黒の瞳の覚醒者

一条光

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三章~やるべきこと、やりたいこと~

後悔

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「ワタル! ワタル!」
 誰かが呼んでいる。
 俺は、まだ生きてるのか? 身体が重い…………。
 クラーケンに海に引きずり込まれて、なんとか抜け出して、その後一体どうなったんだ? …………沈んでいく俺の手を誰かが引っ張った気がした。あれは……銀色だった。銀色…………フィオ? 本当に迎えに来たのかよ。
「ワタル起きて! こんなところで死んじゃダメです!」
 一応生きてるっぽいのに身体が動かせない、声も出そうにない。
「おい、あれってフェフィメリアに新しく入った娘じゃないのか? なんで異界者なんかを心配してるんだ?」
「知るかよ、関わるな、関わったら俺たちまで犯罪者だ」
「あの娘、優しい良い娘だったのに異界者に関わってたのかよ。まさか犯罪者だったなんて、最悪だな」
 呼んでるのはリオか? このままだとマズい、早く起きてリオを跳ね除けて無関係だと思わせないと、リオの生活を壊してしまう。起きろおきろ! 早く起きろ! 俺の身体だろ、俺の言う事を聞け!
 少し視界が明るくなった。そうだ! このまま目を開けて起き上が――。
「ワタル…………ふぅ」
『――――!?』
 っ!?!? ようやく目を開けるとリオの顔が目の前にあって口を柔らかいもので塞がれ空気が送り込まれて来る。これってキ――いやいや、違う人工呼吸、医療行為! リオは絶対そんなつもりでやってないか――っ!?
「げほっげほっ、ごほっ、げほっ、ごほぉっ…………」
 リオを押し退けて海水を吐いた。空気を送り込まれた事で飲んでしまっていた海水が上がってきた。

「いやいや、実によかった。お嬢さんもご苦労、クラーケンを殺すほどの能力を持つ道具を失わずに済んだ。最近では町の者が勝手に自分の奴隷にしたり、殺したりするから異界者を捕えるのも一苦労だ、その上役に立つ覚醒者となるとかなり希少だ。感謝しているよ、それは良い兵器になる。報告にあったヴェルデコザの奴隷商宅を襲った覚醒者の容姿と能力、共に一致しているから他の国の所有という事もないだろう、あまり期待はしていなかったが、これは良い拾い物になった」
 手を叩きながら偉そうな格好の赤髪、丸眼鏡の奴が歩み寄って来る。軍服? マズい、逃げないと。
「だ、が! 先ほどの態度はいただけないな、あれではまるでそこの異界者の心配をしている様だ。最近では接触自体が罪だと思っている者も居るが、異界者との接触自体は罪ではない、罪ではないが、異界者に肩入れする様な態度や行動は罪だ! これは子供でも知っているはず、そしてそういう罪人は奴隷行きだ。君の先ほどの態度も行動も、そこの異界者を思っての事に見えた、国の資源を失わない為に、という感じではなかったな。奴隷は混血者を作る道具とするか、容姿が優れていれば地位の高い者の玩具となる。君はとても良い容姿をしている、良い玩具になるだろう」
「きゃあっ」
 赤髪眼鏡がリオの手首を捻り上げ、捕えた。
「リオを放せ! ――っ!?」
 なんで? 能力が、電撃が使えない、クラーケンに使い過ぎたか? いや、だとしても能力を使う時の感覚が全くないのはおかしい、一体どうなってるんだ? 能力を得るのと逆に、失う事もあるのか?
「どうしたのかね? 随分と不思議そうな顔をしてるじゃぁないか。能力が使えない事がそんなに不思議かな? 我々は異界者の捕獲を任務としている、そんな者が覚醒者になんの対策も無しに近付くと思ったのかね?」

 対策…………能力を使えなくする方法なんてあるのか? この人に囲まれた状況で、能力無しにリオを助けて逃げ果す事が出来るか? 能力があれば大抵の危険は回避出来ると思ってたけど、それを奪われた今どうすればいいのか分からない。
 剣は……有る、海で落としたりしなかったみたいだ。剣、自分の力だけでここからリオを逃がす? 周囲をよく見ると、野次馬の中に鎧を着た奴が紛れている、混血者じゃなくても兵士だ、闘う訓練をしている奴らに俺が勝てるか?

