黒の瞳の覚醒者

一条光

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一章~気が付けば異世界~

狂気

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 盗賊の隠れ家から脱走して早二日、俺は今――。

 絶賛迷子中。
 そりゃそうだ、この国の地理なんてわからない、況してやあの場所には気絶した状態で運ばれたんだ、逃げ出した時の現在位置すらわかってなかった。それなのに更に、早く隠れ家から離れないと、とこの二日ひたすら歩いた。もうあの場所に戻る道もわからない、戻る気はないけど。せめてリオと出会った森に戻れればそこから港町を目指せるんだけど、見渡す限り草原で森っぽいものは見当たらない。これじゃ振り出しに戻ったみたいだ。
「どうすりゃいいんだよ」
 川でも見つかればそれを辿って海岸に出て、海岸沿いに港町を探すことが出来そうだけど川も見つからない。
 そういえば村や町も見てないな、リオは無事に人の居る場所に辿り着けたんだろうか? 逃がすだけで精一杯だったとはいえ無責任だな俺…………。

 行くべき方向も分からないまま歩く。これじゃあ本当に最初の場所に戻ってきたみたいだ。あーめんどくさい、なんの指針もなしに歩き続けるのはかなり辛い、道でも川でもいいから何かないか? この草ばっかりの景色に嫌気がさす。これ人のいない方に進んでたりしないだろうか? この世界は一応魔物もいるらしいから、そういうのが居そうな場所には近付きたくない。そんなことを考えつつも足は止めない、止まったら絶対動き出すのが面倒になる。でも不安な考えばっかりで嫌になるな、スマホ生きてれば音楽聴くなり気を紛らわせる事が出来るのになぁ、充電したい…………この世界じゃ無理だろうけど。

 大分歩いたな、今日はもうやめてここで野宿してしまおうか? 野宿にも全く抵抗が無くなってしまった。こっちに来てからまともな場所で寝てないもんなぁ、布団で寝たい。
「ああー! もうめんどくさい! もっといい世界に飛ばしてくれよ! 神様のケチー!」
 叫んだところでどうにも――ん? 遠くに草の生えてない筋が見える、道かもしれない、走って向かおうとしたけど疲労で脚が言うことをきかない。こっちに来てから結構強制的に運動してると思うんだけど、長年の運動不足はその程度じゃ改善出来てないっぽい、仕方なくのろのろ歩く。

 やっぱり道だった。轍が有るから間違いないだろう。さて、どっちに向かおう? 道に対して垂直に進んできたから右か左、どっちに行っても知らない土地に変わりないけど。
「また靴飛ばしてみるか」
 前に靴飛ばしで決めた方向に行ってリオに会った。今回も良い方向に行けますように! 思いっ切り高く飛ばした。
「左かー」
 漫画か何かで人は迷ったら左を選ぶってのを見た覚えがあるけど大丈夫かな? ま、いいか。このまま港町に行けないかな~。人に出くわすとマズいので道を外れて草の中を歩く、ホント草ばっかりだな。
 道に沿ってかなり歩いたが何も見つけられず日が暮れた。
「今日はここまでだな」
 道からある程度離れた場所で横になる。
 ずっと左腕を動かさないようにしてるけど、これって治った、治ってないの判断ってどうすればいいんだろう? まだ折れてから一週間ちょっと位だから確実に治ってはないだろうけど、この添え木も少し鬱陶しくなってきたし、はずせる様になったら早くはずしたい。
「不便だなぁー異世界」
 異世界に行ってみたいって思ってたけど、実際来てみるといい事ないな、不便だし殺されそうになるし、ゲームや漫画みたいに上手く行くわけないか、俺自身のスペックが低いんだし…………寝よ。明日もまた歩き詰めになるんだからしっかり睡眠取らないと。

