちは目敏く話題にあげる。それに反応して男達が聞き耳を立てている。
「なんとなく、見たことのあるような顔なんだけどねぇ」
「そうそう、あたしも思ってた」
「当然、私の旦那様で~す」
「あらそうなの? ティナさんは再婚するならエルフだと思ってたわぁ」
「何勝手なことを言っているんだ。ワタルは私たちのだろ」
ナハトが俺の名前を口にすると店の中が静まり返り微妙な空気が流れる。
俺が死んだのは周知の事実であり、死者を生き返らせる術が無い以上彼らにとって俺は如月航とは認識されない。
有名になっていたとはいえ直接自分に関係がなく七年も前の事であれば他人の顔など薄れるだろうしな。
だがまぁ名前だけは消えようがないわけで、客全体が触れていい問題なのかの探り合いをしている。
中には病んでしまったのではと憐れむ表情の者も居るくらいだ。それほどまでに俺の事は嫁たちにとってデリケートな話題だったようだ。
「ええと、同じ名前? の人を好きになるなんて凄い偶然ね!」
主婦の一人がこの空気を変えようとわざとらしいほどに明るい声を出す。
「何言ってるんですか~、皆さんもワタルの顔はご存知じゃないですか。帰ってきたんです」
憐れみの割合が一気に増した! 完璧に病んでると思われてるよ。このままだと嫁全員が可哀想な人になってしまう。どうにか俺を俺だと認識してもらわねば――。
「リオちゃ~ん、いつものお願いできるかしら?」
「はい、秀麿さんいらっしゃいませ。今日は野菜のお味噌汁と貝のお味噌汁どちらにしますか?」
「今日はお野菜でお願い」
店の空気などお構いなしにカウンター席に突っ伏すオカマが一人、常連らしい注文をすると動かなくなった。
「老けたなぁ」
「っ!? うっさいわね! 男も女もオカマもいずれ老いて朽ちるものなのよ! それでもアタシは美容には一層気を使ってるんだから、それに! 秀麿さんいつもお綺麗ですねって言われるのよ!? …………貴方、貴方まさか!? キャー! ホントに!? どうやって復活したの!? すっごい奇跡じゃな~い! リオちゃんもシロちゃんもみんなもおめでとう! 失った分を取り戻しながらより一層の幸せを満喫しなさい。最っ高よ! 最高の日よ! もう今日は貸しきりにするわ。仕事なんてやってられない! 恋ちゃん美緒ちゃん美空ちゃん愛衣ちゃんも呼ばなきゃ! 宴会よ! 大宴会よ!」
正しく俺を俺と認識した彼は宣言通りに店を貸し切りにして大量の出前を頼み、懐かしい人たちを呼び寄せるのだった。
呼び寄せはしたものの理由は告げていなかったようでうちに来た途端に固まる成長した三人娘と恋、すっかり大人になった三人は幻でも見たように何度も目を擦っていた。
恋はといえば俺が化けて出たと思い込み驚きで電撃を立ち昇らせたあと手を合わせて念仏を唱える始末だ。
「ちょっと恋! リオん家で電撃なんて出してどうしたの!? ――き」
「き?」
立ち昇る雷に異常を察知して現れた紅月が妹同様に固まり微動だにしなくなった。
「キャー!? 成仏しろーッ!」
玄関前で弾ける火柱に飲まれる俺!
