黒の瞳の覚醒者

一条光

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三章~やるべきこと、やりたいこと~

働き者は休まない

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 そういえばあの紅い女の名前を聞いてない、恩人の名前を知らないというのはどうなんだろう? かと言って部屋に戻るのもなんだかなぁ…………。
「ん? …………戻ってる」
 能力を使う時の感覚が戻ってきている、なんでだ? ついさっきまで使えない状態だったのに…………部屋を出たから? あの部屋が能力使用不可の空間になっていたって事か? ………なんて間抜けなんだ、部屋から一歩出て闘えば怪我をする事も、リオに心配掛ける事もなかったって事じゃないか。はぁ、冷静じゃなかったとはいえ、もっと考えてれば無駄な被害を受けずに済んだのかもしれない。
「戻ってるって、何が?」
 優夜に質問された。小声の独り言だったのに、聞かれたのは少し恥ずかしい。
「あ~えっと、さっきの部屋で使えなくなってた能力が――そういえば優夜は覚醒者か?」
「覚醒者って超能力が使える異界者の事だよね? 僕にはそんな能力ないよ。航は超能力持ってるの?」
「ああ、これ」
 親指と人差し指の間で電気を発生させて見せる。やっぱり使える様になってる、近くにキノコが居たから使えなくなったんじゃなくて、自分から使えなくなる空間に踏み込んだから使えなかったのかよ…………アホ過ぎる。

「いいなぁ、僕も成れたりしないかなぁ」
「ワタル――って、なに落ち込んでるんですか?」
「あぁ、俺ってアホなんだなぁって…………」
 言葉にしたら更にヘコんだ。こんなアホだからリオを巻き込む様な状況を作ってしまったんだ…………久々に鬱な思考が…………。
「そんなの後にしてください、フィオちゃんが居ないんです」
「あ、本当だ。あの銀髪の娘が居ない」
「はあ!? なんで居なくなってるんだよ!」
 早くここを出ようって言ってたやつが行方不明になったら駄目だろうが、先に外まで行ったのか? それとも別の場所か、今からまた施設内を捜してる暇なんてないぞ。
「一先ず俺たちは外に出よう。フィオも先に出てる可能性もあるし」
「でも、もし居なかったら――」
「その時は俺が捜しに戻るよ」
 電撃を撃って居場所を知らせるってのも考えたけど、敵も来そうだからやりたくない、そうなると捜しに戻るしかなくなる。助けてもらったし一応旅仲間なんだから、おいて行くって選択肢は無い。外に居なかったらリオ達を身を隠せる場所に移動させて俺だけ戻って来よう。

「兵士に出くわして戦わないといけなくなるとか思ってたのに…………」
「皆さん気絶されてますね。フィオちゃんがやったんでしょうか?」
「たぶんそうだろうなぁ」
 紅い女と対峙してたなら消し炭になってるだろうから、やったのはフィオって事になるだろう。約束、ちゃんと守ってるんだな、後でグミ遣るか。
「気絶してるのばっかりだから脱出も楽だね。混血の人って本当に身体能力に優れてるんだなぁ、僕もあれくらい動けたらなぁ」
 たぶんフィオは混血者の中でも別格だろう、フィオ基準で考えてはいけない。赤髪眼鏡が超兵最強とか言ってたけど、超兵が混血の兵士の事だとして、その中で最強って…………とんでもないのが仲間になったな。敵対するより全然いいけど。

「結局簡単に建物の外まで出られてしまいましたね」
「うん、あとはあの壁の外に出て隠れられそうな場所を見つけよう」
 結局意識のある兵士には出会わなかった。火を消せって叫んでる声が聞こえるから全員気絶してるって事はないんだろうけど、警備としては全く機能してない。
 これってかなりの大事だよな、ヤバい追手が来たりしないだろうか? 一応逃げる方法は決まったけど運任せだし、この先の展望が全くない、俺のせいでリオ達まで巻き込んでしまったし…………やっぱりリオ達だけ逃がす事にして俺は囮をやった方が――。
「また自分の安全を無視した事考えてませんか?」
 また頬を引っ張られる、これ絶対気に入ってるな。そして何故バレる…………。
「……考えてないよ?」
「嘘はバレるものなんですよ~」
 頬を引っ張って遊ばれる。暢気だなぁ、逃げなきゃいけないし、フィオも捜さなきゃなのに――。
「そんな所でイチャついて暢気ねぇあんた達、逃げるんじゃなかったの?」
「あ、紅い女」
「ちょっと、なにその呼び方、あたしには紅月麗奈って名前があるの! ちゃんと名前で呼びなさいよ」
 今初めて名前を聞いたんですが…………。
「こうづきれいな?」
「そう、紅の月でこうづき、麗しいに奈良県の奈でれいな、助けてあげたんだから名前くらい覚えなさい」
 名前に紅が入ってるから紅になったんだろうか? ……んなわけないか、馬鹿々々しい。
「私は瑞原綾乃で~す。これからよろしく~」
 茶髪の娘がスマホの画面に自分のプロフを表示させて見せてきた。スマホが生きてるって事はこっちの世界に来て間もないのか? …………これから?