「先ほどの威勢はどうした? 不安そうな顔をしてるじゃないか、この女を取り戻したかったんじゃなかったのかね? まぁ異界者など能力がなければゴミ同然の存在だ。なにをしたところで何もなせはしないだろうがな」
 どうしたらいい? どうしたら…………? フィオ、そうだ、フィオはどうしたんだ? 周りを見回しても姿が見えない、なんでこんな時に。
「? あぁ、君を海から引き上げたフィオ・ソリチュードならそこに居る」
 赤髪眼鏡が指差した方を見るとフィオがぐったりとして倒れていた。なんで? あんなに強いお前がなんで倒れてるんだよ?
「フィオ! 起きろ! なんでお前がそんなところで倒れてるんだよ!」
「叫んだとて無駄な事だ。眠り薬を嗅がせてある、当分は目を覚まさない。今日は実に良い日だ! 怪物を殺せる覚醒者の捕獲、そして脱走していた超兵最強の小娘の捕縛、おまけにこんな良い玩具まで付いて来た。フッフフフフ、笑いが止まらんよ、力を使って自ら姿を現した事、感謝しているよ」

 俺のせい…………? 俺のせいでこうなってるのか? 後悔しない為に行動したんじゃなかったのか? なのになんで俺は今後悔している? 俺のせいでリオとフィオが…………戻れよ能力! 今使えなくてどうするんだ、二人を助けないといけないのに…………。
 この能力封じが時限性のものならどうにか時間を稼いで――。
「ふむ、少し表情が変わったな、もしかして時間が経てば能力が戻ると思っているのかな? だが残念、君の能力を封じているのは彼の能力! 自分の周囲の覚醒者の能力を封じる能力、彼単体ではなんの意味もなさないが、異界者捕獲の任を受けている我々はとても重宝している。彼が力の行使を止めない限りは永遠に君に能力は戻らない」
 赤髪眼鏡の後ろの方に黒髪のキノコヘアが居る。あいつのせいか、こっちの世界で会う日本人は敵ばかりじゃないか。でも、いい、赤髪眼鏡がベラベラと喋ってくれたおかげで原因が分かった。能力無しじゃこの状況からの脱出は無理だ、でも、あのキノコ一人殺すくらいは剣があれば出来る。覚悟を決めろ、あいつを殺す覚悟を、あいつが俺の邪魔をしたのが悪い…………。

「どうした? 剣など抜いて、この女を見殺しにするのかね?」
 赤髪眼鏡がリオの首筋にナイフを当てている。お前も赦さん、でもまずはキノコだ。赤髪眼鏡は俺が剣を構えた事でリオを盾にしやがった。絶対赦さん、あとでキツイ電撃を食らわせてやる。
 剣を構えてキノコに突進した。
「なるほど、キクチを殺して能力を取り戻してからこの状況を脱するつもりか、考え方は悪くないかもしれんが、我が部隊の大事な道具になんの守りも施してないと思うのかね? だとしたら、随分とお粗末な頭をしている」
 キノコに突進していた俺とキノコの間に何かが現れて、俺の剣を弾いて搗ち上げた。
「な!?」
 なんだよ今の動きは、これじゃあまるで混血者――。
「キクチには常に混ざり者の超兵が二人護衛している。能力を奪われている君に勝てる相手ではないよ、それにしても驚いたな、それはミスリル製だろう? そんな形をした剣もそうそうないはず、他にもまだ異界者に肩入れしている者が居るという事かな? まぁそれは追々尋問すればよかろう」

 あぁ、クソッ、混血者二人なんてどうすればいいんだよ。マッパのハゲおやじに不意打ちでも勝てなかったんだぞ、あの時とは違って不意打ちでもなければ装備がない状態でもない。あいつさえ、あのキノコ頭さえ殺せればリオもフィオも助けられるんだ、なんとかあのキノコを!
「無駄だ、普通の人間の動きでは俺たちには及ばない」
 キノコに近付こうとしても混血者の兵の一人に弾かれて近付くことが出来ない、そしてもう一人は常にキノコの横に居る。こんなんじゃこいつを躱して近づけたところでもう一人に弾かれて終わりだ。
「なにをグズグズしている、さっさとそいつを気絶させてしまえ」
「ワタル! 逃げてください! このままじゃワタルが」
 こんな状況に二人を置いて逃げられるかよ、どのみち混血者が居るなら逃げ切れない。後悔しない方を選んだはずなのに…………。

「今の発言は確実に異界者へ加担している証拠となる、証人はここに居る見物人全員だ。これで君は、はれて奴隷となる」
 チッ、一々喋り方がムカつくし、俺の恩人を奴隷呼ばわりするな!
 弾かれ、倒されても、すぐに立ち上がり斬りつける。
「見苦しい! 実に、見苦しい、先ほども言っただろう? 君には何もなせはしない、諦めて剣を置きたまえ、我々に従うならそれなりの待遇で迎えてやる」
 誰が従うか、クソッ、斬りつけても斬りつけても悉く弾かれる。
「頭の悪いことだ…………もういい、終わらせろ。怪我は最小限に止めろ」
「了解」
 ――!? はや――。
「がっ」
 目の前から突然消えて見えなかった。意識が遠くなる、またこれかよ、こっちに来てから気絶し過ぎだ。リオ…………俺のせいで。せっかく平穏な暮らしに戻っていたのに、俺がぶち壊した。フィオだって俺に協力しなければ絶対に捕まるはずなかった。
 全部俺のせいで…………。
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