「きゃー!? ワタルー!?」
秀麿が事情を伝えないサプライズを狙った事で俺も嫁も娘たちも絶叫する大騒ぎだ。
「あ、あんた生きてたの……幽霊かと思ってびっくりしたじゃない!」
「お前は俺が化けて出たら燃やすのか!?」
「燃やすわよ! 怖いじゃない!」
あれだけ魔物を惨殺していたやつが今更幽霊が怖いのかよ……本気で顔を青くする紅月とぎゃーぎゃー罵り合う。
リオの事情説明で落ち着きはしたものの相当なしかめっ面だ。
「あんたねぇ! 生きてたならもっと早く戻りなさいよ。リオ達が、今までどんな思いを、してたか……大切な人を泣かせてばかりで、バカなんだから……」
俺の胸に顔を押し付けて上げようとしない。これは、泣いているのか? 意外と可愛いところもあるんだな。
「紅月――」
「いい! あんたこれからは一生リオ達から離れるんじゃないわよ! また悲しませたりしたらどこまでも追って焼き付くしてやるから(主に髪の毛を)! もう絶対に私の友達を泣かせないでよ」
真剣な眼差しの紅月に黙って頷き返す。これだけ思ってくれる友人の存在もリオ達の支えになっていたんだろうな、それを心から嬉しく思う。
「紅月、ありがとう」
「うぇ? ちょ、止めなさいよ。私は好き勝手やってるだけなんだからお礼言われることなんてないわ」
照れる紅月はからかいの的になり随分と居心地が悪そうだった。
「秀麿秀麿、パパがね、旅行に連れてってくれるんだよ」
「あら素敵、よかったわねぇクロナちゃん……ということはぁ――ビジネスチャーンス」
目付きを変えるなよ、おっさんが余計におっさんになってるぞ。
瞳を光らせずずずいっと寄ってくる秀麿に気圧されて俺は後退り壁際まで追い込まれてしまった。
「旅行って事は新婚旅行も兼ねてるのよね? 候補地は決まってるの? 決まってないなら我が社が人気の旅行先を手配するわよ」
「旅行代理店までやってるのかよ」
「ええもちろん、お金になるなら何でもするわ。それもこれもアタシと同じように自分の性に悩んだ人たちを救う為! 資金はいくらあったっていいわ。というわけでどうかしら? 宿の手配から観光地を無駄なく回るルート、何でも準備するわよ」
指で輪を作り冗談めかしているが割りと本気だな、でもその半分は寂しい思いをしてきたリオ達の事情を理解しているから目一杯楽しませてやれというのが感じ取れる悪い顔だ。
「あぁ~、最短ルートとかは要らないかな。無駄も大事な時間だと思うんだよ。陣でひょいひょい名所だけ巡るより馬車や船に揺られてさ、そういうのも旅行だと思うんだよな。俺は家族と無駄な時間も過ごしたい」
「なるほど、七年も離れていたんだからそれも大事ね。なら名所のピックアップと船の用意をしましょうか。そうだ、家を開けている間のお店の管理を任せてくれない? もちろん使用料としてお家賃も払うわよ」
そんなサービスまでやっているのかと驚いたのだが、ただ単に人気があるうちの立地を利用して一儲けしようという魂胆だった。
ちなみに休業中に入れるのはアマにゃんカフェらしい。
まさかあのネタ発言から始まり七年続いているというのも驚きだが、アディアの国営になっていてチェーン展開しているというのには正直引いた。
そのおかげで働き口は豊富であり人の流入も多く宿の経営やドワーフ達の作る物の売れ行きも良く、食い溢れる者もおらずアディアは安定しているのだとか。
まぁ七割位がアマにゃんの衣装のおかげだけどね! というのは秀麿の談。恋や美緒たちに聞いてもすっごいよとしか返ってこないのが不安を煽るが…………。
「最初はどこに行くのがいいんだろうなぁ」
「約束は世界を巡る事なんでしょう? なら適当な所から時計回りに順繰り行けば良いんじゃないの? あ、でも行く前に王様に挨拶してから行きなさいよ。英雄を失ったってかなり落ち込まれてたんだから」
紅月の忠告は尤もだ。世話になった人たちには帰還の挨拶をしておくべきだ。旅行のついでに回る事にしよう。
「それはともかく、良い観光地と宿は明日まとめて資料を取り寄せるからそれからゆっくり考えたらいいわ」
流石に手広くこの世界で商売をしているだけあって各国の名所にも詳しいようだ。異世界でここまで逞しく生きている日本人は他に居ないんじゃなかろうか。
娘たちは秀麿の話に出てくる見たこともないような景色を思い瞳を輝かせていた。
目を開けて最初に飛び込んできたのは俺に伸し掛かる小さなお尻、横を見るとあるのは小さな足……娘たちが俺を囲むようにして寝ている。
なんて寝相の悪い……この尻誰だ……ってリュエルか。なんか手元が湿っぽい――というか背中も冷たい?
「にぎゃー!? 漏らしてる!?」
妙な匂いに気付いた時には遅かった。現在進行形でリュエルが俺の上で漏らしている、そして周りの布団も濡れている。
集団お漏らしだ!