 あぁ、眩しい、眩しさで強制的に起こされるのは何とも気分が悪い。もっと自然に目が覚めて活動開始と行きたかった。屋根が無いんだから無理だけど……。
「ふぁ~ねむ」
 起きたけど水がないから顔も洗えない、歯磨きしたいなぁ、こっちに来てからしてない…………考えたら気持ち悪くなった。今の俺、滅茶苦茶不潔な状態じゃないか? 寝起きでこんなに気が滅入ることになろうとは……。
「まともな生活がしたい」
 日本に居た頃も引きこもってたから、まともだったとは言い難いけど、少なくとも清潔にはしてたと思う。
「とりあえず、当面の目標が決まったな」
 まともな生活を送る! それが出来る土地に行く!
「そのためにも歩きますか~」
 だらだらと昨日の続きを歩き始める、道からは距離を取って、たまに後ろも警戒する。人に遭遇しないように気を付けないと、要らん騒動は極力避けたい。

 歩く、歩く、歩くしかすることがない、ぶっちゃけ飽きる日本の娯楽が恋しい。あ~なんでこんな世界に来たんだろ俺、何度目かの問い、答えをくれる相手はいない。この理不尽な状況、誰を恨めばいい? 恨む対象があれば気持ちは結構楽だと思う、何かあっても全部それのせいにすればいいんだから、でもそんな都合のいいものはない、無駄な思考だな。

 どうでもいい事を考えて疲れを気にしないようにしてたけど、流石にバテた。この世界に来て直ぐの、飲まず食わずより、食べ物がある分マシだけど三日も歩き続ければ疲れもする。
「休むか」
 少し前から緩やかな傾斜が続いてる。大した傾斜じゃないとはいえ登坂はバテた身体には辛い。はぁ~、今日は日暮れまでに何か見つかるといいけど、干し肉を齧りながらそんなことを思う。

 そろそろ動き出すべき、なんだけど気怠くて中々動き出せない。それでも立ち上がってどうにか歩き出す。坂を登りきったらなにか見えるだろうか?
 のろのろと丘を登り切った、道の先には町があった。町は壁でぐるっと囲ってあり町の左側には山がある、夜侵入して何かを貰うってのは無理そうだ。食料はまだ大丈夫だけど水は確保したかったんだけどなぁ。とりあえず近くまでは行ってみるか、ダメなら山に入って湧き水を探そう。

 慎重に町に近づいて行って、町の入り口近くの山側の茂みに隠れた。やっぱり門番がいるよなぁ。最初の町でのことを思い出す、現役の兵士相手によく逃げられたもんだ。入るのは無理そうだな、壁も高い、両手が使えるならよじ登れたかもしれないけど、左腕死んでるし。
「ん?」
 聞き慣れない音が聞こえてそちらを見ると、俺が来た方向から馬車が町に向かって来ていた。リオから話を聞いた時に馬車の事も言ってたけど、本当にこの世界にも馬いるんだな、見た感じ俺が知っているものと違いはないように見える。てか危なかったな、もう少し長く休憩してたらあれと出くわしてた可能性がある。ここに長く居て見つかったら嫌だし山に入るか――踵を返して山に入ろうとした時、荷馬車の積み荷に目が行った。
 檻? 中に居るのは、黒髪の、子供? まさか異界者? 
「おいダン、奴隷を売りに行ったんじゃなかったのか?」
 門番が馬車に乗った男に話しかけている。
「ああ、売ったよ。大した金にならなかったけどな」
「でも檻の中に居るじゃないか」
「これは帰りに拾ったんだ、異界者のメスガキだ」
 っ! やっぱり異界者の子供、どうする? 助けるか? どうやって? 片腕が使い物にならないやつに何が出来る? 怪我してない状態の時ですら逃げるので精一杯だったやつが助けられるわけがない、それに助けてどうするんだ? 子供を連れてこの見知らぬ世界を歩き回るのか? 遠目だからよくわかんないけど、かなり小さい、フィオみたいな年齢詐欺じゃなきゃ小学校低学年くらいだろ、そんな子供を連れて周りが全部敵みたいな土地を移動する? そんなの自分の身を守るだけで手一杯のやつに出来るわけがない。異界者と言っても小さな子供なんだ、あいつらだってそんなに酷い事はしないんじゃないか? そうだよ、相手は子供だ、いくら何でも子供に酷い事はしないだろ。そうやって無理やり自分を納得させて、山に向かうことにした。