「どういう意――」
「あんた達と一緒に行くことにしたわ、綾乃が野宿は嫌だ、ってうるさいから。それにあのフィオって娘は強いけど、この世界の人間なんて信用出来ないからこのまま無力なあんた達を放り出したら、同じ日本人を見捨てたって事になって寝覚めが悪そうだしね、ただし! そこの女とフィオって娘は守らないからそのつもりで」
 この世界の人間への当たりが厳しいな、俺もリオに会ってなかったらあんな感じになってたのかもしれない……いや、それ以前に会ってなかったら死んでたか。
「ええ~、麗奈があの二人が心配だから付いて行こうって言い出したくせに」
「い、言ってない! 放っておいて死なれたら気分悪いって言っただけでしょ」
「似た様なものだと思うけど~?」
 何にせよ二人追加と、最初は一人旅のはずだったのに一気に増えたなぁ。
「あ、そういえば俺は覚醒者だから能力使えるけど、それでも付いて来る?」
 後で文句を言われたら嫌なので今の内に言っておく、さっき優夜に見せたのと同じように電気を発生させる。
「へ~、航は覚醒者なんだ? 超能力使える人が多いと安全が増すからラッキーだね、麗奈」
「そ、そうね。…………? ならなんで捕まったり腕を怪我してたりしたのよ?」
「自分の周囲の覚醒者の能力を使用不可にする奴が居て、使えなくなってる間に混血者に気絶させられたんだ。牢は中で力を使っても全部跳ね返る様になってたし、さっきの部屋も能力使用不可な空間だった。部屋から出たら戻ったけど」
「能力を使用不可にするって、もしかしてキノコ?」
「そう!」
 思わず指を差してしまった。
「キノコ知ってたんだな」
「私と優夜を牢から出してくれた後に出くわして麗奈が、能力が使えない! って騒ぎだした時はもうダメかと思ったな~」
「それでよく無事だったな」
「あのフィオって娘が急に現れてキノコも、キノコを護衛してた二人も気絶させたのよ…………」
 それでさっき助けられたって言ってたのか。救われたんならもう少しこの世界の人間への見方をかえてくれてもいいのに。

「それで、あの娘が居ないけど? どこに行ったのよ?」
「分からん、だからとりあえずここを離れてから俺だけ捜しにも戻――!?」
 建物の裏手から馬車が!? って、よく見りゃ乗ってるのフィオじゃないか、何してんだお前は…………。
「お前、なにやってんの?」
「? 逃げるなら馬車の方が良い、ワタルとリオは走るの遅そうだから」
 これ取りに行ってたのか、好き勝手ふらふらしてんのかと思ったら気の利く良い娘だった。でもこれに全員乗れるか? 俺とフィオが檻に入れられて乗せられてたのは荷物を運ぶ為の大きめの荷馬車だったけど、フィオが持ってきたこれは屋根付きで向かい合わせに座る座席のあるもの、座席に座れるのは四人、そして御者の席に一人、合計五人だが、俺たちは六人…………。
「おぉ~、私馬車なんて乗るの初めてかも」
 瑞原はさっさと乗り込んでしまった。
「…………なんでその人たちも居るの?」
「あ~、一緒に行く事になった、だからこれには全員が乗れないな」
 おぉう、ちょっと不機嫌になった。そんな怒るなよ、一度は助けた相手だろ? 助ける気が有ったのかは謎だけど。
「なら航か優夜がどっちかの膝に座れば?」
 瑞原が変な提案をしてきた。男同士でそんな気色の悪いことが出来るか!
「僕はそれ遠慮したいかなぁ」
「俺も嫌だ。男同士で気色の悪い」
「なら――」