まさか帰還後迎える初めての朝が娘たちの小便の中とは……超複雑だ。
「父さんごめんなさい」
か細い声でリュエルが泣きながら謝ってくるのを思いっきり洗ってやる。
「まぁまだ小さいんだししゃぁないしゃぁない」
流石に十人も漏らしていたのは驚きしかないが、風呂に入ればいいだけだし、リオ達も笑って洗濯していたからいつもの事なんだろう。
「まったくみな子供だな。わしを見習えわしを」
「父しゃま父しゃま、ルーもおねしょしてないよ」
「はいはい、ルーもミュウも凄いな」
褒められた二人は誇らしげに胸を張り、残りの娘たちは恥ずかしそうに俯いて黙々と身体を洗っている。
十人も漏らせば布団も着ている物もそれなりにべちゃべちゃで朝から全員で風呂に入る始末だ。
ちっこい二人は漏らしておらず、蹴り出されたのか俺から離れていた事で難を逃れていたが仲間外れが嫌なのか一緒に身体を洗っている。
「朝から災難でしたね」
「シロ達分かってて先に起きて逃げてたんじゃないのか?」
「そんな事……ありませんよ?」
今の間はなんだよ――顔を逸らすんじゃありません! 七歳っておねしょ収まってる頃じゃないのか?
「そういえばクロを見ないけど、開店準備か?」
「いいえ、クロエ様は休暇の交渉の為にアディアに行かれています」
「アディア?」
「はい、新しい民も増えましたから再興ではなく新しい国をというお考えです」
なるほどね、アマゾネスにドワーフ、日本人やその子孫も多く暮らす国になっているそうだ。
まぁ交渉はそんなに難しくないだろう、ロフィアは自分一人でも国の代表をやる勢いだったはずだし――。
「まぁ! 本当にお兄様ですね、よくぞ戻られました。本当に……約束を破った時はどうやって呪おうかと思い悩んで研究をしていたほどですが、もうこれは要りませんね」
ティナが連れてきた美人さんが不穏な事を言いながら妖しく光る鉱石を投げ捨てると砕けたものから言い様のない色の怪しい煙が立ち昇った。
「あなたそんな事してたの……? まったく、姉離れ出来ないんだから――そんな事よりももっと自分の幸せに目を向けなさいって言ってるでしょう?」
「私にとっては姉様たちの笑顔が何よりの幸せですので、その顔を曇らせたお兄様は復讐対象でした」
ティアがダークな成長を遂げている。ティアの場合は時間を抜いたんだから退行か? 影のある笑顔が妙に迫力ある義理の妹に顔を引き攣らせてしまう。
「すまんティア、せっかく時戻しまで使って繋いでくれたのに――」
ティアの願いを裏切ったのは事実なのでここはしっかり謝っておこうと俺は勢いよく頭を下げた。
「か、顔を上げてください。半分は冗談ですから、ハイエルフが悪いと分かっていますから」
半分は本気だったのか……お互いに気まずく苦笑いを向ける。
「元気になったんだな」
「はい、老化とは逆に若返るという七年間でしたので元気になるばかりです」
そうか、よかった。俺の大切なものを繋いでくれたティアの容態は気になっていたからこうして元気な姿を見せてくれただけで嬉しく思う。
「ティア、お願いできるかしら?」
「はい姉様、七年くらいならどうということもありません」
ティアが俺に触れた瞬間俺の身体から時間が抜けていく。姿は若干若返り、全身も軽く感じる。七年間、身体は大した変化をしていないような気がしていたがやはり違う……若いって良い。
「ありがとうティア、俺はこれからはみんなと同じ時間を生きるよ」
「……それを聞けただけで来た甲斐がありました。今度こそ姉様たちと笑顔の絶えない時間を生きてください。次は、無いですよ?」
やはりそれぞれ色々あった七年間なんだなと実感する黒い笑顔のティアに頷き返した。朝食に誘ってみたものの国での用事があるからと帰ってしまった。
店の方からは良い香りが漂い娘たちが朝食を食べている。
店の準備と一緒に朝食も作って居間ではなくこちらで食べることも多いんだとか。旅行に行くとは言ってもはいすぐ行こうとはならんよなぁ。
「なぁ、言い出しておいてなんだけどうちの経済状況ってどんな感じなんだ? 日本だとそれなりにあったけど俺何も持たずに戻ったから……」
「あぁ、ワタル様そんな事気になさらなくても大丈夫ですよ。お店も繁盛してますしミシャさんとリュン子さんの工房も盛況です。それに、クロエ様は一国の代表をなさっているんですよ? 旅の資金は潤沢です」