 湧き水を探して山の中を歩き回るが簡単に見つかるわけもなく、日が暮れてしまった。さっきの子供のことが気になって水探しに集中出来なかった。子供に酷い事はしないと思いたい、でも自分が酷い扱いを受けたという記憶がそれを否定する。
「やっぱり気になる」
 町に戻ることにした。門は閉まってるだろうから壁を登らなきゃだな。
「うお!」
 空が曇ってて明かりが殆どない暗闇だから何かに躓いた。懐中電灯欲しい……。
 何度か転けながら、どうにか山を下りた。門の近くまで戻ってきたけど、門は当然閉まってる。まぁ閉めなきゃ門の意味ないしな、どこか登れる場所がないかと、壁を見て回ろとした時、どこか、からくちゃくちゃという音がした。
「なんだ?」
 獣の唸り声のようなものも聞こえた。聞こえた方に向かうと犬の様な獣が数匹いた。くちゃくちゃという音もこいつらが原因みたいだ、何かを食べてるのか? 明かりがないからよく見えない、犬なんてどうでもいいか。そう思って移動しようとしたら、雲が流れて月明かりが辺りを照らして、俺は『それ』を目にした。

 少女の裂けた腹部から飛び出した臓物に群がる獣、くちゃくちゃという音の原因は獣が少女の臓物を貪る音だった。少女の右腕と左脚はなくなっている、獣が喰い千切った様には見えない、刃物で斬り落とした様な断面、つまり人間の仕業、あいつら、子供の手足斬り落として獣の餌にしやがった……人間のする事じゃない、この国の奴らは狂ってる、じゃなきゃこんなこと出来るはずがない。

 少女の光を失った虚ろな瞳がこちらを見ている気がした。お前があの時助けなかったからだ、そう言われてる様に思った。
「うっ、げぇぇ、げほっ、げほっ、げほっ」
 吐いた。この光景に耐えられなかった。俺の考えが甘かったせいで死なせてしまった? 俺のせいなのか? 俺が悪いのか? あの時は門番と馬車の男二人だけだった、無理をすれば助けられてたかもしれないのに、俺が日和ったせいで!? 俺の呻き声に獣が気付いた。ここに居たらマズい、逃げないと、立ち上がって山に向かって走った。

「クソッ、クソッ、クソッ」
 なんでこんな目に遭う? なんであんな酷い事が出来る? いきなり見知らぬ土地に放り出されて、訳も分からず手足を刻まれる。どれほど怖かっただろう? 言葉が通じないわけじゃない、やめてくれと何度も言ったはずだ、それを無視して殺したんだろう、この国の人間と俺たち、こんな扱いを受ける程の違いがあるのか? 本当ならあの娘は向こうの世界で幸せに暮らしてたはずだ。学校に行って友達と遊んで、家に帰れば両親に学校で有った事を話したり、そんな当たり前の『明日』が待ってるはずだったのに、なんでこんな世界に来させられなきゃならない? なんであんな死に方をしなきゃならない!?

「ああああああぁぁぁぁぁぁー! うるせえええぇぇぇー!」
 いつの間にか雨が降り出し、雷が鳴っていた。最悪だ、こんな世界、良い事なんて全くない。明かりのない山の中を無茶苦茶に走った。とにかくあの場所から逃げ出したかった。雷がうるさい、さっきから何度も稲光がしている、いっそ俺に落ちてきて俺を終わらせてくれないだろうか、もうこんな世界うんざりだ。こんな場所に生きていたくない。

 そう思っていた時、一際大きな音が響いて辺りが明るくなった。
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