「…………」
 瑞原の提案した誰かの膝に座るってのは採用されて、今俺は御者の席に居る。膝に乗せるなら軽い人がいいだろうとなって、御者はフィオしか出来ないのとフィオの指名で俺が御者の席に座りその上にフィオが座っている。
 落ち着かねぇ! なんで俺を選んだ? 優夜たち三人は会ったばかりだし嫌なのも分かるけど、リオとは寝起きを一緒にしてたんだからリオでいいだろうに。
「港ってどの位で着くんだ?」
 この状態から早く解放されたい、落ち着かねぇもん。
「早くて三日」
「三日!? もっと早くは――」
「ならない。馬だってずっとは走れない」
 あぁ、そうですね。三日もフィオを膝に乗っけて移動するのか。
「重い?」
「いや、重くはないし脚も痛くないけど、フィオは嫌じゃないのか?」
「嫌じゃない」
 さいで。はぁ、もし自分に子供がいて膝に乗っけたらこんな感じなんだろうか? …………馬鹿々々しい、多少慣れてはきたけど人と深く関わるのは怖いままだ、そんなやつが家族を持つとかありえない。
「フィオ、寝てていいか?」
「ん」
 了解を得たので寝てしまう事にする。遠くの空が明るくなり始めている、あの施設に着いた時点で夜だったから夜中じゅうずっと気を張ってて疲れて、逃げ出せた事に安堵して一気に眠くなった。
 フィオの方が色々して疲れてるはずなのに、こいつは凄いなぁ。ぼやけた意識でフィオの頭を撫でながら眠りについた。

「ッ!?」
 身体に痛みが走って目が覚めた。
「あ、ごめんなさい、起こさないようにしようと思ってたんですけど、やっぱり傷を触ると痛みで起きちゃいますよね」
 リオが傷の手当をしてくれているところだった。この痛みは薬を塗ったからか、森に居た時に塗られた薬の痛みに似て、ジンジンして焼ける様な感じがする。懐かしいけど、再びこの痛みを味わう事になろうとは…………。
「ん? なんで薬なんてあるんだ?」
「フィオちゃんが収容所を出る前に探してくれてたんですよ。少しですけど食料と水まで! 小さいのに凄いですよね」
 居なくなってた間にそんな事までしてくれてたのか。良い娘だ、盗賊やってたのが嘘の様だ。いや、盗賊だったから手際よく持ち出してるのか?
「そういえばここは?」
 なんで止まってるんだ?
「あの収容所から少し離れた所ですよ。今は馬の休憩中です」
 休憩って、そんなことしてて大丈夫なのか? 追手とかが来たりするんじゃ?
「他の人は?」
「あそこで眠ってますよ。フィオちゃんは追手が来てないか見てくるって言って来た道を戻って行っちゃいましたけど」
 リオが指差した方にある木陰で三人が寝転がっている。寝てた俺が言えた事じゃないが、暢気だなぁ。俺たち追われる身ですよ? そしてフィオは動きっぱなしな気がするけど大丈夫なのか?

「ワタル、起きたんだ」
「っ!? ああ」
 気付いたら傍にフィオが居た。敵じゃないんだから気配を消して近付くなよ!
「お帰りなさい、フィオちゃんも少し休んでください」
「ううん、出発する」
「追手が居たんですか?」
 休まずに出発するって事は追手が居たんだ。やっぱり暢気に寝てる場合じゃなかった! あいつら起こさないと――。
「追手は居なかった」
 居なかったのかよ、焦って損した。
「被害が多くて追手まで手が回らないんだと思う。他の馬車は壊してきたし馬も逃がしたから、それにあの紅いのがいっぱい燃やしたから」
 お前居なくなってた間に色々やってたのね。本当に凄いやつだな、ついフィオの頭に手が伸びた。子供扱いっぽくて嫌がるかと思ったけど、嫌そうじゃないな。
「追手がないなら少し休んだ方がいいんじゃないか? お前動きっぱなしだろ?」
「私はワタル達とは違う、それに休むのは船に乗ったらいくらでも出来る。だから早く港に行く方がいい、馬の休憩も十分取れたから出発」
 逃げる事に関してはフィオに任せて、フィオの指示に従うのが一番いいかもしれない。
「分かった。じゃあ俺はあいつらを起こしに――」
「ワ、タ、ルは! まだ薬を塗ってる途中なのでフィオちゃんが起こしてきてくれますか?」
「ん」
 逃げられなかった―! その薬滅茶苦茶痛いからもう嫌なんですけど! ちょっと深く切れてたけどこの位なら薬が無くても大丈夫だろ? それにもう塗ったじゃん。
「いや、もう塗ったじゃん」
「まだ少しだけです。もっとちゃんと塗っておかないと」
「そんなに塗り込まなくても大丈夫だって!」
 傷の痛み自体には慣れてきてたのに、薬の刺激のせいで新しい痛みが加わってまた意識し始めてしまった。もうこれ以上の薬は勘弁。
「だめです」
 笑顔で腕を掴まれてしまった。リオ結構力強いな、逃げようと引っ張るが放してくれそうにない。
「じっとしてれば直ぐに終わりますからね~」
「ッ!?!?」
 痛い、痛い、痛い! 傷の痛みの方がマシだった。これ痛すぎる。