「それにな、ワタルが貰った恩賞や結婚の祝い金、死んでしまった事で各国から贈られた見舞金もかなりの額が手付かずで残っている。うちが大所帯とはいえかなりの長旅が出来ると思うぞ?」
俺の不安をシロとナハトがあっさりと解消してくれるが別の不安が出てきた。俺が死んだから貰った見舞金を俺が使ってもいいんだろうか? 死んでなかったわけだし返金の必要があるような。
「はいはい、あまり暢気にしてないで早く食べちゃって。そろそろ開店時間だから話をするなら居間でしてよね」
「ティナも店をやるのか?」
「私はたまにウェイトレスしてるのよ。エルフのお姫様が働いてるって事で大人気なんだから――やきもち焼いた?」
「別に……」
昨日のおっさんの事を考えるとうちの嫁目当ての客は今も随分と多そうだ。その上出す料理も美味いのだ、繁盛するだろう。
「もう可愛いんだから! あぁん、この拗ねた顔久しぶり~」
「ティナさん遊んでないで表開けて来てください」
「はいは~い」
一頻り頬擦りをして満足すると笑顔で駆けていく。そんなティナを見て娘たちが至福の時みたいな笑みを見せている。
みんな母達が大好きでその幸せを心から喜んでくれる良い娘たちだ。きっとリオ達の大きな支えになってくれていたんだろうな。
「なぁリオ……言いにくいんだが、俺昨日客に水をぶっかけて――」
「そんな事したんですか?」
「はい……ちょっとリオ達に対する妄想が酷くて、我慢、出来ません……でした」
白状した俺を仕方ないですねと笑い頬を引っ張りあげる。
客商売だしもっと怒るものかと思ったんだがリオもシロも嬉しそうに笑い、誰も他の男を近付かせる事なんてなかったと教えてくれた。
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やはりと言うべきか今も客層は主に若い男性から中年が多い。残りはリオ達と世間話をしに来た子連れの主婦……朝食から外食とは贅沢だなと思う。
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「当然、私の旦那様で~す」
「あらそうなの? ティナさんは再婚するならエルフだと思ってたわぁ」
「何勝手なことを言っているんだ。ワタルは私たちのだろ」
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有名になっていたとはいえ直接自分に関係がなく七年も前の事であれば他人の顔など薄れるだろうしな。
だがまぁ名前だけは消えようがないわけで、客全体が触れていい問題なのかの探り合いをしている。
中には病んでしまったのではと憐れむ表情の者も居るくらいだ。それほどまでに俺の事は嫁たちにとってデリケートな話題だったようだ。
「ええと、同じ名前? の人を好きになるなんて凄い偶然ね!」
主婦の一人がこの空気を変えようとわざとらしいほどに明るい声を出す。
「何言ってるんですか~、皆さんもワタルの顔はご存知じゃないですか。帰ってきたんです」
憐れみの割合が一気に増した! 完璧に病んでると思われてるよ。このままだと嫁全員が可哀想な人になってしまう。どうにか俺を俺だと認識してもらわねば――。
「リオちゃ~ん、いつものお願いできるかしら?」
「はい、秀麿さんいらっしゃいませ。今日は野菜のお味噌汁と貝のお味噌汁どちらにしますか?」
「今日はお野菜でお願い」
店の空気などお構いなしにカウンター席に突っ伏すオカマが一人、常連らしい注文をすると動かなくなった。
「老けたなぁ」
「っ!? うっさいわね! 男も女もオカマもいずれ老いて朽ちるものなのよ! それでもアタシは美容には一層気を使ってるんだから、それに! 秀麿さんいつもお綺麗ですねって言われるのよ!? …………貴方、貴方まさか!? キャー! ホントに!? どうやって復活したの!? すっごい奇跡じゃな~い! リオちゃんもシロちゃんもみんなもおめでとう! 失った分を取り戻しながらより一層の幸せを満喫しなさい。最っ高よ! 最高の日よ! もう今日は貸しきりにするわ。仕事なんてやってられない! 恋ちゃん美緒ちゃん美空ちゃん愛衣ちゃんも呼ばなきゃ! 宴会よ! 大宴会よ!」
正しく俺を俺と認識した彼は宣言通りに店を貸し切りにして大量の出前を頼み、懐かしい人たちを呼び寄せるのだった。
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「ちょっと恋! リオん家で電撃なんて出してどうしたの!? ――き」
「き?」
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「きゃー!? ワタルー!?」
秀麿が事情を伝えないサプライズを狙った事で俺も嫁も娘たちも絶叫する大騒ぎだ。
「あ、あんた生きてたの……幽霊かと思ってびっくりしたじゃない!」
「お前は俺が化けて出たら燃やすのか!?」
「燃やすわよ! 怖いじゃない!」
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「あんたねぇ! 生きてたならもっと早く戻りなさいよ。リオ達が、今までどんな思いを、してたか……大切な人を泣かせてばかりで、バカなんだから……」
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「紅月――」
「いい! あんたこれからは一生リオ達から離れるんじゃないわよ! また悲しませたりしたらどこまでも追って焼き付くしてやるから(主に髪の毛を)! もう絶対に私の友達を泣かせないでよ」
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「紅月、ありがとう」
「うぇ? ちょ、止めなさいよ。私は好き勝手やってるだけなんだからお礼言われることなんてないわ」
照れる紅月はからかいの的になり随分と居心地が悪そうだった。
「秀麿秀麿、パパがね、旅行に連れてってくれるんだよ」
「あら素敵、よかったわねぇクロナちゃん……ということはぁ――ビジネスチャーンス」
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「旅行って事は新婚旅行も兼ねてるのよね? 候補地は決まってるの? 決まってないなら我が社が人気の旅行先を手配するわよ」
「旅行代理店までやってるのかよ」
「ええもちろん、お金になるなら何でもするわ。それもこれもアタシと同じように自分の性に悩んだ人たちを救う為! 資金はいくらあったっていいわ。というわけでどうかしら? 宿の手配から観光地を無駄なく回るルート、何でも準備するわよ」
指で輪を作り冗談めかしているが割りと本気だな、でもその半分は寂しい思いをしてきたリオ達の事情を理解しているから目一杯楽しませてやれというのが感じ取れる悪い顔だ。
「あぁ~、最短ルートとかは要らないかな。無駄も大事な時間だと思うんだよ。陣でひょいひょい名所だけ巡るより馬車や船に揺られてさ、そういうのも旅行だと思うんだよな。俺は家族と無駄な時間も過ごしたい」
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まさかあのネタ発言から始まり七年続いているというのも驚きだが、アディアの国営になっていてチェーン展開しているというのには正直引いた。
そのおかげで働き口は豊富であり人の流入も多く宿の経営やドワーフ達の作る物の売れ行きも良く、食い溢れる者もおらずアディアは安定しているのだとか。
まぁ七割位がアマにゃんの衣装のおかげだけどね! というのは秀麿の談。恋や美緒たちに聞いてもすっごいよとしか返ってこないのが不安を煽るが…………。
「最初はどこに行くのがいいんだろうなぁ」
「約束は世界を巡る事なんでしょう? なら適当な所から時計回りに順繰り行けば良いんじゃないの? あ、でも行く前に王様に挨拶してから行きなさいよ。英雄を失ったってかなり落ち込まれてたんだから」
紅月の忠告は尤もだ。世話になった人たちには帰還の挨拶をしておくべきだ。旅行のついでに回る事にしよう。
「それはともかく、良い観光地と宿は明日まとめて資料を取り寄せるからそれからゆっくり考えたらいいわ」
流石に手広くこの世界で商売をしているだけあって各国の名所にも詳しいようだ。異世界でここまで逞しく生きている日本人は他に居ないんじゃなかろうか。
娘たちは秀麿の話に出てくる見たこともないような景色を思い瞳を輝かせていた。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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