「はい、終わりです」
「なら出発」
「もう起こし、て?」
 紅月と優夜が凄い不機嫌そうなんだが、お前は一体どういう起こし方をしたんだよ。
「この娘に窒息させられそうになったんだけど」
 紅月の炎の様に紅い瞳が怒りで本当に燃えている様に見える…………。
「フィオ、お前どんな起こし方したんだ?」
「声を掛けても起きなかったから鼻と口を塞いだ」
「それ死ぬかもしれないよね?」
「死にそうになったら誰だって起きる。加減は知ってるから大丈夫」
 大丈夫って…………盗賊時代に仲間をそうやって起こしてたのか?
「優夜も同じ起こされ方か?」
「僕は鼻に水が入ってきて…………うぅ、気持ち悪い」
「フィオ、その起こし方は封印な」
 もしかしたら俺もやられる事になるかもしれんから禁止にしておかないと。
「なんで?」
「なんででも!」
「…………分かった」
 よし、これで危険な起こされ方はしないだろ。
「じゃあ、出発しよう」
「あたしはこの件流す気はないんだけど?」
 流せよ、まぁ怒るのも分かるけど、たぶんフィオに悪気はない。
「大人だろ? このくらい流せよ」
 歳は聞いてないけど、リオと同じ位に見えるし、大人と言っていいはず。
「……そうね『子供』のやった事だし、もうしないのなら我慢するわ」
 殊更に子供の部分を強調してそう言った。あーあ、めんどくせぇ、フィオの機嫌も悪くなった。
「私は――」
「まぁまぁ、話は船に乗ってからでも出来るだろ? 早く出発して港に行こう」
 フィオが紅月に何かしようと近付こうとしてるのをどうにか捕まえて膝に座らせた。
「そうして膝に乗っけられてると益々『子供』に見えるわね」
 お~い、勘弁してくれ、フィオにも悪い所はあっただろうけど、逃走の準備をしてくれたり、追手の警戒だってしてくれてるんだぞ。
「フィオ、大人ならこういう時は聞き流すもんだ」
 会ったばかりの紅月より、素直なフィオの方が御し易いと踏んで小声でフィオにそう言ったらコクリと頷いた。フィオが素直でよかった…………。
「くだらない事言ってないで早く乗ってくれ、フィオは船に乗るまで休まないって言ってるから早く港に着きたいんだ」
 フィオが休まず動いてる事を知ったら、不機嫌だった二人もすぐに馬車に乗ってくれた。瑞原はさっさと乗ってまた寝ている。

「ワタル、大丈夫ですか? 私が代わりましょうか?」
「あぁ、それはた――」
「ダメ」
 リオの提案に乗ろうとしたら、フィオに遮られた。
「なんでだよ?」
 代ってもらえるものなら代わってもらいたかったのに。
「ワタルは座り心地がいい」
 そんな理由かよ、確かに車とかみたいにシートがあるわけじゃないから普通に座ってるとお尻が痛いけど。
「ふふふ、それじゃあ仕方ないですね」
 それを聞いてリオもさっさと乗り込んでしまった。代わって欲しかった…………ん? でも代わってもらったら会って間もない人間と馬車の中に居なきゃいけないのか…………なら慣れてるフィオと一緒の方がいいかもしれない。
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